合コン殺人事件

 女性Sの死因は、首に見られる手の痕跡から、扼殺と判断された。手の痕跡の大きさから判断して、男性ではないかと推測されたが、確証はなかった。参加した5人の男性すべて、事情聴取を行った結果、誰一人疑わしい人物は浮かび上がらなかった。女性Sの部屋にも男性の指紋は一つもなかった。首に残された手の痕跡の大きさからして、女性は除外されると判断されたが、念のため4人の女性も事情聴取がなされ、手のサイズが確認されたが、疑わしき人物は、一人もいなかった。ただ、女性Hの指紋がノブにあったが、これは、部屋へ出入りしたときについたものと判断され、殺人犯の手がかりとはなり得なかった。

 

 外部からの侵入者による殺害が考えられたが、一階詰め所には、男性(58歳)の警備員が常駐しており、また、2階と3階の窓からの侵入が考えられたが、すべての窓は、ロックされており、ガラスを割って侵入した形跡はなかった。したがって、外部からの侵入者による殺害の可能性は否定された。そのことから、9人の参加者と一人の警備員の誰かが殺害したと考えられたが、誰一人、疑わしき人物は浮かび上がらなかった。ついに、事件に行き詰った県警は、伊達刑事に極秘の捜査を依頼した。

 

 伊達刑事は、10人の調書を何度も読み返し、殺人現場である中洲教会にも数度足を運んだが、まったく、犯人像が浮かび上がらなかった。沢富刑事を事件に協力させたくなかったが、行き詰ってしまった伊達刑事は、しぶしぶ、沢富刑事に相談することにした。伊達刑事が唯一怪しいと直感した人物は、男性ではなく、女性Hだった。その理由は、二人は、小学校時代からの親友ということだけだったが、5人の男性と女性H以外の女性3人には、女性Sとの接点がなく、殺人動機もまったくなかったからだ。当然、警備員も同様だった。

首の痕跡

 

 身近なものほどお互いを知り尽くしていて、突然、殺人動機が生まれることを、伊達刑事は長年の経験から知っていた。沢富刑事に自分の直感を話し、沢富刑事の意見を聞こうと、いつもの中洲新橋近くの屋台に飲みに行った。伊達刑事は、グラスの焼酎をグイッと喉に流し込み、事件の概要を話し始めた。「屋台はいいよな~、気分が落ち着く。ところで、事件のことで、ちょっと、意見を聞きたいと思ってな」改まった口ぶりに沢富刑事は、右横の伊達刑事に顔を向けた。

 

 「例の未解決の事件ですか?」伊達刑事は、さすが察しがいいと思い、大きく頷いた。「そうだ、例のやつだ。調書を読んでも、まったく犯人像が浮かばん。俺には、手に負えん。どう思う?」突然、振られた沢富刑事は、キョトンとした表情で答えた。「僕に言われても分かりませんよ。伊達さんは、どう思われるんですか?」伊達刑事は、頷き、もう一口焼酎を流し込み、小さな声で話し始めた。「いやな、とにかく、誰一人、殺人動機がないんだ。ホシは、男性と推測されるんだが、俺は、親友の女性Hがクサイと思う」

 

 沢富刑事は、意外な犯人像を聞いて、一度持ち上げたグラスをテーブルに置いた。「それは、どうしてですか?」伊達刑事は、内緒話するようにさらに小さな声で話し始めた。「直感だ。彼女は、ガイシャの親友だ。しかも、第一発見者ときてる。間違いない」沢富刑事は、伊達刑事の直感は、信頼できるとは思っているが、いまひとつ根拠が薄いと思った。「そうですか。確かに、動機は、不明ですが、もし、考えられるとすれば、やはり、親友でしょう。お互いを知り尽くしていればいるほど、お互いの秘密を知っていることになります。確かに、Hはクサイですね」

 同感してくれたことに笑顔を作った伊達刑事は、残りの焼酎を飲み干し、グラスをオヤジに差し出した。「オヤジ」店主は、即座にグラスを受け取り、焼酎を注いだ。「今日は、ご機嫌じゃないですか。何かいいことでもあったんですか?」オヤジは、笑顔でグラスを伊達刑事に手渡し、さらに、声を張り上げた。「どうスカ、馬刺し」伊達刑事は、高級な馬刺しには、手が出なかったが、上機嫌になったついでに、食べることにした。「そいじゃ、もらうか」オヤジは、小さな冷蔵庫から取り出した馬肉の塊をスライスすると、丁寧に小皿に並べ、笑顔で伊達刑事の前に差し出した。

 

 「おい、食べろ。さあ」沢富刑事は、引きつった笑顔で馬刺しを一切れつまんだ。沢富刑事は、オヤジに聞こえないように耳打ちした。「たった、3切れで1000円は、ボッタクリじゃないスカ。オヤジ、商売上手ですね」伊達刑事は、頷いたが、笑顔でしゃべった。「まあ、今日は、俺のおごりだ、さあ、食え、食え」伊達刑事は、左手で沢富刑事の右肩をポンと叩いた。伊達刑事は、まさか、今の話を聞かれたのではないかと、顔を引きつらせ、苦笑いしながらオヤジの横顔をちらっと覗いた。オヤジの表情を見て安心した伊達刑事は、話し始めた。

 

「お前も、そう思うか。しかし、問題は3つある。一つは、首の痕跡の大きさがHの手よりはるかに大きいこと。二つ目は、HにはMと寝ていたと言うアリバイがあること。三つ目は、Hには、殺害の動機が見当たらないこと。どう考えても、分からん」伊達刑事も馬刺しを一切れつまみあげた。「え、アリバイ?」沢富刑事は、とっさに振り向いた。「そうですよ、アリバイがはっきりしているのは、Hだけです。そこです。アリバイ工作ですよ、間違いない」伊達刑事は、目をぱちくりさせ、手を震わせていた。「どういうことだ。おい」伊達刑事は、沢富刑事の右肩を掴んだ。「オヤジ、勘定」沢富刑事をせきたてると、勘定を済ませ立ち上がった。

伊達刑事は、国体道路に出るとタクシーを拾い、沢富刑事を押し込んだ。「おい、どういうことだ。さっきのアリバイだ」沢富刑事は、一体何が起きたのかとキョトンとしていたが、アリバイのことで疑問に思ったことを話し始めた。「思うんですが、他の女性3人は、特にアリバイがなくて、Hだけがあるわけです。つまり、最も疑われないように、アリバイを作ったのではないかと思うんです。と言うことは、あえて、アリバイを作った人物が最も怪しいと言うことじゃないですか」

 

伊達刑事は、沢富刑事の話に耳を傾けながら、何度もうなずいた。「でもな~、首の痕跡は、男のものだし」伊達刑事は、ドライバーの後姿を見つめた。ドライバーは女性であった。「大濠公園の入り口まで、頼む」伊達刑事が行き先を告げると、明るく、かわいい声の返事が返ってきた。「ハイ」ドライバーは、ルームミラー越しに笑顔を見せた。ドライバーの声を聞いた沢富刑事は、上体を起こし、ドライバーに声をかけた。「もしかして、口森さん」即座に明るい声が返ってきた。「ハイ」ドライバーは、ルームミラーを見つめ、笑顔で挨拶した。

 

 伊達刑事は、右横を振り向き、声をかけた。「おい、知り合いか?」沢富刑事は、右頬をかきながら答えた。「まあ、ちょっと」伊達刑事は、右ひじで沢富刑事の左腕をちょこんとつつくと、大きな声で話し始めた。「え~~、おい、水臭いじゃないか。いるならい,いるって言えよ。このやろ~」沢富刑事は、誤解されたと思い、即座に返事した。「違いますって、ちょっとした、お友達です。そうですよね、口森さん」沢富刑事が、同意を求めると、意外な返事が返ってきた。「恋人未満って、とこですよね、沢ちゃん」ドライバーは、ルームミラーにウインクした。

春日信彦
作家:春日信彦
合コン殺人事件
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