M.シュナウザー チェルト君のひとりごと  その1

二章 伊豆の生活・子犬のころ( 12 / 17 )

15.ゴミだしの楽しみ・桜の里

 

桜の里.jpg

 

 

 前にも言ったけど、ゴミだしはガチャガチャという音から始まる。

 

 この前は、セブン・イレブンとかに、帰りに連れて行ってもらってアイスクリームをお父さんが買ってくれる話をしたけど、今度は別の楽しみが増えたから話します。

 

 お父さんがチャリとよんでるホンダのポシェットでゴミだしをするんだけど、今度は帰りに、ウンと遠回りの大室山の反対側にある桜の里まで、お父さんは僕を連れて行ってくれた。

 

 ここは、その後も何回も、何十回も、お散歩に来るんだけど、最初の日は桜の咲いているころだった。近くの駐車場はいっぱいで、僕たちはちょっと離れた、シャボテン公園に近いほうの駐車場にポシェットを止めた。そこから、まだなれない坂道とか階段を、僕はこわごわと降りていった。

 

 降りたところは、もう桜の中の小道だった。ウワッといろんなところから、ワンちゃんのオシッコのにおいがする。

 

 おっ、ここではいっぱい友達に会えるなって、僕はうれしくなった。なにしろ、ぼくはまったく人見知り、いや犬見知りする仔ではなかったから、ワンちゃんであれば誰でも友達だった。猫のミーシャやボニーとも友達になるほどだったから、僕はあらゆる木の根っこを臭いまわって、お父さんを引っ張って歩いた。

 

 これは、ラブらドールの匂いかな? それともプードルの匂いかな? いやいや、きっとこれはシェルティの匂いに違いない、なんて楽しくてしょうがなかった。でも、その時は、ワンちゃんに出会えなくてつまんなかった。

 

 でも、楽しいことが起きた。いっぱい人がいたから、その間を僕とお父さんが歩いていると、どこからか、かわいい!、って声が聞こえる。なんだろうと見ていると、子供たちが僕を見ている。周りでそっと見ている子も居れば、ばっと僕のほうに駆け出してくる子も居る。そうすると僕はビックリして、お父さんのかげに隠れる。でも、子供達の手は伸びてくる。

 

 かわいい!、ぬいぐるみみたい!、って声がする。あぁ、僕はほめられているんだってうれしくなった。ヒンヒンと鼻を鳴らして、近づくと、たくさんのちっちゃな手が延びてきて、僕を撫で回す。僕はいい気持ちだった。時々、思いもよらないところから、手が伸びてきて、短いしっぽだって、頭だって、耳だってどこだって触って、ふわふわの毛並みを撫でてくれる。僕は、シュナウザーの基本の型で、耳がきられていて、ドーベルマンみたいに細くとがった立った耳をしている。それに、シュナウザーの売りの、ふわふわのあごひげと、太い眉と大きな丸い目が特徴だ。僕の4本の足もふわふわ。子供たちが好きな形なのだ。

 

 子供たちに撫でられて、僕は桜の里が大好きになった。お花見の季節にも行ったわけだけど、あまりワンちゃんには出会わなかったのはどうしてだろう。でも、おいしい匂いをいっぱいかいだ。みんなが、桜の下でごちそうを食べているのだ。僕も欲しかった。だから、ドンドンお父さんを引っ張った。そして、ごちそうをくれそうな人を探した。

 

 なかには、ほらあげるよって、鳥のから揚げだとか、焼き鳥だとかを僕の前に出してくれる人がいる。いい匂いだ。食べたい。僕が前に出る。すると、お父さんが、ぐんとリードを引いて、近づかせてくれない。いくらがんばっても、お父さんの力にはかなわない。食べ物は、遠くをかすめるだけだった。お父さんは、その人に、この子には、なにかもらって食べないようにしているです、ゴメンナサイといっていた。僕は、食べたかったのだけど、お父さんは許してくれない。よだれが出ているのに…。

 

 食べ物は食べられなかったけど、桜の里が好きになった。そのうちに、どこかでワンちゃんの声がする。そちらにお父さんを引っ張っていくと、そこにはダックスフントの親子がいた。僕はうれしくなって、コンニチハ、僕チェルトです、としっぽを振った。向こうも、くりっとした大きな目で、コンニチハと挨拶してくれた。

 

 ヤッパリ、ここに来ると、ワンちゃんに会えるんだって僕は確信した。だって、あんなにワンちゃんのオシッコの臭いがしてたんだもん。僕は、ここにくれば、撫でてもらえるし、ワンちゃんにも会えるし、オシッコもウンチも気持ちよくできるから、好きになってしまった。

 

 お父さんは、今度はお母さんと一緒に、お弁当を持ってこようねといった。絶対に約束だよって、僕はおとうさんに言っておいた。

 

 この初めての桜の里のことは、忘れられない。それから、たびたびここで遊ぶようになっていくんだけど、そのゴミだしの日は、ちょっとまわり道で、桜の里から大室山の南側をドライブして僕たちは家に帰ってきた。

 

 お父さんは、今度お弁当や水を持って、みんなで桜の里に行こうって、お母さんに言っていた。お父さんは、約束を守ったのだ。

 

 こうして、桜の里は、僕のそれからの大事な遊び場になっていった。

 

二章 伊豆の生活・子犬のころ( 13 / 17 )

16.はじめてのお留守番

 a1220.jpg 

 

 

 僕の最初のひとりぼっちのお留守番は、おとうさんとおかあさんがユニーというスーパーに買い物に出かけたときだった。

 

 いつもは僕をおかあさんが僕を抱っこしてくれて、一緒に車に乗って出かけていたんだ。でもある日、おとうさんが、そろそろ一人で留守番させてみようよと言った。留守番ってなんだ? 僕はその言葉が分からなかった。

 

 おとうさんとおかあさんが出かける準備をしている。僕も行かなくちゃ、と思って、いそいで玄関ホールで待っていた。でも、さぁ出かけるんだと思ったとき、おとうさんは僕を抱き上げた。えっ、何するんだと思った。おとうさんは、僕をリビングのバリケンの前に連れて行って、今日はお留守番、って言って僕をバリケンの中に入れて、扉を閉めて留め金をカッシャとおろした。

 

 えっ、なにするんだよ!僕が出られないじゃないかって、吠えた。でも、おとうさんは、ちゃんと留守番しているんだぞって言って、玄関の扉にも鍵を掛けて大きいほうのスバルにおかあさんと二人きりでのかって、ブロローンと音をたてて走り去ってしてしまった。

 

 僕は、ひとりぼっちだった。バリケンにはカギが掛けられていた。広いリビングの片隅で、僕は一人バリケンの中に閉じ込められていたんだ。

 

 こんなのは初めてだった。僕は生まれて初めて、ひとりぼっちになっていた。瀬田のケンネル・エイトでは、犬のおとうさんとか、僕に優しくしてくれるおばさん犬がいたし、ケンネルのご主人か、奥さんか、子供の小学生が必ず近くにいたから、ひとりぼっちは本当に初めてだった。

 

 バリケンの中には、おかあさんが入れてくれた、僕の大切なワニさんのぬいぐるみと、骨の形をしたチューインガムと、水の入ったボウルだけ。

 

 なんだろな、って考えていたら、急にさみしくなってきた。ウォーンって鳴いてみたけど、誰も応えてくれない。何度も鳴いてみたけど、何も起らない。怖かった。心細かった。淋しかった。つまんなかった。

 

 いつも、音楽だとか、テレビだとか、お父さんとお母さんが話す声とか、僕が頭を後ろ足で掻く音とか、必ず音があった。でも、こうしてひとりぼっちで家にいると、シーンという音がするだけだ。静かで、静かで…なんて思っていると、急に冷蔵庫がウイーンなんていいだす。普通は聞こえない音が、ひとりぼっちの僕に聞こえてくる。

 

 二階の雨戸がかたかた鳴ってる音が聞こえる。なんだろうと、胸がドキドキする。そうだ、こんな自分の心臓の音なんか聞いたことがないぞと思うと、ドキドキが早くなった。足の裏に少し汗をかいたらしい。

 

 お隣の原さんちの竹薮が、ざゎー、ざわーって騒いでいる。隣の空き地に生えてるミズナラの木が、わさー、わさーっていってるのが聞こえる。隣の林に鳥がきたのか、さえずりが聞こえる。でも家の中には、誰もいない。僕一人。

 

 誰もいない。また、シーンって音がする。一人ってこんなに音がないんだって思ったら、さびしさが増してきた。僕は泣きたくなった。

 

 と、庭の垣根の外を誰かが歩いている音がする。ガシャ、ガシャって遊歩道の小石を踏んで近づいてくる。僕の耳は人間の耳の何千倍もよく聞こえるから、小さな音でもよくきこえるんだ。その足音が、だんだん大きくなってくる。

 

 僕は身構えた。家を守らなくちゃっと思った。耳を立てて、その音を聞いていた。もし僕んちに入ってきたら、僕は大声で吠えてやると思った。バリケンに入れられていたから、噛み付けないのだけど…。

 

 耳をすますと、その人の足音だけではないのが分かった。なんだか、ぺたぺたぺたぺたって聞こえる。何の音だろうと考えたけれど、わからない。

 

 どんどん、その音は近づいてきて、僕んちの横までやってきたのがよくわかる。僕は怖くなって、ワオーンと小さく鳴いてみた。すると、その足音が、家の前で止まった。怖くなった。すると、誰かの声で、ワンちゃんがいるんだって言っているのが聞こえた。それに応えて、ワオン、ワオンて大きな鳴き声がした。

 

 あっ、どこかのワンちゃんなんだと思って、少し安心してワオーンと鳴いてみた。すると、ワオン、ワオンって応える声がした。誰だろう。でもワンちゃんでよかったと思った。それは、遊歩道をお散歩するワンちゃんたちの足音だったのだ。泥棒さんでなくてよかったと少し安心した。その犬連れのおじさんは、また歩き出して、僕んちからドンドン遠くになって行った。

 

 だいぶたって、僕は待ちつかれて、バリケンの中でうとうとしていた。すると、遠くで聞きなれたドロドロというスバルの音が聞こえた。あっ、おとうさんたちだと思ってうれしくなった。間違いなくスバルの音が家に近づいてきた。車が止まった。門がカチャンと開けられて、ガチャガチャと誰かが玄関の扉の鍵を開けてるのが聞こえる。

 

 僕はうれしくなって、ワンワン吠えた。お父さんとお母さんが、ショッピング・バッグにいっぱいおいしいものを買って戻ってきたのだ。お父さんが部屋に入ってきて、ぼくのバリケンを開けてくれた。僕が飛び出すと、おとうさんは僕を抱き上げて、ちゃんと留守番してたかって訊いた。僕はわけもわからず、お父さんの顔ををなめまわしてていた。

 

 そうなんだ、これがお留守番て言うことなのだと僕はわかった。でも、あんまりやりたくないなぁとも思った。お駄賃にちいさなジャーキーをもらって、僕はやっと普通の生活の戻った。

二章 伊豆の生活・子犬のころ( 14 / 17 )

17.はじめての大室山

山焼き3.jpg

 

 僕が伊豆高原のおわんを伏せたような大室山に始めてのぼったのは、僕がまだ5ヶ月か6ヶ月の頃で、体重は5kgくらいしかなかった。まだ、チビのシュナウザーだった。

 

 桜の里へのゴミダシ帰りの回り道でいつも通っていたから、ここにはいっぱい人が集まっているのは知っていた。バスと言う、僕んちの車よりウンと大きな、ガラガラ音をだす車がいっぱいで、僕はいっぱいなでてもらえそうだから、行ってみたいなぁと思っていた。

 

 ある日、お父さんが、大室山に登ってみようかって、お母さんに言った。僕はきき耳を立てていた。行くんだったら、僕も行きたいなぁと思っていたんだ。

 

 僕にもリードをつけてくれたから、やっと安心した。僕も連れて行ってもらえるんだって。大きなスバルに水や、お散歩のとき、必ずお父さんが持っていった小さなスコップ、カメラなんかを持って3人で出かけた。

 

 大室山には歩いてはのぼれないんだと知ったのは、リフトがガラガラ、音を立てながら回っているのを見たときだ。人が二人づつ、一台のリフトに乗って山を登っていく。えっ、僕たちもあれに乗るんだって分かったとき、僕はちょっとふるえていた。リフトというベンチは大きくゆれながら、空をすすんでいくんだから。

 

 お父さんは二人分のキップっていうものを買った。駅員さんに僕を抱き上げて、この仔、抱いて登れますよねってお父さんが訊いた。チャンと動かないように抱いていてくださいねって駅員さんに言われた。よっかった、僕だけ車の中においてきぼりにはならないですんだ。

 

 ガラガラと大きな音を立てて、リフトが僕たちに目の前を揺れながら回っていた。僕を抱いたお父さんが、駅員さんの言うタイミングで乗り込んだ。カクンと大きくゆれて、僕たちは宙に浮いていた。ガタンガタンといいながらベンチは大室山の斜面を登っていいく。僕は怖くて、お父さんにしがみついていた。オシッコがもれそうだった。お母さんは、僕たちの直ぐ後ろのベンチで揺られていた。

 

 揺れと音が怖かったけれど、だんだん慣れて、春の風が気持ちよかった。でも怖いのはかわらなかった。途中に何本もの柱が立っていて、そこを通るときにはガクンとウンとゆれた。お父さんにできるだけの僕の爪を立てていた。お父さんが200メーターくらいと言っていた長い斜面を、僕たちはゆれながら登った。56分くらいの時間だったのだけれど、とても僕には長く感じた。

 

 最後にガタンと揺れて、僕たちは頂上駅に着いた。駅員さんに助けてもらって、僕たちベンチから、やっと降りた。リードをつけたまま、僕はやっと地べたに四本足をつけることができた。安心した。お母さんを待って、僕たちは駅を出た。海から580メーターの高さの大室山の頂上に着いたのだ。風が強かった。

 

 やっと自分で歩けるようになると、急にオシッコとウンチがしたくなって、僕はしゃがみこんだ。それを見てお父さんが、こいつ、ヤッパリ怖かったんだ、っいいながら、近くに木の根っこにスコップで穴を掘って、僕のウンチを埋めてくれた。やっとこれで普通に歩けると思った。

 

 僕たちは、大室山のやまのってっぺんの丸い穴ぼこのまわりをゆっくり歩いていった。お父さんが、ほら、あれが大島、利島、神津島、遠くが三宅とか言って、海の上の島の名前を言っていた。振り返ると、遠くに富士山が見えた。これが僕が始めて富士山という背の高い山を見た最初だった。

 

 お天気だったけどちょっと風が強かった。僕たち3人は、向こうから来る人たち、みんなに、わぁ、かわいいって言われながら、その人たちとすれちがいながら山頂をゆっくり歩いていった。一番高い所で休んでいると、子供たちがやってきて、なでていいっていいながら手を伸ばしてくる。僕は、ちょっと怖いけれど、なでてもらうのは大好きだから、しっぽをいっぱい振って、その子供たちに身を寄せていった。

 

 僕たちは、あそこが僕んちだよって、指差したり、写真を撮ったりしながら、一時間ほどで山のてっぺんのまるい尾根を歩いて、もとのリフトの駅に戻ってきた。気持ちがよかった。

 

 でも、帰りも僕の嫌いなリフトに乗らなくてはならない。しかも、今度は下向きに座って、スロープをゆれながらガッタンガッタン降りていくんだ。大室山には登るときより、降りるときのほうが怖いと分かった。お父さんにやはりない爪を思いっきり立てて揺られていた。

 

 ふもとの駅に着いた。お父さんが僕を抱いて飛び降りた。そして僕を地面に降ろしてくれたとき、やっとふるえが止まった。

 

 でもそれで怖いことは終わりではなかったんだ。一段が30センチもある階段が45段くらい下っていた。そこを通らないと駅から出られないのだ。お父さんが、リードを引っ張って降りようとしたけれど、僕は四足を踏ん張って、降りるのを拒否した。僕の中には、家の階段を10段以上転げ落ちた怖い思い出があった。だから、くだりの階段はとてもイヤだったのだ。

 

 階段の横のアイスクリームを売ってるお店の若い店員さんが、あら、かわいい。階段をおりるのが怖いんだって、僕に言った。悔しかったけれど、そう、僕は怖かったのだ。でも、そんなことをいわれたから、しかたなく勇気を出して、僕は一段ずつ体を横にしながら降り切った。

 

 これが僕の最初の大室山行きの話。怖かったんだから…。

 

二章 伊豆の生活・子犬のころ( 15 / 17 )

18.おかあさんのしつけ教育

しつけ教室.jpg

 

 僕は6ヶ月のなると、僕のだいたい好きなように動けるようになっていた。時には、お父さんにだめ出しで、ダメって怒られることもあったけど…。

 

 僕とお母さんは、一日、二回の散歩のうち、朝のほうが多かった。おかあさんと散歩にでると、僕はちゃんと行きたいところを持っていたから、ドンドン、お母さん、早く早くって、僕が先に立って歩いていた。とにかくどこでもいいから、気のむくままに新しい道や、行ってみたいけど、行けなかったとこなど、だいたい自分のうちのある場所は分かっていたから、おもしろそうな所に、お母さんを引っ張って行ってた。

 

 お母さんは、僕のリードに引っ張られるように、僕のうしろを前かがみになって、早足になったり、走ったりして僕についてきた。

 

 そんなある日、フォックスさんの「イヌのこころがわかる本」を読んでいたお父さんが、おかあさん、近くにイヌのしつけ教室があったら行ってみるといいかも知れないと言い出した。こいつはお母さんを引っ張りまわしているようだから…と。

 

 僕は、もっとちっちゃい頃に、警察犬訓練所の訓練士の先生がやっていた訓練に参加したのだけれど、ちびすぎて、まだ自分の運動をうまくやれなくて日東光器のグランドの訓練からは外れていた。

 

 おかあさんは、伊豆高原動物病院の獣医さんと相談したら、ミチル先生とよんでいた先生の奥さんが、セラピードッグを作りたいので、その手始めにしつけ教室をやってるときかされた。お父さんも行ったほうがいいといって、僕が通うことが決まった。ミチル先生には、イヌのしつけと同時に、飼い主さんのしつけが必要だといわれたって。そこで、毎週一回の3ヶ月のコースに僕は通った。

 

 基本は、良いことをしたらほめて、飼い主が喜んでいるって分からせる。ダメなことをしたら、ノーといって、不機嫌さを出して僕に分からせる。どうしてもダメなことをやまなければ、背中の向けて、僕のことを無視するというのだ。

 

 しつけ教室なんて、べんきょうするところかと思ったら、他のワンちゃんたちも5~6匹集まって、楽しいおべんきょうだ。

 

 最初の教えられたのは、SHIT(すわれ)STAY(待て、そのまま)DOWN(伏せ)だった。僕は、瀬田のケンネル・エイトでは名前もないし、「お手」とかの訓練もなく、おとうさん犬や、おばさん犬や、兄弟達とぎゃあぎゃあやっていただけだから、人間とのコミュニケーションはしたことがなかった。お父さんとお母さんがはじめての僕と話をした人間だった。

 

 父さんには、良いことをやったら、グッボウイといわれ、体を撫でてもらってうれしかった。悪いことをするとノーときびしい声をだして、僕に悪いことだと教えてくれていた。

 

 それに瀬田にいたときから、僕たち、犬の世界にはえらい人、中くらいな人、いちばんビケの人がチャンと分かれていることは知っていた。だからお父さん犬に怒られたら怖かった。おばさん犬にはダメだよって、悪いことをすると教えてくれ、いいことをすると、にっこりしていた。瀬田にいるときは僕がビケだった。

 

 そんななかで、伊豆高原での僕たち3人の生活が始まったわけだけど、まぁお父さんはいちばんえらいと思っていたけど、おかあさんはというと、僕とどちらが上なんだろうって思っていた。そんなところに、お父さんがしつけに行ったらと、お母さんに言ったのだ。

 

 僕は、毎回楽しい楽しい仲間と、優しいおかあさんと、時にきびしいミチル先生とこのしつけ教室にルンルンで通っていた。

 

 実は、おあかさんもしつけを受けていたのだ。いいことをしたら、ウンとほめて、体をなでるとか、ダメなことをしたら、はっきりNoということを基本にしつけられていたのだ。僕も、この教室は楽しかったったから、よろこんでおかあさんの言うことを聞けば、それだけ僕も幸せだという気持ちになってきた。

 

 リードをつけてのHEEL(付け)という歩きはなかなかむずかしかった。どうしても僕のほうが先を歩くことになるんだ。そこでは、他の教室では使っているらしいチョウカーという、リードを飼い主さんが引っ張るといぬの首が絞まるという道具は使っていなかった。だから、お母さんの前を僕がドンドン歩いても、おかあさんは、ノーしか言えないから、僕はおかあさんの左側を同じスピードで歩くってことは、なかなかできなかった。

 

 おかあさんと僕と、どちらがえらいかという疑問は、このしつけ教室に行っても分からなかった。

 

 棒高跳びをみんなとしたり、スラロームという歩き方をしたり、ちょっこりだけど、おいしいおやつをもらったりで、うんと楽しかった。ヤッパリ、ワンちゃんたちと一緒に遊ぶのが、いちばん楽しかった。そんな3ヶ月があっというまにたった。

 

 お父さんが満足していたかどうかは分からなかった。でも、僕はお父さんとお母さんのひとり息子として愛さんれていたんだ。

 

 だから、SHITSTAYDOWNはちゃんとできるようになった。うまく人間の言うことが分かり、そのようにすると喜んでもらえると学んだんだ。けれどHEELだけは難しかった。それに、日本では当たり前の「お手」はできなかった。

 

 僕とお母さんのしつけ教室はこれで終わった。後は、毎日の生活の中で覚えていくのだ。

 

 

 

<この写真は、flickrからAndreaardenさんの“Play Group”をお借りしました> 

 

ライセンスはCreative Commonsの“表示”です

徳山てつんど
作家:德山てつんど
M.シュナウザー チェルト君のひとりごと  その1
5
  • 0円
  • ダウンロード

17 / 44