M.シュナウザー チェルト君のひとりごと  その1

二章 伊豆の生活・子犬のころ( 11 / 17 )

14.雨の日のお散歩

 

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 僕は伊豆のうちに来てから、トイレを家の中ではするのがだんだんイヤになってきた。オシッコだって、ウンチだって、僕のだといっても臭いし、近よりたくない。おとうさんたちは、僕用のトイレを買ってきてくれたんだけど、そこでしたのは、最初の日と2日間ぐらいで、もう僕はそこではウンチもオシッコもやれなくなった。だから、けっこう我慢してた。

 

 おとうさんは、チックンしてくれた獣医さんに相談したようだ。チェルトが家ではウンチもオシッコもしなくなってしまったのですが、どうしたらいいでしょうと訊いた様だ。ウンチもオシッコもしなくなって、おとうさんはすこし怒っていた。僕にはそれが分かった。

 

 おとうさんと僕の我慢くらべになってた。僕は頑張った。お父さんも頑張った。どんなに頑張ったかというと、二人は30時間頑張り続けた。そこでお父さんは心配になって、獣医さんに相談に行ったわけ。

 

 高原動物病院の豊島先生は、シュナウを自分でも飼ったことがあって、シュナウの気性をよく知った先生だった。先生は、そんな長い時間を頑張らせると、病気になります。一日、2回は必ず連れ出してトイレをさせてあげてくださいと、おとうさんにいったようだ。

 

 それから、僕の散歩が日課になった。天気がどうでも、僕たちは朝と夕方、散歩に出ることになった。それが僕のおとうさんにたいする最初の勝利だった。僕は我慢することなく、オシッコもウンチもできた。気持ちよかった。

 

 でも、まだ3月の雨はとても冷たい。おとうさんはそれを知っていたので、僕に何とか家の中でトイレをさせたかったのだけれど、僕は「自分の考えたことは、ちゃんとやるんだ」と、瀬田のケンネル・エイトの犬のおとうさんに教わっていた。だから、頑張っていたのだ。

 

 最初の雨の日の散歩、忘れられない。

 

 おとうさんは、ポンチョを着て、傘を差していたけど、僕はお父さんの傘の下に入るだけ。その日は、春の嵐もあって、大雨で斜めに雨が吹いてきていた。僕は、すぐにびしょぬれ。シュナウは、吻のまわりのひげや、お腹、手足のふあふあした毛が売りなんだけれど、雨でぐっしょりになってしまった。背中やお腹の毛もぬれてしまって、僕は細~~くなって、お父さんにみすぼらしくなったもんだなぁと笑われた。

 

 冗談じゃない。僕は寒くて震えていた。目にもドンドン雨が降り込んでくるし、肉球もびっしょり。もうオシッコやウンチをやる気持ちはなっていた。とにかく早く、家に逃げ帰りたかった。でもおとうさんは、僕がウンチとオシッコをするまで、いろんな道を僕を連れまわす。僕の心にはとっくにそんな気はなくなっていたから、おとうさんとのたたかいになった。今日は、おとうさんは僕がウンチかオシッコをするまで、頑としてうちに帰ろうとしない。

 

 僕は、おとうさんに早く家に帰ろうよって、何度も言ったんだけど、おとうさんは分かってくれない。すこし雨の弱い木の下なんかに立ち止まって、僕の様子を見ている。雨はやみそうに無い。僕の毛は二重になっていて、外側の毛は長く、柔らかで、ぬれるとペションとなる。でも、その柔らかい毛の根っこのほうにもう一つの毛が生えている。そのアンダー・コートが、僕の体温をキープしてくれるのだけど、本当に土砂降りになったから、その下毛までもびしょびしょになってしまった。

 

 30分ぐらい、二人のたたかいがあったけれど、僕はおとうさんがリードをしっかり持っていないなと思ったので、全力でリードを引っ張った。急だったので、おとうさんは雨にぬれたリードを離した。

 

 僕は全速力で、家にむかって雨の中を走った。もうだいたいの道は分かっていたから、僕は自分ひとりで家まで駆けていた。おとうさんは、ぬれるのはイヤだったらしく、走ることはしないで傘を差しながら早足で追ってきた。

 

 家の門には、おとうさんをウンと離して、僕が先に着いた。でも、門扉に掛け金がかかっている。僕が一生懸命、鼻で押してみたけれど、開かなかった。大粒の雨は降り続いていた。結局、僕はおとうさんが帰ってくるのを待たなくては家に入れなかった。僕は本当に濡れ鼠になって、ひとまわりもふたまわりも小さくショボクレて、雨の中でおとうさんが帰ってくるのを待った。寒かった。そして、すこし怒っていた。

 

 おとうさんがやっと家に着いて、扉を開けてくれた。玄関のポーチに入って雨から逃れた。僕は震えていた。

 

 もう、オシッコのことも、ウンチのことも忘れていた。早く、おとうさんに温かいシャワーだ洗ってもらって、バォーとドライヤーをかけてもらわなくてはと考えていた。だから雨の日の散歩は嫌いだ。

 

二章 伊豆の生活・子犬のころ( 12 / 17 )

15.ゴミだしの楽しみ・桜の里

 

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 前にも言ったけど、ゴミだしはガチャガチャという音から始まる。

 

 この前は、セブン・イレブンとかに、帰りに連れて行ってもらってアイスクリームをお父さんが買ってくれる話をしたけど、今度は別の楽しみが増えたから話します。

 

 お父さんがチャリとよんでるホンダのポシェットでゴミだしをするんだけど、今度は帰りに、ウンと遠回りの大室山の反対側にある桜の里まで、お父さんは僕を連れて行ってくれた。

 

 ここは、その後も何回も、何十回も、お散歩に来るんだけど、最初の日は桜の咲いているころだった。近くの駐車場はいっぱいで、僕たちはちょっと離れた、シャボテン公園に近いほうの駐車場にポシェットを止めた。そこから、まだなれない坂道とか階段を、僕はこわごわと降りていった。

 

 降りたところは、もう桜の中の小道だった。ウワッといろんなところから、ワンちゃんのオシッコのにおいがする。

 

 おっ、ここではいっぱい友達に会えるなって、僕はうれしくなった。なにしろ、ぼくはまったく人見知り、いや犬見知りする仔ではなかったから、ワンちゃんであれば誰でも友達だった。猫のミーシャやボニーとも友達になるほどだったから、僕はあらゆる木の根っこを臭いまわって、お父さんを引っ張って歩いた。

 

 これは、ラブらドールの匂いかな? それともプードルの匂いかな? いやいや、きっとこれはシェルティの匂いに違いない、なんて楽しくてしょうがなかった。でも、その時は、ワンちゃんに出会えなくてつまんなかった。

 

 でも、楽しいことが起きた。いっぱい人がいたから、その間を僕とお父さんが歩いていると、どこからか、かわいい!、って声が聞こえる。なんだろうと見ていると、子供たちが僕を見ている。周りでそっと見ている子も居れば、ばっと僕のほうに駆け出してくる子も居る。そうすると僕はビックリして、お父さんのかげに隠れる。でも、子供達の手は伸びてくる。

 

 かわいい!、ぬいぐるみみたい!、って声がする。あぁ、僕はほめられているんだってうれしくなった。ヒンヒンと鼻を鳴らして、近づくと、たくさんのちっちゃな手が延びてきて、僕を撫で回す。僕はいい気持ちだった。時々、思いもよらないところから、手が伸びてきて、短いしっぽだって、頭だって、耳だってどこだって触って、ふわふわの毛並みを撫でてくれる。僕は、シュナウザーの基本の型で、耳がきられていて、ドーベルマンみたいに細くとがった立った耳をしている。それに、シュナウザーの売りの、ふわふわのあごひげと、太い眉と大きな丸い目が特徴だ。僕の4本の足もふわふわ。子供たちが好きな形なのだ。

 

 子供たちに撫でられて、僕は桜の里が大好きになった。お花見の季節にも行ったわけだけど、あまりワンちゃんには出会わなかったのはどうしてだろう。でも、おいしい匂いをいっぱいかいだ。みんなが、桜の下でごちそうを食べているのだ。僕も欲しかった。だから、ドンドンお父さんを引っ張った。そして、ごちそうをくれそうな人を探した。

 

 なかには、ほらあげるよって、鳥のから揚げだとか、焼き鳥だとかを僕の前に出してくれる人がいる。いい匂いだ。食べたい。僕が前に出る。すると、お父さんが、ぐんとリードを引いて、近づかせてくれない。いくらがんばっても、お父さんの力にはかなわない。食べ物は、遠くをかすめるだけだった。お父さんは、その人に、この子には、なにかもらって食べないようにしているです、ゴメンナサイといっていた。僕は、食べたかったのだけど、お父さんは許してくれない。よだれが出ているのに…。

 

 食べ物は食べられなかったけど、桜の里が好きになった。そのうちに、どこかでワンちゃんの声がする。そちらにお父さんを引っ張っていくと、そこにはダックスフントの親子がいた。僕はうれしくなって、コンニチハ、僕チェルトです、としっぽを振った。向こうも、くりっとした大きな目で、コンニチハと挨拶してくれた。

 

 ヤッパリ、ここに来ると、ワンちゃんに会えるんだって僕は確信した。だって、あんなにワンちゃんのオシッコの臭いがしてたんだもん。僕は、ここにくれば、撫でてもらえるし、ワンちゃんにも会えるし、オシッコもウンチも気持ちよくできるから、好きになってしまった。

 

 お父さんは、今度はお母さんと一緒に、お弁当を持ってこようねといった。絶対に約束だよって、僕はおとうさんに言っておいた。

 

 この初めての桜の里のことは、忘れられない。それから、たびたびここで遊ぶようになっていくんだけど、そのゴミだしの日は、ちょっとまわり道で、桜の里から大室山の南側をドライブして僕たちは家に帰ってきた。

 

 お父さんは、今度お弁当や水を持って、みんなで桜の里に行こうって、お母さんに言っていた。お父さんは、約束を守ったのだ。

 

 こうして、桜の里は、僕のそれからの大事な遊び場になっていった。

 

二章 伊豆の生活・子犬のころ( 13 / 17 )

16.はじめてのお留守番

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 僕の最初のひとりぼっちのお留守番は、おとうさんとおかあさんがユニーというスーパーに買い物に出かけたときだった。

 

 いつもは僕をおかあさんが僕を抱っこしてくれて、一緒に車に乗って出かけていたんだ。でもある日、おとうさんが、そろそろ一人で留守番させてみようよと言った。留守番ってなんだ? 僕はその言葉が分からなかった。

 

 おとうさんとおかあさんが出かける準備をしている。僕も行かなくちゃ、と思って、いそいで玄関ホールで待っていた。でも、さぁ出かけるんだと思ったとき、おとうさんは僕を抱き上げた。えっ、何するんだと思った。おとうさんは、僕をリビングのバリケンの前に連れて行って、今日はお留守番、って言って僕をバリケンの中に入れて、扉を閉めて留め金をカッシャとおろした。

 

 えっ、なにするんだよ!僕が出られないじゃないかって、吠えた。でも、おとうさんは、ちゃんと留守番しているんだぞって言って、玄関の扉にも鍵を掛けて大きいほうのスバルにおかあさんと二人きりでのかって、ブロローンと音をたてて走り去ってしてしまった。

 

 僕は、ひとりぼっちだった。バリケンにはカギが掛けられていた。広いリビングの片隅で、僕は一人バリケンの中に閉じ込められていたんだ。

 

 こんなのは初めてだった。僕は生まれて初めて、ひとりぼっちになっていた。瀬田のケンネル・エイトでは、犬のおとうさんとか、僕に優しくしてくれるおばさん犬がいたし、ケンネルのご主人か、奥さんか、子供の小学生が必ず近くにいたから、ひとりぼっちは本当に初めてだった。

 

 バリケンの中には、おかあさんが入れてくれた、僕の大切なワニさんのぬいぐるみと、骨の形をしたチューインガムと、水の入ったボウルだけ。

 

 なんだろな、って考えていたら、急にさみしくなってきた。ウォーンって鳴いてみたけど、誰も応えてくれない。何度も鳴いてみたけど、何も起らない。怖かった。心細かった。淋しかった。つまんなかった。

 

 いつも、音楽だとか、テレビだとか、お父さんとお母さんが話す声とか、僕が頭を後ろ足で掻く音とか、必ず音があった。でも、こうしてひとりぼっちで家にいると、シーンという音がするだけだ。静かで、静かで…なんて思っていると、急に冷蔵庫がウイーンなんていいだす。普通は聞こえない音が、ひとりぼっちの僕に聞こえてくる。

 

 二階の雨戸がかたかた鳴ってる音が聞こえる。なんだろうと、胸がドキドキする。そうだ、こんな自分の心臓の音なんか聞いたことがないぞと思うと、ドキドキが早くなった。足の裏に少し汗をかいたらしい。

 

 お隣の原さんちの竹薮が、ざゎー、ざわーって騒いでいる。隣の空き地に生えてるミズナラの木が、わさー、わさーっていってるのが聞こえる。隣の林に鳥がきたのか、さえずりが聞こえる。でも家の中には、誰もいない。僕一人。

 

 誰もいない。また、シーンって音がする。一人ってこんなに音がないんだって思ったら、さびしさが増してきた。僕は泣きたくなった。

 

 と、庭の垣根の外を誰かが歩いている音がする。ガシャ、ガシャって遊歩道の小石を踏んで近づいてくる。僕の耳は人間の耳の何千倍もよく聞こえるから、小さな音でもよくきこえるんだ。その足音が、だんだん大きくなってくる。

 

 僕は身構えた。家を守らなくちゃっと思った。耳を立てて、その音を聞いていた。もし僕んちに入ってきたら、僕は大声で吠えてやると思った。バリケンに入れられていたから、噛み付けないのだけど…。

 

 耳をすますと、その人の足音だけではないのが分かった。なんだか、ぺたぺたぺたぺたって聞こえる。何の音だろうと考えたけれど、わからない。

 

 どんどん、その音は近づいてきて、僕んちの横までやってきたのがよくわかる。僕は怖くなって、ワオーンと小さく鳴いてみた。すると、その足音が、家の前で止まった。怖くなった。すると、誰かの声で、ワンちゃんがいるんだって言っているのが聞こえた。それに応えて、ワオン、ワオンて大きな鳴き声がした。

 

 あっ、どこかのワンちゃんなんだと思って、少し安心してワオーンと鳴いてみた。すると、ワオン、ワオンって応える声がした。誰だろう。でもワンちゃんでよかったと思った。それは、遊歩道をお散歩するワンちゃんたちの足音だったのだ。泥棒さんでなくてよかったと少し安心した。その犬連れのおじさんは、また歩き出して、僕んちからドンドン遠くになって行った。

 

 だいぶたって、僕は待ちつかれて、バリケンの中でうとうとしていた。すると、遠くで聞きなれたドロドロというスバルの音が聞こえた。あっ、おとうさんたちだと思ってうれしくなった。間違いなくスバルの音が家に近づいてきた。車が止まった。門がカチャンと開けられて、ガチャガチャと誰かが玄関の扉の鍵を開けてるのが聞こえる。

 

 僕はうれしくなって、ワンワン吠えた。お父さんとお母さんが、ショッピング・バッグにいっぱいおいしいものを買って戻ってきたのだ。お父さんが部屋に入ってきて、ぼくのバリケンを開けてくれた。僕が飛び出すと、おとうさんは僕を抱き上げて、ちゃんと留守番してたかって訊いた。僕はわけもわからず、お父さんの顔ををなめまわしてていた。

 

 そうなんだ、これがお留守番て言うことなのだと僕はわかった。でも、あんまりやりたくないなぁとも思った。お駄賃にちいさなジャーキーをもらって、僕はやっと普通の生活の戻った。

二章 伊豆の生活・子犬のころ( 14 / 17 )

17.はじめての大室山

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 僕が伊豆高原のおわんを伏せたような大室山に始めてのぼったのは、僕がまだ5ヶ月か6ヶ月の頃で、体重は5kgくらいしかなかった。まだ、チビのシュナウザーだった。

 

 桜の里へのゴミダシ帰りの回り道でいつも通っていたから、ここにはいっぱい人が集まっているのは知っていた。バスと言う、僕んちの車よりウンと大きな、ガラガラ音をだす車がいっぱいで、僕はいっぱいなでてもらえそうだから、行ってみたいなぁと思っていた。

 

 ある日、お父さんが、大室山に登ってみようかって、お母さんに言った。僕はきき耳を立てていた。行くんだったら、僕も行きたいなぁと思っていたんだ。

 

 僕にもリードをつけてくれたから、やっと安心した。僕も連れて行ってもらえるんだって。大きなスバルに水や、お散歩のとき、必ずお父さんが持っていった小さなスコップ、カメラなんかを持って3人で出かけた。

 

 大室山には歩いてはのぼれないんだと知ったのは、リフトがガラガラ、音を立てながら回っているのを見たときだ。人が二人づつ、一台のリフトに乗って山を登っていく。えっ、僕たちもあれに乗るんだって分かったとき、僕はちょっとふるえていた。リフトというベンチは大きくゆれながら、空をすすんでいくんだから。

 

 お父さんは二人分のキップっていうものを買った。駅員さんに僕を抱き上げて、この仔、抱いて登れますよねってお父さんが訊いた。チャンと動かないように抱いていてくださいねって駅員さんに言われた。よっかった、僕だけ車の中においてきぼりにはならないですんだ。

 

 ガラガラと大きな音を立てて、リフトが僕たちに目の前を揺れながら回っていた。僕を抱いたお父さんが、駅員さんの言うタイミングで乗り込んだ。カクンと大きくゆれて、僕たちは宙に浮いていた。ガタンガタンといいながらベンチは大室山の斜面を登っていいく。僕は怖くて、お父さんにしがみついていた。オシッコがもれそうだった。お母さんは、僕たちの直ぐ後ろのベンチで揺られていた。

 

 揺れと音が怖かったけれど、だんだん慣れて、春の風が気持ちよかった。でも怖いのはかわらなかった。途中に何本もの柱が立っていて、そこを通るときにはガクンとウンとゆれた。お父さんにできるだけの僕の爪を立てていた。お父さんが200メーターくらいと言っていた長い斜面を、僕たちはゆれながら登った。56分くらいの時間だったのだけれど、とても僕には長く感じた。

 

 最後にガタンと揺れて、僕たちは頂上駅に着いた。駅員さんに助けてもらって、僕たちベンチから、やっと降りた。リードをつけたまま、僕はやっと地べたに四本足をつけることができた。安心した。お母さんを待って、僕たちは駅を出た。海から580メーターの高さの大室山の頂上に着いたのだ。風が強かった。

 

 やっと自分で歩けるようになると、急にオシッコとウンチがしたくなって、僕はしゃがみこんだ。それを見てお父さんが、こいつ、ヤッパリ怖かったんだ、っいいながら、近くに木の根っこにスコップで穴を掘って、僕のウンチを埋めてくれた。やっとこれで普通に歩けると思った。

 

 僕たちは、大室山のやまのってっぺんの丸い穴ぼこのまわりをゆっくり歩いていった。お父さんが、ほら、あれが大島、利島、神津島、遠くが三宅とか言って、海の上の島の名前を言っていた。振り返ると、遠くに富士山が見えた。これが僕が始めて富士山という背の高い山を見た最初だった。

 

 お天気だったけどちょっと風が強かった。僕たち3人は、向こうから来る人たち、みんなに、わぁ、かわいいって言われながら、その人たちとすれちがいながら山頂をゆっくり歩いていった。一番高い所で休んでいると、子供たちがやってきて、なでていいっていいながら手を伸ばしてくる。僕は、ちょっと怖いけれど、なでてもらうのは大好きだから、しっぽをいっぱい振って、その子供たちに身を寄せていった。

 

 僕たちは、あそこが僕んちだよって、指差したり、写真を撮ったりしながら、一時間ほどで山のてっぺんのまるい尾根を歩いて、もとのリフトの駅に戻ってきた。気持ちがよかった。

 

 でも、帰りも僕の嫌いなリフトに乗らなくてはならない。しかも、今度は下向きに座って、スロープをゆれながらガッタンガッタン降りていくんだ。大室山には登るときより、降りるときのほうが怖いと分かった。お父さんにやはりない爪を思いっきり立てて揺られていた。

 

 ふもとの駅に着いた。お父さんが僕を抱いて飛び降りた。そして僕を地面に降ろしてくれたとき、やっとふるえが止まった。

 

 でもそれで怖いことは終わりではなかったんだ。一段が30センチもある階段が45段くらい下っていた。そこを通らないと駅から出られないのだ。お父さんが、リードを引っ張って降りようとしたけれど、僕は四足を踏ん張って、降りるのを拒否した。僕の中には、家の階段を10段以上転げ落ちた怖い思い出があった。だから、くだりの階段はとてもイヤだったのだ。

 

 階段の横のアイスクリームを売ってるお店の若い店員さんが、あら、かわいい。階段をおりるのが怖いんだって、僕に言った。悔しかったけれど、そう、僕は怖かったのだ。でも、そんなことをいわれたから、しかたなく勇気を出して、僕は一段ずつ体を横にしながら降り切った。

 

 これが僕の最初の大室山行きの話。怖かったんだから…。

 

徳山てつんど
作家:德山てつんど
M.シュナウザー チェルト君のひとりごと  その1
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