M.シュナウザー チェルト君のひとりごと  その1

二章 伊豆の生活・子犬のころ( 9 / 17 )

12.歩けなかったガラス工場のグランド

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  僕は少し大きくなってきて、だいたい、散歩で困るようなことはなかった。

 散歩は楽しかった。気ままにやっていた。

 

 そんなある日、おとうさんが、おかあさんに、「チェルト、いちどちゃんと訓練したほうがいいかなぁ~」ていっていた。僕は訓練ってなんだろうと思った。そんな言葉、きいたことがないし、なんだろうなぁって思ってきいていた。僕のこと話してるんだとはちゃんと分かっていた。

 

 ある朝、おとうさんが、さあ出かけるぞって、おかあさんと僕と三人で、大きなほうの車に乗って出かけた。僕は、もうその頃は車が大好きだったから、お出かけ、お出かけ、って喜んでおかあさんに抱かれて、車の外を見てよろこんでいた。

 

 大室ショッピングセンターの前を曲がって、車は僕の知らないほうに走っていった。どこに行くんだろう、何か楽しいことやれるのかなぁって思っていた。すると、まもなく、車は大きな工場のようなところに入っていって、駐車場と言う車がいっぱい止まるところに止まった。

 

 すると、ドアを開けた瞬間、ワンちゃんのにおいがおしよせて来た。僕は、鼻をぬらしながら、誰がいるんだろうと匂いをかいだ。でも、友達のアンナちゃんとか、セロちゃんとかの匂いはしなかった。嗅いだことのないいろんな匂いが混ざっていて、僕は全く分からなかった。

でも、きっと楽しいことがあるぞって、おかあさんの持つリードをぐんぐん引っ張って、匂いのする奥のほうに歩いていった。

 

 するとどうだろう、広い広場にいっぱい、ワンちゃんたちが集っていた。こんなの見たことがないから、僕はびっくりしてしまった。誰が誰だかわからない。僕の背丈の3倍もありそうな、ゴールデン・リトリーバとか、ラブラドールだとか、アフガンだとか、シェパードだとか、大きな犬たちが、いっぱい、いっぱいいた。

 

 僕はびっくりして、オシッコがもれそうになったけれど、怖くはなかった。大きくない犬では、シーズーとかマルチーズとか、ミックスとか、とにかくいろんな種類の犬たちがそこにいた。

 

 僕は、たちまち、みんなに取り囲まれて、匂いを嗅がれた。大きな犬ばかりではなく、中型のシェルティーだとか、柴だとか、まったく今まで嗅いだこともない匂いの中に、僕は巻き込まれていた。びっくりはしたけれど、怖くはなかった。

 

 おとうさんが、誰かと話している。僕のことを話しているようだ。その相手が、後でだんだん分かってきたのだけど、警察犬の訓練をしている先生だったのだ。そうなんだぁ、僕は訓練されるために、ここにつれられてきたんだって分かった。でも、訓練てなんだろうと思っていた。

 

 たくさんの犬たちが、飼い主さんにリードを付けられて、みんな飼い主さんの左側を飼い主さんと、同じスピードでさっそうと歩き始めた。たくさんのワンちゃんが、大きな輪になって、時計の反対まわりで、そのグランドを何週もしていた。

 

 真ん中で先生が、xxさんん、リードを短めにとか、犬が先に歩き出したら、チョーカーを引いてゆっくり歩かせてくださいとか、いっている。ぼくは、座ってみんなが歩いているのを見ていた。

 

 すると、先生が、では一緒に歩いてみますかって、おとうさんに言った。僕は、おかあさんにリードを引かれて、そのぐるぐる回る犬の輪の中にはいった。そして歩き始めた。だけど、みんなのようには歩けなかった。右にいったり、左にゆれたり、おかあさんに遅れたり、ぼくの方が先に行ったりと、みんなのようにさっそうとは歩けなかった。一番のチビだったから、ぼくのおかげで、みんなの歩くスピードは落ちるし、つっかえたりして、みんなから見れば、ビケの出来の悪い仔だった。そんな風に歩くって、瀬田のおとうさん犬からも、おばさんの犬からも教えられたことはなかったから、僕は泣きっ面だったんだ、ほんとうは。

 

 すこしみんなと歩いていたら、先生が、ちょっと輪の外にでてくださいと言って、おかあさんとぼくだけが、みんなの輪の外に出された。ぼくたちは、みんながさっそうとあるいているのを外からながめていた。

 

 あぁ、これが訓練だって僕は思った。でも本当には、訓練はそれからだった。みんなが、その日の訓練費用を払って帰っていって、だんだんいなくなっていったとき、ぼくとおとうさんとおかあさんが、そこに残った。もうお昼近くになって、お腹もすいてきたし、のども渇いてきた。先生は、おかあさんに、リードのもち方、僕の歩く位置をコントロールするやり方だとかを一生懸命になって、教えてくれた。でも、ぼくには簡単ではなかった。どうしても、まっすぐ歩くことができなかったんだ。

 

 訓練って、楽しいことではないんだなぁと、そのとき僕は思った。でも、他のいっぱいのワンちゃんたちと会えるのは、僕はうれしかったから、気持ちがぐらついていた。

 

 その後も何度か、この日東光器のグランドで、僕は歩く訓練を受けた。でも、みんなと同じように、さっそうとは歩けなかった。悔しかったけれど、それが簡単にはできなかったのだ。でもそのかわり、毎回新しい友達ができて、いろんな犬の匂いを嗅ぐことができて、そこだけはうれしかった。こんなにたくさんのワンちゃんと、一緒になることはそれ以降もなかった。ここでは、犬の社会性の訓練もしていたのだ。これで、ぼくはどんな犬に出会っても、怖くなくなったし、ちゃんと犬のしきたりで、挨拶ができるようになったんだ。

 

 でも残念だったけど、シュナウザーのお友達は、その30頭くらいのワンちゃんの中にはいなかったんだ。だから、瀬田の店で嗅いでいたおとうさん犬や、おばさん犬、おかあさん犬の懐かしい匂いは嗅げなかった。

二章 伊豆の生活・子犬のころ( 10 / 17 )

13.僕の前を通りすぎるリンゴ

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 僕んちに一番近いお隣さんの原さんのおばさんが、ある日、北海道の親戚からいっぱい送ってきたのでお裾分けです、と箱いっぱいのリンゴを下さった。

 

 僕は、犬だけど、おとうさんとおかあさんが食べるものは、何でも食べることにしていた。中には、僕には食べられない辛いものなんかもあったけど、何でも食べてみていた。だから、原さんからもらったリンゴもみんなでおいしく食べた。

 

 甘酸っぱい香りが僕は大好きになって、おとうさんがリンゴの皮をむき始めると、あっ、リンゴだと急いで、お父さんのもとに走る。絶対に僕のこと忘れないでねって、おとうさんの足にちょっとぼくの手を出しておく。そうすると、皮がむかれて、リンゴの8分の1くらいが僕のボウルにコトンとは入ってくる。うれしい。おいしい。大好きだった。

 

 ある日、リンゴをむく匂いがしたから、もらわなくっちゃと急いで、おとうさんのところへ行った。たしかにリンゴを手に持っていたのだけれど、皮はむいていないようだ。へんだなぁと思っていたら、おとうさんは自分も食べないで、半分に切ったリンゴを持って、スーっと僕の前を通り過ぎた。そして、庭に出る大きなガラス戸をあけて庭に出て行った。何で僕にくれないんだろうて、思ってみていた。すると、おとうさんは、庭に最近作った、ちいさな屋根つきの家みたいなものの中に、そのリンゴを入れた。

 

 2~3日前に、おとうさんは素麺の箱を解体して、のこぎりを使って、ゴリゴリ板を切って屋根を作り、その屋根に、やはり素麺の箱を台にして柱を立てて、きれいなブルーの色を塗っていた。それがなんなのかは僕には分からなかった。壁のないちいさな小屋のようだった。

 

 そしてお父さんは、、庭の真ん中に、太い杭を打ち込んで、その上にその小屋を取り付けた。そのきれいなちいさな小屋が、僕んちのリビングからいつでも見られるようになった。

 

 とうさんは、僕の前を通り過ぎて、リンゴをその小屋に付いてる大きな釘に突き刺した。なんだ、僕にはくれないんだとがっかりしながら見ていた。

 

 とすると、しばらくして、僕には小鳥達が歌っている声が聞こえた。なんだろうと思って庭を見ると、そのちいさな小屋の横木に、ちいさなきみどり色の鳥達がとまって、おとうさんが釘に刺したリンゴを突っついていた。

 

 なんだ、お父さんは、リンゴを僕にはくれないで、小鳥さんたちにあげたんだと分かった。僕はがっかりした。僕だって食べたかったのに、一切れもくれないで、小鳥さんの小屋に持っていくなんて、とすこし怒っていた。

 

 でもしょうがない、僕にはどうすることもできない。小鳥さんたちは、チクチクいいながらおいしそうに、リンゴを食べていた。

 

 とそのとき、大きなキーという鳴声が聞こえてきた。チクチクといったかわいい声ではなくて、ギャー、ギャーとも聞こえる声だった。

 

 僕は番犬だから、なんだろうと思ってガラス戸をすかしてみた。すると、そこには、これまで見たことのない、灰色の大きな鳥がいた。ギャーギャーってうるさい。

そして、それまで、リンゴを突っついていていたちいさなきみどり色の小鳥さんたちを追い払っていた。

 

 ちいさな鳥、目白さんって言うんだって、お父さんがあとで教えてくれた鳥は、貝塚ぶきの生垣の中に隠れて、様子を見ていた。大きな鳥、それはヒヨってい言う鳥だったのだけど、独り占めにしてリンゴを食べていた。

 

 僕は悔しかったから、ワンワンて吠えてみたけど、ヒヨさんは平気。見てる間に、おとうさんの持っていったリンゴは、みんなヒヨに食べられてしまった。

 

 それを見ていた、おとうさんは、またリンゴを新しく切って、僕の目の前をリンゴを持ってスーッと通りすぎて、また庭に出てリンゴを小鳥さんの餌場に出していた。

 

 僕は、つまんなかった。そして、悔しかった。どういう時には、僕にくれて、どういう時には、僕にはくれないのか、全く分からないでいた。だから、僕は、リンゴは必ずもらえる食べ物ではなさそうだと覚えた。

 

 また目の前を、僕に大好きなリンゴがスーっと運ばれていく。悔しいなぁ。でも、おとうさんには吠えられないし…。

  

二章 伊豆の生活・子犬のころ( 11 / 17 )

14.雨の日のお散歩

 

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 僕は伊豆のうちに来てから、トイレを家の中ではするのがだんだんイヤになってきた。オシッコだって、ウンチだって、僕のだといっても臭いし、近よりたくない。おとうさんたちは、僕用のトイレを買ってきてくれたんだけど、そこでしたのは、最初の日と2日間ぐらいで、もう僕はそこではウンチもオシッコもやれなくなった。だから、けっこう我慢してた。

 

 おとうさんは、チックンしてくれた獣医さんに相談したようだ。チェルトが家ではウンチもオシッコもしなくなってしまったのですが、どうしたらいいでしょうと訊いた様だ。ウンチもオシッコもしなくなって、おとうさんはすこし怒っていた。僕にはそれが分かった。

 

 おとうさんと僕の我慢くらべになってた。僕は頑張った。お父さんも頑張った。どんなに頑張ったかというと、二人は30時間頑張り続けた。そこでお父さんは心配になって、獣医さんに相談に行ったわけ。

 

 高原動物病院の豊島先生は、シュナウを自分でも飼ったことがあって、シュナウの気性をよく知った先生だった。先生は、そんな長い時間を頑張らせると、病気になります。一日、2回は必ず連れ出してトイレをさせてあげてくださいと、おとうさんにいったようだ。

 

 それから、僕の散歩が日課になった。天気がどうでも、僕たちは朝と夕方、散歩に出ることになった。それが僕のおとうさんにたいする最初の勝利だった。僕は我慢することなく、オシッコもウンチもできた。気持ちよかった。

 

 でも、まだ3月の雨はとても冷たい。おとうさんはそれを知っていたので、僕に何とか家の中でトイレをさせたかったのだけれど、僕は「自分の考えたことは、ちゃんとやるんだ」と、瀬田のケンネル・エイトの犬のおとうさんに教わっていた。だから、頑張っていたのだ。

 

 最初の雨の日の散歩、忘れられない。

 

 おとうさんは、ポンチョを着て、傘を差していたけど、僕はお父さんの傘の下に入るだけ。その日は、春の嵐もあって、大雨で斜めに雨が吹いてきていた。僕は、すぐにびしょぬれ。シュナウは、吻のまわりのひげや、お腹、手足のふあふあした毛が売りなんだけれど、雨でぐっしょりになってしまった。背中やお腹の毛もぬれてしまって、僕は細~~くなって、お父さんにみすぼらしくなったもんだなぁと笑われた。

 

 冗談じゃない。僕は寒くて震えていた。目にもドンドン雨が降り込んでくるし、肉球もびっしょり。もうオシッコやウンチをやる気持ちはなっていた。とにかく早く、家に逃げ帰りたかった。でもおとうさんは、僕がウンチとオシッコをするまで、いろんな道を僕を連れまわす。僕の心にはとっくにそんな気はなくなっていたから、おとうさんとのたたかいになった。今日は、おとうさんは僕がウンチかオシッコをするまで、頑としてうちに帰ろうとしない。

 

 僕は、おとうさんに早く家に帰ろうよって、何度も言ったんだけど、おとうさんは分かってくれない。すこし雨の弱い木の下なんかに立ち止まって、僕の様子を見ている。雨はやみそうに無い。僕の毛は二重になっていて、外側の毛は長く、柔らかで、ぬれるとペションとなる。でも、その柔らかい毛の根っこのほうにもう一つの毛が生えている。そのアンダー・コートが、僕の体温をキープしてくれるのだけど、本当に土砂降りになったから、その下毛までもびしょびしょになってしまった。

 

 30分ぐらい、二人のたたかいがあったけれど、僕はおとうさんがリードをしっかり持っていないなと思ったので、全力でリードを引っ張った。急だったので、おとうさんは雨にぬれたリードを離した。

 

 僕は全速力で、家にむかって雨の中を走った。もうだいたいの道は分かっていたから、僕は自分ひとりで家まで駆けていた。おとうさんは、ぬれるのはイヤだったらしく、走ることはしないで傘を差しながら早足で追ってきた。

 

 家の門には、おとうさんをウンと離して、僕が先に着いた。でも、門扉に掛け金がかかっている。僕が一生懸命、鼻で押してみたけれど、開かなかった。大粒の雨は降り続いていた。結局、僕はおとうさんが帰ってくるのを待たなくては家に入れなかった。僕は本当に濡れ鼠になって、ひとまわりもふたまわりも小さくショボクレて、雨の中でおとうさんが帰ってくるのを待った。寒かった。そして、すこし怒っていた。

 

 おとうさんがやっと家に着いて、扉を開けてくれた。玄関のポーチに入って雨から逃れた。僕は震えていた。

 

 もう、オシッコのことも、ウンチのことも忘れていた。早く、おとうさんに温かいシャワーだ洗ってもらって、バォーとドライヤーをかけてもらわなくてはと考えていた。だから雨の日の散歩は嫌いだ。

 

二章 伊豆の生活・子犬のころ( 12 / 17 )

15.ゴミだしの楽しみ・桜の里

 

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 前にも言ったけど、ゴミだしはガチャガチャという音から始まる。

 

 この前は、セブン・イレブンとかに、帰りに連れて行ってもらってアイスクリームをお父さんが買ってくれる話をしたけど、今度は別の楽しみが増えたから話します。

 

 お父さんがチャリとよんでるホンダのポシェットでゴミだしをするんだけど、今度は帰りに、ウンと遠回りの大室山の反対側にある桜の里まで、お父さんは僕を連れて行ってくれた。

 

 ここは、その後も何回も、何十回も、お散歩に来るんだけど、最初の日は桜の咲いているころだった。近くの駐車場はいっぱいで、僕たちはちょっと離れた、シャボテン公園に近いほうの駐車場にポシェットを止めた。そこから、まだなれない坂道とか階段を、僕はこわごわと降りていった。

 

 降りたところは、もう桜の中の小道だった。ウワッといろんなところから、ワンちゃんのオシッコのにおいがする。

 

 おっ、ここではいっぱい友達に会えるなって、僕はうれしくなった。なにしろ、ぼくはまったく人見知り、いや犬見知りする仔ではなかったから、ワンちゃんであれば誰でも友達だった。猫のミーシャやボニーとも友達になるほどだったから、僕はあらゆる木の根っこを臭いまわって、お父さんを引っ張って歩いた。

 

 これは、ラブらドールの匂いかな? それともプードルの匂いかな? いやいや、きっとこれはシェルティの匂いに違いない、なんて楽しくてしょうがなかった。でも、その時は、ワンちゃんに出会えなくてつまんなかった。

 

 でも、楽しいことが起きた。いっぱい人がいたから、その間を僕とお父さんが歩いていると、どこからか、かわいい!、って声が聞こえる。なんだろうと見ていると、子供たちが僕を見ている。周りでそっと見ている子も居れば、ばっと僕のほうに駆け出してくる子も居る。そうすると僕はビックリして、お父さんのかげに隠れる。でも、子供達の手は伸びてくる。

 

 かわいい!、ぬいぐるみみたい!、って声がする。あぁ、僕はほめられているんだってうれしくなった。ヒンヒンと鼻を鳴らして、近づくと、たくさんのちっちゃな手が延びてきて、僕を撫で回す。僕はいい気持ちだった。時々、思いもよらないところから、手が伸びてきて、短いしっぽだって、頭だって、耳だってどこだって触って、ふわふわの毛並みを撫でてくれる。僕は、シュナウザーの基本の型で、耳がきられていて、ドーベルマンみたいに細くとがった立った耳をしている。それに、シュナウザーの売りの、ふわふわのあごひげと、太い眉と大きな丸い目が特徴だ。僕の4本の足もふわふわ。子供たちが好きな形なのだ。

 

 子供たちに撫でられて、僕は桜の里が大好きになった。お花見の季節にも行ったわけだけど、あまりワンちゃんには出会わなかったのはどうしてだろう。でも、おいしい匂いをいっぱいかいだ。みんなが、桜の下でごちそうを食べているのだ。僕も欲しかった。だから、ドンドンお父さんを引っ張った。そして、ごちそうをくれそうな人を探した。

 

 なかには、ほらあげるよって、鳥のから揚げだとか、焼き鳥だとかを僕の前に出してくれる人がいる。いい匂いだ。食べたい。僕が前に出る。すると、お父さんが、ぐんとリードを引いて、近づかせてくれない。いくらがんばっても、お父さんの力にはかなわない。食べ物は、遠くをかすめるだけだった。お父さんは、その人に、この子には、なにかもらって食べないようにしているです、ゴメンナサイといっていた。僕は、食べたかったのだけど、お父さんは許してくれない。よだれが出ているのに…。

 

 食べ物は食べられなかったけど、桜の里が好きになった。そのうちに、どこかでワンちゃんの声がする。そちらにお父さんを引っ張っていくと、そこにはダックスフントの親子がいた。僕はうれしくなって、コンニチハ、僕チェルトです、としっぽを振った。向こうも、くりっとした大きな目で、コンニチハと挨拶してくれた。

 

 ヤッパリ、ここに来ると、ワンちゃんに会えるんだって僕は確信した。だって、あんなにワンちゃんのオシッコの臭いがしてたんだもん。僕は、ここにくれば、撫でてもらえるし、ワンちゃんにも会えるし、オシッコもウンチも気持ちよくできるから、好きになってしまった。

 

 お父さんは、今度はお母さんと一緒に、お弁当を持ってこようねといった。絶対に約束だよって、僕はおとうさんに言っておいた。

 

 この初めての桜の里のことは、忘れられない。それから、たびたびここで遊ぶようになっていくんだけど、そのゴミだしの日は、ちょっとまわり道で、桜の里から大室山の南側をドライブして僕たちは家に帰ってきた。

 

 お父さんは、今度お弁当や水を持って、みんなで桜の里に行こうって、お母さんに言っていた。お父さんは、約束を守ったのだ。

 

 こうして、桜の里は、僕のそれからの大事な遊び場になっていった。

 

徳山てつんど
作家:德山てつんど
M.シュナウザー チェルト君のひとりごと  その1
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