秋の桜を愛でましょう

「きゃっ!」
 なんとか俺は踏みとどまれたけど、相手はしりもちをついていた。
 転ばせてしまった相手は女の子で、真っ白できれいな長髪に、きれいな赤い瞳をしていた。
 何処かの祭に行く途中なのか、ピンク色の着物を来ている。
 しかし、着物というには露出度が高すぎる。
 キャミソールみたいなのを着てはいるけれど、両肩が見える位に着崩されていた。
「ご……ごめん! 急いでたから」
「いえ、こちらこそ余所見をしてしまって――あっ
 着物の女の子が、下を素早く手で押さえる。
 丈の短い赤色のミニスカートからは、まっしろで綺麗な脚がそろって伸びていた。
「……見ました?」
 女の子の顔が赤い。
「み、見てないよ」
 白だった。
えっと……ほら、立てる?
 罪悪感にかられながら、俺は女の子に手を伸ばす。
 女の子はありがとうございますと言って、俺の手をつかもうとした時だった。
「いってぇ!」
 もふっ、ときた後に痛みがきた。
 俺は手の甲を見てみると、二本のひっかき傷ができている。
 少し遅れて、血がにじみ出てきた。
「汚らわしい手で、イナバさまに触るんじゃない!」
 声のする方を見ると、さっきの泥棒猫が立っていた。
「イナバさまぁ?」
「ミモリっ、一体何をしているの!」
 イナバと呼ばれた女の子が立ち上がって、泥棒猫につめよっていく。
「わわわ私はイナバさまのたみぇっ」
 イナバが泥棒猫の首根っこを掴んで、目線の高さまで持ち上げる。
「あやまりなさい」
「で、でもっ」
「あやまりなさい」
「わたしは!」
 イナバが俺を指さして、泥棒猫を揺さぶった。
「あーやーまーりーなーさーいーっ!」
 程なくして、俺に泥棒猫が下座していた。
「すいませんでした……」
 背中のひょうたんの方が大きくて、覆い被さられている感じがする。
「ホントにもう! 今度こんなことしたら花見に連れてきませんからねっ」
「そそそそそそれだけは! それだけは、どうかお許しをっ」
 猫の頭が地面についていた。
「うちのミモリがすいません……もし、よろしければコレを使ってください」
 女の子が頭の後ろをごそごそして、一枚の絆創膏を渡してきた。
「あ、ありがとう」
 絆創膏には、デフォルメされたウサギのキャラクターがプリントされている。
 少しもったいない気もしたけれど、早く使ってくださいと言いたげなイナバの視線に、俺はついつい負けてしまった。
 絆創膏をつけた手の甲をさすっていると、イナバが満足そうな笑顔になった。
「えっと、イナバさん? 花見ってなんですか?」
「一年に一度、処暑の夜にだけ咲く桜の樹があるのです。ミモリと一緒に毎年来ていて、これから行く所だったのですよ」
 俺の目の前にいる女の子は、電波か何かを受信しているようだ。
 残暑が残る今の時期に桜?
 しかし、イナバの表情からは、どうも嘘をついているようには見えなかった。
「桜、ですか」
「はいっ! それはもう、すっ――                      ごく! きれいなんですからっ!!」
 息を止めて少し赤くなったイナバの表情は、更に無邪気になっていた。
「イナバさま、それ以上よそ者に桜のことを話しては、後々やっかいなことになりますよっ」
「いいの。ミモリは黙ってて」
 話すために顔を上げていた泥棒猫が、また深々と頭を垂れる。
「じゃ……じゃあ、この猫が俺からタオルを盗ったのも、その桜に関係あるんですか?」
「ほえ? タオル?」
 イナバが首を傾げる。
 俺は、土下座したままでいる泥棒猫に視線を落とすと、それにつられてイナバも視線を落とした。
 イナバの眉間にしわが寄るのを、俺は傍目でしっかりとみた。
 泥棒猫は小さく震えただけで、土下座したまま固まっている。
「ミモリ、面を上げて正直に言いなさい」
「はっ、はいぃぃっ」
「忘れた手ぬぐいは、すぐに取って戻ってくるから待っててねって、私言ったよね?」
 鬼気迫る、とはきっとこういうことを言うのだろう。
 泥棒猫――もといミモリの事が、俺は段々と哀れに感じてきた。
ささのは
作家:ささのは
秋の桜を愛でましょう
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