そこは「不思議なところ」としか、俺の語彙じゃ言い表せなかった。
全体的に、白くて薄いモヤが漂っていた。
足下はふわふわしていて――あとでイナバに聞いたら「雲の上です」と答えてくれたが――空気が妙に美味しく感じた。
全ての桜の樹は、白いふわふわから生えていた。
どれも見上げるくらいに立派な樹で、その全てが満開に咲き誇っていた。
桜の樹と樹を繋ぐようにして張り巡らされたぼんぼりの光りが、神秘的な雰囲気をより引き立たせている。
あちこちに大きな岩場が突き出ていて、大きな唐傘が開かれた状態で立っている所もある。
その岩場の頭頂部には、様々な姿形をしたものたちがいた。
一つ目でボロボロの袈裟を着た大男に、首がどこまでも伸びる花魁風の美女。
爪楊枝くらいの大きさの毛むくじゃらに、身体全体が骨になっているオオクジラ。
下駄はスニーカーとタップダンスをしているし、古事記と書かれた古文書が少年ジャンプと空を飛んでいた。
「すげぇ……こんな所が本当にあるのか」
「桜が咲いているのは今夜だけです。しっかり見て、楽しみましょうっ」
「イナバさま~、私たちの席はこっちですよ~っ」
少し離れた所にある桜の樹の下で、ミモリが大手を振っていた。
「さあ、私たちも行きましょう!」
イナバの言葉に俺は笑顔で頷いて、繋いだままのイナバの手を引いた。