江戸川日記

僕は泣いている( 7 / 10 )

「俺は父親も、母親も東京大空襲で失くしちゃったから、おじいさんと、おばあさんに育ててもらってね。花見にも、おじいさんと、おばあさんに毎年連れて来てもらってたんだけど、昔はみんなもっと陽気だったよ。テレビなんか見てると、どこも花見客のマナーが悪い、なんてやってるけど、あんなもんは可愛いもんで、昔は、相撲部屋の力士たちが桜の木で鉄砲やって、そこら辺の花を全部散らしちゃったり、素っ裸で「突撃~!」なんて言って、一斉にナンパを始める学生たちがいたりしてね」

僕は泣いている( 8 / 10 )

「その中でも特に凄かったのが近所に住んでいた大治っていうヤクザもんで、そいつが泥酔して桜の木に乗って、ウンコしだしてさ。周りにいた人たちから「汚ねぇ~!」、「帰れ~!」とか言われながらも拍手喝采浴びて、そしたら気分が良くなったのか、益々調子にのって、ニシキヘビみたいな、ぶっとい一本糞をして、下でみんなが「危ねぇ~!危ねぇ~!」なんて言ってたら、バキバキバキって音がして、枝が折れて、大治は頭を打って死んじゃった」

僕は泣いている( 9 / 10 )

「その死に様があまりにも凄かったから、街の悪ガキたちの間で伝説になっちゃって、みんなで桜の木の下に石屋から石を盗んできて、「大治の桜」っていう石碑を作ってさ、いまは大洪水の時に流れちゃったけど、一時は、千葉や埼玉からも見物客が来るくらいに有名になってたんだよ。ほら、あそこに枝が折れている桜があるだろう?あれがそうだよ。今じゃ知ってるのは、俺と桜の木くらいしかいないけどな・・・」

僕は泣いている( 10 / 10 )

その日、桜を見て泣いている僕に、声を掛けてくれたのが源さんだった。僕は、源さんたちの仲間たちと朝が来るまで飲み明かした。

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