大学時代を思ってみれば…

1章 新宿界隈( 3 / 14 )

2 Fugetsudoの店内

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1章 新宿界隈( 4 / 14 )

Fugetsudoの店内

Fugetsudoには、いつもゆっくりした時間が流れていた。僕の頭の中には、「風月堂」という名前はない。Fugetsudoだ。銀座とか、上野の甘ったるいにおいのする店と一緒になってしまうのがいやだ。

 

コーヒー一杯でウン時間。だいたい一人できているやつらが多い。壁際にひとりづつならんでなんてことが多かった。僕は、中央通りに向かって右側のチョット奥が定席。前の文にくっつけたスケッチもそんな場所から、柳の植えられた中央通りのほうをスケッチしたものだ。

 

いつもいい音楽が流れていた。クラシックをここでイッパイ、イッパイ聞いた。バッハとモーツアルトが飛びぬけて多かったと思う…。そんなこんなで、僕の耳は良くなった(?)。今でも狂った音程を聞くと、「チョットおかしいんじゃない…」てなことをいっているのは、キットここで、身についたんじゃないかなと思っている。

 

そう、曲のリクエストもできた。その頃は、LPレコードが主流。演奏中は、重厚なプレイヤーの置いてある部屋の前に、演奏中の曲名を表示してあったものだ。名前を知らない気に入った曲があるとワザワザ見に行く。そんな時間、みんな何をしてたかというと、音楽を聴く、小声で話す、文章を書く、恥ずかしげもなく自分でヴァーチャル演奏して、テンポを取っているやつもいる。僕みたいに、スケッチブックを取り出すやつまでいた。でも誰も文句を言うやつはいない。店の人も無関心だ。

 

高い天井のホールの一部は、二階席になっていて、一階を見下ろしながら、コーヒーを飲んでるやつが、飽きもせずに人の出入りを眺めていた。でも、二階はチョット明るさの足りない席だった。あまり好きではなかった。下がいっぱいだと、よほどのことがない限り他の店へ移った。

 

Fugetsudoには食べ物の記憶がない。トーストくらいは出していたかも…。とにかく、コーヒーの香りと、つぶやきに似た話し声が聞こえていた店だ。ここでは、話しかけてくるやつもいない。時間で追い出すっていう雰囲気もない。Fugetsudoは、「気に入った自分の部屋」の感覚だった。

 

圧倒的に、若い客が多かった。僕もその一人だった。

1章 新宿界隈( 6 / 14 )

思わぬ幸運!

Tと二人で、よく新宿に出かけた。明治通りを都電が走っていたから、これにのれば簡単だった。しかし、金がない時には二人で歩いたものだ。3キロぐらいだから、30~40分で十分歩ける。

 

ある夕方、二人で学習院女子部の前からトコトコト話しながら歩いて、新宿に着いた。

伊勢丹の手前の暗がりで、僕は見つけた。千円札だ。高価な落し物だった、僕たちにとって。その頃は、「漱石」の図柄の千円札だったと思う。拾った。僕たちは有頂天だった。思わぬ幸運だったのだから…。こまかくは覚えていないけれど、その晩二人で飲んだり、食ったりしてみんな使ってしまった。でもとても幸せな夜だった。

 

でも、後遺症が出た。

 

申し訳ないけど、交番を後ろめたく思うなんてことではない。その後新宿を歩いていると、何だかいつの間にか目線がどうも前方、やや下向きになる癖がついている自分を発見した。

 

気がつくと、そんなふうに歩いている。やめようと思うとやめられるが、また自然とそんな風になっていた。そのかいあって、その後百円玉を幾つか見つけた記憶がある。でも、神様はそんなに甘くはなかった。思わぬ豪遊ができたのはそれっきりだった…。

 

もうひとつ発見があった。新宿の街をそうやって歩いていると、同じようなことをしている人がイッパイいるのに気づいた。しかも、どういうわけか、お互いによく出っくわすのだ。お互いに、知らん振りをしながらやり過ごすのだが、また何処かの街角で出会う。もう、嫌になってやめちまった。

 

でも、本当に神様は甘くなくてよかったと思う。あのまま飯が食えていたら、人生はかなり別のものになっていたかも…。アルバイトを本気で探し始めたのは、その頃だった。

徳山てつんど
作家:徳山てつんど
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