遺伝子分布論 22K

「承」( 19 / 20 )

ヘンリクの話19

 「コウエンジ連邦はオタクの集まりで、
 経済オタクもいっぱいいるから色々試したい、
 ってことじゃないですかね」
 僕もタリアさんの前で少しいいとこ見せたい。
 
「宇宙世紀開始の昔から、アメーバ経済
 という考え方はあったわ」
「より狭い地域で経済を成り立たせよう、
 そして、外部環境の変化にも強くしよう」
 
「ふつうはこう、生産設備なんかも集中
 させて効率化して強くするよなあ」
 キングさんが呟く。
 
「そうね、でも、そうすると、政治や
 経済含めた環境変化による一点障害に
 弱くなる」
 
「それにね、これは極端な話、遠い未来に
 実現するのかどうかわからないけど、
 生産効率が極端に上がって、自分に必要な
 ことがほどんど簡単に自分で出来るように
 なってしまったとき」
 
「ひとは果たしてそれを他人に任せるかしら」
 
 なるほど、遠い未来にはそういうことも可能
 になってくるのか。
 
「最近の技術革新も関わってくるかしら。
 太陽系外縁から来たっていう、素粒子論を
 応用したやつ、ヘンリク君のほうが詳しいかも」
 
 来たよ来たよ。
「あ、僕それ知ってますよ、各素粒子の相互
 作用を利用して物質の分離や原子レベル
 での再構築を行うシステムに応用する話
 ですよね。システムが実用に入ってさらに
 小型化されれば生産効率がまた各段に
 向上するし、今後原子核の操作にも応用
 できるとか聞いています、ごほっ」
 
 最後むせてしまったが、ヘンリクが早口で
 まくしたてる。
 
 タリアさんが続ける。
「もともとモノを作る段階で原子レベルの
 操作という技術はかなり進んで来てたよね、
 でも、今回の技術進化は、いらなくなった
 モノを分離して再利用するのに強力な
 ツールになりそうなのよ」
 
 自分の領域に話を持ち込めそうなので、
 ヘンリクも興奮してきたが、どうしても
 トイレに行きたい。
 
 戻ってくると、タリアさんとアミが別の
 テーブルに移り、代わりにエマドと
 マッハパンチのクインさんが座っていた。
 ヘンリクは若干がっかりしている。
 
「おう、ヘンリク、クインさんがいい話
 してくれるって」
 
 なんだろう、少し興味が沸きつつも、
 ちょっとだけ嫌な予感もする。
 実家がブッディストのお寺だという
 クインさんがする話といえば、いつもあれ
 の話なんだよなあ。
 
 あれが苦手なヘンリクは食わず嫌いな
 形でクインの話を聞くのを今まで
 避けていた。
 

「承」( 20 / 20 )

ヘンリクの話20

  時間もちょうど深夜2時だ。
 
「クインさんが霊視してくれるってさ」
 ほら来た。エマドがニヤニヤしている。
 
 クインさんはブッディストの中でもかなり
 マイナーなミッキョウの宗派らしい。
 そして、宗教にあまり関係なく、知り合いに
 える人が多いとか。
 
 何が見えるって?霊だよ、霊。
「ヘンリク君がいいって言えばだよ」
 クインさんも乗り気だ。
 
「いやー、あの、今日はちょっと」
 なんかいいのが見えればいいんだけど、何か
 悪いのが見えたりしたらトイレに一人で
 行けなくなる。この歳でそういうことに
 なりたくない。
 
「あとさあ、好きな女の子とか当てれる
 らしいぜ」
 
 まあそれぐらいだったらいいだろう。
 クインさんが僕の前に来て、額のあたりに
 両手を掲げて目をつむって何か唱える。
 
「むむっ」
「5人くらい見えますね」
「え、おまえそんないんの?」
「ちょ、ちょっとやっぱこれ止めましょう」
 
 霊も含めた神秘的現象については、科学の
 進歩によってかなり解明が進んでいる。
 はず、だが、解明が進むごとにわからない
 こともどんどん出てきている。
 
 霊感のある人、の中には洞察力がずば抜けて
 高い、というひとがかなりの割合で
 含まれていたことが研究により解明は
 されている。
 
 しかし、それ以外にどうにもまだ、最新の
 応用量子力学でもわかっていないことが
 たくさんある。素粒子的になにか弱い
 相互作用が絡むのかの研究もなされている。
 
 そもそも、脳の仕組み自体、まだわかって
 いない部分がかなりある。宇宙世紀の開始
 あたりから、意識の領域はほとんど解明
 されたといわれているが。
 
 無意識領域の、それも発現がまれな現象
 についての解析がほとんどまだ進んでいない。
 それは、量子力学でいう観測者の存在が
 観測対象に影響を与えてしまうことも
 関係する。
 
 観測すると出ないのだ。
 
「霊感が強いのにもふたつのタイプがあって、
 まったく見えないけれど、強いタイプも
 いますよ」
 クインさんは語る。
 
 見える、というのが論理的にどういった
 かたちで見えるのか、ということを聞いて
 みたいとも思うが、それを聞いて自分が
 見えるようになるのも怖い。
 
「こういう話すると女の子にモテるってよ」
「詳しく教えていただきましょう」
 
 こうして学生の夜は更けていく。
 

「星」( 1 / 35 )

ゴシの話

  人は、どれぐらいの長時間、星を眺めて
 いられるのだろうか。
 
 今回は、それを試すのにちょうどよい旅
 なのかもしれない。最初の目的地まで八日間
 の旅、その後の旅程も含めると、合計
 39日間、星を眺めていられる。
 
 少なくとも、無心で星を眺めるのは無理だ。
 そう思いつつ過去の旅に思いを馳せる。
 
 あれはもう10年以上前のことだ。
 
 海上都市ムーから地球へ降りて、旧チャイナ領
 へ高速艇で移動、そこから大陸間鉄道に乗る。
 
 上海から、南京、徐州と経由して西安に入る。
 古きものと新しきものが混在する風景、という
 ものを期待したが、そこまではほぼほぼ新しい
 都市の風景だった。
 
 ただ、洛陽を通過する際は復元された都の
 姿が車窓の遠くに確認できた。そこから
 続く農地や自然の風景が車窓から眺め
 られた。
 
 間違いなく、そういったのんびりした
 風景と時間が自分は好きなのだ。
 
 心残りなのは、かつてシルクロードと呼ばれた
 国々を、夜の時間帯で車窓から眺めることが
 できなかったことだ。
 
 自分で稼ぐようになってから、また戻ってきて、
 今度は列車から降りて都市を訪ねたい、と
 思いながらもまだ達成できていない。
 
 朝には中東と呼ばれた地域で、アフリカ大陸
 側へ分岐する。中東もアフリカも、かつては
 もっと乾燥した地域だったらしい。
 今では比較的新しい街の風景が広がっている。
 
 アフリカの西端から、再び海路で海上都市
 アトランティスへ、そこを経由して、
 海路でアフリカ大陸を南周りで迂回し
 海上都市レムリアへ。そこから宇宙へ戻る。
 
 結局レムリアの街や料理が気に入って、
 その数年後に戻ってくることになる。
 
 レムリアの街は、旧インド領の文化を多く
 受け継ぎつつ、宇宙エレベーターの駅も
 存在するため世界中の文化が集まる。
 逆に、旧インド領のほうが近代化された
 ビル群でかつての文化が失われて
 しまった。
 
 レムリアの町はずれの小さな料理店で
 3年料理の修行をした。そこはインド料理
 専門店であったが、
 
 近所には観光客目当ての、各地域の料理店
 が並んでいた。どれもその地域の
 本格的なもので、食べ比べをするのに
 ちょうどいいと思ったものだ。
 
 けっきょくのところ、インド料理が一番
 旨いという自分の中で結論に達したが、
 他の地域の料理も食べる前に自分が
 想像していたよりもはるかに美味だった。
 

「星」( 2 / 35 )

ゴシの話2

  この旅には同行者がいる。
 
「ミスターゴッシー、そこから見える
 星々の景色が気に入ったようね」
 そのうちの一人がこのケイト・レイ、
 国務長官だ。
 
「いや、なあに、星々のほうはそれほど
 私のことを気に入っていないようですがね」
 むしろケイトさん、あなたに気が行っている
 ようで、と返すと、まあ御上手で、
 私はビデオ会議に行ってきますわ、と言って
 去っていく。
 
 政府高官は忙しいのだろう。この船は
 キッチンも使ってよい。気が向いたら私も
 腕をふるおうか。その前にどのような
 食材があるのか確認がしたい。
 
 レムリアでの話をもうひとつ思い出した。
 
 私が修行した小料理店は、老夫婦が経営して
 いたが、そこに、私よりも先に同じように
 料理修行のために来ていた女性がいた。
 
 確か、イレリア・スーンという名前だった。
 
 修行を始めた当初はまず仕事を覚えるのが
 大変で、まったくそういうことに気が
 まわらなかったが、褐色の肌に目の
 ぱっちりして、小柄だが豊満な雰囲気の
 美人であった。
 
 けっきょく修行していた期間は非常に忙しく、
 何の浮いた話も起きなかったが、宇宙への
 帰り際、ありきたりな別れの挨拶を言ったあと、
 何か言いたそうな、寂しそうな顔で私を
 見つめていたのを思い出す。
 
 今でこそ、色々な人生経験を積んで、分かって
 きた部分があるのだが、あの場面は何か
 アクションを起こしても良かったと
 後になって思う。
 
 そのあと月の裏側の第3エリア、宇宙都市
 マヌカへ帰ってきた私は、都市上層で
 一人暮らしをしながら、バーで修行をしたり
 していたが、けっきょく今は実家に戻っている。
 
 もともと両親がアジアンヌードル店をやって
 いたのを、現在のかたちに改装しなおしたのだ。
 
 そのころだったか、イレリア・スーンから
 ネットワークメールが来て、旧インド領で
 作製された映画集のディスクを返して
 ほしいと言ってきたのは。
 
 そう、私は借りたのを全く忘れていた。
 
 プロデューサーの仕事を始めたのもそのころ
 だった。上層のバーで働いていたころの
 知り合いから、店によく来ていたある音楽
 バンドの出演に協力してもらえないか、
 という話だった。
 
 そこで協力してあげたのが、その音楽バンド
 のメンバーと活動をともに続けていく
 きっかけとなった。そして今回も、彼らを
 マネジメントしていく重要な立場だ。
 
Josui
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