僕が精神病だった頃のこと

諸刃の剣

ひと言で言って実に厳しい世の中になった。個人的には、嫌な世の中になったなあと思う。政治家、文化人、芸能人やスポーツ人などの有名人、あるいはさまざまなSNSなどでの発言者などに少しでも落ち度があると徹底的に、集団がまるで暴徒化したように皆で叩く。不寛容で、何かと言うと「絶対に許さない」などと皆が簡単に言う。ほとんど日替わりのように「犯人」が血祭にあげられる。いつからそんなに他人を裁くことが好きな社会になったのだろう?インターネットの登場が原因かもしれない。1億総評論家と言われて久しいが、今は誰でもインターネットを使って「証拠」をコピーして拡散できてしまう時代だ。他者の落ち度に容赦が無い。気持ちに余裕がない、とでも言うべきか。それは諸刃の剣(もろはのつるぎ)、次は自分の番かとの覚悟が必要かもしれない。

あけましておめでとうございます

新しい年が無事明けた。ところで私は、長年の病床にある。そのせいか、恥ずかしながらこの歳になって初めて、「あけましておめでとう」の意味を知ったような気がする。去年までは「めでたくなんかない!」と思っていた。こっちはずっと病気で苦しんでいる。何がおめでとうだ!と。私のことはさておき、しかし不幸な境遇の人にこそ「おめでとう」なのだなと、今年は合点がいった。つまりどんなに不遇であったり思うようにならないことが多くても、当たり前だが「無事新しい年が明けて良かったね」という意味だ。やっと分かったような気がする。そして迎えた年が無事で平穏なら言うことはない。年頭にそう悟った。西暦で2018年、そして平成30年。来年は新天皇即位の年であり、改元の年だ。何か良い予感がしないでもない。

腐ったナース

別にこの病院に限ったことではなく、どこでもナースは腐っている。それが俺が見た看護スタッフの実情だ。もちろん純粋に頑張っている人もいるし、特に精神科だからでもないと思うが、多くのナースは患者を虫けらのように思っている。そしてそのなかでも頭の悪いベテランの一部が特に根性が腐っている。逆に言えば彼らはプロとしてのプライドも捨ててカネを搾取している。何故なら彼らはプロとしての仕事をしていないから対価をもらう資格がないからだ。血圧を測ってやるという顔をして、義務的に測るふりをしてアリバイだけを作り、結果なんて気にも留めない。機械的にそんなことをするふりをして、当然だと言わんばかりにカネをふんだくると言うわけだ。そんな奴にはもはやプロとしてのプライドもない。そんなことを、この正月考えた。

甘え

病人は健康な人に甘えなければ生きて行けない。もっともっと甘え、依存すべきだ。当たり前のことだと私は思うが、世の中はそうした弱者は強者に甘えてもよいという考え方に厳しいようだ。下手をすると、強い者が弱い者に甘えるという、逆転現象すらある。どこまで人は間違えるつもりなのか?まったく信じ難い光景があちこちで起きている。病院で、障害者施設で、老人施設で、路上で、家庭で、会社で、学校で。世の中のあちこちでそうした「逆依存」現象が起きている。そんな生きづらい事が良いわけがない。ただちに直されなければならない。今、当たり前のことが当たり前でなくなっている。皆が正気に戻らなければいけない。強い者、力のある者が、弱い者、非力な者を助けなければいけない。当然のことを言っているつもりだが、どうやらそうでもないらしい。
篠田 将巳(しのだまさみ)
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