ガンプラの日

そこで代わりに、さやかが、アンナから聞いた話を自分なりにまとめて説明することにした。「アキちゃんが、今朝から、どこを探してもいないのです。家の中も、家の周りも、公園も探してみたのですが、どこにも見当たらないのです。誘拐ということも考えられましたので、お電話いたしました」二人の刑事は、メモを取っていたが、事件なのかどうかを考えているようだった。

 

小太り刑事が、短い首を傾げ怪訝そうな顔で質問した。「つまり、アキちゃんが、今朝、いなくなったのですね」アンナは、ハンカチで涙を拭きながら、「はい」とか細い声で答えた。小太り刑事は質問を続けた。「昨夜、アキちゃんは、自分の部屋におられたのですか?」アンナは、うなずいた。「昨夜は、キッチンで夕食を済ませ、ちょっとリビングでテレビを見て、2階の自分の部屋に上がっていきました。宿題をして、寝たと思います」

 

左右に首を振った小太り刑事は、ウ~~ッとうなって意見を述べた。「確かに、昨夜は部屋にいたが、今朝、部屋を覗いてみるとアキちゃんの姿が見当たらない。ホ~~、なるほど、それじゃ、誘拐とは考えにくいですね。誰かが夜に忍び込んで誘拐したとなれば、どこから入って、どこから連れ去ったか、ですが・・確か、家の中に番犬がいたような・・」ヒゲ刑事も誘拐でなく、よくある家出ではないかと思った。

さやかは人間業とは考えられないと思い、口をはさんだ。「夜中に突然消えるなんって、神隠しに違いありません。1階の戸締りはしっかりしてますし、ドアや窓が壊された形跡はありません。それに、2階のベランダの窓もロックされてますし、ベランダから侵入したとは思われません。それと、誰かが侵入したなら、一緒に寝ている賢いネコがニャ~~と鳴くはずです。そして、その鳴き声を聞いた隣の部屋の番犬が、ワンワンと吠えるはずです」その通りと言わんばかりの表情で、真っ赤な目をギョギョっと開いてアンナもうなずいた。

 

小太り刑事は、小さくうなずき意見を述べた。「神隠しですか?ま~~、それはさておき、さやかさんのお話からして、誘拐ではないと思われます。誘拐じゃないとなれば、家出じゃないでしょうか?最近、家出が多いんですよ。何か心当たりはありませんか?昨夜、親子ゲンカをしたとか、学校に行きたくないとつぶやいていたとか。何か、変わった様子はありませんでしたか?」アンナは、うつむいたまま顔を左右に振った。

 

二人の刑事は、顔を見合わせてうなずいた。「お母さん、気を悪くしないでください。間違いなく、家出だと思います。本当に、近頃は家出が多いのです。家出の理由は、いろいろですが、特に、ここ最近、学校でのイジメが原因で家出をする小学生、中学生が増えています。でも、家族に黙って、お友達の家に行っている場合もありますので、親しくされているお友達に、電話なされてはいかがでしょう」

さやかは、うなずきアンナに電話をするように促した。「アンナ、モモエちゃんとか、マサコちゃんとか、ジュンコちゃんとか、親しい友達に電話してみなさいよ。泣いていても、アキちゃんは、帰ってはこないのよ。さあ、早く」アンナは、スマホのアドレスを開き親しい友達の名前にタッチした。数人の友達と担任の先生に電話したが、亜紀は来てないとのことだった。小太り刑事は、困り果てた顔で尋ねた。「よく遊びに行っていた場所はありませんか?」この世の終わりと言わんばかりの表情をしたアンナは、静かに顔を左右に振った。

 

小太り刑事は、話を続けた。「アキちゃんは、まだ小学生ですから、一人で遠くには行かないと思われますが、家出の場合、大都会にあこがれて、あてもなく、関東、関西に行くことがあります。そういった場合、全国に捜索願を出すことになります。ところで、申し訳ありませんが、アキちゃんの部屋を見させてもらってもよろしいでしょうか?置手紙があるとか、日記に思いを書いているとか、そういう場合がありますので。よろしければ、アキちゃんの部屋に案内していただけませんか?」

 

アンナは、左横のさやかの顔を見つめた。さやかは、うなずき返事した。「はい、刑事さん、アキの部屋は、2階です。ご案内します」さやかを先頭に二人の刑事は、2階に上がって行った。階段を上りきった右手の部屋が亜紀の部屋だった。さやかが「どうぞ」と言って、ドアを開けた。まず、小太り刑事がグルッと部屋の中を見渡し、ゆっくりと足を踏み入れた。次にヒゲ刑事がキョロキョロとあたりを見渡して、失礼、と言って部屋に入った。

学習机に一直線に歩み寄ったヒゲ刑事は、机の中央に立ててあったガンプラを左手に取りマジマジと見つめた。小太り刑事は、丁寧に引き出しを開き、じろじろとその中を覗き込んだ。ガンダム小物入れに、アラレちゃんノートか、とつぶやき、一冊のノートを取り出し、机の上に置いた。「見てもよろしいですか?」とさやかに確認し、ハイ、という了解を得るとノートを開いた。ピラピラとノートをめくったが、ゴシック体の英語が書かれてあって、日記とは思われなかった。

 

小太り刑事が机右の5段型本棚に目を移すと、本棚の上から2番目に置いてある旧型の14インチノートパソコンが目に留まった。ワードに日記があるかもしれないと思った彼は、落とさないように両手でそっと取り出した。さやかに目を移すと開いても差し支えないか、承諾を求めた。ハイ、というさやかの返事を聞くと電源を入れた。Windows7が開かれると、引き出しの中にあったアラレちゃん小物入れからUSBを取り出し、左側のソケットに差し込んだ。

 

ピロロ~~ンとかわいい音が響くとリムーバブルアイコンが現れた。アイコンをダブルクリックすると日記らしきものが現れた。日付に沿ってここ最近の日記を開き、小太り刑事はしばらく読んでみたが、悩みが書かれている様子はなかった。左後方からディスプレイを覗いていたヒゲ刑事は、理路整然とした文章を読んだ瞬間、この子は、かなり頭がいいと判断した。

春日信彦
作家:春日信彦
ガンプラの日
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