ガンプラの日

さやかは、うなずきアンナに電話をするように促した。「アンナ、モモエちゃんとか、マサコちゃんとか、ジュンコちゃんとか、親しい友達に電話してみなさいよ。泣いていても、アキちゃんは、帰ってはこないのよ。さあ、早く」アンナは、スマホのアドレスを開き親しい友達の名前にタッチした。数人の友達と担任の先生に電話したが、亜紀は来てないとのことだった。小太り刑事は、困り果てた顔で尋ねた。「よく遊びに行っていた場所はありませんか?」この世の終わりと言わんばかりの表情をしたアンナは、静かに顔を左右に振った。

 

小太り刑事は、話を続けた。「アキちゃんは、まだ小学生ですから、一人で遠くには行かないと思われますが、家出の場合、大都会にあこがれて、あてもなく、関東、関西に行くことがあります。そういった場合、全国に捜索願を出すことになります。ところで、申し訳ありませんが、アキちゃんの部屋を見させてもらってもよろしいでしょうか?置手紙があるとか、日記に思いを書いているとか、そういう場合がありますので。よろしければ、アキちゃんの部屋に案内していただけませんか?」

 

アンナは、左横のさやかの顔を見つめた。さやかは、うなずき返事した。「はい、刑事さん、アキの部屋は、2階です。ご案内します」さやかを先頭に二人の刑事は、2階に上がって行った。階段を上りきった右手の部屋が亜紀の部屋だった。さやかが「どうぞ」と言って、ドアを開けた。まず、小太り刑事がグルッと部屋の中を見渡し、ゆっくりと足を踏み入れた。次にヒゲ刑事がキョロキョロとあたりを見渡して、失礼、と言って部屋に入った。

学習机に一直線に歩み寄ったヒゲ刑事は、机の中央に立ててあったガンプラを左手に取りマジマジと見つめた。小太り刑事は、丁寧に引き出しを開き、じろじろとその中を覗き込んだ。ガンダム小物入れに、アラレちゃんノートか、とつぶやき、一冊のノートを取り出し、机の上に置いた。「見てもよろしいですか?」とさやかに確認し、ハイ、という了解を得るとノートを開いた。ピラピラとノートをめくったが、ゴシック体の英語が書かれてあって、日記とは思われなかった。

 

小太り刑事が机右の5段型本棚に目を移すと、本棚の上から2番目に置いてある旧型の14インチノートパソコンが目に留まった。ワードに日記があるかもしれないと思った彼は、落とさないように両手でそっと取り出した。さやかに目を移すと開いても差し支えないか、承諾を求めた。ハイ、というさやかの返事を聞くと電源を入れた。Windows7が開かれると、引き出しの中にあったアラレちゃん小物入れからUSBを取り出し、左側のソケットに差し込んだ。

 

ピロロ~~ンとかわいい音が響くとリムーバブルアイコンが現れた。アイコンをダブルクリックすると日記らしきものが現れた。日付に沿ってここ最近の日記を開き、小太り刑事はしばらく読んでみたが、悩みが書かれている様子はなかった。左後方からディスプレイを覗いていたヒゲ刑事は、理路整然とした文章を読んだ瞬間、この子は、かなり頭がいいと判断した。

小学生とは思えないしっかりした文章に感心した小太り刑事は、さやかに声をかけた。「立派な文章ですな~~。特に、思い悩んでいるような文章はないようですが、家出をほのめかすようなそぶりはありませんでしたか?」さやかは、亜紀のことはよく知っているつもりだったが、ここ最近同居していなかったため、思い当たることがなかった。「以前は、この家に同居していたのですが、ここ半年ほどは看護師寮に住んでいますので、最近の亜紀のことは、よくわかりません。特に、学校生活のことは、まったくと言っていいほどわかりません」

 

ガンプラ趣味のヒゲ刑事は、ガンプラを何度もジロジロ見つめていた。ペイルライダー、とつぶやき、どこか他にガンプラが置かれてないか、もう一度、部屋の隅々まで見渡した。そして、怪訝そうな顔つきでさやかに尋ねた。「アキちゃんは、ガンプラが趣味ですか?」ガンダムが好きなのは知っていたが、ガンプラを組み立てているところは見たことがなかった。「そうですね。趣味といえば趣味なのかもしれませんが、ガンプラを組み立てているところは、見たことがありません」

 

ヒゲ刑事は、ガンプラが机の中央に置かれてあったことが気になっていた。「そうですか、ガンプラは、これ一つですね。僕もガンプラファンなんですが、たいていの場合、数種類のガンプラを持っているものです。たった、一つ・・ところで、弟は、いますか?」さやかは、2歳で亡くなった弟のことを話すべきか悩んだが、隠すようなことではないと思い事実を話すことにした。「弟は、いました。でも、2歳の時に亡くなりました。そのガンプラは、その弟の形見です。それと、刑事さんだから言いますけど、アンナには、内緒ですよ」

 

ヒゲ刑事は、即座にうなずいた。家出の原因にかかわる情報に違いないと直感した。小太り刑事も身を乗り出し、話を促した。「もちろん、口はかたいですから。ぜひ、お聞かせください」さやかは、話を続けた。「実を言いますと、アンナは、亜紀ちゃんの実の母親じゃないのです。実の母親は、亜紀ちゃんが4歳、弟が2歳の時、失踪したのです。それで、アンナが、亜紀ちゃんを引き取ったのです」

 

小太り刑事は、「なるほど、そういう親子関係だったのですか」とつぶやき、ヒゲ刑事は、形見のガンプラを見つめながらしばらく考え込んだ。このガンプラが行き先のヒントではないかとピピ~ンときた。「そうだ、下宿している男子高校生がいましたね、今、彼はいますか?」さやかは、即座に答えた。「いいえ、トバ君は、昨日から、友達のうちに行っているそうです」一度うなずき、質問を続けた。「ということは、昨夜は、いなかったわけですね」さやかは、大きくうなずいた。ヒゲ刑事は、鳥羽という高校生が、家出に関係しているんじゃないかと推測した。

 

小太り刑事は、腕組みをして大きなため息をついた。「ウ~~~、手がかり、なしか。家出なんだろうが、いったい、どこに行ったのか?賢いアキちゃんだから、自殺はしないと思うが・・おい、サワどう思う?」ヒゲ刑事は、ひらめいた時の笑顔を見せると小太り刑事に耳打ちした。小太り刑事は、小さくうなずきさやかに声をかけた。「ちょっと、二人だけにしてもらえませんか。今後のことを考えますので」さやかは、ハイ、と答えて亜紀の部屋を出て行った。

春日信彦
作家:春日信彦
ガンプラの日
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