ガンプラの日

学習机に一直線に歩み寄ったヒゲ刑事は、机の中央に立ててあったガンプラを左手に取りマジマジと見つめた。小太り刑事は、丁寧に引き出しを開き、じろじろとその中を覗き込んだ。ガンダム小物入れに、アラレちゃんノートか、とつぶやき、一冊のノートを取り出し、机の上に置いた。「見てもよろしいですか?」とさやかに確認し、ハイ、という了解を得るとノートを開いた。ピラピラとノートをめくったが、ゴシック体の英語が書かれてあって、日記とは思われなかった。

 

小太り刑事が机右の5段型本棚に目を移すと、本棚の上から2番目に置いてある旧型の14インチノートパソコンが目に留まった。ワードに日記があるかもしれないと思った彼は、落とさないように両手でそっと取り出した。さやかに目を移すと開いても差し支えないか、承諾を求めた。ハイ、というさやかの返事を聞くと電源を入れた。Windows7が開かれると、引き出しの中にあったアラレちゃん小物入れからUSBを取り出し、左側のソケットに差し込んだ。

 

ピロロ~~ンとかわいい音が響くとリムーバブルアイコンが現れた。アイコンをダブルクリックすると日記らしきものが現れた。日付に沿ってここ最近の日記を開き、小太り刑事はしばらく読んでみたが、悩みが書かれている様子はなかった。左後方からディスプレイを覗いていたヒゲ刑事は、理路整然とした文章を読んだ瞬間、この子は、かなり頭がいいと判断した。

小学生とは思えないしっかりした文章に感心した小太り刑事は、さやかに声をかけた。「立派な文章ですな~~。特に、思い悩んでいるような文章はないようですが、家出をほのめかすようなそぶりはありませんでしたか?」さやかは、亜紀のことはよく知っているつもりだったが、ここ最近同居していなかったため、思い当たることがなかった。「以前は、この家に同居していたのですが、ここ半年ほどは看護師寮に住んでいますので、最近の亜紀のことは、よくわかりません。特に、学校生活のことは、まったくと言っていいほどわかりません」

 

ガンプラ趣味のヒゲ刑事は、ガンプラを何度もジロジロ見つめていた。ペイルライダー、とつぶやき、どこか他にガンプラが置かれてないか、もう一度、部屋の隅々まで見渡した。そして、怪訝そうな顔つきでさやかに尋ねた。「アキちゃんは、ガンプラが趣味ですか?」ガンダムが好きなのは知っていたが、ガンプラを組み立てているところは見たことがなかった。「そうですね。趣味といえば趣味なのかもしれませんが、ガンプラを組み立てているところは、見たことがありません」

 

ヒゲ刑事は、ガンプラが机の中央に置かれてあったことが気になっていた。「そうですか、ガンプラは、これ一つですね。僕もガンプラファンなんですが、たいていの場合、数種類のガンプラを持っているものです。たった、一つ・・ところで、弟は、いますか?」さやかは、2歳で亡くなった弟のことを話すべきか悩んだが、隠すようなことではないと思い事実を話すことにした。「弟は、いました。でも、2歳の時に亡くなりました。そのガンプラは、その弟の形見です。それと、刑事さんだから言いますけど、アンナには、内緒ですよ」

 

ヒゲ刑事は、即座にうなずいた。家出の原因にかかわる情報に違いないと直感した。小太り刑事も身を乗り出し、話を促した。「もちろん、口はかたいですから。ぜひ、お聞かせください」さやかは、話を続けた。「実を言いますと、アンナは、亜紀ちゃんの実の母親じゃないのです。実の母親は、亜紀ちゃんが4歳、弟が2歳の時、失踪したのです。それで、アンナが、亜紀ちゃんを引き取ったのです」

 

小太り刑事は、「なるほど、そういう親子関係だったのですか」とつぶやき、ヒゲ刑事は、形見のガンプラを見つめながらしばらく考え込んだ。このガンプラが行き先のヒントではないかとピピ~ンときた。「そうだ、下宿している男子高校生がいましたね、今、彼はいますか?」さやかは、即座に答えた。「いいえ、トバ君は、昨日から、友達のうちに行っているそうです」一度うなずき、質問を続けた。「ということは、昨夜は、いなかったわけですね」さやかは、大きくうなずいた。ヒゲ刑事は、鳥羽という高校生が、家出に関係しているんじゃないかと推測した。

 

小太り刑事は、腕組みをして大きなため息をついた。「ウ~~~、手がかり、なしか。家出なんだろうが、いったい、どこに行ったのか?賢いアキちゃんだから、自殺はしないと思うが・・おい、サワどう思う?」ヒゲ刑事は、ひらめいた時の笑顔を見せると小太り刑事に耳打ちした。小太り刑事は、小さくうなずきさやかに声をかけた。「ちょっと、二人だけにしてもらえませんか。今後のことを考えますので」さやかは、ハイ、と答えて亜紀の部屋を出て行った。

1階に取り残されていたアンナは、意気消沈しテーブルに突っ伏していた。ピースとスパイダーも何気に寂しそうな表情をしていた。アンナの正面に腰かけたさやかは、アンナの右肩をポンと叩いた。アンナは、涙で化粧が崩れたキモイ顔をゆっくり持ち上げた。そして、ア~~~、と大きなタメ息をつき、自分を責めた。「きっと、イジメを苦にして、家出したんだわ。わたしがバカな中卒だから、みんなにイジメられたのよ。すべて、私が悪いんだわ。母親になんかに、ならなければよかったのよ。ア~~、どうすればいいの」

 

さやかは、家出には違いないと思ったが、原因がイジメなのかどうかは、はっきりしないと思った。さやかは、アンナを慰めようと優しく声をかけた。「アンナ、そんなに自分を責めちゃダメ。イジメが原因で家出したとは、限らないんだから。何か、思うことがあって、黙って家を出たのよ。決して、アンナを困らせようと思って、家出したんじゃないと思うの。夕方には、きっと帰ってくるわよ。とにかく、もうしばらく、待ちましょう」

 

アンナは、黙って聞いていたが、家出の原因は自分にあるようで、悲しくて涙が止まらなかった。「だったら、どんなつもりで家出したのさ。イジメじゃなかったら、なんなのよ。答えてよ、さやか」さやかにも家出の原因は、まったく見当がつかなかった。答えようにもこたえられなかったが、学校のイジメが、家出の原因ではないと確信していた。きっと、何か他に家出の原因があると思った。

春日信彦
作家:春日信彦
ガンプラの日
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