ガンプラの日

家出

 

「アンナ、警察に届けましょう。万が一、誘拐されていたら、大変なことになるわ。一刻も早く、助け出さないと」オドオドしているばかりでは、なんの解決にもならないと思い、糸島警察署に電話することにした。さやかが電話して30分ほどすると、小太りの刑事とアゴにヒゲを生やした二人の刑事がやってきた。ピンポ~~ン、ピンポ~~ン、とインターホーンが鳴ると、さやかは駆け足で玄関に向かった。さやかは、大きな声でドアに向かって声をかけた。「お待ちしてました。どうぞ、お入りください」

 

小太り刑事とヒゲ刑事は、ゆっくりとドアを開き、神妙な顔で会釈した。二人の刑事の顔を見たとき、さやかは、昨年のクリスマスの出来事を思い出した。「あの時の刑事さんね」小太り刑事は、頭をかきながら返事した。「ハ~~、ところで、アキちゃんが、いなくなったとか?」ピョンと飛び上がったさやかは、甲高い声で返事した。「そうなんです。とにかく、上がってください」

 

さやかに案内された二人の刑事は、気乗りしない表情をして廊下をゆっくり歩いて行った。キッチンにやってくると、小太り刑事は、軽く会釈すると血の気のない表情のアンナに声をかけた。「まだ、誘拐と決まったわけでは、ありません。詳しくお話をお聞かせください」さやかは、「さあどうぞ」と手招きして二人の刑事に椅子をすすめた。アンナは、涙を流すばかりでまったく言葉が出なかった。

 

そこで代わりに、さやかが、アンナから聞いた話を自分なりにまとめて説明することにした。「アキちゃんが、今朝から、どこを探してもいないのです。家の中も、家の周りも、公園も探してみたのですが、どこにも見当たらないのです。誘拐ということも考えられましたので、お電話いたしました」二人の刑事は、メモを取っていたが、事件なのかどうかを考えているようだった。

 

小太り刑事が、短い首を傾げ怪訝そうな顔で質問した。「つまり、アキちゃんが、今朝、いなくなったのですね」アンナは、ハンカチで涙を拭きながら、「はい」とか細い声で答えた。小太り刑事は質問を続けた。「昨夜、アキちゃんは、自分の部屋におられたのですか?」アンナは、うなずいた。「昨夜は、キッチンで夕食を済ませ、ちょっとリビングでテレビを見て、2階の自分の部屋に上がっていきました。宿題をして、寝たと思います」

 

左右に首を振った小太り刑事は、ウ~~ッとうなって意見を述べた。「確かに、昨夜は部屋にいたが、今朝、部屋を覗いてみるとアキちゃんの姿が見当たらない。ホ~~、なるほど、それじゃ、誘拐とは考えにくいですね。誰かが夜に忍び込んで誘拐したとなれば、どこから入って、どこから連れ去ったか、ですが・・確か、家の中に番犬がいたような・・」ヒゲ刑事も誘拐でなく、よくある家出ではないかと思った。

さやかは人間業とは考えられないと思い、口をはさんだ。「夜中に突然消えるなんって、神隠しに違いありません。1階の戸締りはしっかりしてますし、ドアや窓が壊された形跡はありません。それに、2階のベランダの窓もロックされてますし、ベランダから侵入したとは思われません。それと、誰かが侵入したなら、一緒に寝ている賢いネコがニャ~~と鳴くはずです。そして、その鳴き声を聞いた隣の部屋の番犬が、ワンワンと吠えるはずです」その通りと言わんばかりの表情で、真っ赤な目をギョギョっと開いてアンナもうなずいた。

 

小太り刑事は、小さくうなずき意見を述べた。「神隠しですか?ま~~、それはさておき、さやかさんのお話からして、誘拐ではないと思われます。誘拐じゃないとなれば、家出じゃないでしょうか?最近、家出が多いんですよ。何か心当たりはありませんか?昨夜、親子ゲンカをしたとか、学校に行きたくないとつぶやいていたとか。何か、変わった様子はありませんでしたか?」アンナは、うつむいたまま顔を左右に振った。

 

二人の刑事は、顔を見合わせてうなずいた。「お母さん、気を悪くしないでください。間違いなく、家出だと思います。本当に、近頃は家出が多いのです。家出の理由は、いろいろですが、特に、ここ最近、学校でのイジメが原因で家出をする小学生、中学生が増えています。でも、家族に黙って、お友達の家に行っている場合もありますので、親しくされているお友達に、電話なされてはいかがでしょう」

さやかは、うなずきアンナに電話をするように促した。「アンナ、モモエちゃんとか、マサコちゃんとか、ジュンコちゃんとか、親しい友達に電話してみなさいよ。泣いていても、アキちゃんは、帰ってはこないのよ。さあ、早く」アンナは、スマホのアドレスを開き親しい友達の名前にタッチした。数人の友達と担任の先生に電話したが、亜紀は来てないとのことだった。小太り刑事は、困り果てた顔で尋ねた。「よく遊びに行っていた場所はありませんか?」この世の終わりと言わんばかりの表情をしたアンナは、静かに顔を左右に振った。

 

小太り刑事は、話を続けた。「アキちゃんは、まだ小学生ですから、一人で遠くには行かないと思われますが、家出の場合、大都会にあこがれて、あてもなく、関東、関西に行くことがあります。そういった場合、全国に捜索願を出すことになります。ところで、申し訳ありませんが、アキちゃんの部屋を見させてもらってもよろしいでしょうか?置手紙があるとか、日記に思いを書いているとか、そういう場合がありますので。よろしければ、アキちゃんの部屋に案内していただけませんか?」

 

アンナは、左横のさやかの顔を見つめた。さやかは、うなずき返事した。「はい、刑事さん、アキの部屋は、2階です。ご案内します」さやかを先頭に二人の刑事は、2階に上がって行った。階段を上りきった右手の部屋が亜紀の部屋だった。さやかが「どうぞ」と言って、ドアを開けた。まず、小太り刑事がグルッと部屋の中を見渡し、ゆっくりと足を踏み入れた。次にヒゲ刑事がキョロキョロとあたりを見渡して、失礼、と言って部屋に入った。

春日信彦
作家:春日信彦
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