ガンプラの日

小学生とは思えないしっかりした文章に感心した小太り刑事は、さやかに声をかけた。「立派な文章ですな~~。特に、思い悩んでいるような文章はないようですが、家出をほのめかすようなそぶりはありませんでしたか?」さやかは、亜紀のことはよく知っているつもりだったが、ここ最近同居していなかったため、思い当たることがなかった。「以前は、この家に同居していたのですが、ここ半年ほどは看護師寮に住んでいますので、最近の亜紀のことは、よくわかりません。特に、学校生活のことは、まったくと言っていいほどわかりません」

 

ガンプラ趣味のヒゲ刑事は、ガンプラを何度もジロジロ見つめていた。ペイルライダー、とつぶやき、どこか他にガンプラが置かれてないか、もう一度、部屋の隅々まで見渡した。そして、怪訝そうな顔つきでさやかに尋ねた。「アキちゃんは、ガンプラが趣味ですか?」ガンダムが好きなのは知っていたが、ガンプラを組み立てているところは見たことがなかった。「そうですね。趣味といえば趣味なのかもしれませんが、ガンプラを組み立てているところは、見たことがありません」

 

ヒゲ刑事は、ガンプラが机の中央に置かれてあったことが気になっていた。「そうですか、ガンプラは、これ一つですね。僕もガンプラファンなんですが、たいていの場合、数種類のガンプラを持っているものです。たった、一つ・・ところで、弟は、いますか?」さやかは、2歳で亡くなった弟のことを話すべきか悩んだが、隠すようなことではないと思い事実を話すことにした。「弟は、いました。でも、2歳の時に亡くなりました。そのガンプラは、その弟の形見です。それと、刑事さんだから言いますけど、アンナには、内緒ですよ」

 

ヒゲ刑事は、即座にうなずいた。家出の原因にかかわる情報に違いないと直感した。小太り刑事も身を乗り出し、話を促した。「もちろん、口はかたいですから。ぜひ、お聞かせください」さやかは、話を続けた。「実を言いますと、アンナは、亜紀ちゃんの実の母親じゃないのです。実の母親は、亜紀ちゃんが4歳、弟が2歳の時、失踪したのです。それで、アンナが、亜紀ちゃんを引き取ったのです」

 

小太り刑事は、「なるほど、そういう親子関係だったのですか」とつぶやき、ヒゲ刑事は、形見のガンプラを見つめながらしばらく考え込んだ。このガンプラが行き先のヒントではないかとピピ~ンときた。「そうだ、下宿している男子高校生がいましたね、今、彼はいますか?」さやかは、即座に答えた。「いいえ、トバ君は、昨日から、友達のうちに行っているそうです」一度うなずき、質問を続けた。「ということは、昨夜は、いなかったわけですね」さやかは、大きくうなずいた。ヒゲ刑事は、鳥羽という高校生が、家出に関係しているんじゃないかと推測した。

 

小太り刑事は、腕組みをして大きなため息をついた。「ウ~~~、手がかり、なしか。家出なんだろうが、いったい、どこに行ったのか?賢いアキちゃんだから、自殺はしないと思うが・・おい、サワどう思う?」ヒゲ刑事は、ひらめいた時の笑顔を見せると小太り刑事に耳打ちした。小太り刑事は、小さくうなずきさやかに声をかけた。「ちょっと、二人だけにしてもらえませんか。今後のことを考えますので」さやかは、ハイ、と答えて亜紀の部屋を出て行った。

1階に取り残されていたアンナは、意気消沈しテーブルに突っ伏していた。ピースとスパイダーも何気に寂しそうな表情をしていた。アンナの正面に腰かけたさやかは、アンナの右肩をポンと叩いた。アンナは、涙で化粧が崩れたキモイ顔をゆっくり持ち上げた。そして、ア~~~、と大きなタメ息をつき、自分を責めた。「きっと、イジメを苦にして、家出したんだわ。わたしがバカな中卒だから、みんなにイジメられたのよ。すべて、私が悪いんだわ。母親になんかに、ならなければよかったのよ。ア~~、どうすればいいの」

 

さやかは、家出には違いないと思ったが、原因がイジメなのかどうかは、はっきりしないと思った。さやかは、アンナを慰めようと優しく声をかけた。「アンナ、そんなに自分を責めちゃダメ。イジメが原因で家出したとは、限らないんだから。何か、思うことがあって、黙って家を出たのよ。決して、アンナを困らせようと思って、家出したんじゃないと思うの。夕方には、きっと帰ってくるわよ。とにかく、もうしばらく、待ちましょう」

 

アンナは、黙って聞いていたが、家出の原因は自分にあるようで、悲しくて涙が止まらなかった。「だったら、どんなつもりで家出したのさ。イジメじゃなかったら、なんなのよ。答えてよ、さやか」さやかにも家出の原因は、まったく見当がつかなかった。答えようにもこたえられなかったが、学校のイジメが、家出の原因ではないと確信していた。きっと、何か他に家出の原因があると思った。

「学校のイジメのことは、よくわからないけど、イジメじゃなくて、何か他に理由があるのよ。アキちゃんを信用してあげて。きっと、アンナにも言えない何か理由があるのよ。アキちゃんを信じようよ。アキちゃんを心から信じてあげられるのは、アンナしかいないのよ」万が一、学校でイジメにあったとしていても、家出をするようなヤワな子じゃないと思った。また、ママ母のアンナとのいざこざがあったとしても、気の強い亜紀だったら、前向きに生きていけると思った。アンナは、小さくうなずいたが、それでも気持ちは晴れなかった。

 

「だったら、母親にも言えないことって何よ。思春期の中学生だったら、わかんなくもないけど、まだ、アキは、小学3年生よ。どんな、隠し事があるっていうの。やっぱ、中卒のママ母が、いやになって、家出したのよ。最近は、理屈っぽい口答えをするようになっていたし、黙って遊びに行くこともあったし、やっぱ、そうに、決まってる。アンナは、母親として失格ってことよ。アキを引き取らなかったらよかったのよ」

 

アンナは、ますます自分を追い込んでいった。これ以上どうやって慰めていいかわからなくなった。「アンナ、アキちゃんを信じてあげて。アンナは、素晴らしいお母さんよ。太鼓判を押すわ。さやかは、アキちゃんを信じる。きっと、夕方には、笑顔で帰ってくるから。アンナ、心配なんかしなくていいの」血の気が引いたアンナの顔は、見るも無残な妖怪のようになっていた。

春日信彦
作家:春日信彦
ガンプラの日
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