ガンプラの日

さやかが、お茶を入れようと立ち上がった時、階段を下りてくるパタパタというスリッパの音が聞こえてきた。ほんの少し笑顔を見せた二人の刑事が、ゆっくりとテーブルに歩み寄ってきた。テーブルの椅子に腰かけ、アンナに話しかけた。「お母さん、ご安心ください。アキちゃんは、今夜までに、必ず、無事戻ってきます。日記を読ませていただきましたが、とても聡明で思いやりのあるお子さんじゃないですか。涙が出るほど感銘しました」

 

アンナは、なんの根拠もないのに無事戻ってくると断言するなんて、無責任なデカだと思った。家出のことには、これ以上かかわりたくなくて、さっさと引き返したくて、適当なことを言っているように思えた。「刑事さん、どうして、今夜中に戻ってくると、断言できるんですか。アキからの連絡は、まったくないんですよ。悪い誰かに呼び出されて、軟禁されているかもしれないし。殺されているかもしれないし。どうして、そんな無責任なことを言うんですか」

 

小太り刑事は、言葉に詰まったが、ヒゲ刑事が返事した。「おっしゃるように、確かな根拠はありません。最悪の場合も考えられます。でも、僕は、信じられるのです。アキちゃんは、お母さんのことが大好きです。確かに、母親に黙って、家を出て行ったことは、よくないことです。でも、誰にでも、どうしても素直になれず、ちょっとした一言が言えないことってあると思うんです。アキちゃんを信じてあげてください。そして、戻ってきたら、叱らずに、何も聞かずに、抱きしめてあげてください。お願いします」

ヒゲ刑事は、亜紀がどこに行ったか、形見のガンプラから推理していた。それに、黙って出て行った気持ちもなんとなく理解できた。アンナは、絞り出すような声でつぶやいた。「アキのバカ、ママは、アキのこと、大好きなのよ。どうして、黙って、出て行くの」小太り刑事が話を続けた。「きっと、アキちゃんは、戻ってきます。今夜、9時までに戻ってこなかったなら、全国に捜索願を出します。お母さん、安心してください。必ず、元気に戻ってきますから」

 

さやかも、笑顔で戻ってくるように思えた。悪い誰かに呼び出されて、軟禁されたということも考えられなくもなかったが、最悪のことを考えれば、気がめいってしまうだけだと思った。黙って出かけたのは、かくれんぼのつもりで、仲のいい友達と一緒にHKT48 劇場に行っているんじゃないかと思えた。とにかく、神様を信じ、アキちゃんが無事に戻ってくることを祈るしかないと思えた。

 

二人の刑事は、アンナに「心配なさらないで、待っていてください」と言葉をかけると軽く会釈をして玄関に向かった。さやかは、玄関まで見送ると二人の刑事は、もう一度さやかに会釈して玄関を出た。後を追うようにさやかも玄関を飛び出し、親身になって相談に乗ってくれた二人の刑事に頭を下げた。向かいの駐車場で待っていたスズキスイフトスポーツは、二人の刑事を乗せると静かに動き出した。

キッチンに戻ったさやかは、アンナを落ち着かせるためにしばらく寝かせることにした。「アンナ、心配し過ぎは、身体に悪いわよ。ちょっと、横になって、気を楽にしたらどう。タクミのことは、さやかが見てるから、安心して。昼食は、さやかが作るから、任せて」小柄なさやかは、椅子から立ち上がった女子プロレスラーのようなアンナを支えながら、寝室に向かった。アンナは、寝床に立つと崩れ落ちるようにバタンと倒れた。

 

GUMPLA EXPO

 

 昼メシに蕎麦を食べることにした二人の刑事は、佐賀まで足をのばすことにした。ダークグレーのスイスポは、クネクネとヘヤピンカーブが続く糸島峠(いとしまとおげ)と三瀬峠(みつせとおげ)を爽快に走り続け、無声庵(むせいあん)に向かった。助手席に腰かけた小太り刑事、伊達は、ぼんやりとアキちゃん家出事件のことを考えていた。また、伊達は、今夜までに必ず戻ってくると断言したことに一抹の不安を感じていた。

 

アキちゃんは友達と遊びに行っているだけだから、今夜までに間違いなく戻ってくる、とヒゲ刑事、沢富が断言したことを信じ、母親にも、そのようなことを伊達は言ってしまったが、何を根拠に沢富が断言したのか、その理由をもっと具体的に知りたかった。「おい、サワ、本当に戻ってくるんだろうな。戻ってこなかったときは、俺たち、ぶっ飛ばされるんじゃないか。あの美人、ケンカ、強そうだったぞ。どうなんだ、間違いないんだろうな」

沢富は、ニヤッと笑顔を作って返事した。「アキちゃんは、友達と遊びに行ったに違いありません。きっと、明るい笑顔で戻ってきます。僕を信じてください」伊達は、信じてはいたが、そう断言できる根拠をより具体的に教えてほしかった。「信じるさ。サワが言うことは、大体、当たっているからな。疑うわけじゃないが、もう少、俺にもわかるように話してくれないか。別に、隠さなくてもいいじゃないか、な~~サワ」

 

 沢富は、自分の直感を具体的な話にするためにさっきからずっと考えをまとめていた。「いや、隠すつもりはありません。形見のガンプラを手に取った時、ガンプラで遊んでいるアキちゃんと幼児の姿が脳裏に映し出されたんです。その時、ビビッと行き先が閃いたんです。きっと、あそこに違いないと」伊達は、イラッと来た。「だから、聞いてるんじゃないか。あそこじゃわからん。アキちゃんは、誰とどこに遊びに行ってるんだ。じらすなよ。どこなんだ?」

 

 沢富は、マジな顔になって答えた。「クイズ、今日は、何の日でしょうか?」伊達は、即座に答えた。「勤労感謝の日だ。俺を、バカにしてんな。それがどうした」沢富は、一度うなずき話を続けた。「その通り、正解です。そのほかに、今日はガンプラの日でもあるんです」伊達は、からかっていると思い、ムカついた。「おい、ガンプラの日なんて、聞いたことないぞ。そんな日、いつからできたんだ?ガンプラファンが、勝手に作ったんだろ」

春日信彦
作家:春日信彦
ガンプラの日
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