ガンプラの日

ヒゲ刑事は、即座にうなずいた。家出の原因にかかわる情報に違いないと直感した。小太り刑事も身を乗り出し、話を促した。「もちろん、口はかたいですから。ぜひ、お聞かせください」さやかは、話を続けた。「実を言いますと、アンナは、亜紀ちゃんの実の母親じゃないのです。実の母親は、亜紀ちゃんが4歳、弟が2歳の時、失踪したのです。それで、アンナが、亜紀ちゃんを引き取ったのです」

 

小太り刑事は、「なるほど、そういう親子関係だったのですか」とつぶやき、ヒゲ刑事は、形見のガンプラを見つめながらしばらく考え込んだ。このガンプラが行き先のヒントではないかとピピ~ンときた。「そうだ、下宿している男子高校生がいましたね、今、彼はいますか?」さやかは、即座に答えた。「いいえ、トバ君は、昨日から、友達のうちに行っているそうです」一度うなずき、質問を続けた。「ということは、昨夜は、いなかったわけですね」さやかは、大きくうなずいた。ヒゲ刑事は、鳥羽という高校生が、家出に関係しているんじゃないかと推測した。

 

小太り刑事は、腕組みをして大きなため息をついた。「ウ~~~、手がかり、なしか。家出なんだろうが、いったい、どこに行ったのか?賢いアキちゃんだから、自殺はしないと思うが・・おい、サワどう思う?」ヒゲ刑事は、ひらめいた時の笑顔を見せると小太り刑事に耳打ちした。小太り刑事は、小さくうなずきさやかに声をかけた。「ちょっと、二人だけにしてもらえませんか。今後のことを考えますので」さやかは、ハイ、と答えて亜紀の部屋を出て行った。

1階に取り残されていたアンナは、意気消沈しテーブルに突っ伏していた。ピースとスパイダーも何気に寂しそうな表情をしていた。アンナの正面に腰かけたさやかは、アンナの右肩をポンと叩いた。アンナは、涙で化粧が崩れたキモイ顔をゆっくり持ち上げた。そして、ア~~~、と大きなタメ息をつき、自分を責めた。「きっと、イジメを苦にして、家出したんだわ。わたしがバカな中卒だから、みんなにイジメられたのよ。すべて、私が悪いんだわ。母親になんかに、ならなければよかったのよ。ア~~、どうすればいいの」

 

さやかは、家出には違いないと思ったが、原因がイジメなのかどうかは、はっきりしないと思った。さやかは、アンナを慰めようと優しく声をかけた。「アンナ、そんなに自分を責めちゃダメ。イジメが原因で家出したとは、限らないんだから。何か、思うことがあって、黙って家を出たのよ。決して、アンナを困らせようと思って、家出したんじゃないと思うの。夕方には、きっと帰ってくるわよ。とにかく、もうしばらく、待ちましょう」

 

アンナは、黙って聞いていたが、家出の原因は自分にあるようで、悲しくて涙が止まらなかった。「だったら、どんなつもりで家出したのさ。イジメじゃなかったら、なんなのよ。答えてよ、さやか」さやかにも家出の原因は、まったく見当がつかなかった。答えようにもこたえられなかったが、学校のイジメが、家出の原因ではないと確信していた。きっと、何か他に家出の原因があると思った。

「学校のイジメのことは、よくわからないけど、イジメじゃなくて、何か他に理由があるのよ。アキちゃんを信用してあげて。きっと、アンナにも言えない何か理由があるのよ。アキちゃんを信じようよ。アキちゃんを心から信じてあげられるのは、アンナしかいないのよ」万が一、学校でイジメにあったとしていても、家出をするようなヤワな子じゃないと思った。また、ママ母のアンナとのいざこざがあったとしても、気の強い亜紀だったら、前向きに生きていけると思った。アンナは、小さくうなずいたが、それでも気持ちは晴れなかった。

 

「だったら、母親にも言えないことって何よ。思春期の中学生だったら、わかんなくもないけど、まだ、アキは、小学3年生よ。どんな、隠し事があるっていうの。やっぱ、中卒のママ母が、いやになって、家出したのよ。最近は、理屈っぽい口答えをするようになっていたし、黙って遊びに行くこともあったし、やっぱ、そうに、決まってる。アンナは、母親として失格ってことよ。アキを引き取らなかったらよかったのよ」

 

アンナは、ますます自分を追い込んでいった。これ以上どうやって慰めていいかわからなくなった。「アンナ、アキちゃんを信じてあげて。アンナは、素晴らしいお母さんよ。太鼓判を押すわ。さやかは、アキちゃんを信じる。きっと、夕方には、笑顔で帰ってくるから。アンナ、心配なんかしなくていいの」血の気が引いたアンナの顔は、見るも無残な妖怪のようになっていた。

さやかが、お茶を入れようと立ち上がった時、階段を下りてくるパタパタというスリッパの音が聞こえてきた。ほんの少し笑顔を見せた二人の刑事が、ゆっくりとテーブルに歩み寄ってきた。テーブルの椅子に腰かけ、アンナに話しかけた。「お母さん、ご安心ください。アキちゃんは、今夜までに、必ず、無事戻ってきます。日記を読ませていただきましたが、とても聡明で思いやりのあるお子さんじゃないですか。涙が出るほど感銘しました」

 

アンナは、なんの根拠もないのに無事戻ってくると断言するなんて、無責任なデカだと思った。家出のことには、これ以上かかわりたくなくて、さっさと引き返したくて、適当なことを言っているように思えた。「刑事さん、どうして、今夜中に戻ってくると、断言できるんですか。アキからの連絡は、まったくないんですよ。悪い誰かに呼び出されて、軟禁されているかもしれないし。殺されているかもしれないし。どうして、そんな無責任なことを言うんですか」

 

小太り刑事は、言葉に詰まったが、ヒゲ刑事が返事した。「おっしゃるように、確かな根拠はありません。最悪の場合も考えられます。でも、僕は、信じられるのです。アキちゃんは、お母さんのことが大好きです。確かに、母親に黙って、家を出て行ったことは、よくないことです。でも、誰にでも、どうしても素直になれず、ちょっとした一言が言えないことってあると思うんです。アキちゃんを信じてあげてください。そして、戻ってきたら、叱らずに、何も聞かずに、抱きしめてあげてください。お願いします」

春日信彦
作家:春日信彦
ガンプラの日
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