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秀樹は、姉であるアンナも同じ大学ではないかと推測し、さらに質問した。「もしかして、アンナお母様もさやかさんと同じ大学ですか?この前の冗談、バリ受けでしたよ」さやかは、ここまで話が進んでは、あとには引けなくなってしまった。「そうなの。アンナも私も芸能コースで、姉妹で漫才師になろうと頑張っていたの。でも、芸能界は、そんなに甘くないのね。まったく、パッとしなくて」

 

秀樹は、漫才師と聞いてアンナの冗談に納得した。「あんなドアホな冗談が言える方って、只者じゃないと思っていました。ヤッパ、漫才師は違いますね。これからも、チョ~ドアホな冗談を聞かせてください」亜紀は初めて聞く大学の話に面食らった。亜紀がさやかの顔をまじまじと見ていると、嘘がばれてはいけないと先手を打って亜紀に声をかけた。「亜紀、二人の漫才、おもろいよね~」ニコッと笑顔を作ったさやかは、亜紀にウインクをした。

 

漫才師は、アンナの中卒をごまかすために思いついた嘘だと亜紀は即座に気づいた。漫才師はさやかの名案だと思い、亜紀もうなずき笑顔で答えた。「そうなのよ。二人の漫才は最高。きっと、いつか、ブレイクすると思う。ママ、さやか、頑張って」マジに答えた亜紀を見ていた秀樹は、漫才師は本当だと信じ込んだ。「そうか、そんなに、おもろいのか。ぜひ、文化祭で漫才を披露してください。全校生徒、喜ぶと思います」

秀樹の追い討ちに、さやかの顔は引きつってしまった。漫才は、あくまでも中卒をごまかすためのもので、人前で漫才を披露すれば、嘘がばれてしまうと思った。でも、ここで人前では無理と言ってしまえば、それこそ、漫才師は嘘だと白状するようなものだと思い、腹をくくって、承知することにした。「そうよね、アンナ、漫才を披露する絶好のチャンスじゃない。やりましょう。文化祭って、いつあるの?」

 

秀樹は、即座に答えた。「9月11日です。是非、お願いします。コンビ名は、ノッポとチビってのは、どうですか?きっと、バカ受けですよ。ボケのノッポにツッコミのチビ、楽しみだな~」アンナは、突然顔色が青くなった。嘘もここまで来ると罪になるように思えて、さやかの名案が恨めしくなった。亜紀も漫才師は嘘だと思っていたから、いったいこの先どうなるのだろうと顔をしかめてしまった。

 

さやかは、腹をくくっていた。亜紀に惨めな思いをさせないためには、背水の陣でやるしかないと思った。「秀樹君、最高の漫才を見せてやるわね。アンナ、取って置きのネタをやってあげましょうよ」それを聞いたアンナは、愕然としてしまったが、すべては亜紀のためと思い、アンナも清水の舞台から飛び降りる気持で返事した。「よっしゃ、やったるで~。笑いすぎて死なんときや。おもろい漫才、ぶちかましたる」ガッツポーズを作り、両膝を広げて、股まで開いて見せた。

亜紀は、二人のやり取りに開いた口がふさがらなかった。中卒をごまかすためとはいえ、本当に漫才ができるのだろうかと不安になった。でも、アンナとさやかの息の合った受け答えを聞いていると、漫才ができそうな気になってきた。亜紀は、アンナのおどけた一面を垣間見られて、アンナとの距離が少し近づいたようで、うれしくなった。亜紀も、野となれ山となれ、の心境になり、二人にエールを送った。「頑張れ、ノッポとチビ」

 

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 ピンポ~ンと玄関のチャイムが鳴った。アンナが小走りでかけていくと小太りのヒフミンがシャムネコがプリントされたトレーナー姿で玄関前に突っ立っていた。「こんにちは。亜紀ちゃんいますか?」ヒフミンは、近所に住む亜紀より一つ年上の男子で、将棋が大好きな坊やだった。ヒフミンは、ネコが大好きで、ピースに会いたくて時々遊びに来るのだった。ちょっと薄汚い服装のヒフミンを見たとき、ビビッと不吉な予感が起きた。

 

貧乏人を小ばかにする金持ちの秀樹と同席させるとひと悶着起きるのではないかと直感したアンナは、やんわりと笑顔でヒフミンを追い返すことにした。「今、ちょっとお客さんなの。ごめんね~ヒフミン」そのとき、アンナの後ろから亜紀の声が飛び出した。「ヒフミン、いらっしゃい。あがって、クラスのお友達もいるの。さあ」亜紀は、ヒフミンの右手をつかみ、引っ張りあげた。亜紀の歓迎を受けたヒフミンは、アンナの顔色をうかがった。

 

アンナは、亜紀が手招きしてしまったてまえ、追い返すわけには行かなくなった。でも、きっと、秀樹と喧嘩になると思い、亜紀をにらみつけた。亜紀には、アンナの表情の意味がまったく分からなかった。能天気の亜紀は、小太りのヒフミンをキッチンまで力任せに引っ張っていった。薄汚い小太りの少年を見た秀樹は、顔をしかめ、挨拶した。「こんにちは。クラスメイトの秀樹です」

 

ヒフミンは、金持ちの雰囲気を漂わせ、高価なジャケットを着ている少年に気後れしたが、勇気を振り絞って小さな声で挨拶した。「こんにちは。糸島小学校4年のヒフミです。みんなには、ヒフミンと呼ばれてるけど。亜紀ちゃんに時々将棋の相手をしてもらってるんだ。よろしく」秀樹は、亜紀と仲がいいところを聞かされ、ムカついた。「へ~、将棋ね~。そんな古代ゲームをやってるのか。亜紀ちゃん、将棋なんかやってると、貧乏臭くなるよ」

 

亜紀は、ヒフミンを侮辱する言葉に固まってしまった。秀樹は、貧乏人と頭が悪い男子を馬鹿にし、父親が金持ちであることを自慢することは承知していたが、まさか、初めて会う男子に卑劣な暴言を吐くとは、夢にも思わなかった。三人で仲良く学校の話をしたくて、ヒフミンを秀樹に紹介したつもりが、とんでもない出会いになったことに後悔した。亜紀は、ヒフミンのおびえた顔を見てこの場から逃げ出したくなった。

春日信彦
作家:春日信彦
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