祭りのうた

第三章( 2 / 2 )

 

  俺は和子との付き合いに、芝居じみたものを感じるようになっていた。すべては、2人の間で約束されたかのように、俺には思えた。たゆたいの中に、やわらかくまつわりつく和子の視線からくるものに、さらに和子自身の中に、俺は、俺を閉じ込める不透明なかすみを見た。そして、その中に存在する自己に苛立ちを感じていた。

 俺は、腕を振り回したかった。そして、下平尾の飲み込まれた黒い波と壁にぶつかっていきたかった。そうした激しい肉体的行動のみが、このベールに包まれたような感覚の世界から、自分を解放する唯一の方法であように思われた。その奔流の中に、自己をおきたかった。苦痛と、怒りを、俺に取り戻したかった。俺はあの日以来、和子の肉体に触れてはいなかった。その肉体が与える、あの疎ましい無感覚の世界に、さらに取り込まれることが、嫌だったからだ。

 御堂筋側は、デモで埋まった。車は完全にストップし、広い通りはみんなが手に手を取って広がったフランス式デモのパレードだった。学長と教授連は、その先頭に立ち、無数のプラカードが、その上に上がった。「安保反対」「岸を倒せ」の声に、握られた人々の手が高く上がって波を打った。歌声が起こり、我々は歌った。警官たちは、通りの両側に間隔を置いて立って、俺たちを見ていた。

 シュプレヒコールの交換が、前から後ろかへ、そして右から左へと流れた。フランス式デモは整然と流れていった。この瞬間に、東京で、京都で、名古屋で、そして札幌で、このデモは流れているのだと俺は空見上げて思った。御堂筋の銀杏の木は、高く雄大にのび、その上空をヘリコプターが舞っていた。

こんなにも多くの人たちが、自分たちの意思を表現するために集まったのだ。俺達は、デモの脇に出て、我々を眺め、手をたたいている人に訴えた。

「僕たちと一緒に歩いてください。デモに参加してください。安保に反対してください」

幾人かが、我々の列に入り、我々の波はさらに大きくなった。共通の立場が我々を支え、我々に参加した人を勇気づけた。我々はさらに声を高めた。「安保反対」「アイクくるな」

 

俺はこの後華やかなパレードに、酔っていた。自由に体が動いた。軽い、そして感じられる心が、自分の中に戻ってくるのを感じた。動物的な行為の持つ暗さや、和子や、それらを含めた俺を取り巻くあの重さが、軽く、空へ歌声とともに舞い上がっていくように感じた。中之島から淀屋橋をすぎ、俺たちの流れは続いた。汗が額からしたたり、その汗に洗われた俺の肌は、空気を感じることができた。感覚が、自分が感じられるようになった。ぬるぬるとした液体に覆い尽くされていた肌が、俺のものへと変わっていった。 

 デモは南へと流れた。組合員の中には、子供を連れて来ているものもいた。主婦連も白いエプロン姿で列を作っていた。民青の連中も、我々に笑いかけ、手を振って歩いた。そして、市民も、いつか我々学生の列に、組合員の中に、遠い炭鉱からの支援のキャップライトの列に加わっていた。全てが完全に演出された大パレードであるかのようであった。 

黒い波は俺たちを襲わなかった。明るい陽の下に、大丸が近づき、高島屋が見えてきた。俺は叫んでいる自分を、歩てる自分を、手を振り上げている自分を、軽やかに感じていた。

第四章( 1 / 3 )

混乱と安らぎ

 

Ⅳ今宮戎駅.jpg

 

<今宮戎駅>

 

熱く、腫れぼったい額から鼻にかけて、俺は手を触れてみた。鈍い痛みが、俺の顔面を焼いていた。鼻の奥に、固まった血が残っているようだ。右の目は重く、思いっきりこじ開けるようにしなければ、視界は開けなかった。
 

佐久子の手を取って、俺は街灯の少ない南海線のガード下を、走るように南に向かっていた。佐久子の白いブラウスに、どろがつき、髪は乱れていた。

怒りが、胃袋から急激に突き上げてきた。唇をくいしばり、もれてくる喚きをおしころした。息は乱れている。後には、もう誰も追っては来なかった。

 夕暮れだったろうか、東大の女子学生の1人が、国会であの警官どもによって、虐殺されたニュースが、俺たちを激しく興奮させてさせたのは。

 整然としたフランス式の大パレードは難波に到着し、いつ終わるともしれぬ人の波を、高島屋の前で、俺たちは待ち受け、拍手と、シュプレヒコールの交換、歌声のうちに、彼らを迎えていた。夕闇の奥に御堂筋が続き、その後から人々がやってきた。プラカードを振り、体を上げ、歌を歌って。
 テレビのニュースは、ビアホールの俺たちを襲った。そのニュースに俺は唇をかみしめ、耳のあたりにさっと鳥肌が立った。こみ上げる感情が俺を圧倒していた。さっき流れ解散のあった高島屋前に、俺たちは駆けつけた。

 

みんなの目が血走っていた。目が光って、お互いの意志を通じ合った。
 俺たちの大学の旗がさっと、その中に立った。そして府大の旗も、それにならって立った。樺美智子が殺害されたという事実が、我々を強烈に捉えていた。仲間は、つぎつぎに集まってきた。
 俺は和子の手を振り切ってマイクをうばった。そして、ありったけの声を張り上げて訴えた。俺の胸に満ちてきて、その出口を失った怒りは、俺の声となってほとばしった。岸は許せなかった。自己の意志を捨て、いんちき岸を守る黒い波が許せなかった。人一人の生命を奪った彼らを、決して許せなかった。

 

皆が俺の言葉をわめいていた。

俺は、俺たちの言葉を叫んでいた。みんなが叫んでいた。共通の意志が、俺の言葉を奪った。「樺美智子を返せ!」「暴力警官追放!」「岸を倒せ!」「安保絶対反対!」

シュプレヒコールとワッショイの中に、俺たちは腕を組んでいた。

俺たちの波は次第に大きくなり、広場を押しつつみ、その怒りを訴えた。ジグザグが広場をうねっていた。カメラのフラッシュが俺たちをとらえた。俺は、顔を上げ、彼らを睨みつけていた。サイレンがけたたましく鳴っていた。


 皆は突き上げる激しい怒りに捕らえられていた。デモ大きくなっていた。ワッショイワッショイの声は、荒れ狂う地底から夜空に舞い上がっていった。暗くなった広場は、人の波の急流であった。

 

俺たちの波は、広場から道路に押し溢れて行った。ジグザグが、南外劇場から、高島屋に沿って続いた。警官のふく笛に、車は止まり、車の窓から無表情な顔がのぞいた。俺は熱くなっていた。一人の生命が、この安保反対闘争の中で失われたのだ。しかし彼は、それを無関係の表情で、平然とタバコくゆらせていた。我々の波は、その大型の車をおしつつんでいた。


 黒い波が、無届けデモに襲ってきたのは、その直後だった。身をかためた彼らは、俺たちにその厚い壁でおそってきた。俺たちの怒りは、樺美智子の生命を奪ったこの同類の犬どもを許しえなかった。俺たちは抵抗した。腕を振り回し、奴らを殴った。プラカードの棒を握って、黒い波のもつ警棒にうちかかった。足に、脛に痛みがあった。

 

世界が無統一に荒れ狂っていた。

彼らの目の中にも、怒りが芽生えてくるのがわかった。俺たちの怒りが、黒い波の怒りにぶつかった。悲鳴は不思議に、聞こえなかった。肉にぶつかる棒のたてる鈍い音。打ち掛かるときに発する、短い叫び。見える世界は、激しく流動をしていた。
 突然、鋭く熱い感覚が、俺の顔面をとらえた。鼻腔から、なまぬるい液体が湧き上がってきた。俺は、むやみに打ち掛かっていった。ヘルメットの1人の顔が、すぐ俺の目の前にあった。俺はその青黒い顔の側面を、思いっきり棒で殴った。その黒い姿は、横に倒れた。

 

その背後に、佐久子が頭を手にのせて、波の中にもまれていた。佐久子の手を奪い、俺は駆け出していた。暗い方へ向かって、黒い波に打ちかかり、そして走った。とらえて離さぬ手を殴り、大阪球場の横へと走った。幾人かが、俺と佐久子を追ってきた。俺は佐久子の手を握り、なまぬるいしたたりを顔に感じながら、ガード下を駆け抜けた。ぬるりとした棒を投げ出して走った。前の暗闇を頼りに、佐久子をせかせながら、手をひっぱって走った。

 もう誰も来ないようだ。ポケットからハンカチを出して、俺は、そっと額から鼻にかけて拭いてみた。鈍い痛みがおそい、ハンカチは固まりかけた血に汚れていた。佐久子の青白い顔が、俺の顔を見つめていた。佐久子の顔には、外傷は無いようであった。ブラウスの袖が破れ、すこし血がにじんでいた。


 黙って見つめ合ったまま、俺は佐久子に、手をさしだした。佐久子は、その手をしっかり握った。いつもの冷たい目は、その冷たさを失った代わりに、鋭く怒っていた。俺は、さっきのこみ上げる怒りの中に、さらに重いしこりが加わるのを感じた。唇をかみしめてしめていないと、静止もきかず、唸りがほとばしりそうでそうである。

 

俺たちは、小走りにガード下を進んだ。和子はどうしただろうと思った。今宮戎の駅の光が見えた。頭の上を電車がわめきながら走りすぎた。

 

第四章( 2 / 3 )

 粉浜の駅に降りるまで、電車の中で、俺は顔を伏せていた。唇のふるえが止まらなかった。佐久子が、気遣わしげに、俺の顔の傷を見ていた。その目には、ある光が宿っていた。単なる怒りの光ではないその中に、下平尾を見ているときの佐久子の目の光があった。俺の胃袋は、固くかたまり、怒りの外に、下腹部に熱いカタマリが生まれてきているのが感じた。

佐久子のアパートは、粉浜駅から左に降りて、少し暗い道を五分ほど行ったところにあった。その小さなアパートは、大きなケヤキの木の下にあった。


 「ここよ」
 佐久子はぽつんといって、俺を入り口に招き入れた。泥だらけの俺の靴を、佐久子は下駄箱に入れて、汚れた自分の赤いバックスキンの靴の紐を解いた。


 扉を開けて、佐久子は部屋に入っていった。俺は額に鈍い痛みを感じながら、廊下にいた。小さく箭内佐久子とあった。明かりをつけて、部屋を片付けているようだ。廊下の窓から、通天閣が遠くにゆらめいて見える。俺たちの逃げ惑った難波も、その空は鈍い赤い色映じている。風が、庭のケヤキの枝をゆすってすぎた。永い時間のようであった。俺はふつふつと燃え上がる怒りを、胃に、そして下腹部に感じながら、唇をかんだ。 

佐久子の部屋には、透明な、さわやかなにおいがあった。和子の部屋の、あの甘い匂いはなかった。佐久子は、部屋に入るとき、俺に手を貸してくれた。左の腕が、しびれているのを知った。左手は力なく、だらりとしていた。つめたかった。痛みは全くなかった。

佐久子は、俺のジャンパーを脱がせてくれた。左手は、俺の意志に反して、ぴくりとも動かない。佐久子は、湯を沸かし、タオルを絞ってきてくれた。俺をベッドに座らせ、画面の傷を丁寧に拭いた。痛みが、はっきりと戻ってきた。右の目は、はれぼったく、うすくしか開けられなかった。傷をぬぐうとき、佐久子の胸が、俺の顔に近づいた。あるか無いかのかすかな透明な体臭を、俺はかぎわけた。

 

佐久子は消毒液を取り出し、俺の傷口を洗った。激しい痛みが全身を走った。怒りが、目の前の佐久子の細い体を透過していった。ワイシャツに、いくつかの血痕が黒くなっていた。左手を、右手で持ち上げてみた。肘の関節のあたりから、感覚がなくなっていた。俺は胃袋を盛り上げてくる怒りを制止できなかった。くちびるは震えつづけていた。黒い波が、黒い壁が、憎かった。許せなかった。


 台所に入っていく佐久子の後ろ姿を、俺は片目でおった。佐久子のスカートは、やはり汚れていた。足にも赤黒い斑点があった。

 

ベッドに腰掛けて、握った手を開いてみた。汗と、そして血液によって、こわばっていた。温かいタオルが、それを包んで、そのこわばりから解いてくれた。みると、なぜか、佐久子の唇にルージュがまだ鮮やかに残っていた。光に淡く陰影が、その片隅にあった。

俺は、体を震わせながら、右手で左手の指を一本ずつ開いて、きれいになったその手を見た。佐久子が入れてきた紅茶を口に含んだ。かなり強く、ウイスキーの香りがした。喉が乾ききって、飲み下すことを忘れたかのようだ。

 

俺たちは、部屋に入って以来、黙っていた。

片目で見上げた顔に、髪がかかってきた。俺は、無意識に例の仕草で、髪を掻き揚げた。佐久子の目が少し笑ったようだ。俺は、体を震わせる怒りに混じって、ある別のシコリが下腹部を重く圧しているのを感じた。 

佐久子は、ふすまを閉めて出て行った。机の上のスタンドが、緩やかな光を投げている。窓の厚いカーテンを通して、南海線が走り抜ける音を聞いていた。

佐久子は、やっと爽やかな顔をして、杉折のスカートと、柔らかな線のカーディガンを着てふすまを開けた。タバコを1本くわえて、ライターで火をつけた。そして、差し出された、かすかに濡れた吸い口を唇にした時、俺は下腹部の熱い塊を意識した。「何か食べる」佐久子が聞いた。

「いらない」

俺は言った。

 

俺の胃は、堅くしこっていた。佐久子は、自分のタバコに火をつけて、俺の側に座った。佐久子の重みで、ベットは少しゆらいだ。はれぼったい目の上が、さらに熱くなった。佐久子の胸の膨らみが、カーディガンを通して優しい線を見せていた。佐久子は、落ち着かぬ風だった。ピクリと頬をけいれんさせたりした。俺たちは、やはり最前の乱闘の興奮を沈めることができないでいた。せかせかと、俺はタバコを吸った。


 佐久子はその視線を俺の左手にうつした。左手はだらりと醜くたれて、ベッドの上にあった。佐久子はいつものように、くい入るような目で、それを見て、それを手に取った。俺は、無感覚な俺の体の一部を佐久子にゆだねていた。佐久子のうつむいたあごから首のあたりに鳥肌が立った。熱いかたまりが、胃から胸をかけあがってきた俺は、自由な右手を佐久子まわした。

佐久子の冷たい目が光った。俺は、右手に力を加えた。ゆるやかに弧をえがいて。佐久子は、俺を見つめたまま、ベッドに頭をおいた。俺は、佐久子の顔にかぶさっていった。やわらかい唇が、俺のカサカサに乾燥したそれに触れた。かすかに唇はひらかれていた。舌の先に鋭利な小さな歯を感じ、俺は、その小さな隙間に舌を滑り込ませた。爽やかな香りが、俺の口腔を満たした。佐久子のそれが、俺の舌に出会い、かすかに引っ込められた。俺は、佐久子の唇に触れている唇だけを感じていた。


 

第四章( 3 / 3 )

 

 扉にノックがあった。佐久子は俺をはねのけ、入り口へ出て行った。管理人らしい女の人との短い会話が聞こえてくる間、俺は、佐久子のそれが今まで触れていた唇に、手を持っていった。佐久子はすぐに戻ってきた。佐久子は、立ったまま、まっすぐに俺を見つめた。俺は、片方の目をできるだけあけて、その目を見つめた。さらに熱いものが、俺の下腹部から胃へと登り始めていた。

俺は自信なく、右手を差し伸べた。佐久子は、その手を握ってくれた。そして、目をきらりとさせて、俺の顔に重なってきた。俺は、片腕に佐久子をいだいた。左手の上に、佐久子は自分の体を落とした。激しい怒りが、欲望にとってかわっていた。佐久子は、いつもの青磁の肌を思わせる顔を、心持ち赤らめていた。佐久子は、唇を許しながら、力ない俺の左手を握っていた。 
 

シーツは透明な佐久子のにおいがした。佐久子は、握っていた俺の手を離して、ベッドからおりたった。目を閉じた俺は、怒りがいつしか激しい佐久子への期待となっているのを知った。顔面に鈍い痛みが、遠くにあった。


 佐久子が、つるりとした冷たい体を、俺のそばに入れた。なだらかな線が、細い首から肩にかけて流れていた。

俺は、佐久子の細い肩を右手でひきよせた。胸と胸が、そして体全体が、ぴったりとした。このすべっこい感覚の中に、俺は、やっと体の震えをとめることができた。佐久子の胸は小さく、しかし、俺が、震えから解放されて、ほっと息をしたとき、その膨らみは、俺の胸を柔らかく圧した。体と体を合わせていて、やっと俺は、安らぎを感じた。黒い壁のうちおろす警棒の恐怖も、振り回した腕を打つ鈍い痛みも、血も、怒号も、しだいに俺の心から去っていった。

 

俺たちは、じっとしていた。二人の間の俺の左手を、佐久子は、体を少し持ち上げて、自分の首の下においた。麻痺しきったその手は、佐久子の重さを感じる事はできなかった。俺は、やっとその暖かさを知った。胸から、足から、佐久子のすべっこい感触の中に、やっと温かさが戻ってきた。そして熱いかたまりが、胃から全身に拡散していった。

 

そのすべっこい肌と肌の連続の中に、一点の違和感があった。俺は、手を伸ばして、その布を下げ、佐久子の体から外した。すべっこい感覚が、俺の肌をおおった。俺は、その感覚から来るやすらぎの中に、佐久子の唇にゆっくり顔を近づけていった。佐久子の目の光は、暖かみを持った緩やかな光に変わっていた。俺の、欲望はその激しさにもかかわらす、穏やかなものに変質していた。ゆたかな、大きな波のうねりのように、俺を、佐久子を、ゆたかな温かいものが満たしていった。佐久子の透明な体臭が、俺を、いらだった、とげ、とげした感情の世界から隔離してくれた。

 

俺は、佐久子の体にそって、すべっこい感覚に手を滑らせていった。胸から腰へ、そのすべっこい肌は続き、そこからかすかな下降をたどって、深い谷前となっていた。大腿のやわらかい肉が、さらに足へ伸びていた。俺は唇を重ねたまま、佐久子の深い谷間へ指を進めた。かすかな茂の中に、潤った小さな傷口があった。体全体に広がった熱いものが、その部分で熱くなった。強く唇を重ね、深く佐久子の舌を探した。縮こまったそれが、おくびょうに俺の舌に触れた。俺は、濡れた指先を佐久子の背中に回して、堅く佐久子を抱いた。俺は、それを契機に、緩やかに佐久子の傷口から入りこんでいった。

佐久子の、温かな舌は、強く俺の舌に絡まってきた。佐久子の体が急に熱くなって、ぴったりと重ねた二人の体の間に、汗がさっと生まれた。佐久子の体に、小刻みの震えが生じた。汗が下降しはじめていた。佐久子は唇を離し、唇を少し開いて、俺の肩に顔を押し付けた。かすかに吐く吐息が、全てであった。佐久子は声を立てなかった。


 俺は、佐久子の体を満たしを終えた。二人は性急ではなかった。大きな安堵が、二人の間に通いあった。汗が、二人の体の間をつたっていたが、その汗は透明なさらさらとしたものであった。
 俺は、佐久子のすべっこい臀部に手をかけて、強く俺のほうにひきよせた。俺は、佐久子により密着したかった。その密着した状況が、今の俺の一番求めているものだった。安堵と、安らぎと、ゆたかさと、深い人間の接続が、怒りにすさんだ、ささくれだった心と、血を流した体とを満たしてくれそうだった。佐久子はできるだけ近く近く、俺に接した。汗のみが二人の体の間に介在する唯一のものであった。

 

二人は、これ以上、密着できない形であった。うねりが、大きく二人を圧倒し、佐久子の口から吐くあえぎが、僕のそれと一緒になった。佐久子の体、奥深く入り込んでいた俺を、佐久子のその筋肉が締め付け、俺がそこにいることを、俺たちがそんなにも深いところで結あっているのを知らせた。体中の熱いものが、煮えたぎった。俺は、右手で佐久子を力いっぱい胸にいだいた。佐久子は目を閉じた。二人の体にけいれんが走り、その中で、熱いほとばしりが過ぎていった。

俺は、カーテンの隙間から入り込む明るい光の中に目を覚ました。

感覚のない左手の上に佐久子の寝顔があった。睫毛は閉じられた目蓋にきれいに並んでいた。佐久子はかすかな寝息をたてていた。その両手は、自分の胸に揃えて、軽く一つずつ握られていた。その拳の影に、美しい曲線をもった乳首が息づいていた。片方の小さな乳首は、そのまわりの丘陵にうまっていた。俺は、安らかさを感じた。

昨夜のむき出しの怒りは、俺の体を去っていた。やすらぎに感謝しつつ、俺は、佐久子の唇に俺の唇をそっと重ねた。佐久子は目をさまさなかった。

徳山てつんど
作家:徳山てつんど
祭りのうた
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