祭りのうた

まえがき( 1 / 1 )

まえがき 目次

まえがき         

 

 今年は戦後70周年。一応、平和に過ごしてきた日本に、安倍さんは、「安保関連法案」を提出し、強引に国会を通してしまった。半数以上の国民が反対する中、成立したこの法案は、日本を「普通の国」にしてしまった。こんな風景を見ていて、思い出したのが、1967年に書いたこのフィクション。話は1960年安保闘争に身を置いた大学生の日々。

 

注:この本はA5版で38頁(23、000字)の本です。

 

 

 目次

 

    

   一章:大手前公園      2P

 

   二章:全学連        4P

 

   三章:フランス式      7P

 

   四章:混乱と安らぎ     9P

 

   五章:祭りのうた    12P

 

 

あとがき           13P

 

  著者プロフィール     14P

 

 

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第一章( 1 / 2 )

大手前公園

 

Ⅰ 大阪城公園.jpg

 

<大手前公園>


 大手前公園の木立の中に、我々は黒く聳える大阪城を見上げていた。


 暗闇の中に、多くの人の動きが感じられた。明るく灯をつけた大阪府警のビルの玄関には、ヘルメットをつけた機動隊が、その鋭い視線を、我々の群れに投げかけていた。もう何ヶ月、我々は、この安保に反対してきただろう。いくつのデモが組織されただろう。その疲労と、熱情が我々を支え続けていた。


 もうあの日、いやあの夜から5日が過ぎていた。政府与党は、国民の反対にもかかわらず、519日、500人の警官を国会内に導入し、強行採決を予知して座り込んだ社会党議員を実力で排除した。そして1148分、清瀬衆議院議長は与党議員だけで、50日の会期延長と、続いて、日米安保条約の新協定を一方的に可決してしまった。


 そうした岸内閣の横暴と独善は決して許せないものであった。多数党は、その多数を手に入れたあかつきには、その意思とその利益によって、国民の全利益を決定する権限を当然に得たかのように振る舞ったのである。広い民衆の反発をバックに、意識した部分は、反対のその意思を表明するために立ち上がった。520日に始まった10万人の請願デモは、民衆が、自己の意志を、自分で表明するために国会に集中していた。全学連は7,000人を国会周辺に集め、マスコミは岸の非民主的行動を非難し、安保は、単に社会の意識した部分のみの闘争から、家庭の主婦までを含む、大きな盛り上がりとなっていた。

 我々、市大学自治会は全員投票により全学ストを決議し、他の大学とともに、安保国民会議主催の5.24統一行動に参加していた。委員長の小平尾と富田は、連日のデモに擦れた声は張りあげて、我々の今夜の行動について説明している。

 

中央に設けられた演壇には、社会党、共産党、総評などの、諸団体の代表が立ち、「安保反対」「岸内閣打倒」の声を上げていた。主催者側の発表によれば3万人という参加組合員、学生たちが、拍手と歓声で、それに応えていた。佐久子は、その白い顔に、こうしたデモに来るにしても、赤いルージュを、その形の良い唇に、鮮やかにひいていた。演壇のライトが反射して、その唇は光っていた。


 佐久子を知ろうとしたのは、下平尾の女だという友達の話に、俺が興味を感じたからだったろうか。0女子大は府立の故か、こうした学生運動に積極的に参加していた。府学連の共闘会議が、俺たちの大学でも取れたとき、佐久子は女子大のモサらしい4人ほどをひき連れて、杉本の俺たちの自治会室にやってきた。箭内と言うややこしい名前を避けて、俺は、彼女を佐久子とよんでいるけれども、佐久子と直接話したことがあるわけではなかった。

 

下平尾は、そのやせがたの顔に、いつも少し無精髭を生やし、男としては、少し高い、しかし、聞きやすい声で話す男であった。そして話をしている時、その長い髪は、ひろい額に垂れ下がり、白い長い指でぽいとかきあげるとき、佐久子の黒い冷たい目が、ねめるように、下平尾にそそがれているのを、俺はいつも気づかぬふりで見ていた。いつも、そうしたときの佐久子の目の光の中に、なにか、ねっとりとした発散を見るような気がするのだった。理性的な佐久子の挙動の中に、女を感じさせるものが、強烈に現れているのを感じるのだった。
 

俺の大学にも女子学生がいないわけではない。現に、俺が付き合っている和子にしても、決して女を感じさせないわけではなかった。理性的というインテリの仮面の裏に、時として俺をいらだたせる、女の存在を感じることもあった。

 

春のはじめの頃、俺たちは自治会室で、夜遅くまでディスカッションを重ねていた。興奮と、疲労に赤くなった目と、すいすぎたタバコに咳をしながら、広いキャンパスの、暗い芝生に出たとき、和子は急にその体重を俺にかけてきたことがある。軽くカールしたその頭を、俺の方に寄せてきたとき、かすかな甘い香りが、俺の鼻腔をかすめた。

いらだたしく俺は、和子を少し突き放して歩いて行った。そうした「女」は、俺に欲望を感じさせるものではなかった。和子と寝ることは決して難しくはない。和子を想像の上で、既に犯してしまっている俺でもあり、その想像においては、和子に対して欲望を感じる俺ではあるのだが、本物の和子には、そうした欲望を感じない自分をいつも感じているのだ。和子の知的な仮面の下には、平凡な1人の女が必ずいると感じたからかもしれない。一生という時間を、俺は安定した時間を、一緒に生き続けるという約束をしたくない。和子は俺と寝ることを許す気持ちの中に、必ず、俺という1人の人間を自分自身に縛りつけるという、反対給付を考えているのが、俺をいらだたせるのだ。末梢神経を刺激しつつ、その延長の大脳までを所有する明日を、期待する心が俺をいらだたせる。

 

しかし、和子に、そうした期待を持たせる行動を、俺がやらなかったとは言えない。俺の大きな手が、和子の胸の膨らみをまさぐり、完全に熟したそのふくらみの重量感を、その汗とともに俺の手のひらに感じたとき、俺は、和子の少しうけ口の唇に俺のそれを重ねていた。和子は、大きく鼻で息をしながら目を閉じていたけれど、それ以上は、俺は、俺自身にも和子にも許さないでいた。もし、このことが和子に、俺に対する将来を期待させたとすれば、いらだたしくも、俺は和子をストイックに突き放さなければならないのだ。

 

 

第一章( 2 / 2 )

 

今夜のデモに和子は来ていない。

 

打ち合わせも終わり、集会のスピーカーが我々の世界に入りこんできた。すでに決議文の採択が終わり、明るく照らされた広場から、総評の大きな旗を先頭に、組合員たちはスクラムを組んで、公園の暗闇へ進んでいった。警察の車から繰り返し注意を促す放送が聞こえ、カメラのフラッシュは、その周りの警官のヘルメットと鉢巻き姿の我々の仲間を照らして、一瞬にして消える。パトカーの赤いランプがくるくる回転しながら、巨大な人の流れを照らしている。民青のブルーの旗に続き、俺たちの順番が来る。霧が俺たちの周りをとりかこみ、大阪城の淡いシルエットを作り出している。俺たちの大学の旗に、府大の旗が続く。


 この安保のデモで、我々全学連は、いつも、しんがりだった。機動隊は、いつも後から、我々を威嚇し、追い立てるのが常であった。俺たちは女子学生をスクラムの中程に入れ、お互いに腕を組みあって、さらにその両手を自分の体を前でしっかり組んでいた。この形が、警官の引き抜きに一番強い形であることを、我々は学んでいた。「安保反対」「岸を倒せ」の四拍子を、我々は口に叫び、腕を組んだ列を、その拍手に合わせ前に進めた。我々は前の組合員たちに続き、大手前公園の暗闇から、明るいライトの交錯する府警本部へデモをかけた。俺たちの組んだ手は、自分の体から発散する熱気で、汗に濡れている。

 

携帯マイクを持って、下平尾はかんだかく叫んでいる。「安保反対」「岸を倒せ」 我々の大合唱は、霧の降りた街に高く響き渡った。振り返ると、佐久子は、顔を紅潮させながら、大合唱に合わせて唇を開いて叫んでいた。目は輝いていた。少し短めのその髪は、その顎の辺りで揺れていた。佐久子は、まっすぐ前を見つめていた。

 

先頭の辺りでガラガラ声が響く。「シュプレヒコール」「安保反対~ 国会、即時かいさ~ん」、俺たちは口々に叫ぶ「安保 反対」「国会 即時 解散!」 マイクは続ける。「岸内閣打倒」「安保粉砕」。府警本部はヘルメットの機動隊に固められていた。彼らもスクラムを組み、我々の叫びを受けながら、沈黙を守って我々を見つめていた。お互いの敵意が静かに、しかし、鋭く対立した。カメラマンたちは、このコントラストを捉えようと、フラッシュを盛んにたいた。「ワッショイ、ワッショイ、ワッショイ、ワッショイ」俺たちは、その隊伍を振り回し、また、振り回されながら、彼らの前を過ぎる。

 

天満橋への坂道は、我々のスピードを増す。共産党の宣伝カーが「独立青年行動隊」のレコードを流しながら、我々の横を過ぎて行く。我々の波は、市電通りに降りて左側の車道を走らずに進んだ。いつしか俺たちは「独立青年行動隊」を、叫ぶようにして歌っていた。我々を、立ち止まって眺めている街の人たちの表情にも、昨年の頃の冷たい目とは、どこか違った光がある。中には俺たちに手を振ってくれるものいる。又、「頑張れよ」と声をかけてくれるものもいる。あの5月19日の岸の横暴が、彼らに、彼らが完全に無視された立場にいることを教えたのかもしれない。そして、無表情が、我われへの目立たぬ声援に変わったのかもしれない。

 

我々はスクラムから腕を抜き、手をあげてその人たちに応えた。プラカードが高くかげられ、そして、波をうった。岸の出っ歯が、高く上がって揺れた。「世界を繋げ花の輪に」と、女子の間から歌い出され、それはすぐ我々、全体のうたとなった。市電は我々の横をすり抜け、乗客のあるものは、不安そうに、あるものは笑いながら、我々を見てすぎる。我々の歌は続き、見返ると警察の車が、ランプを点滅させながら、数知れぬ人の頭の後ろで付いてくるのが見える。下平尾は、一人マイクを抱えて先頭に立ち、前の民青の連中と少し離れて、府学連の旗と我々の大学の旗の中程を、歩いていた。そして、その後に、巻いた旗の棒を横に持った我々の隊の第一列がいた。我々は歌い続け、夜の街をすんだ。

 

我々の前の方で、歓声が上がった。そして「安保反対」「安保反対」の叫びが大きく響いた。続いて「ワッショイ、ワッショイ」の声と、警官の甲高い笛が響いた。我々はスクラムをかたく組んだ。そして駆け足で進んだ。我々は右へそして左へ、蛇のごとく走った。「ワッショイ、ワッショイ」は、我々の吐き出す呼吸だった。

天神橋の交差点だった。ジグザグの中に、我々は熱していた。市電が1台、交差点にさしかかったところで立ち往生していた。警察のマイクはわめき、デモの波が、広い交差点全体をうねりまわっていた。我々は、そのあとに続いた。誰かが「いくぞ」と叫び、我々の列は、右へ、左へふりまわされ、そしてふりまわした。「ワッショイワッショイ」の声が一段と高くなり、警官隊の姿が、我々を威嚇ししようとしていた。我々は精一杯幅広く、又、真横に突き進み、そして一方の端から、一方の端へ走った。警察のマイクは、「交通の妨害をしては」と叫んでいた。

大学の旗は巻かれ先頭の一列が、その旗をしっかりいだいていた。ワッショイ、ワッショイの声に、我々は走った。耳が熱くなり、汗がしたたった。メガネの内側に汗がしたたりを作った。ぬるぬると汗は、額から流れる。しかし我々は、かたく手を組んで走り、そして曲がり、そして走った、車のライトが我々をてらしていた。
 

カメラのライトが我々をとらえた。

その時だった。左手の歩道にいた機動隊はスクラムを組んで、我々の波を押し潰そうと進出してきた。ヘルメットは光り、その波は黒く大きく、我々の方へおしてきた。我々の流れは、抵抗を受け、揺れ、ぶつかり、そして曲がった。警官の黒い波は、我々の先頭の前に押し出してきた。我々は叫び、列を崩すまいと流れ走った。二人の警官が1列の旗棒を持って、その動きを止めようとしていた。下平尾は、同じくその棒をつかみ、警官の手を、その旗棒からはなそうとしていた。

我々は方向を変え、その二人を連れたまま、デモの真ん中に戻った。すべてが流れ、叫び、走り、ぶつかっていた。先頭の列と警官の間で、殴り合いが始まった。渦の中に連れ込まれ、そして押され、警官は頭を抱えて、しかし、執拗に棒にしがみついていた。

 

その間にも、我々は走り、とどまり、ののしり、叫び、ぶつかりあっていた。警官隊は「バカヤロウ」と怒鳴りながら、我々の列を圧迫してきた。ぶつかる瞬間、彼らの手は機械的に、横に、ななめに我々を打った。我々は、走り続けていた。警官隊にぶつかって方向を変える時、彼らの無数の靴が、我々の足と、脛を蹴り上げていた。俺は、足に激しい痛みを感じていた。

黒い波は、いつか我々を取りかこみ、下平尾は警官に腕を取られて叫んでいた。我々は下平尾のいる方へ突進し、その黒い壁にぶつかり、先頭の二人がまた腕をとられて、その黒い波に捉えられていった。俺は、片方の腕をスクラムから外し、右手で手に当たるその黒い物を殴った。無数の手が同時に伸び、俺の手をとらえようとした。強く振り払い、又、我々はぶつかった。

 

我々は、怒鳴りながら交差点を少し外れた。市電の線路の上に、いくつかの女物の靴が転がっているのを見た。肩で息をしながら、我々は走った。交差点の喧騒から外れたとき、我々は、下平尾と、そして二人の学友を失ったことを知った。高く誰かが叫んだ「安保反対」「岸を倒せ」。我々はありったけの怒りを込めて、大きく叫んだ。「安保反対 岸を倒せ」「暴力警官追放!」「岸の犬を殺せ!」。シュプレヒコールが続く中、我々は汗を滴らせながら歩いた。振り返ると、佐久子が大きく叫んでいた。安堵感があった。中島公園が見えた。我々は、その興奮のまま、デモの終点である大阪市庁前に到着した。先に着いていた組合の連中が、我々を拍手で迎えた。

 

佐久子は乱れた髪をかきあげながら、話している俺と富田に近づいてきた。「彼は」

俺へとも富へともなく言った。俺はただ頭を横に振った。佐久子は、緊張にひきつった顔を、暗い川面に向けた。霧がさらに深く御堂筋を埋め尽くしていた。

第二章( 1 / 3 )

全学連

 

 

Ⅱ大阪市立大学ccひょじ継承.jpg

 

<市立大学>

 

5・25ストで、下平尾らが逮捕されて、もう10日が過ぎていた。

あの夜、我々は市庁舎前から曽根崎署へ、釈放要求に行った。佐久子も、そして多くの我々の仲間も、署長との面会を要求して警察の石段で粘った。我々の要求は拒絶され、彼と他の2人の仲間は帰ってはこなかつた。彼らの逮捕が我々に与えたものは、あるものには挫折感であり、あるものには、さらなる岸に対する怒り、我々の声を遠くに無視する官憲への反発だった。

 岸は衆院の可決をやってしまった今、国会法に定められた自然承認の30日間に、物理的時間の経過に任せきっていた。岸は強気であった。「声なき声を聞け」と、不敵な言葉を吐いて我々の憤怒を高めた。 我々の時間は限られていた。30日間という期限付き闘争は、我々の心を悲痛なまでに高めていた。我々はこの30日間に、全てをかけなければならなかった。岸内閣の総辞職、国会解散を、その目的としなければならなかった。

安保国民会議は、戦後、最初のゼネストを明日に決定していた。国労を中心とする公労協を中核に、全国で「安保反対 岸内閣打倒」をスローガンに、その集会を持つことになっていた。明日の6.4ストは我々の組める最大のものであるはずであった。府学連は湊町から、天王寺へのデモを決定していた。


 自治会室の雑然とした、プラカード、ポスターや、紙屑の中で、我々は明日のビラを作成していた。和子達が原紙を切り、俺たちは、それを謄写版で刷っていた。手は黒くなり、袖にも、インクがついていた。「無実の学校を救おう」というビラは不鮮明であった。

 

突然扉が開いて、佐久子が入ってきた。我々は、彼女の少し青白い顔を見つめた。下平尾のいないこの部屋に、佐久子は姿を見せたことはなかった。富田が近づいていった。かけろよ。佐久子は、黙って座った。こめかみが、ぴくりと震えるのが見えた。

 

 佐久子が下平尾を失ったことは、俺たちのそれに対する怒りとは、全く別のものであることを皆が知っていた。富田は佐久子の前に腰掛けて、小声で何か言っている。佐久子は、黙ったまま部屋の中を見回していたが、俺の視線を感じてか、俺の方を見た。ローラーを持ったまま、俺はしばらく佐久子の顔を見ていた。漆黒の目がしばらく俺を捉えていた。俺は、笑顔にはなれなかった。佐久子は、机の上の刷り上がったビラを手にとって読み始めた。佐久子の目の中に苛立ちが見えた。

 

俺たちが仕事に戻ったとき、俺の背中に、ある視線を感じた。和子のそれであることを知りながら、背中でそれを黙殺してローラーをおした。仕事終わって、和子を下宿に送って行く時、和子は少し、いつもより俺と離れて歩いた。生け垣の角で和子は手を挙げて、短くさようならと言って去った。空は曇って、月に大きな傘がかかっていた。

 

 

徳山てつんど
作家:徳山てつんど
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