祭りのうた

第一章( 2 / 2 )

 

今夜のデモに和子は来ていない。

 

打ち合わせも終わり、集会のスピーカーが我々の世界に入りこんできた。すでに決議文の採択が終わり、明るく照らされた広場から、総評の大きな旗を先頭に、組合員たちはスクラムを組んで、公園の暗闇へ進んでいった。警察の車から繰り返し注意を促す放送が聞こえ、カメラのフラッシュは、その周りの警官のヘルメットと鉢巻き姿の我々の仲間を照らして、一瞬にして消える。パトカーの赤いランプがくるくる回転しながら、巨大な人の流れを照らしている。民青のブルーの旗に続き、俺たちの順番が来る。霧が俺たちの周りをとりかこみ、大阪城の淡いシルエットを作り出している。俺たちの大学の旗に、府大の旗が続く。


 この安保のデモで、我々全学連は、いつも、しんがりだった。機動隊は、いつも後から、我々を威嚇し、追い立てるのが常であった。俺たちは女子学生をスクラムの中程に入れ、お互いに腕を組みあって、さらにその両手を自分の体を前でしっかり組んでいた。この形が、警官の引き抜きに一番強い形であることを、我々は学んでいた。「安保反対」「岸を倒せ」の四拍子を、我々は口に叫び、腕を組んだ列を、その拍手に合わせ前に進めた。我々は前の組合員たちに続き、大手前公園の暗闇から、明るいライトの交錯する府警本部へデモをかけた。俺たちの組んだ手は、自分の体から発散する熱気で、汗に濡れている。

 

携帯マイクを持って、下平尾はかんだかく叫んでいる。「安保反対」「岸を倒せ」 我々の大合唱は、霧の降りた街に高く響き渡った。振り返ると、佐久子は、顔を紅潮させながら、大合唱に合わせて唇を開いて叫んでいた。目は輝いていた。少し短めのその髪は、その顎の辺りで揺れていた。佐久子は、まっすぐ前を見つめていた。

 

先頭の辺りでガラガラ声が響く。「シュプレヒコール」「安保反対~ 国会、即時かいさ~ん」、俺たちは口々に叫ぶ「安保 反対」「国会 即時 解散!」 マイクは続ける。「岸内閣打倒」「安保粉砕」。府警本部はヘルメットの機動隊に固められていた。彼らもスクラムを組み、我々の叫びを受けながら、沈黙を守って我々を見つめていた。お互いの敵意が静かに、しかし、鋭く対立した。カメラマンたちは、このコントラストを捉えようと、フラッシュを盛んにたいた。「ワッショイ、ワッショイ、ワッショイ、ワッショイ」俺たちは、その隊伍を振り回し、また、振り回されながら、彼らの前を過ぎる。

 

天満橋への坂道は、我々のスピードを増す。共産党の宣伝カーが「独立青年行動隊」のレコードを流しながら、我々の横を過ぎて行く。我々の波は、市電通りに降りて左側の車道を走らずに進んだ。いつしか俺たちは「独立青年行動隊」を、叫ぶようにして歌っていた。我々を、立ち止まって眺めている街の人たちの表情にも、昨年の頃の冷たい目とは、どこか違った光がある。中には俺たちに手を振ってくれるものいる。又、「頑張れよ」と声をかけてくれるものもいる。あの5月19日の岸の横暴が、彼らに、彼らが完全に無視された立場にいることを教えたのかもしれない。そして、無表情が、我われへの目立たぬ声援に変わったのかもしれない。

 

我々はスクラムから腕を抜き、手をあげてその人たちに応えた。プラカードが高くかげられ、そして、波をうった。岸の出っ歯が、高く上がって揺れた。「世界を繋げ花の輪に」と、女子の間から歌い出され、それはすぐ我々、全体のうたとなった。市電は我々の横をすり抜け、乗客のあるものは、不安そうに、あるものは笑いながら、我々を見てすぎる。我々の歌は続き、見返ると警察の車が、ランプを点滅させながら、数知れぬ人の頭の後ろで付いてくるのが見える。下平尾は、一人マイクを抱えて先頭に立ち、前の民青の連中と少し離れて、府学連の旗と我々の大学の旗の中程を、歩いていた。そして、その後に、巻いた旗の棒を横に持った我々の隊の第一列がいた。我々は歌い続け、夜の街をすんだ。

 

我々の前の方で、歓声が上がった。そして「安保反対」「安保反対」の叫びが大きく響いた。続いて「ワッショイ、ワッショイ」の声と、警官の甲高い笛が響いた。我々はスクラムをかたく組んだ。そして駆け足で進んだ。我々は右へそして左へ、蛇のごとく走った。「ワッショイ、ワッショイ」は、我々の吐き出す呼吸だった。

天神橋の交差点だった。ジグザグの中に、我々は熱していた。市電が1台、交差点にさしかかったところで立ち往生していた。警察のマイクはわめき、デモの波が、広い交差点全体をうねりまわっていた。我々は、そのあとに続いた。誰かが「いくぞ」と叫び、我々の列は、右へ、左へふりまわされ、そしてふりまわした。「ワッショイワッショイ」の声が一段と高くなり、警官隊の姿が、我々を威嚇ししようとしていた。我々は精一杯幅広く、又、真横に突き進み、そして一方の端から、一方の端へ走った。警察のマイクは、「交通の妨害をしては」と叫んでいた。

大学の旗は巻かれ先頭の一列が、その旗をしっかりいだいていた。ワッショイ、ワッショイの声に、我々は走った。耳が熱くなり、汗がしたたった。メガネの内側に汗がしたたりを作った。ぬるぬると汗は、額から流れる。しかし我々は、かたく手を組んで走り、そして曲がり、そして走った、車のライトが我々をてらしていた。
 

カメラのライトが我々をとらえた。

その時だった。左手の歩道にいた機動隊はスクラムを組んで、我々の波を押し潰そうと進出してきた。ヘルメットは光り、その波は黒く大きく、我々の方へおしてきた。我々の流れは、抵抗を受け、揺れ、ぶつかり、そして曲がった。警官の黒い波は、我々の先頭の前に押し出してきた。我々は叫び、列を崩すまいと流れ走った。二人の警官が1列の旗棒を持って、その動きを止めようとしていた。下平尾は、同じくその棒をつかみ、警官の手を、その旗棒からはなそうとしていた。

我々は方向を変え、その二人を連れたまま、デモの真ん中に戻った。すべてが流れ、叫び、走り、ぶつかっていた。先頭の列と警官の間で、殴り合いが始まった。渦の中に連れ込まれ、そして押され、警官は頭を抱えて、しかし、執拗に棒にしがみついていた。

 

その間にも、我々は走り、とどまり、ののしり、叫び、ぶつかりあっていた。警官隊は「バカヤロウ」と怒鳴りながら、我々の列を圧迫してきた。ぶつかる瞬間、彼らの手は機械的に、横に、ななめに我々を打った。我々は、走り続けていた。警官隊にぶつかって方向を変える時、彼らの無数の靴が、我々の足と、脛を蹴り上げていた。俺は、足に激しい痛みを感じていた。

黒い波は、いつか我々を取りかこみ、下平尾は警官に腕を取られて叫んでいた。我々は下平尾のいる方へ突進し、その黒い壁にぶつかり、先頭の二人がまた腕をとられて、その黒い波に捉えられていった。俺は、片方の腕をスクラムから外し、右手で手に当たるその黒い物を殴った。無数の手が同時に伸び、俺の手をとらえようとした。強く振り払い、又、我々はぶつかった。

 

我々は、怒鳴りながら交差点を少し外れた。市電の線路の上に、いくつかの女物の靴が転がっているのを見た。肩で息をしながら、我々は走った。交差点の喧騒から外れたとき、我々は、下平尾と、そして二人の学友を失ったことを知った。高く誰かが叫んだ「安保反対」「岸を倒せ」。我々はありったけの怒りを込めて、大きく叫んだ。「安保反対 岸を倒せ」「暴力警官追放!」「岸の犬を殺せ!」。シュプレヒコールが続く中、我々は汗を滴らせながら歩いた。振り返ると、佐久子が大きく叫んでいた。安堵感があった。中島公園が見えた。我々は、その興奮のまま、デモの終点である大阪市庁前に到着した。先に着いていた組合の連中が、我々を拍手で迎えた。

 

佐久子は乱れた髪をかきあげながら、話している俺と富田に近づいてきた。「彼は」

俺へとも富へともなく言った。俺はただ頭を横に振った。佐久子は、緊張にひきつった顔を、暗い川面に向けた。霧がさらに深く御堂筋を埋め尽くしていた。

第二章( 1 / 3 )

全学連

 

 

Ⅱ大阪市立大学ccひょじ継承.jpg

 

<市立大学>

 

5・25ストで、下平尾らが逮捕されて、もう10日が過ぎていた。

あの夜、我々は市庁舎前から曽根崎署へ、釈放要求に行った。佐久子も、そして多くの我々の仲間も、署長との面会を要求して警察の石段で粘った。我々の要求は拒絶され、彼と他の2人の仲間は帰ってはこなかつた。彼らの逮捕が我々に与えたものは、あるものには挫折感であり、あるものには、さらなる岸に対する怒り、我々の声を遠くに無視する官憲への反発だった。

 岸は衆院の可決をやってしまった今、国会法に定められた自然承認の30日間に、物理的時間の経過に任せきっていた。岸は強気であった。「声なき声を聞け」と、不敵な言葉を吐いて我々の憤怒を高めた。 我々の時間は限られていた。30日間という期限付き闘争は、我々の心を悲痛なまでに高めていた。我々はこの30日間に、全てをかけなければならなかった。岸内閣の総辞職、国会解散を、その目的としなければならなかった。

安保国民会議は、戦後、最初のゼネストを明日に決定していた。国労を中心とする公労協を中核に、全国で「安保反対 岸内閣打倒」をスローガンに、その集会を持つことになっていた。明日の6.4ストは我々の組める最大のものであるはずであった。府学連は湊町から、天王寺へのデモを決定していた。


 自治会室の雑然とした、プラカード、ポスターや、紙屑の中で、我々は明日のビラを作成していた。和子達が原紙を切り、俺たちは、それを謄写版で刷っていた。手は黒くなり、袖にも、インクがついていた。「無実の学校を救おう」というビラは不鮮明であった。

 

突然扉が開いて、佐久子が入ってきた。我々は、彼女の少し青白い顔を見つめた。下平尾のいないこの部屋に、佐久子は姿を見せたことはなかった。富田が近づいていった。かけろよ。佐久子は、黙って座った。こめかみが、ぴくりと震えるのが見えた。

 

 佐久子が下平尾を失ったことは、俺たちのそれに対する怒りとは、全く別のものであることを皆が知っていた。富田は佐久子の前に腰掛けて、小声で何か言っている。佐久子は、黙ったまま部屋の中を見回していたが、俺の視線を感じてか、俺の方を見た。ローラーを持ったまま、俺はしばらく佐久子の顔を見ていた。漆黒の目がしばらく俺を捉えていた。俺は、笑顔にはなれなかった。佐久子は、机の上の刷り上がったビラを手にとって読み始めた。佐久子の目の中に苛立ちが見えた。

 

俺たちが仕事に戻ったとき、俺の背中に、ある視線を感じた。和子のそれであることを知りながら、背中でそれを黙殺してローラーをおした。仕事終わって、和子を下宿に送って行く時、和子は少し、いつもより俺と離れて歩いた。生け垣の角で和子は手を挙げて、短くさようならと言って去った。空は曇って、月に大きな傘がかかっていた。

 

 

第二章( 2 / 3 )

 

全国560万人もの人達が参加した6・4ストは、戦後最大の政治ストとして成功したようだった。国鉄は、始発から7時までの時限ストを決行し、全逓も時間内職集を行った。国民はそれを納得し、大した波乱もなく、その朝を過ごした。

 

我々は、2時に湊町駅前広場に集まった。プラカードの数は多く、参加人員も、日を追って増加していた。佐久子たちも、カラフルなプラカードを持ってやってきた。俺の仲間に、今日は和子がいた。少し離れた所から、佐久子は、例の冷たい目でまっすぐ俺を見た。そして、和子を。俺の体の中に、熱いものが下腹部あたりから盛り上がり、胃袋を持ちあげてきた。俺は黙って軽く頭を下げた。

 

俺たちのデモは整然と進んだ。歌を歌い、我々は歩いた。曇天の空から、一瞬光が降り、薄汚れた、みなみの昼の姿を見せた。ビラを配り、女子学生の持っていた風船は、子供たちの手に渡って、風に揺らいだ。いくつかのそれは、子供の手を離れて、鉛色の空に上昇していった。「日本をアメリカに渡す売り渡す安保に反対しましょう。」「戦争につながる安保に反対しましょう。」彼女たちは、俺たちは、歌をうたい、訴え、ビラを配りながら歩いた。

 

 大国町を過ぎ、左に大きく曲がり、新世界の近くの霞町を通る。時間を持て余したような釜ヶ崎の人たちも、我々の行列を眺めて、あるものは声をかける。佐久子は、それに手をあげて応えた。しかし顔に笑いはなかった。


 佐久子が一瞬、俺の方を見たとき、俺は無意識に前髪をかきあげている自分を発見した。佐久子の目が光ったように思った。俺の体の奥深いところを、あるものが動きを求めてはい回るのを改めて感じた。俺は敷石に足をつっかけ、少しよろめいた。俺は苦笑しながら前に進んだ。和子は俺のそばにいた。佐久子の方を見たい欲望を抑えつけて、俺はジャンパーのポケットに手を突っ込んで、行列の中を歩いていった。 


 大阪病院の坂をのぼって、デモは天王寺公園で流れ解散となった。

我々のグループは、プラカードを担ぎながら、近鉄デパートの角を曲がった。南海線の緑の古びた電車をやり過ごして通りを渡った。富田と俺と、そして他に3人の仲間がいた。木村屋に入った俺たちは、深く椅子に体を投げ出した。ブルーのドアの外を、南海電車が、ちんちん鳴らしながら過ぎていった。俺たちはけだるかった。佐久子は、時々俺に視線を向けながら、しかし、その硬い表情は崩さないでいた。下平尾のいない我々のグループは、その話のリーダーを失って、口数は少なくなっていた。619日の自然承認までの、期限付闘争で、簡単に国会解散を獲得できるとは、誰も考えてはいなかった。けれど我々にはそれ以外にはなかった。重苦しい空気が我々を捉えていた。

 

和子はコーヒーを飲みながら、カップ越しに、俺の方を見ていた。コーヒーは苦くまずかった。先ほどから、間欠的に俺の体を襲ってくる衝動が、俺を少しずついらだたせてきた。一息にコーヒーを飲み込んで、俺は正面から佐久子を凝視した。佐久子の目は、それをとらえた。佐久子は視線を外そうとはしなかった。薄くマニキュアした指にハイライトを抜き取り、富田の差し出すライターで火をつけて、一息吸って白く吐き出した。体の中を動き回る塊が、俺の思考を停止させていた。そうした俺たちのやりとりを、和子がオドオドした目で捉えていた。見返す俺の視線を避けて、グラスに手を伸ばした。俺は、ある束縛感に、重くとらえられていた。


 佐久子達とは、夕暮れの天王寺駅前で別れた。和子はすぐ背を見せたを俺に追いつきながら、後ろを振り返って見ていた。飲みに行こうか、背を向けた俺の背中に冷たい視線を感じながら、俺は言った。和子は、もの問いたげに俺の顔見てから、かすかに微笑を浮かべた。和子の今日初めての笑顔であった。上六へ向かう広い通りを左へまがった。「オリズル」に向かう途中、和子は俺の腕に手をかけていた。たびたび俺の顔を見上げながら歩いていた。俺は和子をはねつけることはしないで、腕を組ませたままポケットに手を突っ込んで歩いていた。

 

 

 

第二章( 3 / 3 )

 南田辺の駅を降りた時、銀行の電光掲示板が10時半を指していた。南の住宅地のこの辺はもう人影も少なく、街灯がポツンポツンと続く道が多い。

 ジンフイズとブランデーサワーの幾杯かで、和子の耳のあたりは、薄く色づいていた。和子は重心を俺にかけて、もたれて歩いていた。和子は酒場での時間のうちに、安らぎを得たようだ。俺は、今夜は、全く不思議に酔いが回ってこなかった。胸の辺りにある塊ができて、そのしこりが俺をいらだたせていた。酔ってみたかった。けれど、アルコールは俺の胃袋を、その芳香で満すだけで、俺を酔わしはしなかった。和子のヒールの音が、歩道に硬い音を響かせていた。もたせかけた和子の髪から、かすかな化粧のにおいと、女のにおいが、俺につきまとって離れない。俺は苛立ちを感じた。胸のしこりはカッと熱くなり、さらに重くなった。和子は顔を上げて、潤った目で俺を見た。俺は和子にまわした手に力を加えた。その手に、和子の乳房が感じられた。 

和子の部屋は、少し庭を通り抜けて母屋の左側に立つ離れのようなところにあった。

いくたびか和子の部屋に入ったことがあるのに、今夜は入り込むことに何か抵抗を感じながら、俺は和子の後について庭に入った。部屋は、その主によって特有の漂う空気を持っている。和子の部屋には、大学での彼女からの感じよりも、華やいだ甘さかあった。若い女の部屋だった。

和子は、カーテンを開け、窓を開けた。入り口につながる小さな台所に、和子は水を飲みにたった。水音を聞いて、水を飲みたいと思った。俺も後に続いた。和子の後ろ姿には、成熟した女の線あった。ブラウンのカーディガンの襟が少しずれて、和子のうなじに髪が揺れていた。


 俺の中の熱いカタマリが重くのしかかってきた。俺は和子を両手にとらえた。和子はぴくっと体をふるわせて、そのままでいた。ガラスを通して、庭の木が揺れているのが見えた。

俺は和子を胸に抱きとった。両手は、和子のブラウスの中の、重いやわらかい肉を感じた。俺のカタマリはさらに熱くなった。両手でブラウスのボタンをはずし、そのふくらみを片方ずつとらえた。和子は、俺の手を肌に感じた時、軽く体を痙攣させて俺の胸に身を持たせてきた。

和子の髪に顔をうめた。俺はなにか束縛を感じた。俺は胸から手を離し、和子を向きなおらせた。和子は潤んだ瞳で、僕を見て、俺の背に手をまわした。そのままで、俺たちは部屋に戻った。胸のカタマリと下腹部の鈍痛が、俺をいらだたせた。和子は目をつぶっていた。俺は、和子の胸を開き、レースの飾りのついたスリップの上から、胸の豊かな丘陵を、強く手で握った。和子は身をよじった。そして俺はさらに、和子の胸に顔を近づけ、そのふくらみ歯にした。弾力性のあるそのふくらみは、その薄いスリップの皮膜を通して俺に反応した。

 

この暑い鉛のカタマリを、吐き出してしまいたいと思った。

長い時間が流れた。俺はもういいやと思った。手をのべて、和子のスカートのジッパーに触れた時、和子の手が素早く伸びて、俺の手を軽く抑えた。胸は熱かった。俺は、ジッパーを下げた。スナップは、はずれにくかった。俺はいらだち、それに抗って、それを外した。スカートを外す時、和子がかすかに腰を浮かしたのを感じた。こうした行為に出会うとき、俺はいつも和子を突き放してきた。けれど、今夜の俺の苛立ちは、いつもの俺のいらだちと少し違ったものだった。

 

スリップだけになった和子は、スイッチを引く俺の顔を、静かに目を開けて見た。俺を確かめるように、一瞬光った。俺は、目をそらし、手荒く、もどかしくスリップを外し、和子を抱いた。和子の堅く閉じられた唇に、俺は、俺の唇を重ねた。目の前に和子の色づいた耳があった。裸の胸のふくらみを強く握った。和子の呼吸が、俺の耳をかすめた。俺はさらにいらだっていた。大きく叫びだしたかった。


和子の最後の衣類を取り去った時、和子は、俺の背に手をまわして力を加えた。和子の深い谷間に手をやったとき、佐久子の冷たい目が、一瞬、目を閉じた俺の前をかすめてすぎた。

和子は身を硬くしていた。俺は唇を、耳から、唇へ、そして胸の膨らみへと移した。かすかな女の匂いが俺をさらにいらだたせた。自分のベルトを外す時、俺は鈍痛を重く下腹に感じた。和子の両足の間に体を位置した俺は、和子の小さな茂みの複雑なカールのいくつかが、窓を通して入ってくる光に、するどく光っているのを見た。

俺は和子におおいかぶさった。和子は、かすかな声を上げて、俺をその胸にきつく引きつけた。和子の脚が、かたくなに閉じられようとするのが感じられた。俺は、体を硬くして、和子の中に入ろうとした。和子の顔は紅潮し、吐く息は、俺の顔を荒く打った。和子は、俺の体が、その入り口でためらっている間、頬をこわばらせていた。喘ぎは高かった。

再び、あの佐久子の目を背中に感じた。下腹部のうっ積はさらに強く熱く、俺をいらだたせた。俺は、体をさらに堅くし、強引に和子に体の中へ入りこんだ。和子は、かすかに呻いて、歯をくいしばり、俺の背の手にさらに力を加えた。

それまでのかなりの抵抗が一時に失せ、俺はさらに入り込んでいった。入り口からの時間の永さに、俺はいらだった。体を本能的に閉じようとする和子を、俺はより深く満たしていった。和子を完全に満たし終えたとき、和子の食いしばった歯は開かれ、目尻にかすかに涙が流れた。和子を抱きしめた俺は、そのまま静かにしていた。少しずつ下腹部のしこりが溶解していくのが感じられた。和子の豊かな胸にヌルヌルとした汗が流れた。唇を重ねて、俺は和子の頭をすこし起こした。膨らみのあるそのほほは暑く紅潮していた。


 下腹部のかたまりが溶解し終わったとき、俺は少しずつ、和子の体からはなれていった。初めての侵入からの離脱が終わった時、和子は、短い声を発して、俺をひきよせた。俺は、俺が、和子の中への侵入により、完全に濡れているのを感じた。和子の血液だった。俺は、和子に唇を与え、側のスリップをその下半身に投げた。その白い女体は、その小さなもので隠されていた。

徳山てつんど
作家:徳山てつんど
祭りのうた
0
  • 0円
  • ダウンロード

3 / 14