ホワイトレディー

 庭のピンクのテーブルの横に舞い降りると、ハイテンポな音楽に負けないように大きな声でピースに話しかけた。「おはよ~、ピース。楽しそうじゃないか。ストレス発散に、阿波踊りでもやってるのか?」ピースは、音楽が終わるまで風来坊の声が聞こえていないふりをしてシェイプアップ・ダンスを踊り続けた。風来坊は、ピースを怒らせては、友達のことを話しづらくなると思い、しばらく、首を回したり、背筋を反らしたり丸めたり、足を震えさせたり、尻尾をぐるぐると振り回したり、とへんてこりんなネコ・ダンスをテーブルの下でじっと眺めた。

 

音楽が止まるとピースのダンスも即座に止まった。ダンスに満喫したようなピースは、最後に、大きく背筋をそらし、大きなあくびをすると、風来坊をギョロッとにらみつけた。「ちょっと、阿波踊りだなんて、失礼しちゃうわ。シェイプアップ・ダンスをやってるんじゃないの。猫は、日々、美容には気を配ってるのよ。あんた達とは、生まれながらに、美意識が違うの。あんたも、もう少しは、美に関心を持ちなさい。食っちゃね、食っちゃね、していると、そのうち、ブタカラスになるわよ」

 

ブタカラスと言われた風来坊は、痛いところを突かれ、グサっときたが、ここで、喧嘩を売っては、今までの友好関係が台無しになると思い、ぐっとこらえた。そして、大きく深呼吸し、冷静さを装い、ピースにやさしく話しはじめた。「ごもっとも、ピースさんのおっしゃ通り。最近、ちょっと太り気味だとは、思っていたところです。ピースさんを見習って、シャイプアップ・ダンスとやらをやってみますか」

今まで素直なことを言ったことがなかった風来坊の異変に、何か魂胆があるなと感じ取ったピースは、早速、風来坊の本音を探ることにした。「あら、今日は、しおらしいことを言うじゃない。私に、何かお願いでもあるの?」風来坊は、鋭いピースの直感に一瞬ひるんだが、にっこりと笑顔を作り、明日のことを話すことにした。「ピースさん、ちょっと、お話いいですか?」

 

ピースは、改まった口調の風来坊に面食らってしまった。こんなに丁重な態度を見たのは、初めてであった。「そんなに、かしこまらなくってもいいわよ。なによ、話って?」風来坊は、もう一度大きく深呼吸して話しはじめた。「いや、かしこまるほどのことではないんですが、長崎のお友達が、明日、糸島にやってくるんですよ。そのとき、ピースさん、スパイダー、亜紀ちゃんを紹介したいと思っているんだけど、ちょっと、時間をとってもらえないかな~」

 

長崎のお友達と聞いて、首をかしげた。お友達というのは、当然、カラスだと思ったが、念のために聞いてみた。「お友達って、カラスなの?」風来坊は、首を左右に振り、苦笑いをしながら答えた。「それが、カラスじゃなくて、とってもカワイ~白いハトなんだ。5羽でやってくるんだ。できれば、亜紀ちゃんが、ご馳走をしてくれるとうれしいんだけど。ピースさんから、亜紀ちゃんにお願いしてくれないだろうか?」

にやけた顔をした風来坊のお願いを聞いて、なんとなく察しがついた。おそらく、長崎までナンパに出かけ、カラスをナンパしようと思ったところ、白いものだからハトに気に入られ、調子に乗ってハトをナンパしたに違いない。「ヘ~、カワイ~白いハトね。カラスが、ハトをナンパするとは、初耳だわ。ハトもハトね、見る目を疑っちゃうわ」

 

風来坊は、顔をブルブルと左右に激しく振り、弁解した。「ナンパだなんて、とんでもない、単なるお友達さ。彼女たちは、ピースさん、スパイダー、亜紀ちゃんとお友達になりたいそうなんだ。明日の9時ごろには、糸島に到着すると思う。よろしく頼むよ」ピースは、疑いの眼差しで風来坊をチラッと見て、返事した。「ま、いいけど。そう、でも、明日は、水曜日でしょ。亜紀ちゃんは、学校よ。帰ってくるのは、夕方かな」

 

風来坊は、面食らってしまった。当てにしていたご馳走がふいになり、彼女たちになんと言って弁解すればいいか戸惑ってしまった。泣きそうな顔になった風来坊が気の毒になったのか、ピースが話を続けた。「そんなに、がっかりすることはないわ。亜紀ちゃんには、ハトのえさをご馳走してもらえるようにお願いするから。風来坊が好きなポップコーンとパンもお願いしてあげるから。そう、亜紀ちゃんが帰ってくるまで、糸島を案内してあげればいいじゃない」

突然げんきんになった風来坊は、ぴょんぴょんと跳ねて、お礼を言った。「ありがとう。やっぱ、ピースさんは、猫の中の猫ですね。恩にきります。亜紀ちゃんが、学校から帰ってくるまで、糸島の観光スポットを案内しますよ」ピースは、夕方、亜紀ちゃんが学校から帰ってきたら、明日、長崎からやってくる風来坊の友達のことを話すことにした。「遠路はるばる糸島まで遊びにやってくるんだもの。しっかり、おもてなし、しなくっちゃね。亜紀ちゃんも、きっと、風来坊の気持、分かってくれるわよ」

 

風来坊は、その言葉を聞いて、人生バラ色になったようで、翼を大きく広げ、パタパタとピースに感謝の思いを伝えた。「ピースさん、本当にありがとう。一生、恩にきるよ。そいじゃ」瞳を輝かせた風来坊は、ジャンプしながら舞い上がると、南の空に消えた。ピースは、早速、スパイダーに明日のことを話すことにした。スパイダーは、朝ごはんを食べて、アンナの大きなお尻について回っていた。

 

リビングに戻ったピースは、スパイダーに声をかけるタイミングを計っていた。アンナがトイレに入りドアをバタンと閉じると、スパイダーは、リビングのピースのもとにやってきた。ピースは、アンナがトイレから出てこない間に、スパイダーに明日の件を話すことにした。ワイパーのように尻尾を振りながらソファーに両手を伸ばして寝転んだスパイダーにそっと話しかけた。「スパイダー、ちょっと話があるの。ベランダに来てくれない」

春日信彦
作家:春日信彦
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