ホワイトレディー

 風来坊は、大きな声で返事した。「糸島の仲間に連絡しておくから、心配ない。君たちを見つけたら、仲間が案内するさ。気兼ねなく、来るといい。何羽でくるんだい?」ミーは、透き通る声で返事した。「5羽よ。全員、白いハトだから、ちゃんと見つけてね」風来坊は、うれしくなって、脳のてっぺんから甲高い裏声で答えた。「もちろんさ。すぐに見つけて、案内するから、安心するがいい」

 

 ミーとケイは、そろってうなずくと返事をした。「それじゃ、明日は、お願いね。糸島の友達にもよろしく言っておいてちょうだい。早速、天主堂の友達に伝えにいくわね。きっと喜ぶわ。そいじゃ、明日お会いしましょう」二羽は、パタパタパタパタと飛び立つと南の空に消えた。うれしくて心が弾んだ風来坊もブワッブワッと翼を力強く動かして、北の空に消えた。南風に乗った風来坊は、一時間もしないうちに糸島に到着した。

 

 風来坊は、平原歴史公園の上空をグルッと旋回し、ピースの姿を探したが、庭にも公園にもいなかった。家の中でテレビでも見ているのではないかと思い、しばらく、屋根の上で待つことにした。9時を過ぎたころピースがベランダに現れた。すぐさま、リビングから流れてくる軽快なリズムに合わせて、なにやら奇妙な全身運動をはじめた。風来坊は、世にも不思議なネコ・ダンスが終わるのを待って、明日、長崎から友達が来ることを伝えようと思ったが、いてもたってもいられなくなり、ベランダに向かって舞い降りた。

 庭のピンクのテーブルの横に舞い降りると、ハイテンポな音楽に負けないように大きな声でピースに話しかけた。「おはよ~、ピース。楽しそうじゃないか。ストレス発散に、阿波踊りでもやってるのか?」ピースは、音楽が終わるまで風来坊の声が聞こえていないふりをしてシェイプアップ・ダンスを踊り続けた。風来坊は、ピースを怒らせては、友達のことを話しづらくなると思い、しばらく、首を回したり、背筋を反らしたり丸めたり、足を震えさせたり、尻尾をぐるぐると振り回したり、とへんてこりんなネコ・ダンスをテーブルの下でじっと眺めた。

 

音楽が止まるとピースのダンスも即座に止まった。ダンスに満喫したようなピースは、最後に、大きく背筋をそらし、大きなあくびをすると、風来坊をギョロッとにらみつけた。「ちょっと、阿波踊りだなんて、失礼しちゃうわ。シェイプアップ・ダンスをやってるんじゃないの。猫は、日々、美容には気を配ってるのよ。あんた達とは、生まれながらに、美意識が違うの。あんたも、もう少しは、美に関心を持ちなさい。食っちゃね、食っちゃね、していると、そのうち、ブタカラスになるわよ」

 

ブタカラスと言われた風来坊は、痛いところを突かれ、グサっときたが、ここで、喧嘩を売っては、今までの友好関係が台無しになると思い、ぐっとこらえた。そして、大きく深呼吸し、冷静さを装い、ピースにやさしく話しはじめた。「ごもっとも、ピースさんのおっしゃ通り。最近、ちょっと太り気味だとは、思っていたところです。ピースさんを見習って、シャイプアップ・ダンスとやらをやってみますか」

今まで素直なことを言ったことがなかった風来坊の異変に、何か魂胆があるなと感じ取ったピースは、早速、風来坊の本音を探ることにした。「あら、今日は、しおらしいことを言うじゃない。私に、何かお願いでもあるの?」風来坊は、鋭いピースの直感に一瞬ひるんだが、にっこりと笑顔を作り、明日のことを話すことにした。「ピースさん、ちょっと、お話いいですか?」

 

ピースは、改まった口調の風来坊に面食らってしまった。こんなに丁重な態度を見たのは、初めてであった。「そんなに、かしこまらなくってもいいわよ。なによ、話って?」風来坊は、もう一度大きく深呼吸して話しはじめた。「いや、かしこまるほどのことではないんですが、長崎のお友達が、明日、糸島にやってくるんですよ。そのとき、ピースさん、スパイダー、亜紀ちゃんを紹介したいと思っているんだけど、ちょっと、時間をとってもらえないかな~」

 

長崎のお友達と聞いて、首をかしげた。お友達というのは、当然、カラスだと思ったが、念のために聞いてみた。「お友達って、カラスなの?」風来坊は、首を左右に振り、苦笑いをしながら答えた。「それが、カラスじゃなくて、とってもカワイ~白いハトなんだ。5羽でやってくるんだ。できれば、亜紀ちゃんが、ご馳走をしてくれるとうれしいんだけど。ピースさんから、亜紀ちゃんにお願いしてくれないだろうか?」

にやけた顔をした風来坊のお願いを聞いて、なんとなく察しがついた。おそらく、長崎までナンパに出かけ、カラスをナンパしようと思ったところ、白いものだからハトに気に入られ、調子に乗ってハトをナンパしたに違いない。「ヘ~、カワイ~白いハトね。カラスが、ハトをナンパするとは、初耳だわ。ハトもハトね、見る目を疑っちゃうわ」

 

風来坊は、顔をブルブルと左右に激しく振り、弁解した。「ナンパだなんて、とんでもない、単なるお友達さ。彼女たちは、ピースさん、スパイダー、亜紀ちゃんとお友達になりたいそうなんだ。明日の9時ごろには、糸島に到着すると思う。よろしく頼むよ」ピースは、疑いの眼差しで風来坊をチラッと見て、返事した。「ま、いいけど。そう、でも、明日は、水曜日でしょ。亜紀ちゃんは、学校よ。帰ってくるのは、夕方かな」

 

風来坊は、面食らってしまった。当てにしていたご馳走がふいになり、彼女たちになんと言って弁解すればいいか戸惑ってしまった。泣きそうな顔になった風来坊が気の毒になったのか、ピースが話を続けた。「そんなに、がっかりすることはないわ。亜紀ちゃんには、ハトのえさをご馳走してもらえるようにお願いするから。風来坊が好きなポップコーンとパンもお願いしてあげるから。そう、亜紀ちゃんが帰ってくるまで、糸島を案内してあげればいいじゃない」

春日信彦
作家:春日信彦
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