夜想曲と薔薇のヴァンパイア

第一章( 3 / 4 )

魔性の契約

 ヴィンセントの邸に連れられたシェリーはリビングに案内された。

 主。 ゾンビかオバケの類を想像するシェリーは恐ろしいあまりに目を開けられなかった。

 『ゾンビかオバケなんてイヤ……帰りたい』

 フランシスは、 咳払いをした。
 「シェリー、 主にご挨拶を」

 恐る恐るヴィンセントの顔を見たシェリーは呆然とした。
 『あれ……オバケじゃ……ない?』

 ヴィンセントはとても上品で痛々しい程美しい男なのだ。
 それに加え、 やや暗い過去を匂わせる。

 だが

 まるで固まった様に見るシェリーにヴィンセントは怒りを露にした。
 「フランシス、 この娘を連れて行け!」

 ヴィンセントは少し性格に難点があったのだ。

 又始まった、 と言わんばかりにフランシスが窘めた。
 「ヴィンセント様、 私が占いで選んだ娘でございます。 ご不満ですか?」

 ヴィンセントは席を立ち、ややイジワルに答えた。
 「あぁ、 不満だ。 食が進まぬ」

 魔物らしい言葉に顔を蒼ざめるシェリー。

 マジマジとシェリーを見るフランシス。
 「確かに……野暮ったい古い服装なんとかせねば。 それに淑女の教育は、 執事である私の役目になりますね。 シェリー。 こちらへどうぞ」

 やや強引にシェリーを部屋に連れて行くフランシス。

 一人リビングに取り残されたヴィンセントは、 溜息一つ零すと独り言を呟いた。

 「はぁ……まったく我々ヴァンパイアをゾンビだオバケだと言いおって。人間の心など。 心を透視するヴァンパイアに丸見えだからな。 とは言え……素直に心に感情を表せる。 ……人なんだな。 フッ。 
 ……私の花嫁になると言うことが
 どういう意味か解っているのか? あの娘……今は、 邸に慣れると良い。

 生きて……此処から出られんぞ。 ふふふふふ」

 薄暗い屋敷に不気味なヴィンセントの微かな笑いが響いた。

 

 フランシスに自室を与えられたシェリーは部屋に案内された。
 「ここが、 貴女専用の部屋になります」

 豪華な天蓋付きのベット、 高価なまでの家具を揃えられ、 シェリーは動揺をする。

 そんなシェリーから反応を見たフランシスは平然と答えた。
 「どうされました? シェリー、 まず服をドレスに着替えて頂きます」

 パチンと左手で指を鳴らすと前方から一匹の蝙蝠がふわふわと現われ、 シェリーの前でメイド姿に変わり、 会釈をした。

 フランシスは再び、 シェリーに話す。

 「お召し替えには、 メイドをどうぞ」

 黒いゴシック調の豪華なロングドレスをメイドに渡すフランシス。

 着替えを済ませるとメイドは蝙蝠に変わり、 シェリーの部屋から出て行った。

 フランシスは扉をノックすると部屋に現われた。
 「とりあえず今日は、 そのドレスで構いませんね?」

 シェリーに近寄り白手袋をした両手で頬を優しく包むフランシス。

 恥ずかしさで頬を赤く染めるシェリーに又もフランシスの冷ややかな言葉が。

 「どうされました? 何もしませんよ。 ただ……一つだけご忠告を。
 この屋敷から脱走をしたり……良からぬ態度を見た場合、 貴女を牢に送ります」

 爽やかに妖しい笑顔で話すフランシスが怖い。

 フランシスも又、 人間でない魔性の者だと改めて認識するシェリーだった。

 次の瞬間に 鋭い視線を廊下へ走らせるフランシス。

 「どうぞごゆっくり。 妙なドブネズミ……追い払いますから」

 シェリーの部屋を出てバタンと両開きドアを閉じる。


 目まぐるしい変化に疲れたシェリーは、 その場に座った。
 「私……これから……一体どうなるの?」

 ポロリ涙を零すシェリー。

 暗闇から弱々しい声がした。
 「泣かないでね……、 話を……聞いてしまった……悪かった。
 兄の花嫁かい? 兄は優しい人だったから今でも変わらないさ」

 涙声で答えるシェリー。
 「え……?」


 闇から現われたのはエドワードだった。

 まだ六百年の眠りから目覚めたばかりのエドワードは、 泣いているシェリーにどう
扱ったら良いか解らず、 困った顔をしてポリポリ頭を掻いた。

第一章( 4 / 4 )

謎の騎士・ジェラルド

 屋敷・玄関

 フランシスは来客にソッポを向いて憮然とした態度、 露骨にイヤな顔で対応する。
 「で、 どういったご用件で? ジェラルド・ベルナルドゥスさん」

 何回同じ言葉を言わせるんだ、 と言わんばかりに苛立つジェラルドの姿が。
 「だから、 ヴィンセントに会わせろと言ってるじゃないか!」

 薄暗い広い玄関にいささか間の抜けた会話が響いていた。

 ジェラルドは、 ヴィンセントの真相を確かめる為に、
 インフェルノ領域・ヴィンセントの屋敷に現われた、 と言う訳である。

 咳払いしたフランシスは再び、 ジェラルドに話す。
 「とりあえず……貴方、 家畜……馬を庭に繋いで下さい。 室内ですから汚れます」

 ジェラルドの横に真っ黒な美しい馬を一頭連れて居た。

 フランシスの言葉にジェラルドは反発をした。
 「馬でない。 私のパートナーでミカエルと言う名がある」

 フランシスはマジマジ馬を見た。

 「何処から見ても……黒い馬ですが」


 苛立ち隠せないジェラルドは、 騎士らしい振る舞いで魔力を秘めた長剣を懐から抜
いた。
 「今一度伝える。 ヴィンセントに会わせろ」

 フランシスの答えはNO
 魔力を秘めた護身用ダガーを二剣懐から出し、片方身構え、片方を後に回した。

 主に害をなす者を命賭けで退ける……。
 これが、 本当の執事に課せられた任務である。

 暗い二階廊下から声がした。
 「お前達、 決闘なら表でやれ。 屋敷が壊れる」


 強い魔力を纏う長剣をジェラルドとフランシス双方の傍に放った。


 空中に現われ二人を制したのは、 城主ヴィンセントだった。

 

 ヴァンパイアであり、 主人公・ヴィンセント、 弟・エドワード、 執事・フランシス、
 そして、インフェルノに現われた謎の男・ジェラルド。
 それにヴィンセントの花嫁候補、 人間の娘・シェリー。
 
 今後どうなるか。

 一体、 インフェルノ領域と魔界で
 何が始まっているのか。 

 

第二章( 1 / 1 )

霧に秘めた薔薇 

 エドワードと共に玄関で光景を見たシェリーは、 ヴァンパイアの凄まじさに
呆然とする。
 「……」

 
 ニヤリとするジェラルド。
 『あれがヴィンセントか。 なるほど。 盛大な出迎えだな。 ん? 隅に居るのは人間の娘……』

 シェリーの傍に居たエドワードが、 冷ややかな口調でジェラルドに言葉を放った。
 「この女性……、 兄の花嫁だから」

 見るからに無愛想なヴィンセントの姿を見たジェラルドは皮肉一杯に答えた。
 「こんな男の花嫁とは……」

 ヴィンセントは腕を組んだ。
 「まだ嫁にすると言っておらん。 フランシスが勝手に連れて来た。 ……くだらん話をするな。 それより、 私に何か用で此処へ来たのだろう?」

 ヴィンセントの承諾がある以上、 フランシスに止める権限はなかった。
 禍々しい話になると想定したフランシスはヴィンセントに尋ねた。
 「この娘……、 部屋に連れて行きましょうか?」

 隅でオロオロするシェリーを見たヴィンセントは、 少し柔らかな口調で答えた。
 「良い……。 同席させろ。 エドワード、お前も。 フランシス……、 客をリビングへ通せ」

 シェリーの存在を肯定した、 とも取れる言葉だったが今のヴィンセントから定かでない。

 フランシスは、 ヴィンセントに軽く会釈をした。
 「解りました」


 広い屋敷内を案内されるジェラルドは、 ヴィンセント、 フランシス、 エドワードがどういう存在なのか模索を試みた。

 『ヴィンセント。 確かに強い魔力を感じるが。 どうも違和感あるな。
 このエドワードは弟。 魔力は目の光からして然程でないが……。 どこか我々と違う能力があるらしい。 それに……フランシス。 コイツとてつもない魔力を感じる。 ヴィンセントと同等か、 それ以上か……。 油断ならぬ男だ。 
 ホントにヴィンセントの味方かどうだか…… 人間の心を透視するなら簡単だが、 同じヴァンパイアとなると捉えどころない』


 奥にある広い来客用リビングにジェラルドを案内したフランシスは、 ブ然とした態度で一言話した。
 「どうぞ」
 
 牙を覗かせるジェラルド。
 「ホントにイヤな男だな、 お前……」

 フランシスは、 ジェラルドを一瞥した後、 皮肉たっぷりに答えた。
 「ほう。 同じ意見で良かったかと」

 気の合わないフランシスとジェラルド。
 
 押し問答をする二人へ、 先にリビングに居たヴィンセントから声が。

 「フランシス」
 ヴィンセントの一言で、 フランシス、 紅茶を用意する為に立ち去った。

 シェリーは、 エドワードと遅れてリビングに来た。
 エドワードは、 ヴィンセントの斜め横のアンティークチェアに座ったが、 シェリーは、 何処に座ったら良いか解らない。

 迷うシェリーに、 ヴィンセントは隣を指で示しながら、 サラりと伝えた。
 「娘、 此処へ座ったらどうだ?」

 シェリーは驚いたが、 恐る恐るヴィンセントの隣にあるチェアに座り、 ジェラルドは、 一番離れた窓付近に座った。
 
 フランシスは、 高価なティーポットを二つとティーカップ五個をワゴンに乗せて
部屋に現われた。

 ヴィンセントの前にまず紅茶らしい物を注いで、 次にエドワード、 
ジェラルドの前に順番で置いた後、 違うティーポットから紅茶を淹れたティーカップをシェリーの前に置いた。

 ジェラルドは、 紅茶と異なる色濃さに戸惑いながら怪訝な顔でフランシスに尋ねた。
 「これ……、 何だ?」

 ジェラルドを茶化す素振りもせず、 真剣に答えるフランシス。

 「ヴィンセント様、 エドワード様の御父上アラン・レオポルドゥス様から送られる……、 ヴァンパイア用に作られた特殊な品。 人から吸血をしないで魔力を保てる。 
 御父上であられるアラン様は、 ヴァンパイアですが、 人間から吸血をしない御方でございます。 それで、 アラン様から御意向を受け継いだ、 と言う訳になります。
 ジェラルドさん、 貴方もヴァンパイアですから飲んで構いません。 ただ、
 人間である娘に無理がありますので。 シェリーには、 人間用紅茶を」

 なるほど……、 それでティーポット二つ、 と言う顔で頷いたジェラルド。
 「俺も人から吸血をしない。 一致したな。 ……どうやら、 大切な品らしい。 頂こうか。 それで? ヴィンセントの父上は今何処に?」

 微かに瞳を曇らせるフランシスだったが、 ジェラルドの問いを黙殺すると話を摩り替えた。

 「……話を進めます。 魔界から現われた魔族ですが。 領土争いで、 インフェルノは今、 ……揺れています。 後継者であられるヴィンセント様を抹消する為なら、 ありとあらゆる方法で。 ヴィンセント様は強い魔力を持つ為に魔族達から……、 存在を恐れられた。 それに加え……、 六百年と言う歳月を花嫁無しで御一人で居られると、 肝心な魔力に若干変動されてしまい……、 
 占いで確かめたところ、この娘が最適だと判明し、 花嫁にと選んだのです。
 サバイバル。 ジェラルドさん、 同じヴァンパイアの貴方なら……、 
 御分かりだと。 我々魔性であるがゆえの性質(たち) を」 

 驚いたシェリー。 城主ヴィンセントは恐ろしい吸血鬼だと村で噂が広がっていたが、 ただ噂に過ぎなかった、 と知ると同時にヴィンセントを哀れに思えた。

 ジェラルドは、 魔界から溢れでた魔族を抑えられない謎を知り、 真顔で答えた。
 「俺もトランディオラス領主だ。 ヴィンセントに屈するなど出来ない。
 だが、 魔族を抑える為、 ……お前達に力添えならする。 それで良いか?」

  ヴィンセントは瞳をギラリと光らせた。
 「ジェラルドとやら、 お情けなら要らんぞ。 帰れ」

 困るジェラルド。
 ヴィンセントにも領主として、 プライドがあると解るからだった。

 「ヴィンセント、 ……お前達でどうやって、 溢れ出た魔族を退けると言うのだ。 下っ端と言え魔族数は、 半端じゃない。
 俺は元・騎士だ。 それにパートナーであるミカエルは、 今は……、 ただの馬ではない。 あれは本当に頭の良いヤツで万能だ。 
 魔族片付けたら俺はミカエルと領土に帰る。 それで良かろう?
 ヴィンセント、 お前と戦う意思など俺は微塵も無い」

 エドワード、 素直に賛成をする。
 「兄さん、 ……この男、 多分力になるから賛成」

 ジェラルド、 唖然とした顔でエドワードを見た。
 「おい、 お前さん、 ……まさか目覚めたばかりか?」

 「今ヴァンパイアだか何だか僕は僕。 だから生前と変わらず人を大好きだ。 それは……、 兄さんやフランシスと同じだ」

 フランシスは、 やや強張る口調になった。
 「エドワード様、 ……この男、 まだ気を許せる相手でありませんから、 御喋りを御控え下さい」

 青年らしい笑顔で答えるエドワード。
 「フランシスも兄さんも照れないでいいさ。 素直じゃないからな」

 ひ弱なヴァンパイアに見えるエドワードの人間に対する思慕が素直に現われていた。
 ヴィンセントは呆れたと言わんばかりに溜息。
 「フランシス……、 疲れた。 ジェラルドとやらに部屋を用意してやれ」

 ヴィンセントは、 リビングから出た。

 ジロッとジェラルドを見たフランシスは席を立った。
 「主が貴方の滞在を認めましたから。 ジェラルドさん、 部屋に案内します。 どうぞ」
 
 フランシスとジェラルドは無言で廊下を歩いた。 暫くすると二階真中にある部屋の前で止まった。
 「ジェラルドさん、 ここです。 ご自由に」

 立ち去ろうとするフランシスを止めるジェラルド。
 「……お前さんただの執事じゃないな」

 背を向けたまんまで答えるフランシス。
 「どういう意味で?」

 「ヴィンセントとどんな繋がりだ? おかしいぞ、 お前」

 一瞬黙るフランシスだったが、 渋々答えた。
 「この城で単なる執事に……、 過ぎませんよ。 これ以上貴方に答える義務はありません」

 冷ややかな笑みを浮かべたフランシスは、 その場から去る。

 ジェラルドは案内された部屋の扉の前で呟いた。
 「怪しい男だ。 ヴィンセントはどうして気付かないんだ? フランシスの異様さに」


 
 与えられた部屋に帰ったシェリーだったが、 ヴィンセントに対して酷い誤解をして限りなく失礼だったと少し反省をし、 罪悪感に陥った。
 「城主に……、 謝ろう」

 部屋を出たシェリーはヴィンセントの自室へ向かった。
 広い屋敷内を歩き、 豪華な二枚扉の前で止まったが、 何と言えば良いか解らない。 躊躇っていると部屋の中から声がした。
 「娘そんなところで、 吊っ立ってないで、 さっさと来い」

 気付かれてる、 と思ったシェリーは扉をノックしてからヴィンセントの部屋へ。


 ヴィンセントの部屋は薄暗いが城主と言うだけに広い。 高級感に溢れて居た。
 気だるいと言わんばかりにアンティークソファで長い脚を組んで退屈なのか、 やや横柄に座って居る。
 「どうした?」
 
 意外と甘い、 低い落ち着いた声。 生前のヴィンセントの年齢は一体、 何歳であろうか。 大人にある余裕さえ感じさせる。

 「あの……、 噂なんか、 実際に会わないと解らないし、 何と言えばいいか」

 あたふたと答えるシェリーを見たヴィンセントは少し笑ってしまった。

 「構わん。 言い訳などせん……。 確かにヴァンパイアになったばかりの頃の私は
……強力な魔力を抑えられず、 一度だけ暴れたからな。 六百年前と言え、 
……その罪、 消す訳にいかんのだ……。 二度と同じ過ちを繰り返さぬ為に。
 以来……、 城から一歩も出いてない」 
 
 気の遠い年月をヴィンセントは自重をし、 城の中、 闇の中で生きて居たのだと知るシェリー。

 「話なんかどうでも良い。 娘、 退屈なんだ私と夜想曲を踊らないか?」

 夜想曲に似合う曲を流すと、 シェリーに手を伸ばすヴィンセント。
 
 恐る恐るヴィンセントの指に触れるシェリー。 上品にシェリーの指先を優しく掴んで背中に回された手から伝わる感触は冷たいながら、 力強く、 どこか温かさを感じる、
 人間に無い不思議な感覚だった。

 踊り終えた後、 ヴィンセントは優しくシェリーの頬を撫で静かな口調で話した。
 「たまに……、 こうして踊るか? 私と夜想曲を」

 「え?」
 ドキッとするシェリー。

 少しイジワルな表情を浮かべ密かに笑うヴィンセント。
 「たまに踊らんと……、 うまくならんからな。 フッ」
 
 ガックリするシェリー。 やっぱりこの領主、 性格に難ありだ。

 「さぁ、 部屋へ帰りなさい」
 シェリーを自分から遠ざけた。

 言われた様に扉に向かうシェリーを止めた。
 「待て」

 シェリーは振り返るとヴィンセントを見た。
 「……何か、 必要な品など無いか?」

 何不自由ない程に揃えられた部屋を与えられたシェリーは、 ただ首を横に振った。
 「いいえ」

 「そうか……。 なら良い……。 部屋に帰れ」
 
 シェリーは思わず口を開いた。
  「あの……」

 「何だ?」

 「私……、 何をすれば良いのですか? ……皆さん、 それぞれに大変だと言うのに……、 私だけ」

 ヴィンセントは、 近付いて冷たい掌で頬を包んだ。
 「余計な心配するな。 これは、 我々ヴァンパイアと魔族の問題。 強いて言えば……、 人であるお前は……、 此処にただ居れば良い。
 いつか……、 お前に話そう。  解ったら……、 部屋に帰りなさい」
 
 赤いヴィンセントの瞳と、 シェリーの瞳が交差をした。

 まだ、 お互いに名前で呼んでいない。
 意識をするから、 であろうか。
 
 本来なら領主であるヴィンセントから相手を名前で呼ぶのは、 当然だが、 不器用である所以であろうか。

 部屋から出て、 ウロウロ屋敷内を歩いているジェラルドは、 地下に降りた時、 ワイン専用酒蔵で何かしているフランシスを見た。

 フランシスは、 赤く発光をする、 蓋を開けられたアンティークな妖しい懐中時計を左手で翳すと、こっそりと蝙蝠に手紙を持たせて飛ばしたところだった。

 ジェラルド、 思わず言葉を口にした。
 「フランシス、 こっそり蝙蝠なんぞ飛ばして……、 誰と通信をしてるんだ?」

 「ジェラルドさん又貴方ですか。 貴方こそ、 何をウロウロされてるんで?」

 ジェラルドはフランシスに近付いて異界に通じるであろう歪を示した。
 「何処に通じる歪なんだ? ……お前ホントに誰だ?」


 

第三章( 1 / 1 )

赤い薔薇の追憶

 そこへ、 ヴィンセント現われた。
 「いい加減やめんか! お前達」

 ジェラルドは、 フランシスの懐中時計を持つ左手を掴んで居た。
 「ヴィンセント、 この男怪しいぞ。 こっそり異界へ蝙蝠飛ばしている」

 ヴィンセントは冷静だった。
 「構わん。 ……フランシスは敵ではない保証する」

 「構わん、 だと? 敵じゃないのか?! ヴィンセント、 お前……」

 ヴィンセントはジェラルドに厳しい口調で話した。
 「フランシスが何であれ私の屋敷に居る執事だ。 疑うなら私が許さない」

 ジェラルドは掴んだ手をフランシスから離す。
 「ヴィンセント……」

 「ジェラルド。 フランシスは……、 敵でない。 父上に連れられ当家に来た執事だからな。 ……それに、 フランシスからは敵と言う感覚は私にないから」

 ジェラルドは諦める口調で言う
 「ヴィンセント……、 お前、 気付いていたのか」

 ヴィンセントは鼻で笑った。
 「……気付かぬ筈無かろう。 見くびるな。 この城で主だからな私は」

 「ならば、 確かなる執事…… と、 なるか。 この男、 なぜこんなに胡散臭い
んだ?」

 フランシスは冷ややかに言う。
 「失礼な方だ。 ……貴方、 ホントにトランディオラス領主で?」

 ヴィンセントはフランシスを制した。
 「フランシス、 止めんか。 お前達、 部屋に帰れ」


 翌朝目を覚ましたシェリー。 窓を開けると、 城周辺に深い霧で包まれていた。

 部屋を出たシェリーは、 何気にジェラルドの馬であるミカエルの様子を見に庭へ出た。
 ミカエルは与えられた飼葉を食べている。 
 
 ミカエルの鼻筋を撫でているとエドワード現われた。
 「お義姉さん……、 その馬……、 正体を知りたい?」

 シェリーは、エドワードを見た。
 「……正体?」 

 「この屋敷から離れた湖に映すと……、 正体が解る。 知らない方がいいかも知れない……。
 多分、 虚しいから。  それと、 この霧。 兄さんとフランシスが作り出す幻で敵を防いでいる。
 だから一人で出歩いたら危ない」

 霧の森林をぼんやり見るエドワードは、 ぽつぽつと過去を話した。
 「僕……、 小さい頃から体弱くて。 父上や兄さんに迷惑掛けたんだ。 確か森で遊んでた時に……、 体調に触るから屋敷に帰ろうって言った人物が居たけれど。 誰か思い出せない。 覚えてないんだ……。 六百年以上も経つと思い出せないんだろうな」

 エドワードは深い霧に消えた。
 エドワードが立ち去った後、 暫くするとヴィンセントがフラリと霧の奥から現われた。

 挨拶をするシェリー。
 「おはようございます……」

 「あぁ。 お前、 いつ生まれた?」

 「12月25日に生まれました」

 驚いたヴィンセント。
 「クリスマスの生まれなのか……、 なるほどな。 そういえば……近々にクリスマス
だったな」

 何か思い出す様な何処か遠いところを見ている眼差しだった。

 

 ヴィンセントの回想


 時は、 ヴィンセントがまだ幼い頃に遡った。
 セピア色の記憶を手繰り寄せる……。

 白い豪邸

 「メリー・クリスマス!」
 黒い上質タキシード姿でシャンパンのグラスを高々と、 微笑んで居るのはヴィンセントとエドワードの父、 アランだった。

 煌びやかなシャンデリアの下、 タキシードや豪華なドレスを身に纏う高貴な者たちで
賑わうパーティ。
 まだ幼い人間の少年だったヴィンセントとエドワードは、 無邪気にケーキを食べている。 

 恐らく二~三歳、 と言う小さな子供である。
 
 口元にクリームを一杯付けたエドワードからナフキンで拭う少年の姿が。
 誰であろうか。 ヴィンセントの記憶は朧であった。
 『エドワード、 口に一杯生クリーム付いているぞ。 仕方ないなぁ』

 この口調……、 確かに覚えがある……。 誰だ。

 ヴィンセントより若干年上と思われる背格好まで解るが、 顔がさっぱりと解らない。

 クリスマスパーティ。 ヴィンセントはそれ以上思い出せなかった。 

 このクリスマスの翌日にあったある事情が、 ヴィンセントの記憶を妨害した。


 ヴィンセント、 エドワード二人の記憶を掠める相手、 ……一体誰なのか。

 「……部屋に帰る」
 ヴィンセントは背中を向けた。

 「あの……」

 「ん?」

 「お城から……、 ずっと出ないのでしょうか?」

 シェリーの顔を見たヴィンセントは、 躊躇ったのちに答えた。
 「少し……、 庭を散歩するか? ……外に出たいのであろう?」

 庭も広かった。 森林に囲まれ、、色とりどりの美しい薔薇が高貴に咲き誇り、 
近くに小川が流れる音や、 小鳥の囀りがした。

 霧に包まれた風景さえ幻想的である。

 赤い薔薇を見ながら話すヴィンセント。
 「私が……、 城の外へ出ぬから。 お前も外に出られん。 そういう訳だ。 町や村……、 どういう風景だ?」

 思い出す様に答えるシェリー。
 「町に野菜や果物、 焼きたてで美味しいパンやチーズにバターとか売られていて村は……、 魔族が現われる迄……、 平和でした」

 「そうか……」

 ヴィンセントの言葉が終わったと同時に黒く光る鈍い閃光がシェリー目掛けて飛んだ。
 「危ない!!」

 ヴィンセントは、 シェリーを抱いて左に飛んだ。 
 怪しい物体の放った閃光は、 シェリーを庇ったヴィンセントの肩を掠めた。
 
 次の瞬間に赤い閃光を指先から怪しい物体に放つ者がいた。

 現われたのは、 フランシスだった。
 「ヴィンセント様、 御無事ですか?」

 「あぁ、 大丈夫だ……、 フランシス」

 怪しい物体は魔族の下っ端だったが、 フランシスの放った閃光で消滅した。
 「ヴィンセント様、 庭と言え表へ安易に出られたら危険ですから。 お部屋にお帰り下さい」

 騒々しい雰囲気にジェラルドが現われた。
 「ヴィンセントとフランシスの張った強力な魔力のエリアに迄現われたか。 ヴィンセント、 屋内から出ると危険だ」

 頷いたヴィンセントは、 シェリーに一言聞く。
 「大丈夫か?」

 頷いたシェリーを確認すると、 シェリーの肩を守る様に抱いて屋内に帰った。

 シェリーはヴィンセントの負傷したであろう肩を気遣う様に聞いていた。
 「大丈夫ですか?」
 
 「心配ない。 我々のマントは普通のマントではないのだ」

 ヴィンセントとジェラルドの纏うマント。 それぞれ魔力強さにより影響されるマントだった。

 フランシスはやや暗い表情を浮かべた。
 『魔力はまだ変動しているな……、 マズイ』


 ちらほらと粉雪舞い始める。 12月の冬空が城を覆った。


 ヴァンパイア……、 シェリーの思惑を絶する悲愴な闇が、 ただ横たわっている様に思えた。


 フランシスの部屋


 フランシスの部屋から話声がする。 部屋の前を通ったシェリーはフランシスの部屋の扉を叩いた。 返事はない。扉を開け、 シェリーは中へ。
 本棚に本棚に並んだ無数にある難しい本は整頓され、 事務的な部屋だったが何処か上品ささえ感じさせる。

 
 フランシスは奥にあるデスクで懐中時計に何か話していた。

 「私にお任せ下さい。 大丈夫です。 ……その話をなさらないとお約束されたではありませんか」

 フランシスは、 懐中時計を閉じ、 何処か寂しい表情を僅かに浮かべた後、
 頭を押さえ、 部屋に居るシェリーに問いかけた。
 「何ですか?」

 「あ、 あの……」

 「どうされました?」

 シェリーはフランシスの言葉に少しおどおどしながら答えた。
 「クリスマスに……、 村の美味しいケーキを城主に食べて欲しいと思って」

 フランシスは溜息まじりに答えた。
 「先程の光景……、 忘れましたか? 魔族から貴女も今は狙われているのです。

 ヴィンセント様は領主。 貴女もそれを忘れない様」

 厳しい声で話すフランシスに圧倒され、 シェリーは会釈をして部屋を出た。

 

 その日深夜。 月は妖しい光を城に照らしていた。 相変わらず城周辺に深い霧で
埋め尽くされ、 狼達の遠吠えが響いた……。

 一階 リビングにヴィンセント、 フランシス、 エドワード、 ジェラルド、 シ
ェリーが居た。

 ここで提案をしたのは、 実戦を積んだジェラルドだった。
 「俺は屋敷周辺を今から調査に出る。 調査済む迄ヴィンセント、 とりあえず奥方と屋内から出るな」

 ヴィンセントは難しい顔で一旦シェリーを見た後、 反論をした。
 「奥方? まだ嫁にすると言ってない」

 ジェラルドは、 思わず笑いながら答えた。
 「じれったい奴だな、 ヴィンセント。 お前さん達お似合い夫婦だと思うが? 要らないなら俺の奥方としてシェリーを迎えるぞ? シェリー、 俺の花嫁になるかい? 無愛想なこの男よりマシだと思うが」

 ヴィンセントを探る様なジェラルドの挑発であった。

 ヴィンセントは少し黙ったが、 ジェラルドにソッポを向いて答えた。
 「好きにしろ。 欲しいなら連れて帰れ、 足手まといだ。 何なら丁寧にリボン付けて贈ろうか?」

 ヴィンセントは怒りのあまりに席を立ちリビングから出た。

 フランシスはヴィンセントを宥めた。
 「ヴィンセント様、 こんな男の挑発に乗らないで下さい。 ジェラルドさん、 貴方もふざけないで頂きたい!!」
 
 フランシスは、 ヴィンセントに付いてリビングを出た。

 
 ヴィンセントの冷たい態度が本心かと、 とても寂しい感覚に陥ったシェリー。
 「私……、 部屋に帰ります……」

 俯いたシェリー、 リビングから出て行った。

 残されたエドワードとジェラルド。 暫く沈黙の後、 エドワードがボソリと話した。
 「ねぇ……、 兄を試したの? 兄の本心解らない?」

 驚いたと言う顔でエドワードを改め見るジェラルド。
 「え? 本心解らないから試した」

 「僕は兄の本心解るよ。 アンタも。 フランシスは……、 かなり強い魔力で本心
隠すからか……、 イマイチ解らない。 でも悪い奴じゃないと思う。 訳ありだ」
 白けた顔でリビングを出たエドワード。


 ひ弱に映るエドワードだが、 エドワードは人間だけにあらず、 同じヴァンパイアをも透視する力を持って居た。


 一人リビングに残されたジェラルドは独り言を呟いた。
 「へぇ……同じヴァンパイアを。 ……あんな力を持った奴だったとは。
 俺一人で屋敷周辺に見回りか……。 やれやれ」 


 ジェラルドは席を立つとリビングを後にした。

 表に出たジェラルドは、 愛馬ミカエルを撫で話しかける。
 「ミカエル、 出番だ。 頼むぜ俺のパートナー……」

 巨大な黒馬ミカエルの背に乗ったジェラルドは、 その場から消えてしまった。
 ミカエルは、 天であれ又魔界であれ、 瞬時に好きなところへ自由自在に移動をする馬だった。

 

 シェリーは一人、 与えられた自室でぼんやりしていた。

 『好きにしろ。 欲しいなら連れて帰れ、 足手まといだ。 何なら丁寧にリボン付けて贈ろうか?』

 先程のヴィンセントの言葉が心に痛いシェリー。

 
 幾らか時間経った後、 シェリーの部屋の扉を叩く音がした。
 「はい……」

 現われたのは、 自ら出向いて来るとは珍しいと思えるヴィンセントだった。
 「いいか?」

 シェリーは少し躊躇った後、 丁寧に座り直した。
 「どうぞ」

 ヴィンセントはフランシスを呼ぶ。
 「フランシス、 この部屋に紅茶を」


 フランシスは、 ティーポット一つとティーカップ二個をトレーに乗せ現われた。 無言で、 ヴィンセントとシェリーに紅茶を注ぐと軽く会釈をして部屋を出た。

 静まり返ったシェリーの部屋で二人の沈黙が続いた。
 少しだけ開けられた窓からの冷たい夜風が高価なワインレッドのカーテンを揺らした。

 「冷えるであろう」
 窓を閉じ、 沈黙を一声で開放したのはヴィンセントだった。

 窓越しで月を眺めながら、 シェリーに背中を向け、 静かな口調で話す。
 「その……、 人間と接するのは……、 嫌いじゃない。 ただ、 どう扱ったら良いか解らん。 私が今人間であったならば……、 違う方法あったであろう」

 六百年と言う歳月を一人で居たヴィンセントには、 人と接する方法すら忘れても
不思議でない長さだ。

 シェリーはストレートに聞く。
 「私……、 お邪魔ですか?」

 振り返ったヴィンセントは、 静かにシェリーを包んで頭を撫で少し笑った。
 「話の通じない奴だな。 邪魔ならば……、 とうに追い出してる。 紅茶冷めるから。 飲んだら眠りなさい」

 ヴィンセントは、 部屋を出た。

 

 一方、 ジェラルドはミカエルと共に森から少し抜けたところに居た。
 ジェラルドは、 薄暗い茂みに目を走らせ、 ミカエルから降り近付いた。

 魔物が数体現われ、 ジェラルドを囲んでしまった。
 ジェラルドは蒼い光を放つ魔力の強い剣を抜いた。
 「出たな。 どこからでも、 来い」

 ジェラルドに飛び掛る魔物達だったが、 剣に纏われる魔力の光に触れただけで魔物は次々に消滅する。

 ジェラルドの剣は、 強い魔力だけで敵を消滅させる特殊な剣だった。

 「雑魚ばっかりだ。 だが、 これ程多いとなると最早近いうちに雑魚操る大物が攻めて来るだろう」

 闇に包まれた遠い空を一人で眺める、 今は既に孤高の騎士であるジェラルド。 

 ジェラルドはミカエルと共に、 一旦、 城に帰った。

 

 城内・エドワードの部屋


 棺から出たエドワードは、 フランシスから用意された豪華な部屋へ既に移っていた。
 ヴィンセントの弟である以上、 当然かも知れない。

 エドワードは庭で傷ついた小鳥の雛を保護、 傷の手当をする。
 「これで良い。 必ず又、 飛べる様になるから」

 紅茶をティーカップに注ぎ、 傍に居たフランシスは何かを回想する様に答えていた。
 「エドワード様は……、 まだお小さい時から優しい方でございましたから」

 驚いたエドワード。
 「フランシス……、 なぜ……、 僕の小さい時を知ってるんだ?」

 ティーポット手に、 一瞬固まるフランシス。
 「あぁ……、 一度だけ……、 エドワード様を幼少期にお屋敷でお目に掛けました」

 軽く会釈をしたフランシスは、 エドワードの部屋を出て溜息を一つ零すと、 壁に背中
を付け目を閉じた。
 「……」

 やや辛い表情に映ったフランシスの顔。 
 気のせいであろうか……。

 屋敷に帰ったジェラルドが、 フランシスを見た。
 「フランシス……、 お前まさか……、 ヴィンセントとエドワードの兄か?」

 フランシスは、 油断ならぬ目線をジロリとジェラルドに向けた。

望月保乃華
夜想曲と薔薇のヴァンパイア
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