夜想曲と薔薇のヴァンパイア

第一章( 1 / 4 )

魔性の目覚める時

 深夜一時。 満月の夜。 

 異世界・魔界インフェルノ領域

 ヴィンセント・レオポルドゥス家
 霧が立ち込める中、 中世を思わせる、 古い洋館の広い建物が鬱蒼と茂る深い森に一軒佇んで居た……。

 深夜だと言うのに、 広い屋敷に蝋燭を数本灯した薄暗い地下へ、 煉瓦階段を降りる黒いマントを羽織った男の足音が響いた。

 男の名前はヴィンセント。 
 赤い瞳、 髪はシルバー。

 魔界インフェルノ領域を支配する言わば領主で、この屋敷に住む城主であり強い魔力を持つヴァンパイアである。

 

 暗い地下で朽ちた古い扉の奥に黒い棺が一つ。

 蓋の無い棺で数え切れない程薔薇の花に包まれ、 髪グレーの黒いスーツ姿。 まるで、 生きている様な柔らかな表情をした青年が眠って居た。

 ヴィンセントはただ黙って棺の傍に座り、 眠り続ける青年の様子を見て居た。

 暫くすると棺に眠る青年は目を覚ました。

 緑色の瞳をした、 美しい青年だった。


 ヴィンセントはやや無表情で青年に話しかけた
 「エドワード、 目が覚めたか?」

 ヴィンセントの弟で、 青年の名前はエドワード・レオポルドゥス。

 話しかけられたエドワードは訳も解らず横になった状態で顔をヴィンセントに向けた。
 「兄さん……? ここは?」

 ヴィンセントはやや言葉を選びながら静かに話し始めた。
 「そこで……六百年お前は眠り続けた。……ヴァンパイアになったのだ」

 驚いたエドワードは慌てて上半身を起こした。 飾られた薔薇が無数に
エドワードから零れた。

 「な、 六百年?! ヴァンパイア? ……一体なんなんだ?! 兄さん!」

 無言になるヴィンセント。
 説明にやや困る様だ。

 いきなり六百年眠り続けたヴァンパイアだと兄から告げられた
 エドワードが混乱するのは無理もない話だった。

 そこへ、 黒いスーツを着た長身で上品な男が現われた。

 「エドワード様、 お目覚めにございますか?」

  丁寧な立ち居振る舞いで端正な顔立ち。
 髪はややヴィンセントより濃いシルバーで赤い瞳。
 ヴィンセント・レオポルドゥス家の執事でフランシス・アルフレドゥス。

 ただ、 この執事フランシスは何処か得体の知れない雰囲気を醸し出す。
 
 そう

 この邸に居るのは全員、 ヴァンパイアである。

 フランシスは、 主であるヴィンセントの替りに淡々と話す。
 「エドワード様、 お目覚めになられたばかり。 執事を務めます私に何でもご相談くださいませ」

 エドワードへ丁寧に頭を軽く下げ、 白手袋をした左手を胸に添えた。

 見覚えない男にいきなり執事だと言われたエドワード。 事態が掴めず、 両手で頭を押さえた。

 「……一体何なんだ! お願いだから……、 一人にして!!」
 
 幼い子供になった様に我侭を言うエドワードに、 ヴィンセントとフランシスは顔を見合わせた。

 フランシス、 ヴィンセントに提案をした。
 「仰せになられる様、 お一人にされたらどうかと」

 仕方ない、 と言う顔でヴィンセントはうなずいた。
 「そうだな、 それが良い……」

 魔物が目覚めるとされる満月の夜、 エドワードは深い眠りから目を覚ましたのだ。


地下にエドワードを残し、 ヴィンセントとフランシスは再び、 薄暗い階段から一階にある広いリビングに移動をした。


 リビングで専用のヨーロピアンテイストで、 高価なアンティークソファに座るヴィンセント。

 寛ぐ暇すら与えないフランシスの言葉が放たれた。

 「エドワード様はお目覚めになられ、 何よりにございます。 ……ところで、 ヴィンセント様、 花嫁の件でお話を」

 うんざりする様にフランシスから顔を背けるヴィンセント。
 「又それか。 嫁など要らん」


 鋭い視線でヴィンセントを窘めるフランシス。

 「ヴィンセント様、 まだ人間に思いを……。 いいですか、 貴方さまはヴァンパイアなのです。 村で皆が貴方さまを何と呼んでるかご存知ですか? ……生き血を啜り続ける、 恐ろしい吸血鬼だと」

 「何?!」

 困惑するヴィンセント。 ヴィンセントは、六百年生きるヴァンパイアだが、 遥か遠い昔に悲しい経験をし、 ある事情で人から吸血を行っていない。


 淡々と続けるフランシス。

 「お父上様からの御命令でございます。 我々一族繁栄の為、 ご長男であられる
 ヴィンセント様に花嫁を迎えて頂かないといけません。 私が今夜お連れします。 ご安心を」

 丁寧に頭を下げたフランシスはリビングを立ち去った。

 強引なフランシスに言葉も出ないヴィンセント、 席を立つと呟いた。
 「フランシスめ、 嫁など要らん! ……人間など」

 『人間など……』
 このヴィンセントの言葉には何処か寂しい翳りを思わせる。

 リビングを出た筈のフランシスは、 油断ならぬ目でヴィンセントをチラリと見た後、 立ち去った。
 「……」


 どこか妖しい男である。


 一方
 インフェルノ領域隣にある、 トランディオラス領域

 古城に一人棲むヴァンパイア
 ジェラルド・ベルナルドゥス家

 城主であるジェラルドは、 魔界に起きた、異変に気付いて居た。
 肩まである黒髪に派手なマントを着用、 赤い瞳。

 ジェラルドは、 トランディオラス領主。 
 城主でありながら生前の過去は名の知れた騎士である。

 「又魔界が騒がしいな。 魔族反乱溢れだしている。 やれやれ。 確かあれは……ヴィンセントの領域だな。 噂しか知らぬが……、 ヴィンセントは強いヴァンパイアで有名だった筈だが。 だとしたら……なぜ? 下っ端魔族の反乱など抑えられる筈だろうに」

 顎に手を置いて真剣に判断するジェラルド。

 「ま、 噂じゃ解らんな。 ヤツに直接会って確かめるほかにあるまい……」

 ジェラルド、 広い古城から真っ暗な外に闇を眺めた。

 謎めいた執事フランシスは一体どういう存在なのか。
 ヴィンセントの弟は。

 ジェラルドは何をすると言うのか。

 そして……ヴィンセントの過去とは。

 ヴァンパイア達の美しく又強く儚い夜想曲を奏で始めた。

第一章( 2 / 4 )

ヴィンセントの花嫁

 深夜。 領土にあるインフェルノの小さな村で優雅な黒いマント姿で空中に立つ男が居た。
 フランシスである。

 真剣に赤い瞳を光らせ、 小さな家を見ていたが、 やがてスッと消えたかと思うと、 暗がりで小さな家の平凡な部屋に居た。

 花嫁候補であるシェリーがベットで眠って居た。

 シェリーは、 ふと目を覚まし、 フランシスに気付いた。
 ベットから起き後ずさりするがうまく動けなかった。

 長い暗褐色の美しい髪、 やや小柄な娘である。

 フランシスは一瞬でシェリーの傍に近づいた。
 「軒下にニンニクをぶら下げましたか。 生憎でした……我々一族に一切通じません。
 シェリー。 以前出した答えを」


 シェリーは真っ蒼になり震えながらフランシスに言葉を投げた。

 「帰って!! ヴァンパイアの花嫁なんてイヤ! ゾンビかオバケの花嫁なんて」

 フランシス、 静かに溜息をついた。

 「困りましたね……貴女が……我が主花嫁になっていただかないと……インフェルノと、 この村さえ危険に晒されてしまいます。 それでもイヤだと?」

 シェリーはフランシスを睨みつけて居た。
 「どうして私じゃないとダメなの? 私、 人間で村の娘で……領主の花嫁になる様な身分じゃありません! なのに……どうして?」

 フランシス、 シェリーをジッと見ると言葉を淡々と紡いだ。

 「確かに。 そんな薄汚れた古い身なりだと領主に似合いませんね。 ですが。 占いに出ました。 貴女が領主の花嫁になると。 ご家族と村、 このインフェルノを大切に思われるならば……、 領主の花嫁になって頂かないといけません。
 どうなさいますか? 今夜、 答えをお聞かせ下さいシェリー」

 困惑をしながら答えるシェリー。

 「私が……領主の花嫁になると……インフェルノと村、 私の愛する家族は本当に助かるの?」

 「ええ。 勿論でございます。 貴女の御家族には了承取りました」

 目を伏せるシェリー。
 インフェルノ領域に居るシェリーを始め人々は、 魔界から溢れる魔族の反乱で村は崩壊寸前になり住民は皆、 深い絶望に包まれて居た。

 力ない声で答えるシェリー。
 「解り……ました……」

 冷ややかにニヤリと笑うフランシス。
 「我が主ヴィンセント様の生贄になって頂けるんですか。 では……行きましょうか」


 魔物ヴァンパイアに生贄……、 
 背筋にゾワリと寒気を感じるシェリーだったが、

 村を一番に考えたシェリーは、 フランシスに従う他に方法はなかった。

 

第一章( 3 / 4 )

魔性の契約

 ヴィンセントの邸に連れられたシェリーはリビングに案内された。

 主。 ゾンビかオバケの類を想像するシェリーは恐ろしいあまりに目を開けられなかった。

 『ゾンビかオバケなんてイヤ……帰りたい』

 フランシスは、 咳払いをした。
 「シェリー、 主にご挨拶を」

 恐る恐るヴィンセントの顔を見たシェリーは呆然とした。
 『あれ……オバケじゃ……ない?』

 ヴィンセントはとても上品で痛々しい程美しい男なのだ。
 それに加え、 やや暗い過去を匂わせる。

 だが

 まるで固まった様に見るシェリーにヴィンセントは怒りを露にした。
 「フランシス、 この娘を連れて行け!」

 ヴィンセントは少し性格に難点があったのだ。

 又始まった、 と言わんばかりにフランシスが窘めた。
 「ヴィンセント様、 私が占いで選んだ娘でございます。 ご不満ですか?」

 ヴィンセントは席を立ち、ややイジワルに答えた。
 「あぁ、 不満だ。 食が進まぬ」

 魔物らしい言葉に顔を蒼ざめるシェリー。

 マジマジとシェリーを見るフランシス。
 「確かに……野暮ったい古い服装なんとかせねば。 それに淑女の教育は、 執事である私の役目になりますね。 シェリー。 こちらへどうぞ」

 やや強引にシェリーを部屋に連れて行くフランシス。

 一人リビングに取り残されたヴィンセントは、 溜息一つ零すと独り言を呟いた。

 「はぁ……まったく我々ヴァンパイアをゾンビだオバケだと言いおって。人間の心など。 心を透視するヴァンパイアに丸見えだからな。 とは言え……素直に心に感情を表せる。 ……人なんだな。 フッ。 
 ……私の花嫁になると言うことが
 どういう意味か解っているのか? あの娘……今は、 邸に慣れると良い。

 生きて……此処から出られんぞ。 ふふふふふ」

 薄暗い屋敷に不気味なヴィンセントの微かな笑いが響いた。

 

 フランシスに自室を与えられたシェリーは部屋に案内された。
 「ここが、 貴女専用の部屋になります」

 豪華な天蓋付きのベット、 高価なまでの家具を揃えられ、 シェリーは動揺をする。

 そんなシェリーから反応を見たフランシスは平然と答えた。
 「どうされました? シェリー、 まず服をドレスに着替えて頂きます」

 パチンと左手で指を鳴らすと前方から一匹の蝙蝠がふわふわと現われ、 シェリーの前でメイド姿に変わり、 会釈をした。

 フランシスは再び、 シェリーに話す。

 「お召し替えには、 メイドをどうぞ」

 黒いゴシック調の豪華なロングドレスをメイドに渡すフランシス。

 着替えを済ませるとメイドは蝙蝠に変わり、 シェリーの部屋から出て行った。

 フランシスは扉をノックすると部屋に現われた。
 「とりあえず今日は、 そのドレスで構いませんね?」

 シェリーに近寄り白手袋をした両手で頬を優しく包むフランシス。

 恥ずかしさで頬を赤く染めるシェリーに又もフランシスの冷ややかな言葉が。

 「どうされました? 何もしませんよ。 ただ……一つだけご忠告を。
 この屋敷から脱走をしたり……良からぬ態度を見た場合、 貴女を牢に送ります」

 爽やかに妖しい笑顔で話すフランシスが怖い。

 フランシスも又、 人間でない魔性の者だと改めて認識するシェリーだった。

 次の瞬間に 鋭い視線を廊下へ走らせるフランシス。

 「どうぞごゆっくり。 妙なドブネズミ……追い払いますから」

 シェリーの部屋を出てバタンと両開きドアを閉じる。


 目まぐるしい変化に疲れたシェリーは、 その場に座った。
 「私……これから……一体どうなるの?」

 ポロリ涙を零すシェリー。

 暗闇から弱々しい声がした。
 「泣かないでね……、 話を……聞いてしまった……悪かった。
 兄の花嫁かい? 兄は優しい人だったから今でも変わらないさ」

 涙声で答えるシェリー。
 「え……?」


 闇から現われたのはエドワードだった。

 まだ六百年の眠りから目覚めたばかりのエドワードは、 泣いているシェリーにどう
扱ったら良いか解らず、 困った顔をしてポリポリ頭を掻いた。

第一章( 4 / 4 )

謎の騎士・ジェラルド

 屋敷・玄関

 フランシスは来客にソッポを向いて憮然とした態度、 露骨にイヤな顔で対応する。
 「で、 どういったご用件で? ジェラルド・ベルナルドゥスさん」

 何回同じ言葉を言わせるんだ、 と言わんばかりに苛立つジェラルドの姿が。
 「だから、 ヴィンセントに会わせろと言ってるじゃないか!」

 薄暗い広い玄関にいささか間の抜けた会話が響いていた。

 ジェラルドは、 ヴィンセントの真相を確かめる為に、
 インフェルノ領域・ヴィンセントの屋敷に現われた、 と言う訳である。

 咳払いしたフランシスは再び、 ジェラルドに話す。
 「とりあえず……貴方、 家畜……馬を庭に繋いで下さい。 室内ですから汚れます」

 ジェラルドの横に真っ黒な美しい馬を一頭連れて居た。

 フランシスの言葉にジェラルドは反発をした。
 「馬でない。 私のパートナーでミカエルと言う名がある」

 フランシスはマジマジ馬を見た。

 「何処から見ても……黒い馬ですが」


 苛立ち隠せないジェラルドは、 騎士らしい振る舞いで魔力を秘めた長剣を懐から抜
いた。
 「今一度伝える。 ヴィンセントに会わせろ」

 フランシスの答えはNO
 魔力を秘めた護身用ダガーを二剣懐から出し、片方身構え、片方を後に回した。

 主に害をなす者を命賭けで退ける……。
 これが、 本当の執事に課せられた任務である。

 暗い二階廊下から声がした。
 「お前達、 決闘なら表でやれ。 屋敷が壊れる」


 強い魔力を纏う長剣をジェラルドとフランシス双方の傍に放った。


 空中に現われ二人を制したのは、 城主ヴィンセントだった。

 

 ヴァンパイアであり、 主人公・ヴィンセント、 弟・エドワード、 執事・フランシス、
 そして、インフェルノに現われた謎の男・ジェラルド。
 それにヴィンセントの花嫁候補、 人間の娘・シェリー。
 
 今後どうなるか。

 一体、 インフェルノ領域と魔界で
 何が始まっているのか。 

 

望月保乃華
夜想曲と薔薇のヴァンパイア
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