夜想曲と薔薇のヴァンパイア

第一章( 2 / 4 )

ヴィンセントの花嫁

 深夜。 領土にあるインフェルノの小さな村で優雅な黒いマント姿で空中に立つ男が居た。
 フランシスである。

 真剣に赤い瞳を光らせ、 小さな家を見ていたが、 やがてスッと消えたかと思うと、 暗がりで小さな家の平凡な部屋に居た。

 花嫁候補であるシェリーがベットで眠って居た。

 シェリーは、 ふと目を覚まし、 フランシスに気付いた。
 ベットから起き後ずさりするがうまく動けなかった。

 長い暗褐色の美しい髪、 やや小柄な娘である。

 フランシスは一瞬でシェリーの傍に近づいた。
 「軒下にニンニクをぶら下げましたか。 生憎でした……我々一族に一切通じません。
 シェリー。 以前出した答えを」


 シェリーは真っ蒼になり震えながらフランシスに言葉を投げた。

 「帰って!! ヴァンパイアの花嫁なんてイヤ! ゾンビかオバケの花嫁なんて」

 フランシス、 静かに溜息をついた。

 「困りましたね……貴女が……我が主花嫁になっていただかないと……インフェルノと、 この村さえ危険に晒されてしまいます。 それでもイヤだと?」

 シェリーはフランシスを睨みつけて居た。
 「どうして私じゃないとダメなの? 私、 人間で村の娘で……領主の花嫁になる様な身分じゃありません! なのに……どうして?」

 フランシス、 シェリーをジッと見ると言葉を淡々と紡いだ。

 「確かに。 そんな薄汚れた古い身なりだと領主に似合いませんね。 ですが。 占いに出ました。 貴女が領主の花嫁になると。 ご家族と村、 このインフェルノを大切に思われるならば……、 領主の花嫁になって頂かないといけません。
 どうなさいますか? 今夜、 答えをお聞かせ下さいシェリー」

 困惑をしながら答えるシェリー。

 「私が……領主の花嫁になると……インフェルノと村、 私の愛する家族は本当に助かるの?」

 「ええ。 勿論でございます。 貴女の御家族には了承取りました」

 目を伏せるシェリー。
 インフェルノ領域に居るシェリーを始め人々は、 魔界から溢れる魔族の反乱で村は崩壊寸前になり住民は皆、 深い絶望に包まれて居た。

 力ない声で答えるシェリー。
 「解り……ました……」

 冷ややかにニヤリと笑うフランシス。
 「我が主ヴィンセント様の生贄になって頂けるんですか。 では……行きましょうか」


 魔物ヴァンパイアに生贄……、 
 背筋にゾワリと寒気を感じるシェリーだったが、

 村を一番に考えたシェリーは、 フランシスに従う他に方法はなかった。

 

第一章( 3 / 4 )

魔性の契約

 ヴィンセントの邸に連れられたシェリーはリビングに案内された。

 主。 ゾンビかオバケの類を想像するシェリーは恐ろしいあまりに目を開けられなかった。

 『ゾンビかオバケなんてイヤ……帰りたい』

 フランシスは、 咳払いをした。
 「シェリー、 主にご挨拶を」

 恐る恐るヴィンセントの顔を見たシェリーは呆然とした。
 『あれ……オバケじゃ……ない?』

 ヴィンセントはとても上品で痛々しい程美しい男なのだ。
 それに加え、 やや暗い過去を匂わせる。

 だが

 まるで固まった様に見るシェリーにヴィンセントは怒りを露にした。
 「フランシス、 この娘を連れて行け!」

 ヴィンセントは少し性格に難点があったのだ。

 又始まった、 と言わんばかりにフランシスが窘めた。
 「ヴィンセント様、 私が占いで選んだ娘でございます。 ご不満ですか?」

 ヴィンセントは席を立ち、ややイジワルに答えた。
 「あぁ、 不満だ。 食が進まぬ」

 魔物らしい言葉に顔を蒼ざめるシェリー。

 マジマジとシェリーを見るフランシス。
 「確かに……野暮ったい古い服装なんとかせねば。 それに淑女の教育は、 執事である私の役目になりますね。 シェリー。 こちらへどうぞ」

 やや強引にシェリーを部屋に連れて行くフランシス。

 一人リビングに取り残されたヴィンセントは、 溜息一つ零すと独り言を呟いた。

 「はぁ……まったく我々ヴァンパイアをゾンビだオバケだと言いおって。人間の心など。 心を透視するヴァンパイアに丸見えだからな。 とは言え……素直に心に感情を表せる。 ……人なんだな。 フッ。 
 ……私の花嫁になると言うことが
 どういう意味か解っているのか? あの娘……今は、 邸に慣れると良い。

 生きて……此処から出られんぞ。 ふふふふふ」

 薄暗い屋敷に不気味なヴィンセントの微かな笑いが響いた。

 

 フランシスに自室を与えられたシェリーは部屋に案内された。
 「ここが、 貴女専用の部屋になります」

 豪華な天蓋付きのベット、 高価なまでの家具を揃えられ、 シェリーは動揺をする。

 そんなシェリーから反応を見たフランシスは平然と答えた。
 「どうされました? シェリー、 まず服をドレスに着替えて頂きます」

 パチンと左手で指を鳴らすと前方から一匹の蝙蝠がふわふわと現われ、 シェリーの前でメイド姿に変わり、 会釈をした。

 フランシスは再び、 シェリーに話す。

 「お召し替えには、 メイドをどうぞ」

 黒いゴシック調の豪華なロングドレスをメイドに渡すフランシス。

 着替えを済ませるとメイドは蝙蝠に変わり、 シェリーの部屋から出て行った。

 フランシスは扉をノックすると部屋に現われた。
 「とりあえず今日は、 そのドレスで構いませんね?」

 シェリーに近寄り白手袋をした両手で頬を優しく包むフランシス。

 恥ずかしさで頬を赤く染めるシェリーに又もフランシスの冷ややかな言葉が。

 「どうされました? 何もしませんよ。 ただ……一つだけご忠告を。
 この屋敷から脱走をしたり……良からぬ態度を見た場合、 貴女を牢に送ります」

 爽やかに妖しい笑顔で話すフランシスが怖い。

 フランシスも又、 人間でない魔性の者だと改めて認識するシェリーだった。

 次の瞬間に 鋭い視線を廊下へ走らせるフランシス。

 「どうぞごゆっくり。 妙なドブネズミ……追い払いますから」

 シェリーの部屋を出てバタンと両開きドアを閉じる。


 目まぐるしい変化に疲れたシェリーは、 その場に座った。
 「私……これから……一体どうなるの?」

 ポロリ涙を零すシェリー。

 暗闇から弱々しい声がした。
 「泣かないでね……、 話を……聞いてしまった……悪かった。
 兄の花嫁かい? 兄は優しい人だったから今でも変わらないさ」

 涙声で答えるシェリー。
 「え……?」


 闇から現われたのはエドワードだった。

 まだ六百年の眠りから目覚めたばかりのエドワードは、 泣いているシェリーにどう
扱ったら良いか解らず、 困った顔をしてポリポリ頭を掻いた。

第一章( 4 / 4 )

謎の騎士・ジェラルド

 屋敷・玄関

 フランシスは来客にソッポを向いて憮然とした態度、 露骨にイヤな顔で対応する。
 「で、 どういったご用件で? ジェラルド・ベルナルドゥスさん」

 何回同じ言葉を言わせるんだ、 と言わんばかりに苛立つジェラルドの姿が。
 「だから、 ヴィンセントに会わせろと言ってるじゃないか!」

 薄暗い広い玄関にいささか間の抜けた会話が響いていた。

 ジェラルドは、 ヴィンセントの真相を確かめる為に、
 インフェルノ領域・ヴィンセントの屋敷に現われた、 と言う訳である。

 咳払いしたフランシスは再び、 ジェラルドに話す。
 「とりあえず……貴方、 家畜……馬を庭に繋いで下さい。 室内ですから汚れます」

 ジェラルドの横に真っ黒な美しい馬を一頭連れて居た。

 フランシスの言葉にジェラルドは反発をした。
 「馬でない。 私のパートナーでミカエルと言う名がある」

 フランシスはマジマジ馬を見た。

 「何処から見ても……黒い馬ですが」


 苛立ち隠せないジェラルドは、 騎士らしい振る舞いで魔力を秘めた長剣を懐から抜
いた。
 「今一度伝える。 ヴィンセントに会わせろ」

 フランシスの答えはNO
 魔力を秘めた護身用ダガーを二剣懐から出し、片方身構え、片方を後に回した。

 主に害をなす者を命賭けで退ける……。
 これが、 本当の執事に課せられた任務である。

 暗い二階廊下から声がした。
 「お前達、 決闘なら表でやれ。 屋敷が壊れる」


 強い魔力を纏う長剣をジェラルドとフランシス双方の傍に放った。


 空中に現われ二人を制したのは、 城主ヴィンセントだった。

 

 ヴァンパイアであり、 主人公・ヴィンセント、 弟・エドワード、 執事・フランシス、
 そして、インフェルノに現われた謎の男・ジェラルド。
 それにヴィンセントの花嫁候補、 人間の娘・シェリー。
 
 今後どうなるか。

 一体、 インフェルノ領域と魔界で
 何が始まっているのか。 

 

第二章( 1 / 1 )

霧に秘めた薔薇 

 エドワードと共に玄関で光景を見たシェリーは、 ヴァンパイアの凄まじさに
呆然とする。
 「……」

 
 ニヤリとするジェラルド。
 『あれがヴィンセントか。 なるほど。 盛大な出迎えだな。 ん? 隅に居るのは人間の娘……』

 シェリーの傍に居たエドワードが、 冷ややかな口調でジェラルドに言葉を放った。
 「この女性……、 兄の花嫁だから」

 見るからに無愛想なヴィンセントの姿を見たジェラルドは皮肉一杯に答えた。
 「こんな男の花嫁とは……」

 ヴィンセントは腕を組んだ。
 「まだ嫁にすると言っておらん。 フランシスが勝手に連れて来た。 ……くだらん話をするな。 それより、 私に何か用で此処へ来たのだろう?」

 ヴィンセントの承諾がある以上、 フランシスに止める権限はなかった。
 禍々しい話になると想定したフランシスはヴィンセントに尋ねた。
 「この娘……、 部屋に連れて行きましょうか?」

 隅でオロオロするシェリーを見たヴィンセントは、 少し柔らかな口調で答えた。
 「良い……。 同席させろ。 エドワード、お前も。 フランシス……、 客をリビングへ通せ」

 シェリーの存在を肯定した、 とも取れる言葉だったが今のヴィンセントから定かでない。

 フランシスは、 ヴィンセントに軽く会釈をした。
 「解りました」


 広い屋敷内を案内されるジェラルドは、 ヴィンセント、 フランシス、 エドワードがどういう存在なのか模索を試みた。

 『ヴィンセント。 確かに強い魔力を感じるが。 どうも違和感あるな。
 このエドワードは弟。 魔力は目の光からして然程でないが……。 どこか我々と違う能力があるらしい。 それに……フランシス。 コイツとてつもない魔力を感じる。 ヴィンセントと同等か、 それ以上か……。 油断ならぬ男だ。 
 ホントにヴィンセントの味方かどうだか…… 人間の心を透視するなら簡単だが、 同じヴァンパイアとなると捉えどころない』


 奥にある広い来客用リビングにジェラルドを案内したフランシスは、 ブ然とした態度で一言話した。
 「どうぞ」
 
 牙を覗かせるジェラルド。
 「ホントにイヤな男だな、 お前……」

 フランシスは、 ジェラルドを一瞥した後、 皮肉たっぷりに答えた。
 「ほう。 同じ意見で良かったかと」

 気の合わないフランシスとジェラルド。
 
 押し問答をする二人へ、 先にリビングに居たヴィンセントから声が。

 「フランシス」
 ヴィンセントの一言で、 フランシス、 紅茶を用意する為に立ち去った。

 シェリーは、 エドワードと遅れてリビングに来た。
 エドワードは、 ヴィンセントの斜め横のアンティークチェアに座ったが、 シェリーは、 何処に座ったら良いか解らない。

 迷うシェリーに、 ヴィンセントは隣を指で示しながら、 サラりと伝えた。
 「娘、 此処へ座ったらどうだ?」

 シェリーは驚いたが、 恐る恐るヴィンセントの隣にあるチェアに座り、 ジェラルドは、 一番離れた窓付近に座った。
 
 フランシスは、 高価なティーポットを二つとティーカップ五個をワゴンに乗せて
部屋に現われた。

 ヴィンセントの前にまず紅茶らしい物を注いで、 次にエドワード、 
ジェラルドの前に順番で置いた後、 違うティーポットから紅茶を淹れたティーカップをシェリーの前に置いた。

 ジェラルドは、 紅茶と異なる色濃さに戸惑いながら怪訝な顔でフランシスに尋ねた。
 「これ……、 何だ?」

 ジェラルドを茶化す素振りもせず、 真剣に答えるフランシス。

 「ヴィンセント様、 エドワード様の御父上アラン・レオポルドゥス様から送られる……、 ヴァンパイア用に作られた特殊な品。 人から吸血をしないで魔力を保てる。 
 御父上であられるアラン様は、 ヴァンパイアですが、 人間から吸血をしない御方でございます。 それで、 アラン様から御意向を受け継いだ、 と言う訳になります。
 ジェラルドさん、 貴方もヴァンパイアですから飲んで構いません。 ただ、
 人間である娘に無理がありますので。 シェリーには、 人間用紅茶を」

 なるほど……、 それでティーポット二つ、 と言う顔で頷いたジェラルド。
 「俺も人から吸血をしない。 一致したな。 ……どうやら、 大切な品らしい。 頂こうか。 それで? ヴィンセントの父上は今何処に?」

 微かに瞳を曇らせるフランシスだったが、 ジェラルドの問いを黙殺すると話を摩り替えた。

 「……話を進めます。 魔界から現われた魔族ですが。 領土争いで、 インフェルノは今、 ……揺れています。 後継者であられるヴィンセント様を抹消する為なら、 ありとあらゆる方法で。 ヴィンセント様は強い魔力を持つ為に魔族達から……、 存在を恐れられた。 それに加え……、 六百年と言う歳月を花嫁無しで御一人で居られると、 肝心な魔力に若干変動されてしまい……、 
 占いで確かめたところ、この娘が最適だと判明し、 花嫁にと選んだのです。
 サバイバル。 ジェラルドさん、 同じヴァンパイアの貴方なら……、 
 御分かりだと。 我々魔性であるがゆえの性質(たち) を」 

 驚いたシェリー。 城主ヴィンセントは恐ろしい吸血鬼だと村で噂が広がっていたが、 ただ噂に過ぎなかった、 と知ると同時にヴィンセントを哀れに思えた。

 ジェラルドは、 魔界から溢れでた魔族を抑えられない謎を知り、 真顔で答えた。
 「俺もトランディオラス領主だ。 ヴィンセントに屈するなど出来ない。
 だが、 魔族を抑える為、 ……お前達に力添えならする。 それで良いか?」

  ヴィンセントは瞳をギラリと光らせた。
 「ジェラルドとやら、 お情けなら要らんぞ。 帰れ」

 困るジェラルド。
 ヴィンセントにも領主として、 プライドがあると解るからだった。

 「ヴィンセント、 ……お前達でどうやって、 溢れ出た魔族を退けると言うのだ。 下っ端と言え魔族数は、 半端じゃない。
 俺は元・騎士だ。 それにパートナーであるミカエルは、 今は……、 ただの馬ではない。 あれは本当に頭の良いヤツで万能だ。 
 魔族片付けたら俺はミカエルと領土に帰る。 それで良かろう?
 ヴィンセント、 お前と戦う意思など俺は微塵も無い」

 エドワード、 素直に賛成をする。
 「兄さん、 ……この男、 多分力になるから賛成」

 ジェラルド、 唖然とした顔でエドワードを見た。
 「おい、 お前さん、 ……まさか目覚めたばかりか?」

 「今ヴァンパイアだか何だか僕は僕。 だから生前と変わらず人を大好きだ。 それは……、 兄さんやフランシスと同じだ」

 フランシスは、 やや強張る口調になった。
 「エドワード様、 ……この男、 まだ気を許せる相手でありませんから、 御喋りを御控え下さい」

 青年らしい笑顔で答えるエドワード。
 「フランシスも兄さんも照れないでいいさ。 素直じゃないからな」

 ひ弱なヴァンパイアに見えるエドワードの人間に対する思慕が素直に現われていた。
 ヴィンセントは呆れたと言わんばかりに溜息。
 「フランシス……、 疲れた。 ジェラルドとやらに部屋を用意してやれ」

 ヴィンセントは、 リビングから出た。

 ジロッとジェラルドを見たフランシスは席を立った。
 「主が貴方の滞在を認めましたから。 ジェラルドさん、 部屋に案内します。 どうぞ」
 
 フランシスとジェラルドは無言で廊下を歩いた。 暫くすると二階真中にある部屋の前で止まった。
 「ジェラルドさん、 ここです。 ご自由に」

 立ち去ろうとするフランシスを止めるジェラルド。
 「……お前さんただの執事じゃないな」

 背を向けたまんまで答えるフランシス。
 「どういう意味で?」

 「ヴィンセントとどんな繋がりだ? おかしいぞ、 お前」

 一瞬黙るフランシスだったが、 渋々答えた。
 「この城で単なる執事に……、 過ぎませんよ。 これ以上貴方に答える義務はありません」

 冷ややかな笑みを浮かべたフランシスは、 その場から去る。

 ジェラルドは案内された部屋の扉の前で呟いた。
 「怪しい男だ。 ヴィンセントはどうして気付かないんだ? フランシスの異様さに」


 
 与えられた部屋に帰ったシェリーだったが、 ヴィンセントに対して酷い誤解をして限りなく失礼だったと少し反省をし、 罪悪感に陥った。
 「城主に……、 謝ろう」

 部屋を出たシェリーはヴィンセントの自室へ向かった。
 広い屋敷内を歩き、 豪華な二枚扉の前で止まったが、 何と言えば良いか解らない。 躊躇っていると部屋の中から声がした。
 「娘そんなところで、 吊っ立ってないで、 さっさと来い」

 気付かれてる、 と思ったシェリーは扉をノックしてからヴィンセントの部屋へ。


 ヴィンセントの部屋は薄暗いが城主と言うだけに広い。 高級感に溢れて居た。
 気だるいと言わんばかりにアンティークソファで長い脚を組んで退屈なのか、 やや横柄に座って居る。
 「どうした?」
 
 意外と甘い、 低い落ち着いた声。 生前のヴィンセントの年齢は一体、 何歳であろうか。 大人にある余裕さえ感じさせる。

 「あの……、 噂なんか、 実際に会わないと解らないし、 何と言えばいいか」

 あたふたと答えるシェリーを見たヴィンセントは少し笑ってしまった。

 「構わん。 言い訳などせん……。 確かにヴァンパイアになったばかりの頃の私は
……強力な魔力を抑えられず、 一度だけ暴れたからな。 六百年前と言え、 
……その罪、 消す訳にいかんのだ……。 二度と同じ過ちを繰り返さぬ為に。
 以来……、 城から一歩も出いてない」 
 
 気の遠い年月をヴィンセントは自重をし、 城の中、 闇の中で生きて居たのだと知るシェリー。

 「話なんかどうでも良い。 娘、 退屈なんだ私と夜想曲を踊らないか?」

 夜想曲に似合う曲を流すと、 シェリーに手を伸ばすヴィンセント。
 
 恐る恐るヴィンセントの指に触れるシェリー。 上品にシェリーの指先を優しく掴んで背中に回された手から伝わる感触は冷たいながら、 力強く、 どこか温かさを感じる、
 人間に無い不思議な感覚だった。

 踊り終えた後、 ヴィンセントは優しくシェリーの頬を撫で静かな口調で話した。
 「たまに……、 こうして踊るか? 私と夜想曲を」

 「え?」
 ドキッとするシェリー。

 少しイジワルな表情を浮かべ密かに笑うヴィンセント。
 「たまに踊らんと……、 うまくならんからな。 フッ」
 
 ガックリするシェリー。 やっぱりこの領主、 性格に難ありだ。

 「さぁ、 部屋へ帰りなさい」
 シェリーを自分から遠ざけた。

 言われた様に扉に向かうシェリーを止めた。
 「待て」

 シェリーは振り返るとヴィンセントを見た。
 「……何か、 必要な品など無いか?」

 何不自由ない程に揃えられた部屋を与えられたシェリーは、 ただ首を横に振った。
 「いいえ」

 「そうか……。 なら良い……。 部屋に帰れ」
 
 シェリーは思わず口を開いた。
  「あの……」

 「何だ?」

 「私……、 何をすれば良いのですか? ……皆さん、 それぞれに大変だと言うのに……、 私だけ」

 ヴィンセントは、 近付いて冷たい掌で頬を包んだ。
 「余計な心配するな。 これは、 我々ヴァンパイアと魔族の問題。 強いて言えば……、 人であるお前は……、 此処にただ居れば良い。
 いつか……、 お前に話そう。  解ったら……、 部屋に帰りなさい」
 
 赤いヴィンセントの瞳と、 シェリーの瞳が交差をした。

 まだ、 お互いに名前で呼んでいない。
 意識をするから、 であろうか。
 
 本来なら領主であるヴィンセントから相手を名前で呼ぶのは、 当然だが、 不器用である所以であろうか。

 部屋から出て、 ウロウロ屋敷内を歩いているジェラルドは、 地下に降りた時、 ワイン専用酒蔵で何かしているフランシスを見た。

 フランシスは、 赤く発光をする、 蓋を開けられたアンティークな妖しい懐中時計を左手で翳すと、こっそりと蝙蝠に手紙を持たせて飛ばしたところだった。

 ジェラルド、 思わず言葉を口にした。
 「フランシス、 こっそり蝙蝠なんぞ飛ばして……、 誰と通信をしてるんだ?」

 「ジェラルドさん又貴方ですか。 貴方こそ、 何をウロウロされてるんで?」

 ジェラルドはフランシスに近付いて異界に通じるであろう歪を示した。
 「何処に通じる歪なんだ? ……お前ホントに誰だ?」


 

望月保乃華
夜想曲と薔薇のヴァンパイア
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