夜想曲と薔薇のヴァンパイア

最終章( 1 / 1 )

赤い薔薇のノクターン

 それから夜になった。 動かないヴィンセントを前にシェリーはうな垂れた。

 「ヴィンセント様……、 ごめんなさい……」
 シェリーから零れ落ちた涙はヴィンセントの頬へ伝った。

 「私を名前で……、 呼んでくれるのか? ……シェリー」

 「ヴィンセント様?」
 初めてヴィンセントは、 シェリーと名を呼んで涙を頬から拭う。
 「泣いている顔は……、 見たくないのだ。 さぁ……微笑んで欲しい」

 無理に微笑んだシェリーだが今度涙ばかり零れた。
 「大丈夫ですか……?」

 「あぁ、 ……大丈夫だ。 お前の声で目覚めた……。 フランシスめ。
 シェリー、 お前を選んだ理由が解った。 アイツ今の私に必要な存在を知って居たんだな……」

 まだ動ける筈もない。 かなり負傷していた。
 「村に帰れと言っただろう? なぜ?」

 「ただ一緒に居たい……それ以外に理由もありません」
 
 ヴィンセントは微かに笑った。
 「私の様な魔物と居たいのか? ……変わった娘だ」

 ちらほらと粉雪は又舞い始めた。
 「ヴィンセント様、 ……クリスマスに美味しいケーキを食べてほしい」

 「……私に生きろと……? それも良いかも知れんな。 今日クリスマスか。 
 シェリー、 今一度問う。 私を選んで後悔をしないな?」

 決意を固めた瞳でヴィンセントを見たシェリーはただ頷いて微笑んだ。
 
 「……このまんま此処に居る訳にもいかぬ。 シェリー、 左掌を出せ」

 シェリーの左掌が重なった時、 ヴィンセントは何も無かった様に起きた。
 
 そこへ、 後から追ってフランシス達が現われた。
 ジェラルドはミカエルに乗った状態で話す。
 「一人でウロウロするな、 面倒な男だぜ……。 動けるか?」

 「あぁ」

 ジェラルドはミカエルから降り、 魔族を討つ策を話した。
 「敵は陸橋の下で固まっている。 俺が真っ先にミカエルとド真ん中へ走るから、 散り散りになった魔族をお前ら三人で掃除しろ。 シェリー、 岩陰に隠れてるんだ。 出ると
危険だからな」

 シェリーはミカエルを撫でた。
 「ジェラルドさん……、 ミカエルの正体って」

 ジェラルドは、 俯いた。
 「俺のパートナーさ。 俺を慕い……まだ自分は生きているんだと思って居る……。
 そう言う奴さ……」

 人間であるシェリーは、 ミカエルの無邪気な瞳から穢れない黒い馬にしか見えなかった。

 ジェラルドは、 ミカエルに乗ると、 振り返った。
 「必ずだぞ……後で皆又会おう」

 ミカエルの手綱を握り勇ましく、 派手なマントを靡かせ走り去るジェラルド。
 見る見るうちにスピードを増すミカエルは、 魔族の中心へ走ると、 ジェラルドは蒼く光る剣を懐から抜いた。 同時に魔族達は、 散り散りに飛ばされ放り出された。

 フランシスは、 ジェラルドの豪快さから呆気に取られた。
 「馬鹿な。 ……あの男ホントにやりましたね」

 ヴィンセントは笑った。
 「エドワード戦えるか?」

 「フランシスに力を分けて貰ったから」

 「ヴィンセント様、 エドワード様、 私の全てでお二人を援護します」

 このフランシスの話し方には、 ヴィンセントは以前から違和感を覚えていた。 しかし、
今は、 魔族を消滅させる方を優先だった。
 「行こう」

 ヴィンセントとフランシスは上空から、 エドワードとジェラルドは地上からとなった。

 ジェラルドは陸橋を走り、 次々と魔族を消滅させる。

 エドワードの魔力はまだ然程に強くない。 ある程度魔族を消滅させても防ぎきれなかった。
 それを知った魔族の一味がエドワードに攻撃を仕掛け、 閃光を放った。

 フランシスの脳裏に幼少の記憶が走る。
 『お兄ちゃんは、 大人になったらきっと屋敷に帰って父上やお前達を守るから』

 反射的ににエドワードを庇い、 フランシスは閃光を受けながら岩陰に隠す。
 「フランシス!!」

 ジェラルドがフランシスを掴んで陸橋の古い柱に移動した。
 「大丈夫か?」

 「大丈夫です。 ……まさか貴方に助けられるとは。 不覚な」

 ジェラルドは安心をした様に皮肉を言った。
 「強がり言ってる場合か? 今のお前さんは兄の顔だったぞ」

 「まだそんな戯言を。 執事である任務を行う。 それだけです」


 ヴィンセントは今までと違う安定したエネルギーになっていて魔族を次々と消滅させていた。

 身元をジェラルドに隠し続けるフランシスだったが、 シェリーと絆を深め安定したヴィンセントを確認したせいか安心した様に話した。
 「大丈夫なようだ……。 ジェラルドさん、 貴方に父の救出を手伝って貰います」

 驚いたジェラルド。
 「捕まってんのか? オヤジさん」

 「長い間幽閉されていまして。 ここは……ヴィンセントに任せられます。 
 陸橋を越え魔界へ。 行けますか?」

 「馬鹿にするな。 ミカエルは……天でも魔界でも」
 「そうでしたね」

 魔界に向かうフランシスとジェラルド。
 魔界に下りると、 暗い城が有り魔族達が全部地上にいるせいか、 静かだった。

 更に地下に降りると古い牢があり、 弱っているが威厳を保つヴァンパイアが一人居た。
 フランシス、 ヴィンセント、 エドワードの父、 アランだった。 
 「父上!」

 フランシスは錠前を壊し外すとアランを背負った。
 弱っているのは、 長い間幽閉されて居たと言う理由もあるが、 魔界にある淀んだエネルギーの影響と言う極悪な環境で、 自分の魔力を使いながら我が子に謎の紅茶に似た成分を作
っていた為である。
 「フランシス……、 本当に辛い思いをさせたな。 人間だったまだ幼いお前を……、 
 執事養成学校に預ける為に……私の家族から名を外し、 相応な齢になる迄……、 従兄弟にお前を預け……家族に愛されるという感情さえも与えられずに過ごさせてしまった。 
 フランシス……、 本当に悪かった。 悪い父だ私は」

 フランシスの安易に他人を寄せ付けない理由も、 明らかとなった。

 移動しながらフランシスはアランに黙る様に話しをする。
 「父上、 今そんな話をする場合じゃありません」

 魔界から出ると既にヴィンセントは、 魔族を全部消滅させていた。
 さすがに領主だと思える行動である。

 まだ謝るアランにフランシスは答え続けていた。
 「仕方なかったではありませんか。 当時争い絶えず屋敷は不穏な状態でした。 私が執事になったと言うのは、 父上が悪い訳ではありません」

 「大人になったら再び長男として屋敷に迎えると言う約束も……、 生きて叶えられなかった」

 「父上! いいですから、 ……済んだ話をしないで下さい」

 ジェラルドは、 フランシスが蝙蝠で通信していた相手が父・アランだと知った。
 「……」

 アランとフランシスのやりとりする話を聞いたヴィンセントとエドワードだったが、 然程に驚かなかった。
 「父上……、 大丈夫ですか?」

 「ヴィンセント……、 エドワード、 お前達二人の兄はフランシスなんだ」

 ヴィンセントはアランを気遣っていた。
 「ええ。 時に記憶に現われましたから……」

 エドワードの記憶は蘇った。
 『偉くなったら必ずこの屋敷に帰って父上やお前達弟を守ってやるから、 父上や
 ヴィンセントの言うことを聞いて良い子で待ってろ』

 ヴィンセントはフランシスに伝えた。
 「兄上、 長い間……執事と言う名目で私と城を見守られ本当に御疲れ様でした」

 「又何を言われます、 ……ところで、 ヴィンセント。 領土を魔族から取り返せました。 勿論、 領主を続けられますね?」

 ヴィンセントは首を横に振った。
 「領主を、 正真正銘長男である兄上を後継者に」

 「これからどうすると言うのです??」

 ヴィンセントは、 シェリーを見た。
 「私は……又この土地で暴れてしまった。 此処を離れたいと思います」

 フランシスは今度、 シェリーを見た。
 「シェリー、 どうされますか?」

 「ヴィンセント様に付いて行きます……」

 エドワードに尋ねる。
 「エドワードは……、 どうしますか?」

 「僕は……、 此処に居る。 父上兄上と二度と離れたくない」

 フランシスは溜息をついた。
 「相変わらず甘えん坊で。 では……、 今日はクリスマス。 皆でケーキを食べましょうか。 シェリー、 いつかお話になった村の美味しいケーキを頼めますか?」

 シェリーは喜んだ。
 「はい」


 クリスマスの夜。 静寂な雰囲気でテーブルに蝋燭とケーキが並べられた。
 アラン、 懐かしそうに話す。
 「……クリスマスか。 遠い昔を思い出すな。 楽しい思い出もあり……又、 お前達息子にとって翌日に試練もあった」


 まだ幼いフランシスが執事養成学校に向かう為、 従兄弟に預けられるクリスマスの翌日。

 何も知らないヴィンセントとエドワードはフランシスと離れたくないと我がままを言った。
 それまで、 三兄弟で仲良く暮らしフランシスはその頃から面倒見の良い優秀な長男だった。

 フランシスの別れが本当に辛かったのであろう。 
 ヴィンセントとエドワードの記憶からフランシスを消してしまったのは。

 それを知ったジェラルドは溜息を零した。
 「……フランシス」

 「今は……、 幸せだなと。 こうして居られるのですから。 
 素敵なクリスマスと幸せな未来へ。 それにシェリー、 誕生日おめでとう」
 皆、 静かにシャンパンでクリスマスを過ごした。

 窓の外に降る雪さえ静かだった。

 
 翌日の夜明け前
 ジェラルドはミカエルに乗った。
 「じゃぁな。 まぁ、 色々あるだろう。 達者で暮らしな」

 立ち去ろうとするジェラルドを止めたフランシス。
 「ジェラルドさん、 ……今までありがとう」

 一瞬躊躇うジェラルドだが、 照れ臭いのかあやふやに答えた。
 「よせ。 ……お前から……しおらしい言葉なんか聴きたくない」

 ジェラルドとミカエルは、 消え領土に帰った。
 ミカエルの正体……。 解らなかった。 ……馬であるミカエルに何の罪も無い。
 決して悪い存在で無いと明記しておこう。

 そして、 ヴィンセントとシェリーも旅立った。

 「シェリー、 二人で遠いところへ行こう。 又屋敷を探すか」
 「貴方と同じなら何処でも」

 ヴィンセントはやっとシェリーに話す。
 「私には……生前でも又ヴァンパイアになった後も友人が僅かに居た。 友人は皆私を恐れない。 同じ人だと言い、 私と接してくれた……。 人の命とは何と儚い。
 皆……私を置いて居なくなる。 私は一人取り残される。 それが怖かった。 
 以来、 人を遠ざけた。 お前は……、 ずっと傍に居てくれるか……?」

 「誓います。 ずっと……一緒に」

 ヴィンセントは、 立ち止まった。
 「ならば……お前にも永遠の命を与えよう。 シェリー、 これからずっと一緒だ。
 ……お前さえ居たら充分だ。 私が愛する花嫁」

 赤い薔薇のノクターン……。 辿りついた先は又闇かも知れない。
 しっかりと繋いだ手を二度と離さない様に。 

 哀れなヴァンパイア達の魂とシェリーに、 幸あれ。


 終

望月保乃華
夜想曲と薔薇のヴァンパイア
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