夜想曲と薔薇のヴァンパイア

第三章( 1 / 1 )

赤い薔薇の追憶

 そこへ、 ヴィンセント現われた。
 「いい加減やめんか! お前達」

 ジェラルドは、 フランシスの懐中時計を持つ左手を掴んで居た。
 「ヴィンセント、 この男怪しいぞ。 こっそり異界へ蝙蝠飛ばしている」

 ヴィンセントは冷静だった。
 「構わん。 ……フランシスは敵ではない保証する」

 「構わん、 だと? 敵じゃないのか?! ヴィンセント、 お前……」

 ヴィンセントはジェラルドに厳しい口調で話した。
 「フランシスが何であれ私の屋敷に居る執事だ。 疑うなら私が許さない」

 ジェラルドは掴んだ手をフランシスから離す。
 「ヴィンセント……」

 「ジェラルド。 フランシスは……、 敵でない。 父上に連れられ当家に来た執事だからな。 ……それに、 フランシスからは敵と言う感覚は私にないから」

 ジェラルドは諦める口調で言う
 「ヴィンセント……、 お前、 気付いていたのか」

 ヴィンセントは鼻で笑った。
 「……気付かぬ筈無かろう。 見くびるな。 この城で主だからな私は」

 「ならば、 確かなる執事…… と、 なるか。 この男、 なぜこんなに胡散臭い
んだ?」

 フランシスは冷ややかに言う。
 「失礼な方だ。 ……貴方、 ホントにトランディオラス領主で?」

 ヴィンセントはフランシスを制した。
 「フランシス、 止めんか。 お前達、 部屋に帰れ」


 翌朝目を覚ましたシェリー。 窓を開けると、 城周辺に深い霧で包まれていた。

 部屋を出たシェリーは、 何気にジェラルドの馬であるミカエルの様子を見に庭へ出た。
 ミカエルは与えられた飼葉を食べている。 
 
 ミカエルの鼻筋を撫でているとエドワード現われた。
 「お義姉さん……、 その馬……、 正体を知りたい?」

 シェリーは、エドワードを見た。
 「……正体?」 

 「この屋敷から離れた湖に映すと……、 正体が解る。 知らない方がいいかも知れない……。
 多分、 虚しいから。  それと、 この霧。 兄さんとフランシスが作り出す幻で敵を防いでいる。
 だから一人で出歩いたら危ない」

 霧の森林をぼんやり見るエドワードは、 ぽつぽつと過去を話した。
 「僕……、 小さい頃から体弱くて。 父上や兄さんに迷惑掛けたんだ。 確か森で遊んでた時に……、 体調に触るから屋敷に帰ろうって言った人物が居たけれど。 誰か思い出せない。 覚えてないんだ……。 六百年以上も経つと思い出せないんだろうな」

 エドワードは深い霧に消えた。
 エドワードが立ち去った後、 暫くするとヴィンセントがフラリと霧の奥から現われた。

 挨拶をするシェリー。
 「おはようございます……」

 「あぁ。 お前、 いつ生まれた?」

 「12月25日に生まれました」

 驚いたヴィンセント。
 「クリスマスの生まれなのか……、 なるほどな。 そういえば……近々にクリスマス
だったな」

 何か思い出す様な何処か遠いところを見ている眼差しだった。

 

 ヴィンセントの回想


 時は、 ヴィンセントがまだ幼い頃に遡った。
 セピア色の記憶を手繰り寄せる……。

 白い豪邸

 「メリー・クリスマス!」
 黒い上質タキシード姿でシャンパンのグラスを高々と、 微笑んで居るのはヴィンセントとエドワードの父、 アランだった。

 煌びやかなシャンデリアの下、 タキシードや豪華なドレスを身に纏う高貴な者たちで
賑わうパーティ。
 まだ幼い人間の少年だったヴィンセントとエドワードは、 無邪気にケーキを食べている。 

 恐らく二~三歳、 と言う小さな子供である。
 
 口元にクリームを一杯付けたエドワードからナフキンで拭う少年の姿が。
 誰であろうか。 ヴィンセントの記憶は朧であった。
 『エドワード、 口に一杯生クリーム付いているぞ。 仕方ないなぁ』

 この口調……、 確かに覚えがある……。 誰だ。

 ヴィンセントより若干年上と思われる背格好まで解るが、 顔がさっぱりと解らない。

 クリスマスパーティ。 ヴィンセントはそれ以上思い出せなかった。 

 このクリスマスの翌日にあったある事情が、 ヴィンセントの記憶を妨害した。


 ヴィンセント、 エドワード二人の記憶を掠める相手、 ……一体誰なのか。

 「……部屋に帰る」
 ヴィンセントは背中を向けた。

 「あの……」

 「ん?」

 「お城から……、 ずっと出ないのでしょうか?」

 シェリーの顔を見たヴィンセントは、 躊躇ったのちに答えた。
 「少し……、 庭を散歩するか? ……外に出たいのであろう?」

 庭も広かった。 森林に囲まれ、、色とりどりの美しい薔薇が高貴に咲き誇り、 
近くに小川が流れる音や、 小鳥の囀りがした。

 霧に包まれた風景さえ幻想的である。

 赤い薔薇を見ながら話すヴィンセント。
 「私が……、 城の外へ出ぬから。 お前も外に出られん。 そういう訳だ。 町や村……、 どういう風景だ?」

 思い出す様に答えるシェリー。
 「町に野菜や果物、 焼きたてで美味しいパンやチーズにバターとか売られていて村は……、 魔族が現われる迄……、 平和でした」

 「そうか……」

 ヴィンセントの言葉が終わったと同時に黒く光る鈍い閃光がシェリー目掛けて飛んだ。
 「危ない!!」

 ヴィンセントは、 シェリーを抱いて左に飛んだ。 
 怪しい物体の放った閃光は、 シェリーを庇ったヴィンセントの肩を掠めた。
 
 次の瞬間に赤い閃光を指先から怪しい物体に放つ者がいた。

 現われたのは、 フランシスだった。
 「ヴィンセント様、 御無事ですか?」

 「あぁ、 大丈夫だ……、 フランシス」

 怪しい物体は魔族の下っ端だったが、 フランシスの放った閃光で消滅した。
 「ヴィンセント様、 庭と言え表へ安易に出られたら危険ですから。 お部屋にお帰り下さい」

 騒々しい雰囲気にジェラルドが現われた。
 「ヴィンセントとフランシスの張った強力な魔力のエリアに迄現われたか。 ヴィンセント、 屋内から出ると危険だ」

 頷いたヴィンセントは、 シェリーに一言聞く。
 「大丈夫か?」

 頷いたシェリーを確認すると、 シェリーの肩を守る様に抱いて屋内に帰った。

 シェリーはヴィンセントの負傷したであろう肩を気遣う様に聞いていた。
 「大丈夫ですか?」
 
 「心配ない。 我々のマントは普通のマントではないのだ」

 ヴィンセントとジェラルドの纏うマント。 それぞれ魔力強さにより影響されるマントだった。

 フランシスはやや暗い表情を浮かべた。
 『魔力はまだ変動しているな……、 マズイ』


 ちらほらと粉雪舞い始める。 12月の冬空が城を覆った。


 ヴァンパイア……、 シェリーの思惑を絶する悲愴な闇が、 ただ横たわっている様に思えた。


 フランシスの部屋


 フランシスの部屋から話声がする。 部屋の前を通ったシェリーはフランシスの部屋の扉を叩いた。 返事はない。扉を開け、 シェリーは中へ。
 本棚に本棚に並んだ無数にある難しい本は整頓され、 事務的な部屋だったが何処か上品ささえ感じさせる。

 
 フランシスは奥にあるデスクで懐中時計に何か話していた。

 「私にお任せ下さい。 大丈夫です。 ……その話をなさらないとお約束されたではありませんか」

 フランシスは、 懐中時計を閉じ、 何処か寂しい表情を僅かに浮かべた後、
 頭を押さえ、 部屋に居るシェリーに問いかけた。
 「何ですか?」

 「あ、 あの……」

 「どうされました?」

 シェリーはフランシスの言葉に少しおどおどしながら答えた。
 「クリスマスに……、 村の美味しいケーキを城主に食べて欲しいと思って」

 フランシスは溜息まじりに答えた。
 「先程の光景……、 忘れましたか? 魔族から貴女も今は狙われているのです。

 ヴィンセント様は領主。 貴女もそれを忘れない様」

 厳しい声で話すフランシスに圧倒され、 シェリーは会釈をして部屋を出た。

 

 その日深夜。 月は妖しい光を城に照らしていた。 相変わらず城周辺に深い霧で
埋め尽くされ、 狼達の遠吠えが響いた……。

 一階 リビングにヴィンセント、 フランシス、 エドワード、 ジェラルド、 シ
ェリーが居た。

 ここで提案をしたのは、 実戦を積んだジェラルドだった。
 「俺は屋敷周辺を今から調査に出る。 調査済む迄ヴィンセント、 とりあえず奥方と屋内から出るな」

 ヴィンセントは難しい顔で一旦シェリーを見た後、 反論をした。
 「奥方? まだ嫁にすると言ってない」

 ジェラルドは、 思わず笑いながら答えた。
 「じれったい奴だな、 ヴィンセント。 お前さん達お似合い夫婦だと思うが? 要らないなら俺の奥方としてシェリーを迎えるぞ? シェリー、 俺の花嫁になるかい? 無愛想なこの男よりマシだと思うが」

 ヴィンセントを探る様なジェラルドの挑発であった。

 ヴィンセントは少し黙ったが、 ジェラルドにソッポを向いて答えた。
 「好きにしろ。 欲しいなら連れて帰れ、 足手まといだ。 何なら丁寧にリボン付けて贈ろうか?」

 ヴィンセントは怒りのあまりに席を立ちリビングから出た。

 フランシスはヴィンセントを宥めた。
 「ヴィンセント様、 こんな男の挑発に乗らないで下さい。 ジェラルドさん、 貴方もふざけないで頂きたい!!」
 
 フランシスは、 ヴィンセントに付いてリビングを出た。

 
 ヴィンセントの冷たい態度が本心かと、 とても寂しい感覚に陥ったシェリー。
 「私……、 部屋に帰ります……」

 俯いたシェリー、 リビングから出て行った。

 残されたエドワードとジェラルド。 暫く沈黙の後、 エドワードがボソリと話した。
 「ねぇ……、 兄を試したの? 兄の本心解らない?」

 驚いたと言う顔でエドワードを改め見るジェラルド。
 「え? 本心解らないから試した」

 「僕は兄の本心解るよ。 アンタも。 フランシスは……、 かなり強い魔力で本心
隠すからか……、 イマイチ解らない。 でも悪い奴じゃないと思う。 訳ありだ」
 白けた顔でリビングを出たエドワード。


 ひ弱に映るエドワードだが、 エドワードは人間だけにあらず、 同じヴァンパイアをも透視する力を持って居た。


 一人リビングに残されたジェラルドは独り言を呟いた。
 「へぇ……同じヴァンパイアを。 ……あんな力を持った奴だったとは。
 俺一人で屋敷周辺に見回りか……。 やれやれ」 


 ジェラルドは席を立つとリビングを後にした。

 表に出たジェラルドは、 愛馬ミカエルを撫で話しかける。
 「ミカエル、 出番だ。 頼むぜ俺のパートナー……」

 巨大な黒馬ミカエルの背に乗ったジェラルドは、 その場から消えてしまった。
 ミカエルは、 天であれ又魔界であれ、 瞬時に好きなところへ自由自在に移動をする馬だった。

 

 シェリーは一人、 与えられた自室でぼんやりしていた。

 『好きにしろ。 欲しいなら連れて帰れ、 足手まといだ。 何なら丁寧にリボン付けて贈ろうか?』

 先程のヴィンセントの言葉が心に痛いシェリー。

 
 幾らか時間経った後、 シェリーの部屋の扉を叩く音がした。
 「はい……」

 現われたのは、 自ら出向いて来るとは珍しいと思えるヴィンセントだった。
 「いいか?」

 シェリーは少し躊躇った後、 丁寧に座り直した。
 「どうぞ」

 ヴィンセントはフランシスを呼ぶ。
 「フランシス、 この部屋に紅茶を」


 フランシスは、 ティーポット一つとティーカップ二個をトレーに乗せ現われた。 無言で、 ヴィンセントとシェリーに紅茶を注ぐと軽く会釈をして部屋を出た。

 静まり返ったシェリーの部屋で二人の沈黙が続いた。
 少しだけ開けられた窓からの冷たい夜風が高価なワインレッドのカーテンを揺らした。

 「冷えるであろう」
 窓を閉じ、 沈黙を一声で開放したのはヴィンセントだった。

 窓越しで月を眺めながら、 シェリーに背中を向け、 静かな口調で話す。
 「その……、 人間と接するのは……、 嫌いじゃない。 ただ、 どう扱ったら良いか解らん。 私が今人間であったならば……、 違う方法あったであろう」

 六百年と言う歳月を一人で居たヴィンセントには、 人と接する方法すら忘れても
不思議でない長さだ。

 シェリーはストレートに聞く。
 「私……、 お邪魔ですか?」

 振り返ったヴィンセントは、 静かにシェリーを包んで頭を撫で少し笑った。
 「話の通じない奴だな。 邪魔ならば……、 とうに追い出してる。 紅茶冷めるから。 飲んだら眠りなさい」

 ヴィンセントは、 部屋を出た。

 

 一方、 ジェラルドはミカエルと共に森から少し抜けたところに居た。
 ジェラルドは、 薄暗い茂みに目を走らせ、 ミカエルから降り近付いた。

 魔物が数体現われ、 ジェラルドを囲んでしまった。
 ジェラルドは蒼い光を放つ魔力の強い剣を抜いた。
 「出たな。 どこからでも、 来い」

 ジェラルドに飛び掛る魔物達だったが、 剣に纏われる魔力の光に触れただけで魔物は次々に消滅する。

 ジェラルドの剣は、 強い魔力だけで敵を消滅させる特殊な剣だった。

 「雑魚ばっかりだ。 だが、 これ程多いとなると最早近いうちに雑魚操る大物が攻めて来るだろう」

 闇に包まれた遠い空を一人で眺める、 今は既に孤高の騎士であるジェラルド。 

 ジェラルドはミカエルと共に、 一旦、 城に帰った。

 

 城内・エドワードの部屋


 棺から出たエドワードは、 フランシスから用意された豪華な部屋へ既に移っていた。
 ヴィンセントの弟である以上、 当然かも知れない。

 エドワードは庭で傷ついた小鳥の雛を保護、 傷の手当をする。
 「これで良い。 必ず又、 飛べる様になるから」

 紅茶をティーカップに注ぎ、 傍に居たフランシスは何かを回想する様に答えていた。
 「エドワード様は……、 まだお小さい時から優しい方でございましたから」

 驚いたエドワード。
 「フランシス……、 なぜ……、 僕の小さい時を知ってるんだ?」

 ティーポット手に、 一瞬固まるフランシス。
 「あぁ……、 一度だけ……、 エドワード様を幼少期にお屋敷でお目に掛けました」

 軽く会釈をしたフランシスは、 エドワードの部屋を出て溜息を一つ零すと、 壁に背中
を付け目を閉じた。
 「……」

 やや辛い表情に映ったフランシスの顔。 
 気のせいであろうか……。

 屋敷に帰ったジェラルドが、 フランシスを見た。
 「フランシス……、 お前まさか……、 ヴィンセントとエドワードの兄か?」

 フランシスは、 油断ならぬ目線をジロリとジェラルドに向けた。

第四章( 1 / 1 )

魔性の輪舞曲

 棘ある冷ややかな口調で話すフランシス。 
 「何ですか貴方、 何を証拠に」

 「なぜ隠す? 兄だと二人に言ってやれば良かろう?」

 フランシスは、 半ば強引にジェラルドの腕を掴んで移動する。
 「声がデカイ方だ……、 エドワード様は地獄耳でね……幼少期から」

 階段を降り、 一階フロアに移動をしたフランシスとジェラルド。
 フランシスの腑に落ちない態度にジェラルドは問いていた。
 「お前が長男なら……、 ヴィンセントやエドワードの執事と言うのは変じゃないか?」

 フランシスはジロりとジェラルドを見た。
 「ジェラルドさん、 誰が長男だと言いましたか? 単なる邪推に過ぎませんね。
 私ならただ雇われた執事に過ぎませんから」

 疑惑と言う視線をフランシスに向けたジェラルド。
 「はぁ……、 意地でも兄と認めないと言う顔だな。 何か色々訳でも有るんだろ。 お前さん達のオヤジさんは今どうしてるんだ?」

 「何も答えられませんね。 ところで……、 見廻りに出られた報告を」

 「あぁ……。 近々……現われるだろ」

 フランシスは微かに溜息をついた。
 「やはり」

 「ヴィンセントは大丈夫なのか? アイツ、 かなり魔力の変動が解る。 敵から攻められたらどうなるか」

 苛立ちを抑える様に答えるフランシス。
 「貴方に言われるまでもない! ……これにて」

 一瞬立ち去ろうとするフランシスだったが背を向けてジェラルドに話した。
 「ジェラルドさん、 決して、 余計なことをお喋りになられぬ様」

 安易に近付けない厳しい硬い口調から、 まるで、 薔薇の棘を思わせるフランシスだった。

 フランシスがフロアから去った後、 ジェラルドは独り言を呟いた。
 「キザな野郎だぜ、 まったく。 三兄弟揃って冷静に見ると確かに似てるな。 違和感……。 兄弟を隠すせいだった訳か。
 我々ヴァンパイアは……、 多かれ少なかれ重い荷を背負っているからな」


 翌日、 ヴィンセントは一度も部屋から出て来なかった。
 一階リビングに居たフランシス、 エドワード、 ジェラルド、 シェリーは黙っていた。

 ジェラルドが先に話した。
 「アイツ大丈夫か? 全然出て来ぬ。 ……フランシス、 どうなんだ?」

 横目にジェラルドを見たフランシスは醒めた口調で答えた。
 「先程紅茶を御運びをしましたが? ただ貴方に会いたくないだけではないですか」

 「俺がアイツに何をしたっ?」

 エドワードが宥めた。
 「いい加減仲良くしたら? お二人さん」

 いつもなら、 リビングで寛いでいるヴィンセントが居ないせいか、 気になり始めるシェリー。
 「……」
 

 深夜

 ヴィンセントはまだ自室に篭り、 蝋燭数本の暗がりでぼんやりしていた。
 「フ、 何が領主だ……。 魔力の変動する主など……領土一つ満足に守れない主など……領主でない」

 月明かりを窓から受けながらヴィンセントは一人力なく、 自嘲をした。 

 やがて、 床に赤い魔方陣を出し左手を陣に翳して座る。 横柄な態度ではなかった。 何か決する顔。
 陣と調和するように赤い瞳に光が増す。

 強い魔力を帯びたヴィンセントは、
 徐に立つと部屋にある大きな窓を左右に開け、 月の明かりを浴びマントを翻した。
 窓から空へ飛び立とうとしたところで扉をノックする音がした。
 「何だ」
 
 ヴィンセントは不機嫌な口調で答えた。
 シェリーは、 部屋から出ないヴィンセントを気にして様子を見に来た。
 「どちらへ……?」

 冷たい口調で話すヴィンセント。
 「お前に関係ない。 屋敷に残るなり村に帰るなり好きにすると良い。 目障りだ、 この部屋から出ろ」

 シェリーは、 ヴィンセントがこの屋敷を一人で出て戦うのだと直感をした。
 「お止め下さい!」

 ジロりとシェリーを睨んだ後、 低い唸る様な声で答える。
 「何だと?」

 赤く底光りを放つヴィンセントの瞳。 怒りも有るがそれ以上に深い悲しみと底知れぬ絶望を秘めた、 悲痛な瞳だった。
 恐らく六百年前に暴れたヴィンセントは今と同じ状態だったに違いない。

 だが、 シェリーは恐れなかった。
 「この屋敷から御一人で出られるなら……、 貴方と一緒に行きます!!」

 「お前……、 何を言っているか解っているのか? 立ち去れと言った!」

 シェリーは、 ここでヴィンセントと離れたら二度と会えない気がして傍に駆け寄るとヴィンセントの冷たい手を握った。
 「私……、 人間だから……、 そんなに心は強くないのです。 いいえ、
人間だけに限らず……、 一度魂を得たものなら皆同じだと信じています! 滅びる方法ばかり選ばずに生きる方法を選んで下さい!」

 たった一人で敵に立ち向かうと言う無謀なヴィンセントに、 泣きながらシェリーは、 正面から抱きついていた。

 初め、 あれ程にヴァンパイアを恐れていたと言うのに。
 シェリーを此処まで変えたのは、 ヴァンパイアの妖しい魔力と言うのか。
 いや違うだろう。 ……それだけでない筈だ。
 魔力の他にも例え様のない何かあるのであろう。

 黙ったヴィンセントだったがボソリと呟いた。
 「ここから先は闇しかない。 後悔しないな? どうなっても知らんぞ……」

 頷いたシェリーをマントの中に抱いたヴィンセントは、 夜空へ飛び出した。

 ヴィンセントの向かう先は、 インフェルノと魔界の境界線である、 古い陸橋で下っ端魔族の溢れ出る中心に向かっていた。

 

 一方、 屋敷でエドワードとジェラルドが大騒ぎしてフランシスの部屋に居た。
 「フランシス! 大変だ! 兄さんとお義姉さん屋敷に居ない!!」

 しまった、 と言う表情を浮かべるフランシス。
 「……」

 ジェラルドはフランシスに怒鳴った。
 「お前さん執事だろ! 何やってんだ、 見張ってないとアイツ危ないぞ」

 フランシスはジェラルドに言い返した。
 「主を見張る? それは、 役目じゃないですから」

 「確かに。 それで? アイツら何処に居るか大体解るか?」

 フランシスは懐から懐中時計を取り出すと蓋を開けた。 赤く光る懐中時計文字盤にヴィンセントの居所を示す位置へ針が動いた。
 「陸橋……」

 ジェラルドは思わずフランシスの懐中時計に感心をした。
 「お前さんの懐中時計、 変わった時計だな。 強い魔力を感じる……、 と、 感心してる場合じゃないな、 俺らも行くぞ。 しかし……、 エドワードまだ一人で移動できぬならば俺とミカエルに乗るか?」

 フランシスはボソリと呟いた。
 「その必要ありません。 エドワード様、 床に陣を出しますから私と手を陣に翳してくださいませ」

 フランシスは、 赤く光る懐中時計を床に近付けると赤く発光する陣を出した。
 「エドワード様、 私の正面で今……、 手を」
 
 フランシスに言われる様に左手を陣へ翳すとエドワードの瞳は更に深い緑色に発光した。
 あまりに強い魔力を受け一瞬、 狼の様に唸ると牙を出すエドワード。

 魔力……。 それは、 すなわち強烈な破壊エネルギーでもある。

 フランシスは、 エドワードとジェラルドに合図を送った。
 「向かいます」

 陣が発光する中、 フランシスとエドワードはその場から消え去った。


 残されたジェラルドは独り言を呟いた。
 「何だかんだと……。 あの素晴らしい呼吸。 やっぱ兄弟だな。 他人だとああ迄ならん。 俺もミカエルと向かうか……。 ヴィンセント……無茶するな」

 ジェラルドは、 庭に出て、 ミカエルに乗ると姿を消した。


 陸橋からやや離れたところ迄飛んだヴィンセントは一旦、 森の中に降りシェリーに聞いていた。
 「慣れない空で疲れたろ? この先に小さな小屋がある」

 周辺真っ暗な闇の森を歩いていると、 小さな小屋があった。
 誰も住んで居ない、 長い間空き家の様で見るからに古い小屋だった。
 「寒さ程度なら……、 この小屋でなんとかなるだろう。 人間であるお前に野宿させる訳にいかんからな」

 小屋に暖炉が一つ有った。 シェリーは薪になる何か取りに出ると言ったが、 
小屋の外へ出たヴィンセントが枝を拾って、 暖炉に火を灯した。
 「これで良いだろう……」

 暖炉に灯される明かり一つで沈黙が暫く続いていた。

 先に言葉を紡いだのはヴィンセントだった。
 「お前……、 先程私に生きる方法を選べと言ったな。 確かに。 
 我々ヴァンパイアは……、 二つの方法を常に選択している。
 一つ目に……お前の言う生きると言う選択だ。 それを選ぶからこそ生き残る為に敵と戦う。
 二つ目。 ……抑えられない破滅への衝動がある。 それがある為に六百年前、 暴れたと言う訳だ……。 だが、 今回は違う。 領土を取り返す為だ」
 
 狭間で揺れるヴァンパイアの霊魂には、 まだ人間の香りを僅かに残していた。
 人間であるシェリーは、 何も言えなかった。 

 「とりあえず、 今夜、 眠りなさい」
 ヴィンセントはシェリーに背中を向け頬杖を付いて床に座っていた。

 シェリーは慣れない空の移動で疲れたのか、 暫くすると眠ってしまった。
 すやすやと寝息を立て眠るシェリーを見たヴィンセントは、 優しく頬を少し撫でた。
 「私は領主。 やはり、 人間のお前を連れて行けない。 この小屋からお前の村は然程に遠くない。 目が覚めたら……村へ帰れ。 私の全霊でこの領土を魔族から取り返す。 お前達に幸せを」

 
 まだ僅かに暗い夜明け前にシェリーは目を覚ました。 小屋にあった古い麻が数枚程シェリーに掛けられ、 暖炉に灯された火は暫く前に消えていた様だ。

 シェリーは慌てて表に出たが、 ヴィンセントの姿はなかった。
 明るいせいか、 村に近いところだと知るシェリーだったが、 村に向かわず無我夢中でヴィンセントの後を追った。
 「どうして……?」

 
 一方、 小屋に着いたフランシス、 エドワード、 ジェラルド。
 フランシスは冷静だった。
 「この辺に居た様だ」

 ジェラルドは、 フランシスとは違い、 緊迫をした表情だった。
 「一足遅かったか……。 マズイんじゃないのか? フランシス!」

 やや余裕の笑みを浮かべながら答えるフランシス。
 「ジェラルドさん、 ヴィンセント様はそれ程軟な方ではございません。
 移動します」

 

 その頃、 陸橋に向かってシェリーはただ森の奥へと走った。
 シェリーの走る方向から凄まじい閃光が垣間見え、 陸橋に近いところで激しい爆音がした。

 溢れ出る魔族の下っ端を次から次へ空中から赤い閃光を放ち消滅させるヴィンセントの姿があった。

 シェリーの姿を確認したヴィンセントは焦り、 思わず怒鳴った。
 「村に帰れ!!」

 シェリーに気を取られ、 一瞬強い魔力が弱まった隙を狙い、 先日負傷をしたヴィンセントの肩へ目掛けてどす黒い閃光を魔族の一味から放たれた。
 「うっ」 

 地上に落下するヴィンセント。
 「ヴィンセント様!!」

 悲鳴に似た叫び声を出すシェリーは、 ヴィンセントに近寄ると背負い、 一旦、 森
へ逃げた。

 魔族達から離れたところへ懸命に移動をするが、 ヴィンセントは重い鉛の様であった。
 隠れられる場所も他になかった。 

 横たわるヴィンセントの傍にシェリーは、 ただ座りこんで居た。

最終章( 1 / 1 )

赤い薔薇のノクターン

 それから夜になった。 動かないヴィンセントを前にシェリーはうな垂れた。

 「ヴィンセント様……、 ごめんなさい……」
 シェリーから零れ落ちた涙はヴィンセントの頬へ伝った。

 「私を名前で……、 呼んでくれるのか? ……シェリー」

 「ヴィンセント様?」
 初めてヴィンセントは、 シェリーと名を呼んで涙を頬から拭う。
 「泣いている顔は……、 見たくないのだ。 さぁ……微笑んで欲しい」

 無理に微笑んだシェリーだが今度涙ばかり零れた。
 「大丈夫ですか……?」

 「あぁ、 ……大丈夫だ。 お前の声で目覚めた……。 フランシスめ。
 シェリー、 お前を選んだ理由が解った。 アイツ今の私に必要な存在を知って居たんだな……」

 まだ動ける筈もない。 かなり負傷していた。
 「村に帰れと言っただろう? なぜ?」

 「ただ一緒に居たい……それ以外に理由もありません」
 
 ヴィンセントは微かに笑った。
 「私の様な魔物と居たいのか? ……変わった娘だ」

 ちらほらと粉雪は又舞い始めた。
 「ヴィンセント様、 ……クリスマスに美味しいケーキを食べてほしい」

 「……私に生きろと……? それも良いかも知れんな。 今日クリスマスか。 
 シェリー、 今一度問う。 私を選んで後悔をしないな?」

 決意を固めた瞳でヴィンセントを見たシェリーはただ頷いて微笑んだ。
 
 「……このまんま此処に居る訳にもいかぬ。 シェリー、 左掌を出せ」

 シェリーの左掌が重なった時、 ヴィンセントは何も無かった様に起きた。
 
 そこへ、 後から追ってフランシス達が現われた。
 ジェラルドはミカエルに乗った状態で話す。
 「一人でウロウロするな、 面倒な男だぜ……。 動けるか?」

 「あぁ」

 ジェラルドはミカエルから降り、 魔族を討つ策を話した。
 「敵は陸橋の下で固まっている。 俺が真っ先にミカエルとド真ん中へ走るから、 散り散りになった魔族をお前ら三人で掃除しろ。 シェリー、 岩陰に隠れてるんだ。 出ると
危険だからな」

 シェリーはミカエルを撫でた。
 「ジェラルドさん……、 ミカエルの正体って」

 ジェラルドは、 俯いた。
 「俺のパートナーさ。 俺を慕い……まだ自分は生きているんだと思って居る……。
 そう言う奴さ……」

 人間であるシェリーは、 ミカエルの無邪気な瞳から穢れない黒い馬にしか見えなかった。

 ジェラルドは、 ミカエルに乗ると、 振り返った。
 「必ずだぞ……後で皆又会おう」

 ミカエルの手綱を握り勇ましく、 派手なマントを靡かせ走り去るジェラルド。
 見る見るうちにスピードを増すミカエルは、 魔族の中心へ走ると、 ジェラルドは蒼く光る剣を懐から抜いた。 同時に魔族達は、 散り散りに飛ばされ放り出された。

 フランシスは、 ジェラルドの豪快さから呆気に取られた。
 「馬鹿な。 ……あの男ホントにやりましたね」

 ヴィンセントは笑った。
 「エドワード戦えるか?」

 「フランシスに力を分けて貰ったから」

 「ヴィンセント様、 エドワード様、 私の全てでお二人を援護します」

 このフランシスの話し方には、 ヴィンセントは以前から違和感を覚えていた。 しかし、
今は、 魔族を消滅させる方を優先だった。
 「行こう」

 ヴィンセントとフランシスは上空から、 エドワードとジェラルドは地上からとなった。

 ジェラルドは陸橋を走り、 次々と魔族を消滅させる。

 エドワードの魔力はまだ然程に強くない。 ある程度魔族を消滅させても防ぎきれなかった。
 それを知った魔族の一味がエドワードに攻撃を仕掛け、 閃光を放った。

 フランシスの脳裏に幼少の記憶が走る。
 『お兄ちゃんは、 大人になったらきっと屋敷に帰って父上やお前達を守るから』

 反射的ににエドワードを庇い、 フランシスは閃光を受けながら岩陰に隠す。
 「フランシス!!」

 ジェラルドがフランシスを掴んで陸橋の古い柱に移動した。
 「大丈夫か?」

 「大丈夫です。 ……まさか貴方に助けられるとは。 不覚な」

 ジェラルドは安心をした様に皮肉を言った。
 「強がり言ってる場合か? 今のお前さんは兄の顔だったぞ」

 「まだそんな戯言を。 執事である任務を行う。 それだけです」


 ヴィンセントは今までと違う安定したエネルギーになっていて魔族を次々と消滅させていた。

 身元をジェラルドに隠し続けるフランシスだったが、 シェリーと絆を深め安定したヴィンセントを確認したせいか安心した様に話した。
 「大丈夫なようだ……。 ジェラルドさん、 貴方に父の救出を手伝って貰います」

 驚いたジェラルド。
 「捕まってんのか? オヤジさん」

 「長い間幽閉されていまして。 ここは……ヴィンセントに任せられます。 
 陸橋を越え魔界へ。 行けますか?」

 「馬鹿にするな。 ミカエルは……天でも魔界でも」
 「そうでしたね」

 魔界に向かうフランシスとジェラルド。
 魔界に下りると、 暗い城が有り魔族達が全部地上にいるせいか、 静かだった。

 更に地下に降りると古い牢があり、 弱っているが威厳を保つヴァンパイアが一人居た。
 フランシス、 ヴィンセント、 エドワードの父、 アランだった。 
 「父上!」

 フランシスは錠前を壊し外すとアランを背負った。
 弱っているのは、 長い間幽閉されて居たと言う理由もあるが、 魔界にある淀んだエネルギーの影響と言う極悪な環境で、 自分の魔力を使いながら我が子に謎の紅茶に似た成分を作
っていた為である。
 「フランシス……、 本当に辛い思いをさせたな。 人間だったまだ幼いお前を……、 
 執事養成学校に預ける為に……私の家族から名を外し、 相応な齢になる迄……、 従兄弟にお前を預け……家族に愛されるという感情さえも与えられずに過ごさせてしまった。 
 フランシス……、 本当に悪かった。 悪い父だ私は」

 フランシスの安易に他人を寄せ付けない理由も、 明らかとなった。

 移動しながらフランシスはアランに黙る様に話しをする。
 「父上、 今そんな話をする場合じゃありません」

 魔界から出ると既にヴィンセントは、 魔族を全部消滅させていた。
 さすがに領主だと思える行動である。

 まだ謝るアランにフランシスは答え続けていた。
 「仕方なかったではありませんか。 当時争い絶えず屋敷は不穏な状態でした。 私が執事になったと言うのは、 父上が悪い訳ではありません」

 「大人になったら再び長男として屋敷に迎えると言う約束も……、 生きて叶えられなかった」

 「父上! いいですから、 ……済んだ話をしないで下さい」

 ジェラルドは、 フランシスが蝙蝠で通信していた相手が父・アランだと知った。
 「……」

 アランとフランシスのやりとりする話を聞いたヴィンセントとエドワードだったが、 然程に驚かなかった。
 「父上……、 大丈夫ですか?」

 「ヴィンセント……、 エドワード、 お前達二人の兄はフランシスなんだ」

 ヴィンセントはアランを気遣っていた。
 「ええ。 時に記憶に現われましたから……」

 エドワードの記憶は蘇った。
 『偉くなったら必ずこの屋敷に帰って父上やお前達弟を守ってやるから、 父上や
 ヴィンセントの言うことを聞いて良い子で待ってろ』

 ヴィンセントはフランシスに伝えた。
 「兄上、 長い間……執事と言う名目で私と城を見守られ本当に御疲れ様でした」

 「又何を言われます、 ……ところで、 ヴィンセント。 領土を魔族から取り返せました。 勿論、 領主を続けられますね?」

 ヴィンセントは首を横に振った。
 「領主を、 正真正銘長男である兄上を後継者に」

 「これからどうすると言うのです??」

 ヴィンセントは、 シェリーを見た。
 「私は……又この土地で暴れてしまった。 此処を離れたいと思います」

 フランシスは今度、 シェリーを見た。
 「シェリー、 どうされますか?」

 「ヴィンセント様に付いて行きます……」

 エドワードに尋ねる。
 「エドワードは……、 どうしますか?」

 「僕は……、 此処に居る。 父上兄上と二度と離れたくない」

 フランシスは溜息をついた。
 「相変わらず甘えん坊で。 では……、 今日はクリスマス。 皆でケーキを食べましょうか。 シェリー、 いつかお話になった村の美味しいケーキを頼めますか?」

 シェリーは喜んだ。
 「はい」


 クリスマスの夜。 静寂な雰囲気でテーブルに蝋燭とケーキが並べられた。
 アラン、 懐かしそうに話す。
 「……クリスマスか。 遠い昔を思い出すな。 楽しい思い出もあり……又、 お前達息子にとって翌日に試練もあった」


 まだ幼いフランシスが執事養成学校に向かう為、 従兄弟に預けられるクリスマスの翌日。

 何も知らないヴィンセントとエドワードはフランシスと離れたくないと我がままを言った。
 それまで、 三兄弟で仲良く暮らしフランシスはその頃から面倒見の良い優秀な長男だった。

 フランシスの別れが本当に辛かったのであろう。 
 ヴィンセントとエドワードの記憶からフランシスを消してしまったのは。

 それを知ったジェラルドは溜息を零した。
 「……フランシス」

 「今は……、 幸せだなと。 こうして居られるのですから。 
 素敵なクリスマスと幸せな未来へ。 それにシェリー、 誕生日おめでとう」
 皆、 静かにシャンパンでクリスマスを過ごした。

 窓の外に降る雪さえ静かだった。

 
 翌日の夜明け前
 ジェラルドはミカエルに乗った。
 「じゃぁな。 まぁ、 色々あるだろう。 達者で暮らしな」

 立ち去ろうとするジェラルドを止めたフランシス。
 「ジェラルドさん、 ……今までありがとう」

 一瞬躊躇うジェラルドだが、 照れ臭いのかあやふやに答えた。
 「よせ。 ……お前から……しおらしい言葉なんか聴きたくない」

 ジェラルドとミカエルは、 消え領土に帰った。
 ミカエルの正体……。 解らなかった。 ……馬であるミカエルに何の罪も無い。
 決して悪い存在で無いと明記しておこう。

 そして、 ヴィンセントとシェリーも旅立った。

 「シェリー、 二人で遠いところへ行こう。 又屋敷を探すか」
 「貴方と同じなら何処でも」

 ヴィンセントはやっとシェリーに話す。
 「私には……生前でも又ヴァンパイアになった後も友人が僅かに居た。 友人は皆私を恐れない。 同じ人だと言い、 私と接してくれた……。 人の命とは何と儚い。
 皆……私を置いて居なくなる。 私は一人取り残される。 それが怖かった。 
 以来、 人を遠ざけた。 お前は……、 ずっと傍に居てくれるか……?」

 「誓います。 ずっと……一緒に」

 ヴィンセントは、 立ち止まった。
 「ならば……お前にも永遠の命を与えよう。 シェリー、 これからずっと一緒だ。
 ……お前さえ居たら充分だ。 私が愛する花嫁」

 赤い薔薇のノクターン……。 辿りついた先は又闇かも知れない。
 しっかりと繋いだ手を二度と離さない様に。 

 哀れなヴァンパイア達の魂とシェリーに、 幸あれ。


 終

望月保乃華
夜想曲と薔薇のヴァンパイア
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