コンピューターの罠

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第一章 盤面の迷宮( 5 / 10 )

 理由は、全くわからない。物理的、力学的には考えようがない、しかし、偶然とは言い難い何かが起こったはずだ。確かに言えることは、その何かが起こったということである。しかし、それが、反対の一方的事象で帳消しになった。どういう訳かまったく再現性を失った。

 いくら考えてみようとしても、まるで雲をつかむ感じになった。考えてみるべき端緒がどうしても掴めない。一つの確からしい事象が、アッ という間にどこかに消えてしまった。

 わたしは、心を落ち着かせようとカップコーヒーを買い、場内のベンチに腰掛けなお思案を続けた。が、それは、心に残るかもしれないような迷宮の出来事となるだけだった。

  わたしは席に戻り、再び、零ファイターのハンドルを握った。盤面にパチンコ玉は、次々飛び出し釘に反射し、絡み、流れていく、

  ギュン 、アクション釘の間を玉がすり抜ける、

  わたしは、思わず、それに反応し、ハンドルを握る手の力を、パッと、急に緩めた。さっきと逆だ。これと考えたわけではなかった。

 同じ事を、また繰り返してみる気はもうなかった。が、そんな衝動だけは心に残っていた。

 万策尽きた、半ば、反射的、苦し紛れ 、やけっぱち行為だった。

 が、どうだ 、拡がった翼は玉を拾うや、その玉を一直線、直接Vゾーンへと放り投げた。宙に描かれる見事な銀色の球体の軌跡、

  ギュルン、ギュルン 、パッと、盤面に溢れるランプの明滅、唸りをあげる電子音、

 オヤッと、わたしは思わずにいられなかった。翼は、次々とパチンコ玉を拾っては、役物の中に放り投げていく。めったやたらと快調な振る舞い、翼に拾われなかった玉さえ、やみくもにアクション釘の間をくぐり抜ける。もう、あらん限りの調子良さ、またもや得たりと、なにもかも機嫌を直した盤面の動きになった。

 すぐには、どうとも解らないこと!?

が、さっきの事と合わせ気になる?

 ギュルン、ギュルン

  翼は連続開閉を続ける。たちどころに、翼に拾われた玉がVゾーンに転がり込む、

  ギュルン、ギュルン 、ためらいのない調子良さ、不調のかげりはことごとに消え去った。調子のつぼを射ったかのようだ。

  その回、パチンコ玉は、淀みを見せず、快調に満了の八回までVゾーンに入った。翼の連続開閉は終わり、入賞の勢いの余韻のように翼はなお調子強い単発のアクションを繰り返す。

 しかし、なかなかVゾーンに決まらない。

 素早い玉の動きに目をやりながら、役物の右の穴、左の穴に転がり込むのをわたしは見つめた。しだい、じれったく感じる。

 スッと、アクション釘の間を玉がくぐり抜ける、ギュン と、翼が開きだす、

 パッと、また、わたしは、ハンドルを握りしめる指の力をいきなり緩めた。

 すると、どうだ!

 その瞬間、玉が翼に拾われたと見るや、一直線、Vゾーンに入りこんだ。

  ギュルン、ギュルン 盤面の激しいランプの明滅、唸りをあげる電子音、

 これはっ!

  わたしは、見失ってしまったものを、また見つけ出した気がした。さっきとやることは違うが、偶然とは言い難い何かがありそうだ!

 翼の連続開閉は続く。翼は勢いよく鋼球を拾い、ゼロ戦の役物の中に放り投げる。が、今度は、なかなかVゾーンに玉は転がらない。そのまま、十八回の翼の連続開閉が終わってしまいそうな気もする。わたしは、また、ハンドルを握る手の力を、パッ と、緩めた。ハンドルが動き出さないよう、指の形はそのまま、ぎりぎりに余分な力を急に抜く。

  刹那、翼に拾われた玉は、宙空に緩い軌跡を描いてVゾーンの穴にスポッ と入りこんだ。

  ギュルン、ギュルン

  握る拳の力を急に緩める、即、翼が開きだす、わたしの所作と盤面の動作は絶妙な間合いで繋がっている。まるで指示どおり、この電動式パチンコ台という機械は、動作しているっ!

 が、その理由はわからない。

 どう考えるべきか、まったく見当はつかない。が、何かの現象が起こっているのは確かだ。

  盤面は絶好調だ、迷いなく翼は玉を拾い、次々と役物の中に玉を放り投げていく、パチンコ玉は、右の穴に転がり、左の穴に入りこんでいく。しばし、わたしは、ただひたすら真剣な思いになってそれを見まもった。が、やはり、パチンコ玉は、Vゾーンに入らない。わたしは、また、握りなおしたハンドルの指の力を急に抜いた、

  ギュルン、ギュルン ものの見事、パチンコ玉は指示どおり、翼に拾われたと見るや、役物の斜面を転がり、Vゾーンに転がり込んだ。

  その回、そうやって、満了の八回までVゾーンにパチンコ玉を入れることができた。手元にパチンコ玉は溢れかえった。

 ハンドルを握る手を、ハンドルの金具が動かない程度、急に緩めると、必ず玉はVゾーンに入った。やることは逆だが、さっきのハンドルを握る手を急に強めた時とほぼ同じ現象が起こっている。何かとんでもないことになっているっ!

第一章 盤面の迷宮( 6 / 10 )

 今、確かに、前と違って、ハンドルを握る手を急に緩めるという方法は有効だ。

 が、事は単純ではないようだ。また、うまい手を見つけたと喜ぶ以上に、わたしは、何かより深刻なとんでもない思い、電動式パチンコ台の巷言われている事と、まったく別のイメージを感じだした。

 わたしは、さらに真剣な思いになってハンドルを握り盤面の展開を見守った。         

  ギュン、ギュン 、入賞の連続開閉は終わり、なお、調子にのって翼はアクションを繰り返す。が、やはり、パチンコ玉は、真ん中のVゾーンに入りこまない。

 巧みに、パチンコ玉は右の穴に転がり、左の穴に入り、人には計測しがたい鋼球の力学的変化で真ん中のVゾーンだけには転がらない。執拗にそれが続く、しだいに翼のアクションの頻度は減りだす。

 ギュン とアクション釘の間をパチンコ玉がすり抜ける。瞬時、コンピューターは零戦の翼を開く指示を出す。

 刹那、パッ と、わたしはハンドルを握る指を、また緩めた、途端、開いた翼は、空を切って閉じた。

 これはっ、ハンドルを急に締めつけた時と、同じ事の流れ!

 ハンドルを急に締め付けた時、最初、玉は正確にVゾーンに入った。が、それを繰り返すと、玉は、もうVゾーンをなにがなんでも避けだすかのように、決してそこに入らなくなる。

 今度も、まったく同じ!

  次のアクション 、わたしは同じ事を繰り返した。が、やはり、翼は空を切る。ギュン とアクション、わたしは、さらに確かめたくハンドルを握る手の力を急に抜いた。が、翼は空を切る。

 盤面の翼と玉は、わたしのハンドルを急に握る、緩めるという所作に対し、まるで、定められたパターンがあるかのように、同じフローで反応しているっ!

 単純な機械とは、まったく別の動きだっ!

 さらに、わたしは、同じ事を繰り返した。が、もう、翼は、執拗に、わたしの行為に逆らいたがるように空を切る。ついに、盤面全体でわたしの行為に反発するかのように、玉は荒く天釘にぶつかり、翼の回転する周りからパチンコ玉が大きく遠ざかりだした。翼のアクションも、しなくなってくる。そこまできて、わたしは、思わずハンドルから手を離した、

  ヒャッ とした驚きだった。

 瞬時、ハンドルの弾きは、鋼球をはじき出すのを止めた。わたしは、ふたたび、そのハンドルに触れるのをためらった。

 この機械は、わたしの行ったことを正確に記憶し、わたしの新たな行為に反応するかのような動き方をしている!

 この機械は、コンピューターで制御される機械ではないかっ?!

 一定の形で、これという瞬間にパチンコ玉がVゾーンに入っていく盤面の展開と、なにがなんでもそれを拒絶していく展開に、わたしはロボット機械のような精密な制御の可能性を感じた。

 夢にも思わなかった事!

 ありうべからざる事!

 この電動式パチンコ台という機械は、巷言われていることと全く違ってるっ!

 そうだった、台の裏側を見れば、ハンドル部分といわず、コンピューターにつながるコードでがんじがらめ、まったくロボット機械の姿をしている。しばしば、いきなり変化するトレンドの波、時に、一喜一憂、予測不能にめまぐるしく変化する盤面の成り行き、ついつい誘われるようにがんばっても、どうしても金ばかりする調子の波、ふり返ってみれば、この機械はコンピューターロボットではないかと、思い当たることが多々ある。

 だが、それ以上に驚愕せざるをえない思いが、わたしの心をよぎっていた。

 それは、単純に即断するには、あまりのことだった。

 電動式パチンコ台が、たとえコンピューターロボットであるとしても、半ば時代の成り行き、それまでのことかもしれない。が、そう素直に言うわけにはいかない動機があったのだ。それは、このロボットの振る舞い方に関わってくる。

  それは、迂闊に語りがたい事である。

 語ろうとしても、どうしてもできないことなのかもしれない。

 情報を支配する力、時代を支配しようとする力が、その事を支えているのかもしれない。日頃の情報からは、なかなか見聞きすることのない世界が関わってくる。

 しかし、日常的な己の身に関わることまで本当のことが言えなくなれば、やがては、そんな力が支配的になっていくのかもしれない。

 そこに、人とコンピューターの関わりの特殊な領域が浮かび上がってくる。

 電動式パチンコ台を制御するコンピューターは、わたしがハンドルの金具を強く握ったり、弱く握ったりする事に反応するような動きを示した。それは、何か、ハンドル部分の電気的変化とか、ものの弾みの類ではなく、このコンピューターのはっきりしたプログラムを感じさせるような動きだった。

 人が手を握る、緩める、その事自体に、このコンピューターは反応していたのではないか!?

 このコンピューターは人に反応するようプログラムされているのではないか!?

 わたしがハンドルを強く握るという情報に、そのコンピューターは最初肯定的に反応した、が、それが繰り返されるとその情報を厳しく拒絶し始めた?

 そこで、違った情報、ハンドルを握る手の力を抜くと、その情報にコンピューターはやはり、最初、肯定的に反応し、繰り返されると同じくその情報を拒絶しだした?

第一章 盤面の迷宮( 7 / 10 )

 

 そのコンピューターのそんな情報の処理の仕方、プログラムの組み方を考えると、一連の事の流れは自然な感じになる。

 わたしとこのコンピューターは電気的に結ばれ、一つの電気的系を成しているのでないか!?

 電動式パチンコ台というこのロボット機械は、わたしと電気的に一体になって動き回っている!?

 途方もないこと!?

 その時、わたしの心に浮かんできたことは、生体センサー、ポリグラフコンピューター、洗脳装置といったことだった。

 

 ここでの生体センサーとは、かなり限局された世界で取り上げられる生体センサーで、アメリカの数学者が開発した装置である。

 それは、人の生体に電波発信器付きの小さな金属片を埋め込み、その人の生体の電気活動で変調する電波を、コンピューターを使って常に解析するという装置である。

 センサー自体は、きわめて単純、単なる金属片である。

 驚くべき事だが、それによるコンピューターの解析では、その人が喜怒哀楽のどんな心理状態にあるか、何か数学的計算をしているか、あるいは、犯罪と関わるような何かを考え始めているようだとか、その人の心理状態のだいたいの推定のみならず、その人の運動状態、走っているか、歩いているか、じっとしているのかといったことから、その人の姿勢、さらには、その人の見ているおおよその形態まで解ったとされる。

 それで、その生体センサーを、刑期を終えて出所する人の体に埋め込んで、容易に取り出せないよう、心臓の近くとか、中枢神経の近くに入れて、その人が再び、犯罪と関わるような何かを考えている可能性が高ければ、即、対応しようというようなことが、その装置の使い道として提案された。

 プライバシーなど欠片もない、使い道に窮する、恐るべき威力を持った装置である。しかし、こっそり、やたら乱用される可能性だってある。

 それから、ポリグラフコンピューターという装置がある。

  これは人の心理状態を、皮膚電流の変化や、心拍、呼吸といった生理的変化から解析していく装置だが、その歴史は古く、ほとんどコンピューターの歴史と言っていいぐらい昔からある物である。

 普通、コンピューターは、プログラムでガードしたつもりでも、そのプログラムの中身を人に読まれてしまうと、全く無力になり、ただの機械と化してしまう。例えば、パスワードを読まれたりした場合である。

 そこで、コンピューター本体に、そのポリグラフコンピューターを付属させて人の心理内容を解析し、人が、コンピューター本体を使って何か悪さをしそうだと判断したら、そのコンピューター本体の作動を止めるなり、人の意図に対抗してコンピューター本体を守るために使われたりする。

 それで、このポリグラフコンピューターは、人が容易にコンピューターに悪戯できないよう、人の意図に対抗してコンピューターを人から守るものとして万能コンピューターと言われることがある。

  例えば、将棋をするコンピューターがある。しかし、次々と人を手玉にとるその強力なコンピューターでも、一端、人にはめ手を見つけられてしまうと、いともたやすく何度でも人に同じ手で負けてしまう。

  そこで、そのポリグラフコンピューターを、将棋をするコンピューターに付属させ、人が、何かはめ手でコンピューターを打ち負かそうと謀りだしたら、その意図を読みとり通常と違う手を打って人に対抗する というような形で使われたりする。

 それから、洗脳装置、人とコンピューターが一体となった装置といったら、まずそれだ。

  人が何か気にいらないことを考えていそうだったら、即、苦痛を与えるなんて使われ方をする。が、そんな情報はめったに出てこない。

 ジョージ・オーエルの、人類の近未来の悪夢を描いた小説、寡占勢力がグローバルに支配する「1984」の世界では、そんな装置が、支配する側と、支配される側を分かつ武器となっている。

 その様な技術は、1948年ごろには既に開発されていて、それを目の当たりにしたジョージ・オーエルは、その48の数字を逆にして、「1984」と、この年代の頃には、悪くすれば世界の政治的現実はこうなっていてもおかしくないとその小説を書いたとされる。

 コンピューターによる諜報解析の技術が、一方的に使用され、やがて、人の洗脳の世界へと繋がっていく世界である。

 

  電動式パチンコ台を制御するコンピューターは、わたしが手を強く握ったり、弱めたりしたことを識別し、その事に反応してきたのではあるまいか!?

 人がハンドルの金具に触れると、その情報が即コンピューターに流れ込むように、わたしの生体の電気情報も、同時に、そのコンピューターと直結していることが考えられる。

 それ等の情報に対し、同一のフローで反応する図が見てとれる。

 その可能性を考えさえすれば、それまでの盤面の成り行きは最も自然な感じで捉えられる。偶然とも、ものの弾みとも違う、現象通りはっきり形を成すものとなる。

 巷にそんな情報が滅多に出ることはない、かなり統制され半ば隠されたような、そんな回路がこのコンピューターには組まれているのでないか!?

 その時、わたしは、事の流れの中で、その可能性を意識せざるを得なかった。

 いつの間にか意識に染みついた夢中な電動式パチンコへの思い、人の気を引き、熱中させる盤面の展開、が、結局、金ばかりする人を翻弄する手強さ、単純な機械の動きと違う何かが、そこにあったのではないか。

 そうとすれば、電動式パチンコ台というコンピューターロボットは、単にプログラムされた通常のロボットと言われる機械とはまるで違う仕組みになっている。

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和賀 登
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