コンピューターの罠

第一章 盤面の迷宮( 1 / 10 )

 

 

 

 その日、わたしは、昨日に続き、横浜の菊名にある新装開店まもないパチンコ店に入った。

 客は、もう、開店前から店のシャッターの前に並んで、すっかり取り憑かれた連中をはじめ続々と入りだしている。

  平日にどういう連中だという自分を棚に上げた何時もの思いもそこそこに、わたしは零ファイターの島に迷いもなく向かった。

  零ファイターという機種に、わたしは、最近、すっかり病みつきになった。暇ということになれば、まずはパチンコ、そして零ファイターという意識状態だ。一度ならず夢に出てきたことさえあった。

 パチンコ台が、それまでのパチンコ玉を一発、一発指で弾く手動式からモーターで玉を弾く電動式に代わって、人気を博しだしたのが、この零ファイターという機種だった。

 盤面の役物の中心に、ゼロ戦の戦闘機が据わっている。

 パチンコ玉が一発、盤面のVゾーンという所に入りこむや、ゼロ戦の長い翼が、次のVゾーンに入るまで連続的に十八回まで開閉し、それが八回まで繰り返される。

 それまでのチューリップが開いたり、閉じたりする手動式パチンコ台からすれば、驚嘆する盤面の動き方である。

 零戦の役物が始動して一挙に出る玉の量も、雲泥の相違がある。

 けれど、わたしはこの菊名のパチンコ店に通いだすまで、その零ファイターという機種のハンドルを握ったことがなかった。

 戦記物の読みすぎかもしれないが、心理的に引っかかった。

 そんな零戦が、こんな節操のない所に出てきていいのか、という感じだ。

 しかし、パチンコをしていれば、しばしば誰でも直面するが、どの台も、この台も、まったく調子が出ない時があった。その時、わたしがその零ファイターを試しにやってみると、何故か零戦の翼は活発に動きむやみに調子よかった。

 その後も、たびたびそんな具合が続き、その零ファイターの調子強さに誘い込まれるように、ほどなく、わたしは、零ファイターの盤面にすっかりのめり込んでいった。

 三々五々、客のつきだした零ファイターの島にわたしは割り込んだ。

 ギュン 、ギュン

  鋭い電子音、盤面の光の明滅、

  玉を買いハンドルを握るや、ゼロ戦は盛んに翼を広げ期待どおり調子いい。

  なにか、待ってました という感すらおぼえる。いやおうなく眼前の世界に強い期待がわきあがる。

  が、さすがに、翼に弾かれた玉は、ゼロ戦の役物の斜面を転がっても、おいそれとは、真ん中のVゾーンの穴に転げ落ちない。左の穴に転がり、右の穴に入る。

 見た目、弾み踊るパチン玉に、いつ真ん中の穴に転がってもおかしくはないと、盤面に飛び出す一球、一球に、ついつい感じたりするもののなかなかだ。

 パチンコ店に入ってハンドルを握り、何時、最初のVゾーンに入るかは金のかかり加減の重大な問題、最も苦労する思いだった。たまに、すぐ、Vゾーンに入る時もあるが、しばしば、どうにもVゾーンに決まらない。ゼロ戦の台を替えてみても、おうおう同じ具合が続いたりする。ひたすら元手を次々減らしては玉を弾くことになる。この金が、しばしば、取り返しのつかない額になり、深刻な思いが始まりだす。

 がっ、勢い込んだ思いに疑問が懸かりだしたころだった、いきなり、盤面の一発のパチンコ玉が、翼に弾かれたとみるや、コロコロと役物の斜面を転がり、見事、真ん中のVゾーンに入った。

 疑心暗鬼、先の展望を見失いかけたやさき。やっぱり零ファイター、また、期待がよみがえる。

 ギュルン、ギュルン

  盤面いっぱいに溢れる光の明滅、心に刺さる電子音、 翼は、十八回の連続開閉にうつりだした。

  勢いよく玉はゼロ戦の翼に弾かれ、役物の斜面を転がっていく、が、なかなか再度Vゾーンに転がらない、役物の小さいガラスの突起ある斜面を転がっては、微妙に右にそれ、左にそれ、どうにも真ん中の穴に入らない。翼の開閉は十八回目の終わりに近づく、

 あっけなく終わってしまいそう、成り行きにわたしは焦りだした。せっかくVゾーンに入っても、先行きの展開になお気は休まらない。が、その懸念も、なんのその、玉は、再びコロコロと銀色の鈍い光を放って斜面を転がり、うまくVゾーンに落ち込んだ、

 一回しか続かないのでは、やっとこさのVゾーン入賞もどうにもならない。打ち出していく玉が少し増えるぐらいのもの、せっかくの入賞に諦めがたく、またすぐ玉を注がねばならない。わたしは、ひとまず安堵した。さらに翼の開閉の一からの始まりとなる。

  ギュルン、ギュルン

 盤面はますます勢いを得たか、むやみと役物の中に玉が入っていく。こうなると、まるで生き物のよう、これでもか、これでもかと、ひたすら調子強くなる。心は、もう、すっかり光の明滅、脈打つ電子音のままだ。

  ギュルン、ギュルン

  今度は、たちどころにVゾーンに玉が転がりだす、さらに、二度、三度と翼が玉を役物の中に放り投げては、また、Vゾーンに入った。まるで、もう、あらゆる調子の波がそろった感じだ。

  ギュルン、ギュルン ―、

第一章 盤面の迷宮( 2 / 10 )

 さらには、翼の連続開閉中、めったやたらとアクション釘の間を玉がすり抜ける。そこに玉が入っても出玉が僅か増える意味しかない。翼に拾われた玉は出玉が十五個だが、そこは出玉が五個にすぎない。アクション釘の間には、しばしば玉が良く入ったり、なかなかだったり、調子の波に苦労する。が、もう、ためらいも見せず、この際、次々玉がすり抜けていく。かって気まま、何もかもあらん限りの調子良さだ。ちょっとした不思議、が、深くは考えない。ひたすら、玉が出るか、出ないか、いいか、悪いかだ。盤面世界の満願、初っ端の疑念など、影も形もない、うさの一切が飛んでいく。それにつれ、ジャラ、ジャラと、下の受け皿にパチンコ玉が溜まり出す。やがて、小箱に玉が溜まりだした。

  その日、パチンコ屋に入り、出だしはほどほどに良かった。最初の入賞は八回の満了までVゾーン入りを繰り返し、その後も、苦もなく入賞を繰り返した。損と得では大違い、今日、明日の生活に明るさを感じだしてくる。

電気会社で部品の検査技師をしていたが、たいしたことでもないのに、若気のいたり、止めてしまった。が、気にいった勤め先はなかなか決まらず、もう、ほとんど気まぐれなフリーター、なんとかするしかないのアルバイト生活中、何年か忘れていたパチンコという世界にはまり込んだ。

  が、一本調子に行かないのが、この盤面の世界、調子の波はあれよあれよと、どのようにも変わってしまう。

 好調台も、何もかも火の消えかかったように不調になったり、調子強そうでも見掛け倒れで、持ち玉を減らすばかりだったりと、おうおう、正体不明に先行きはとらえどころがない。好、不調のまったく捉えどころのない波に、ついつい、否応なく金を使いすぎる。

 せっかく出したばかりのパチンコ玉だったが、わたしの台はたちどころに元に戻すだけの雲行きになった。しばしば、出した玉をそっくり戻してしまう。パチンコ店を出るまで、結果のほどは容易に定まらない。いつもどおり、新たな難儀が始まった。どうにもパチンコ玉はVゾーンに入らない。なにからなにまで絶好調の盤面の世界にすっかりのめり込んでいたが、一場の夢から覚めたように、急に様変わりしたことの成り行きに、しだいにわたしは焦りだした。

 ギュン、ギュン

  鋼球はアクション釘をすり抜け、その信号は瞬時コンピューターに流れ込み、即ゼロ戦の翼をはためかす。が、又、なかなかVゾーンに決まらない。さっきから、執拗にそればかりを繰り返す。

 この辺が勝負の分かれどころ、そのまま、Vゾーンに玉は転がらず、たちどころに一転、溜まった玉を無くし盤面のあらん限りの調子良さも見てくれだけの結果に終わる。どっちに転ぶか、持ち玉が増えていくか、無くしてしまうか、何時もハラハラものだ。よってすがるは、跳ね飛び、めくらめくパチンコ玉へのわずかな期待。

 ギュン、ギュン 、どうだ、今度はどうだっと翼に弾かれる玉に期待はするものの、役物のパチンコ玉は、その斜面を転がっては、右の穴に入り、左の穴に入る。知ったことか、とばかりに、真ん中のVゾーンの穴だけにはどうしても入らない。その計りがたい采配に時に呆れかえる。

 翼はしばしば空を切り、持ち玉はしだいに減りだしていく。儲けたと思ったばかりの玉を、上の受け皿に注いでは、出したパチンコ玉を戻してばかりいる。

 Vゾーンに、さほど苦もなく入った前の調子と大違い、すっかり盤面の世界にのめり込んでしまったが、はしごを外されかけている。いらっ、いらっと、感情ばかりが高ぶり出す。

  よくあることとはいえ、そういう煮え切らない現象に、パチンコ玉がアクション釘の間をすり抜けるたび、わたしは、じっと握っているハンドルを、右に、左に回してみた時があった。

周りを見ても、そんなことをする客は何処にもいない、誰もかれも、じっとハンドルを握っている。わたしはそれが最初不思議だった。パチンコ玉は、推しはかりがたい微妙な加減で、真ん中のVゾーンに転がると感じられたから、何時までもVゾーンに入らないなら、いっそ、玉を弾くハンドルを何とか動かしてみてはどうかと思えた。しかし、それは、この世界のど素人がやることだった。

 確かに、そのハンドルを動かした途端、その微妙な加減だろうか、パチンコ玉が、Vゾーンに入る時がある。また、ハンドルを動かすと、盤面の調子がその時から変わって、アクション釘の間にパチンコ玉が入り易くなったりする時がある。しかし、それで、その調子に乗り同じやり方を繰り返そうとしても、何故か、ほとんど続けてうまくいくことはない。

 それどころか、入らないとなったら、どうハンドルを動かしてみてもパチンコ玉はVゾーンの右にそれ、左にそれるだけで、頑迷に真ん中のVゾーンに入らない。もう、確率がどれほどになろうが、入らないとなったら、入らない。それでも、なお、しつこくハンドルを動かしてみると、調子がすっかり悪くなったように、たいがい、翼のアクションがだんだんしなくなってくる。アクション釘の間をパチンコ玉がすり抜けなくなる。

 たまにやれば、愛嬌よろしく調子が変わる。が、それにつられて、どうがんばってみてもほとんどうまくいかない。ついには、肘鉄をくらう。まことに推し量りがたい。まれには有効なハンドル操作だが、それはその時だけ、同じ事をやろうとしても、あとは、まったく役立たず、期待に反することがかたくなに高まりだしてくる。

 だから、盤面の調子が悪かろうが、どの客も下手にがんばらず、じっとハンドルを握ったままでいる。そうして、しばしば何かの加減、推し量りがたいきっかけで展開が変わるのを待つしかない。常に、軽快な変化を感じさせ、期待を抱かせはするが、たいがい、それだけのこと、薄っぺらな愛嬌を振る舞いはするが、思い通りのことをやろうとしても決して通用しない。

 調子の波はとらえどころなく、時に激しく変化し、時に頑迷に動きを止め、人を翻弄し、人の予測を拒み、めくらめく、釘と玉との絡み合いのようにその正体を定かには明かさない。

第一章 盤面の迷宮( 3 / 10 )

 

 ギュン、ギュン

  小刻みに跳ね返っていくパチンコ玉の偶然の成り行きに、一抹の期待を捨てきれぬとはいえ、翼に弾かれた玉はいつまでもVゾーンに入らない。しだい、しだい、アクションの頻度は減りだす。それにつれ翼は玉を拾わなくなる。出玉も加速して減っていく。ハンドルを動かしてもだめ、これというすべはない。わたしは苛だった。

  そんな時だった、ちょっとしたきっかけで、わたしが電動式パチンコ台の思ってもみぬ正体に気づくことになったのは

 電動式パチンコ台は、釘とバネの加減という、いたるところで聞こえてくるこの世界の謳い文句からは、どうにも考えられないことだった。それは、わたしの想像をはるかに超えていた!

 そこは、何か、見えざる壁で隔たった別の世界、情報下にある、もう一つの世界のようでもあった。わたしは、見知らぬ統制下ある世界に入っていく自分を感じた。

 

 もはや、これまでっ、盤面で一個の玉がアクション釘の間をすり抜けた途端、わたしは、思わずハンドルの金物を握る右手の指を拳を握るように、ギュッ と急に強めた。

  その瞬間、どういうことかっ!

 盤面に踊る一個の玉が、翼に弾かれたとみるや、一直線に空を切りVゾーンに入り込んだ。

  ギュルン、ギュルン

  盤面いっぱいに広がる光の明滅、ゼロ戦の翼の連続開閉が始まった。翼は勢いよく玉を拾っては、役物の中に放り投げていく、

おやっと、わたしは感じた。しかし、ただ、偶然と言うべきまれなことが起こったのか、あるいは、そこに何か必然じみたことがあるのか、わたしには、あえて考えてみるすべのないことだった。

 パチンコ玉は、コロコロと役物の斜面を転がっては、右か、左の穴に続々と入りだす、と見る間に、またも、斜面の中央を下った一個の玉が、そのまま真ん中のVゾーンの穴に入り込んだ、                   

  ギュルン、ギュルン 、唸りをあげる電子音、あふれかえる光の明滅、ものすごい調子良さ、またも、うってかえして盤面は絶好調な成り行きだ。さらに、二、三発、翼が役物の中に玉を放り投げたと見るや、ギュルン、ギュルン と、たちどころにVゾーンに入った。機械は、すっかり機嫌を直した感じになった。

 続々と、役物の中に玉を放り投げては、よどみなくVゾーンにも玉は転がる。  

 Vゾーンへの入賞は、満了の八回まで調子よく続いた。パチンコ玉は、下の受け皿から溢れ、小箱へと移った。盤面の展開は、再び、一挙に増勢へと転換し、とりあえずほっとした。余裕と期待を取り戻し、わたしは、なおハンドルをそのまま握り続けた。

 しかし、Vゾーンに入る調子は、ちょっと前と同じに、またもや、すぐ煮え切らなくなった。ギュン とアクション釘の間を玉はすり抜ける、たちどころに翼の開閉、翼に拾われた玉は、役物の斜面をコロコロと転がっては、右か、左の穴にはいる。とらえどころなく釘に絡み、反射したパチンコ玉を、どの瞬間にゼロ戦の翼が拾って役物の中に放り投げようが、決して真ん中のVゾーンの穴だけには転がらない。しばしば、翼は空を切りだす。

  ギュン 、とアクション、

  刹那、ハンドルを握る指に、ギュッ  と力を込め、わたしは、また、ハンドルを握る拳を急に強めた、

  すると、どうだ 、開いた翼が玉を拾ったとみるや、その玉は、空を描いてそのままVゾーンにスポッ と入り込んだ。

 もののみごと!

 ひとかけらの躊躇いもなく、Vゾーンを狙いすました翼の一打。

  ギュルン、ギュルン

盤面いっぱいの光の明滅、電子音が唸り出す、

 おやっ 、と、また、わたしは何事か感じた。

単なる、偶然?

 が、どういう現象が起こっているのか、はっきりしたことは解らない。わたしのパチンコに関する知識では、ハンドルの金具に、急激な圧力を掛けることと、玉がVゾーンに入ることには、直接結びつくものがまったくない。よほど偶然的現象、おうおうにして心の隅にしまわれ、消えてしまうかもしれないようなこと。

  ギュルン、ギュルン

  翼は、役物に玉を調子強く放り投げる。が、これはいいと思っているのもしばしの間、翼に拾われた玉は、さっきと違って、今度はなかなかVゾーンに入らない。わたしは、また焦りだした。このまま、十八回の羽根の連続開閉が終われば、もう全ては終わり。翼の連続開閉はそこで途切れてしまう。八回まで続く翼の連続開閉が一回で終る。いつもの感じだが、一回だけの入賞なんて尻切れトンボ、減った上の受け皿にパチンコ玉を補給するぐらいなもの。

  ゼロ戦は、その翼を振り続ける、

  ギュッ と、思わず、わたしは、またハンドルを握る指に急な力を込めた、

  すると、どうだ、翼に拾われた一発のパチンコ玉は、またも、空に一直線の軌跡を描いて、スポッ とVゾーンにそのまま入った。目を見張る翼の一打!

  ゼロ戦は唸りをあげ全てが快調、盤面は勢いを増しめったやたらな活況を示しだした。が、何故と思ったところで考えるすべはない。ただ、現象的に、おやっ、という思いがこみあげる。

第一章 盤面の迷宮( 4 / 10 )

 すぐ、ふたたび、ギュッ と、ハンドルの金具を、わたしは強く締めつけた。試してみようという明白な思いが、心に浮かんだ。即、翼が、一発の玉を拾ったとみるや役物の中に放り投げた。コロコロ と役物の斜面をまっすぐ転がったパチンコ玉は、なんと、そのままVゾーンに入った。ギュルン、ギュルン 、何かが起こっているという感じがしてくる。が、やはり、その正体は不明、考えの筋道が立たない。

 わたしは、またすぐ同じことを試みた。すると、翼に弾かれ、斜面をコロコロと転がった玉は、Vゾーンに入った。

  ギュルン、ギュルン

  盤面に溢れる光の明滅、唸りをあげる電子音、

  わたしは、ついに、ハンドルの金具を、ギュッ と強く拳で締め付けることと、パチンコ玉がVゾーンに入ることに、はっきりした因果関係を感じた。しかし、理由はとにかく、それよりも、打算的考えがわたしの心にすぐ浮かんだ。そう間をおかずやらない方が得になる。何発玉を拾おうが、翼は、最高、十八回までは開閉する。

  翼は調子よく玉を弾き、役物の中に放り投げていく。パチンコ玉は、ジャラジャラ と下の受け皿に落ちまくる。翼は、十八回目の開閉に近づく、ギュッ と、わたしはハンドルを握りしめた、

  その瞬間、翼は玉を拾い、またも、玉は一直線、空を横切り、スポッとVゾーンにはまり込んだ。

ギュルン、ギュルン 、予想どおりっ!

  理由は不明ながら、わたしは緊張する思いで、うまい手を見つけたかもしれないとほくそ笑んだ。次の時もそうだった、十八回の翼の連続開閉の終わり頃、ハンドルの金具をギュッと、握りしめるや、玉は、いとも忠実にVゾーンに転がり込んだ。 そして、満了の八回まで、そのことが続いた。

 翼の連続開閉は終わった、 パチンコ玉は、受け皿から溢れ、子箱二箱目を埋めだした。かなりの出玉になった。

 やったっ という思いがこみ上げる、

 何故そうなるのかは、解らない。ハンドルの金具にかけた急激な圧力が、電気的変化を起こしてハンドルの弾きに何か影響を与えたかぐらいは思えても、まったく定かではない。しかし、この際、理由というより結果の確からしさだ。

 秘密めき、真剣な思いが、その新たな方法とともにわたしの心にこみ上げてくる。目先の欲に惑わされ、何かと生活を圧迫していたパチンコでの金の使い込みが、負が正に転換するような有望な展望をわたしはパチンコに感じだした。

 さらに、心機一転、わたしは、ハンドルを握り、ただごとならぬ事が起こりだした盤面に意識を集中し玉を打ち出した。

  ギュン 、さっそく、アクション釘の間をパチンコ玉がすり抜ける。サッと翼は、それに連動して開きだす、 翼は、落ち込んでくる玉を弾き飛ばし役物の中に放り投げる。が、真ん中のVゾーンには入らない。続けて、何度かそれが繰り返される。

  しばしおき、パチンコ玉が、またアクション釘の間をすり抜けた、すかさず、わたしは、ギュッと右手に力を込め、また、ハンドルの金具に急激な圧力を掛けた。

  刹那、振り出した翼はサッ と開いた、

 どうだっ、真剣な期待、

 が、翼は空を切った。パチンコ玉はもってのほかと、翼から大きく外れた。

  アレッ  とわたしは思わず感じた。こんなはずではない、どうしたのだっ

 ギュン と、アクションが続く。即、わたしは、また同じ事を繰り返した。すると、どうだっ、またも、翼は大きく空を切った。

  まるっきり、だめ。アレッ、さっきのことはどうしたんだ、かなり確かなことに思えたが?!

  わたしは怪訝な感じを抱いた。 ギュン と、アクションが続く、わたしは、すかさず、ギュッ と力を込めてハンドルを握り、さらに試した。が、盤面に飛び出した玉は、釘と荒く反射し中心にある役物から大きく離れ、振り出した翼は空を切った。

  これはっ、まったくだめっ!、かえって悪くなる感じだ。

 わたしは、ほんのちょっと前、確信したばかりのことに疑問を抱いた。さっきのことは何だったのか、なにかのまちがいか?!

  どうにも、不思議だ、

 どうだとばかり、ギュン と、アクションは続く、わたしは、即、また、試した。が、翼は、大きく空を切る、

  ギュン と、さらにアクション、

  指に力を込め、 ギュッ と、わたしはハンドルの金具に圧力をかける。しかし、翼は、空を切る。わたしは焦り、怪訝な思いでさらに同じ事を続けた。が、これみよがし、翼は徹底して、わたしの試みをかたくなに拒むように甚だしく空を切るばかりだった。

 まったく、さっきと逆の現象が起こっている、そして、ついに、玉は、アクション釘の間をくぐりづらくなり、盤面の調子は、ガタッと落ちた。

わたしは思わず、ハンドルから手を離した。

 明るい展望がたちまち反転、いたたまれないようにわたしは席を立ち、これということもなく歩きながら、今起こったことを必死に考えようとした。しかし、それら現象をどのように考えればよいか見当がつかなかった。

  最初、確かに何かが起こった。ハンドルの出っぱった金具に、手でいきなり強い圧力を加えると、玉はどういうわけか繰り返しVゾーンに入った。が、その現象は、もう、すっかり無効になった。まるで、その認識が錯覚であったか、偶然の悪戯であったかのように、もう、事態は、霧散霧消しようとしている。わたしは、あごに手をやり、腰に手をやり、場内を歩きながら今のことを考えようとした。

和賀 登
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