合コン殺人事件

 ナオ子は、一刻も早く、話を聞きたくて、フレッジに一目散に駆けて行った。「ハイ、どうぞ。さあ、話してちょうだい。さあ、早く」ナオ子は、夫の肩を激しくゆすった。「待て、待て、まずは、一杯。借りてきたネコみたいじゃないか、おい」伊達刑事は、沢富刑事にグラスを差し出し、ビールを注いだ。ナオ子は、沢富刑事の斜め前に腰掛け、じっと沢富刑事を見つめた。沢富刑事は、ビールを一口含み、喉にゆっくり流し込むと、小さな声で話し始めた。「早合点しないでください。彼女は、単なる友達です。恋人じゃありません」沢富刑事は、俯いてしまった。

 

 伊達刑事は、大きく頷き、ドヤ顔で話し始めた。「まあ、彼女には変わりない。そう、隠さなくていいじゃないか。悪いことをしてるわけじゃなし。どうどうと、付き合えばいい。なあ、ナオ子」ナオ子は、頷き、声をかけた。「そうですとも。その方って、どんな方?どこのご令嬢なの。一度会いたいわ。あなたは、お会いになったの?」伊達刑事は、胸を張って、答えた。「もちろんさ。今しがたまで、話をしていたんだ。とっても、明るくて、かわいい方だ。沢富には、もったいないくらいだ」

 

 ナオ子は、是非会いたくて、うずうずし始めていた。「あら、どこでお会いになってたの。とにかく、仲人は、私たちに任せてくださいよ。約束でしょ」ナオ子は、沢富刑事の顔を覗きこみ同意を求めた。ナオ子は、仲人をすれば、主人の出世は間違いない、と心のそこで、つぶやいた。「奥さん、ちょっと待ってください。もし、結婚するようなことがあれば、お願いします。でも、本当に、お友達なんです。恋人じゃありません」沢富刑事は、話がとんでもないところに向かい、どのように説明していいか、わからなくなった。

 伊達刑事は、腕を組み、仲人をしている姿を思い浮かべていた。「ナオ子、そう、せかしちゃいかん。結婚には、順序ってものがある。相手の御両親にもお会いして、まずは、結納じゃないか」大きく頷いたナオ子は、そっと沢富刑事の顔色を窺って、ビールを注いだ。沢富刑事は、これ以上話をこじらせては、返って誤解を招くと思い、了解したふりをして、話を変えることにした。「そのときは、よろしくお願いします」沢富刑事は、小さく頭を下げた。話を変えようとした瞬間、ナオ子の声が飛び出した。

 

 笑顔を作ったナオ子は、即座に、質問した。「何をなされている方?そのくらいは、いいでしょ」ナオ子は、夫の顔をちらっと見つめた。伊達刑事は、沢富刑事の顔を見つめ、一つ頷き返事した。「タクシー、の運転手をなされている」ナオ子は、一瞬、固まった。タクシーの運転手、ナオ子は心でつぶやいた。そして、小さな声で、問いかけた。「タクシーの運転手、って、あの、運転手さん」ナオ子は、てっきり、代議士か、財閥のご令嬢と思っていた。伊達刑事が、低い声で答えた。

 

 「そうさ、そこらを走っている、タクシーの運転手さ。何タクシーだっけ、あ、そう、YESタクシー。今しがた、彼女に乗せてもらって、帰ってきたんだ」ナオ子は、開いた口がふさがらなかった。「は~~、そうですか。私も、一度、お会いしたいわ」ナオ子は、そっと、沢富刑事の顔を覗き込んだ。「はあ、機会があれば」沢富刑事は、もう、これ以上彼女の話を続けたくなかった。「ワシに任せておけ。こういうことは、あせっちゃいかん。なあ」沢富刑事をちらっと見て、グラスのビールをグイッと飲み干した。

 とっさに、沢富刑事は、事件の話を口にした。「アリバイ、のことですが。やはり、Hがクサイですよ。アリバイですが、夜中の1時ごろ、本当に男性Mと一緒にいたんでしょうか?」伊達刑事は、自分の考えを述べた。「調書によると、Hは、3日の10時ごろに男性Mの部屋を訪れ、翌朝の5時ごろに自分の部屋に戻った、となっている。だから、夜中の1時ごろは、男性Mと一緒と言うことになるんじゃないか」

 

沢富刑事は、腕組みをして、話し始めた。「そこなんですが、夜中の1時に一緒にいたと言う証拠はありますか?男性Mが一緒にいたと言っているんですか?」伊達刑事は、調書を思い出しながら、答えた。「いや、男性Mが、そう言っているとは書いてなかったような。それは、Hの話だ。そうか、1時ごろ、Hが部屋を抜け出したと言うんだな。そして、Sのクビを。そういうことか」沢富刑事は、目を輝かせて、左掌に右手の拳骨をバシッと打ちつけた。「そうですよ、きっとそうです。夜中の1時ころだと、男性Mは、眠っていたはずです。そのすきに、抜け出し、Sをやったに違いない」

 

ナオ子は、運んできたお茶を二人の目の前に差し出した。ナオ子は、神妙な顔で口を挟んだ。「でも、犯人は、男性じゃ。ほら、首の痕跡が、男性って言ってたでしょ。男性たちって、どんな方たちなんですか?」伊達刑事は、頭をかきむしり、大きな声で話し始めた。「そこなんだ。男性たちは、みんな警察官だ。警察官だからと言って、殺人をしないってことはない」沢富刑事は、もう一度確認した。「痕跡が大きかったんですね。Hの手よりはるかに大きかったのですね」伊達刑事は、頷いた。「そうだ。それに、女性の力で、簡単に、絞め殺せるものだろうか?やはり、男性なのか?分からん。一体どういうことだ」

沢富刑事もナオ子も黙って顔を見合わせていた。「こういうことは考えられない。男性Mが、絞め殺したとして、女性Hに口裏を合わせるように命令したってことは」伊達刑事は、顔を振った。「いや、それはない。男性Mと女性Sは、まったく接点がないんだ。つまり、殺す動機がないってことだ」ナオ子は、頷いたが、思いついたように話し始めた。「女性Hに依頼されて、殺したってことは?」伊達刑事は、また、大きく顔を振った。「それもないだろう。警察官たるものが、依頼されたからと言って、殺人は犯すまい」

 

沢富刑事も、同感だった。「私は、やはり、Hがクサイと思います。男性たちには、誰一人、Sと接点がないのです。また、殺す動機もないです。思うに、手の痕跡は、何らかの細工ではないでしょうか?」伊達刑事もそのことには気付いていたが、どうやって、大きな痕跡をつけたか考えていた。そのとき、ナオ子が、ポンと手を叩いた。「あなた、これ見て」ナオ子は、キッチンにかけていき、鍋を掴むときに使う大きなキッチン手袋を持って戻ってきた。「どう、これ」伊達刑事は、手袋を手に取り、頷いき、天井を見つめた。

 

 突然、沢富刑事が大きな声を張り上げた。「そうです、手袋です。こんな手袋じゃなく、ほら、あれです。軍手です。軍手を重ねれば、手は大きくなるじゃないですか。奥さん、さすがですね。きっと、そうです」伊達刑事も、笑顔で飛び上がった。「やっと、なぞが解けたぞ。ヤッパ、あの女だったか。クソ、だましやがって。きっと、しょっ引いてやる」沢富刑事は、笑顔を見せなかった。「待ってください。早合点しては、勇み足になります。確証を掴むまでは、なんともいえません」

春日信彦
作家:春日信彦
合コン殺人事件
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