合コン殺人事件

 伊達刑事は、腕を組み、仲人をしている姿を思い浮かべていた。「ナオ子、そう、せかしちゃいかん。結婚には、順序ってものがある。相手の御両親にもお会いして、まずは、結納じゃないか」大きく頷いたナオ子は、そっと沢富刑事の顔色を窺って、ビールを注いだ。沢富刑事は、これ以上話をこじらせては、返って誤解を招くと思い、了解したふりをして、話を変えることにした。「そのときは、よろしくお願いします」沢富刑事は、小さく頭を下げた。話を変えようとした瞬間、ナオ子の声が飛び出した。

 

 笑顔を作ったナオ子は、即座に、質問した。「何をなされている方?そのくらいは、いいでしょ」ナオ子は、夫の顔をちらっと見つめた。伊達刑事は、沢富刑事の顔を見つめ、一つ頷き返事した。「タクシー、の運転手をなされている」ナオ子は、一瞬、固まった。タクシーの運転手、ナオ子は心でつぶやいた。そして、小さな声で、問いかけた。「タクシーの運転手、って、あの、運転手さん」ナオ子は、てっきり、代議士か、財閥のご令嬢と思っていた。伊達刑事が、低い声で答えた。

 

 「そうさ、そこらを走っている、タクシーの運転手さ。何タクシーだっけ、あ、そう、YESタクシー。今しがた、彼女に乗せてもらって、帰ってきたんだ」ナオ子は、開いた口がふさがらなかった。「は~~、そうですか。私も、一度、お会いしたいわ」ナオ子は、そっと、沢富刑事の顔を覗き込んだ。「はあ、機会があれば」沢富刑事は、もう、これ以上彼女の話を続けたくなかった。「ワシに任せておけ。こういうことは、あせっちゃいかん。なあ」沢富刑事をちらっと見て、グラスのビールをグイッと飲み干した。

 とっさに、沢富刑事は、事件の話を口にした。「アリバイ、のことですが。やはり、Hがクサイですよ。アリバイですが、夜中の1時ごろ、本当に男性Mと一緒にいたんでしょうか?」伊達刑事は、自分の考えを述べた。「調書によると、Hは、3日の10時ごろに男性Mの部屋を訪れ、翌朝の5時ごろに自分の部屋に戻った、となっている。だから、夜中の1時ごろは、男性Mと一緒と言うことになるんじゃないか」

 

沢富刑事は、腕組みをして、話し始めた。「そこなんですが、夜中の1時に一緒にいたと言う証拠はありますか?男性Mが一緒にいたと言っているんですか?」伊達刑事は、調書を思い出しながら、答えた。「いや、男性Mが、そう言っているとは書いてなかったような。それは、Hの話だ。そうか、1時ごろ、Hが部屋を抜け出したと言うんだな。そして、Sのクビを。そういうことか」沢富刑事は、目を輝かせて、左掌に右手の拳骨をバシッと打ちつけた。「そうですよ、きっとそうです。夜中の1時ころだと、男性Mは、眠っていたはずです。そのすきに、抜け出し、Sをやったに違いない」

 

ナオ子は、運んできたお茶を二人の目の前に差し出した。ナオ子は、神妙な顔で口を挟んだ。「でも、犯人は、男性じゃ。ほら、首の痕跡が、男性って言ってたでしょ。男性たちって、どんな方たちなんですか?」伊達刑事は、頭をかきむしり、大きな声で話し始めた。「そこなんだ。男性たちは、みんな警察官だ。警察官だからと言って、殺人をしないってことはない」沢富刑事は、もう一度確認した。「痕跡が大きかったんですね。Hの手よりはるかに大きかったのですね」伊達刑事は、頷いた。「そうだ。それに、女性の力で、簡単に、絞め殺せるものだろうか?やはり、男性なのか?分からん。一体どういうことだ」

沢富刑事もナオ子も黙って顔を見合わせていた。「こういうことは考えられない。男性Mが、絞め殺したとして、女性Hに口裏を合わせるように命令したってことは」伊達刑事は、顔を振った。「いや、それはない。男性Mと女性Sは、まったく接点がないんだ。つまり、殺す動機がないってことだ」ナオ子は、頷いたが、思いついたように話し始めた。「女性Hに依頼されて、殺したってことは?」伊達刑事は、また、大きく顔を振った。「それもないだろう。警察官たるものが、依頼されたからと言って、殺人は犯すまい」

 

沢富刑事も、同感だった。「私は、やはり、Hがクサイと思います。男性たちには、誰一人、Sと接点がないのです。また、殺す動機もないです。思うに、手の痕跡は、何らかの細工ではないでしょうか?」伊達刑事もそのことには気付いていたが、どうやって、大きな痕跡をつけたか考えていた。そのとき、ナオ子が、ポンと手を叩いた。「あなた、これ見て」ナオ子は、キッチンにかけていき、鍋を掴むときに使う大きなキッチン手袋を持って戻ってきた。「どう、これ」伊達刑事は、手袋を手に取り、頷いき、天井を見つめた。

 

 突然、沢富刑事が大きな声を張り上げた。「そうです、手袋です。こんな手袋じゃなく、ほら、あれです。軍手です。軍手を重ねれば、手は大きくなるじゃないですか。奥さん、さすがですね。きっと、そうです」伊達刑事も、笑顔で飛び上がった。「やっと、なぞが解けたぞ。ヤッパ、あの女だったか。クソ、だましやがって。きっと、しょっ引いてやる」沢富刑事は、笑顔を見せなかった。「待ってください。早合点しては、勇み足になります。確証を掴むまでは、なんともいえません」

ナオ子も頷いた。「そうですよ。あくまでも、単なる憶測じゃないですか。何の確証もないんです。それに、どんな殺人動機があるって言うんです」伊達刑事は、腰を落とすと、ぼんやり手袋を見つめた。「そうだよな。あくまでも、憶測に過ぎない。物的証拠は、何もない。アリバイもあるし。何か他に手がかりはないのか?」三人は、お通夜のように黙りこくっていたが、沢富刑事が、静かに話し始めた。

 

「今のところ、何の手がかりもありません。やれることといえば、Hの過去を洗い出し、何か、殺人の動機となるものを探し出す以外ないように思います。もしかすると、HはSに何か弱みを握られていて、恐喝されていたんじゃないでしょうか?」伊達刑事も、頷いたが、過去を洗い出すとなれば、厄介なことになると思えた。「でもな~~、彼女は、課長の・・」伊達刑事は、またもや頭をかきむしり、天井を見つめた。

 

ナオ子は、即座に訊ねた。「課長のって、どういうこと?」伊達刑事は、腹を割って、話すことにした。「おい、誰にも言うんじゃないぞ。Hは、県警本部課長のご息女だ」ナオ子は、小さく頷いた。「そうだったのですか。それは、厄介ですね。ヘマをすれば、一生、ヒラってこと」伊達刑事は、ゆっくり頷いた。「ここだけの話だが、どうも、この事件は、迷宮入りしそうだ。ちょっと、この前、課長に呼ばれたんだが、誰かが、内側から窓を開け、手引きしたと言うことは考えられないか、と言われた。もし、そうだとしたら、雲を掴むような事件になる。こうなると、俺の手には、負えん」沢富刑事は、唖然とした顔でナオ子を見つめた。

春日信彦
作家:春日信彦
合コン殺人事件
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