合コン殺人事件

ナオ子も頷いた。「そうですよ。あくまでも、単なる憶測じゃないですか。何の確証もないんです。それに、どんな殺人動機があるって言うんです」伊達刑事は、腰を落とすと、ぼんやり手袋を見つめた。「そうだよな。あくまでも、憶測に過ぎない。物的証拠は、何もない。アリバイもあるし。何か他に手がかりはないのか?」三人は、お通夜のように黙りこくっていたが、沢富刑事が、静かに話し始めた。

 

「今のところ、何の手がかりもありません。やれることといえば、Hの過去を洗い出し、何か、殺人の動機となるものを探し出す以外ないように思います。もしかすると、HはSに何か弱みを握られていて、恐喝されていたんじゃないでしょうか?」伊達刑事も、頷いたが、過去を洗い出すとなれば、厄介なことになると思えた。「でもな~~、彼女は、課長の・・」伊達刑事は、またもや頭をかきむしり、天井を見つめた。

 

ナオ子は、即座に訊ねた。「課長のって、どういうこと?」伊達刑事は、腹を割って、話すことにした。「おい、誰にも言うんじゃないぞ。Hは、県警本部課長のご息女だ」ナオ子は、小さく頷いた。「そうだったのですか。それは、厄介ですね。ヘマをすれば、一生、ヒラってこと」伊達刑事は、ゆっくり頷いた。「ここだけの話だが、どうも、この事件は、迷宮入りしそうだ。ちょっと、この前、課長に呼ばれたんだが、誰かが、内側から窓を開け、手引きしたと言うことは考えられないか、と言われた。もし、そうだとしたら、雲を掴むような事件になる。こうなると、俺の手には、負えん」沢富刑事は、唖然とした顔でナオ子を見つめた。

沢富刑事は、ポンと手を叩いた。「探るのは、Hではなく、殺されたSです。Sの過去が分かれば、きっとHの過去も分かるってものです。二人は、大の親友じゃないですか。とにかく、殺されたSの過去を徹底的に調べましょう」目を輝かせた伊達刑事は、ドヤ顔で頷いた。「よし、でも、それがだな~。Sの父親って言うのが、市会議員ときてる。これまた、厄介だ。Sは、父親の仲介で、天神のMデパートで働いていた。そう、Hも一緒だ。Sは、化粧品売り場、Hは、婦人服売り場だ。二人とも、職場での評判は、良好だし、これと言って、変なうわさはなかった。とにかく、Sの過去を調べてみるか」伊達刑事は、まず、学生時代についての聞き込みをすることにした。

 

女の直感

 

 Sの調査は、伊達刑事に任せて、沢富刑事は、自分独自の違った角度で調査することにした。翌朝、沢富刑事は、ひろ子にメールした。しばらくすると、10時ごろ、いつものところ、との返信があった。沢富刑事は、さっそく、中洲川端駅近くの吉野家で朝食を済ませ、冷泉公園に向かった。いつものベンチでぼんやりしていると、公園の北東に走る道路にYESタクシーが止まった。しばらくすると、車の前方に立ったひろ子が大きく手を振り、合図した。沢富刑事は、いつものように、笑顔を作り駆けて行った。

 

 沢富刑事は、車に乗り込むと、行き先を告げた。「福岡タワーまで」即座に了解したひろ子は、アクセルをグイッと踏み込んだ。ひろ子はしばらく黙っていたが、口がうずうずし始め、甲高い声で話し始めた。「今度は、どんな事件なの?」沢富刑事は、今回ばかりは、ひろ子が頼みの綱だった。「ちょっと、今回は、是非、ひろ子さんの意見を聞きたいんだ。まあ、なんと言うか、女の直感、と言うやつを」ひろ子は、意見を求められたことに、心が弾んだ。「女の直感ですか。一体、どんな事件なの?」

沢富刑事は、大きく深呼吸し、ゆっくり話し始めた。「運転は大丈夫だろうな。まあ、適当に聞いてくれ。君も知っている事件さ。例の教会での事件さ。県警では、犯人は、男性じゃないかと推測している。でも、彼らには、まったく、殺人動機がないんだ。もちろん、女性たちもない。物的証拠は、まったくないんだが、俺は、親友のHがクサイと思っている。でも、まったく、手がかりがない。Hには、アリバイもある。だが、どう考えても、Hしか考えられないんだ。第一発見者と言うところが、なぜか、ひっかかる。ひろ子さんは、どう思う?」ひろ子は、笑顔で聞き流していた。

 

 「そうね、沢ちゃんの直感もまんざらじゃないと思うけど、でも、何の証拠もないんだし、憶測だけじゃ、どうにもならないでしょ」沢富刑事は、予想していた返事に肩を落とした。「そうだよな。何の証拠もないのに、逮捕令状を取ることはできない。しかも、彼女は、警官の娘ときている、一体、どうすればいいんだ」沢富刑事は、頭をかきむしりながら、激しく顔を左右に振った。ケイカン、とひろ子の耳に響いた瞬間、子宮にビリッと電気が走った。その瞬間、女神の声が脳裏に流れた。

 

「Hが第一発見者と言ったけど、発見したときって、Sの部屋のドアに鍵はかかってなかったの?」沢富刑事は、その質問にハッとした。「そうだ。ドアは、開いていたそうだ。それって、なんだかおかしいよな。男性ならともかく、女性は、鍵をかけるよな」ひろ子は、答えた。「鍵をかけずに寝る女性はいないわよ。おそらく、誰かに、鍵をかけないように言われたってことよ」沢富刑事は、即座に質問した。「誰だよ、いったい」ひろ子は、ハハハと笑い声を上げた。「だから、誰かよ」ひろ子は、沢富刑事のしかめっ面をルームミラー越しにのぞき見た。

ルームミラー越しに見ていたひろ子は、目を輝かせ澄んだ声で話しかけた。「沢ちゃん、女の直感だけど」突然、沢富刑事は、ルームミラーを覗きこんだ。「え、直感って。いったいどんな。聞かせてくれ、早く」沢富刑事は、頭を運転席に突き出した。ひろ子は、ハハハと笑い声を上げると、マックのパーキングに車を突っ込んだ。「そんなに興奮して、沢ちゃんたら。喉、渇いたわ」ひろ子が話し終えないうちに、沢富刑事は、車を飛び出し、オレンジジュースを買うと、飛んで引き返してきた。

 

「さあ、どうぞ。直感って?」オレンジジュースを一口喉に流し込み、ひろ子は、笑顔をルームミラーに向けた。「もう~、沢ちゃんたら、どうしてそんなにせっかちなの」ひろ子は、恥ずかしそうな表情を見せた。「ここじゃ、いや。あそこで話すわ」ひろ子は、エンジンをかけると、しばらく西に向かって走り続けた。沢富刑事は、がっかりして、目をつぶり、気分を落ち着けるために、今朝、ちらっと見た21手詰めを考え始めた。

 

 沢富刑事の耳に甲高い声が飛び込んできた。「ついたわよ。沢ちゃん」沢富刑事が、目を開けると、ラブホのパーキングと思われた。「え、ここって、ラブホ。どういうこと?」ひろ子は、車を降りると、手招きした。「行くわよ。早く」沢富刑事は、なにがなんだか分からなかったが、ひろ子の後を駆けて行った。ひろ子が、部屋のドアを開けると、大きく背伸びした。「ちょっと疲れたの。少し休みましょうよ」中央にある丸テーブルの椅子に腰掛け、沢富刑事のキョトンとした表情を見て、クスッと声を出した。

春日信彦
作家:春日信彦
合コン殺人事件
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