合コン殺人事件

 沢富刑事は、とにかく、直感を聞きだしたくって、椅子に腰掛け、訊ねた。「ところで、直感って、一体、何だよ。早く教えてくれ。頼む」沢富刑事は、両手を合わせ、頭を下げた。ひろ子は、うなじに手を当て、つぶやいた。「汗かいちゃった。シャワー、浴びてくるわ。次に、沢ちゃん」ひろ子は、すっと立ち上がり、シャワールームにかけて行った。10分ほどすると、ひろ子は、バスタオルを巻いて飛び出してきた。沢富刑事にちらっと目をやり、笑顔で一直線にウォーターベッドにかけていき、ジャンプして飛び乗った。「いいわよ、沢ちゃん。ゆっくり、汗流して」催眠術にかけられたように沢富刑事も、言われたとおりに、汗を流すことにした。

 

 沢富刑事が出てくると、ひろ子は、ベッドから手招きした。沢富刑事が、ベッドまでやってくると、ひろ子は、目を閉じた。沢富刑事は、覚悟を決めて、ベッドにもぐりこんだ。ひろ子は、男をゲットできた喜びにしびれていた。沢富刑事は、今後もひろ子の助けが必要と思い、彼女にすることにした。しばらく、セックスしていなかった沢富刑事は、あっという間に射精してしまった。一瞬、まさか、と思ったが、もはや手遅れだった。しめしめと思ったひろ子は、ベッドから飛び起きると、シャワールームにかけて行った。沢富刑事も、すぐ後を追って、駆けて行った。シャワールームからは、ひろ子のキャ~キャ~と言う歓喜の声と勝利の笑い声が部屋中に流れ出していた。

 

二人がテーブルに着くと、沢富刑事は、目を大きく見開き、ひろ子をグイッと睨みつけ、訊ねた。「もういいだろう。直感ってやつを、聞かせてくれ。俺の、彼女になったんだからな」ひろ子は、もったいぶった表情で、ヘヤーブラシで、黒髪をそっと梳いた。「あくまでも、直感よ。いい」沢富刑事は、待ちきれず、手が震えていた。「いいとも、さあ、早く」ひろ子は、一瞬、躊躇した表情を作り、つぶやいた。「彼女、Hだけど、もし、犯人だったら、沢ちゃんに、接近すると思う。間違いないわ。本当に、接近してきたら、Hは、本ボシ」

沢富刑事は、一瞬何のことやら分からなかったが、しばらくすると、ひろ子の言わんとすることが分かった。「そうか。そのときだな。分かった。ヤッパ、女の直感ってのは、すごいな。ありがとう」沢富刑事は、きっと、Hは、何らかの方法で接近してくると睨んだ。とにかく、じっと待つことにした。Hが接近してきたら、彼女の手に乗って、手がかりを掴むことにした。ひろ子は、さらに付け加えた。「きっと、沢ちゃんを陥落しに来るわ。そのときは、相手をしてあげるといいわ。虎穴に入らずんば、虎子を得ず、って言うじゃない」ひろ子は、彼女としての自信に満ち溢れていた。

 

                 Sの過去

 

 二人は、例の中洲新橋近くの屋台で、ちょいと焼酎を引っ掛けると、伊達刑事のマンションに向かった。伊達刑事がドアを開くと、大きな声で叫んだ。「おい、ビール。それと、焼酎」沢富刑事を席に着かせると、伊達刑事は、上着を隣の椅子にポイと置いて、さっそく話し始めた。「おい、驚くな。Sはな、あの名門の小中高一貫校の出身だが、かなりのワルだ。こっそり、教頭が話してくれたんだが、中学生のころ、万引きで捕まったことがあるそうだ。それは、父親の力でもみ消したそうだが。高校のころは、男遊びも派手だったらしく、教師とのエンコウのうわさもあったらしい」

 

沢富刑事は、頷き、Hの素性もなんとなく想像できた。「そうでしたか。と言うことは、Hも万引き仲間と言うことですね。Hは、捕まらなかったんですかね」伊達刑事は、頭をかいて答えた。「いや、Hのことは聞き出せなかった。でも、万引き仲間であったことは、間違いなかろう」沢富刑事は、頷き、話を続けた。「高校を卒業してからは、どうです」伊達刑事は、ビールで喉を鳴らし、答えた。「卒業後は、二人は同じN短大に進学し、学内での問題はなかったようだが、欠席が多く、卒業が難しかったようだ。無事卒業できたのも、Sの父親の力だそうだ。

卒業後は、Sは、市会議員の秘書、Hは、テンチカのブティックに勤めている。Sは、3ヶ月で秘書を辞め、2ヵ月後に、Hと同じブティックに勤務している。二人が一緒に働くようになり、欠勤が多くなり、そのことでクビになっている。特に、男性関係でトラブルはなかったようだ。その後、Sの父親の仲介で、1年前から現在のMデパートに勤めている。まあ、こんなところだ」伊達刑事は、グラスの焼酎を一口すすった。

 

 「お話では、特に気になる点はないようですが、何か、二人には、表には現れない秘密があるんじゃないでしょうか。話がぼんやりしていますが、Sは、Hの何か、弱みを握っていたと思われます。そして、Hの結婚を邪魔していたんじゃないでしょうか?」伊達刑事も、大きく頷き、同意の返事をした。「Sは、かなりの悪女に違いない。きっと、弱みに付け込んで、恐喝していたのかもしれん。万引きの件だろうか?」

 

沢富刑事は、何か他にあるように思えた。「Hは、しゃべられると困るような、何か、弱みを握られていたんじゃないか、と思います。おそらく、Hは、合コンを利用してSを殺害する計画を入念に立てていたと思います。あれは、計画犯罪です」沢富刑事は、Hが犯人であると、改めて確信した。腕組みをしていた伊達刑事は、天井を見上げ、つぶやいた。「でもな~、証拠がないんじゃ、手も足もでらん。どうしたものか」

 

ナオ子は、そっと、夫の横に腰掛け、話に割り込んだ。「あなた、彼女は、課長のご息女でしょ。この辺にしておきましょうよ。これ以上、頭を突っ込むと、一生を棒に振ることになりませんか?」沢富刑事もそのことが気になっていた。「そうですよ。この辺でいいじゃないですか。こんなややこしい事件は、もう、こりごりです。ねえ、奥さん」沢富刑事は、ナオ子の顔をちらっと覗き、小さく頷いた。

 

 伊達刑事も、同じ考えであった。「そうだな。何の証拠もないんだ。いくら、憶測しても、逮捕はできん。もうよそう、そうだ、今日、課長から電話があって、来週の日曜日、遊びに来ないかってさ。沢富も一緒に。本部長も来るそうだ。どうだ?」沢富刑事は、ひろ子の言った言葉が、脳裏によみがえった。“もし、Hがホシなら、きっと接近してくる。”「え、私もですか?それは、ありがたい。喜んでご一緒させていただきます」

 

 ナオ子は、大きな声を張り上げ、立ち上がった。「ほんと、よかったじゃない。今日は、お祝いしましょ。そう、お寿司を取りましょう。沢富さんも、今日はゆっくりなさって」ナオ子は、有頂天になってしまった。課長と本部長に気に入られたと言うことは、出世、間違いない、と心の底で叫んだ。「ハア、お言葉に甘えて」沢富刑事は、改めて、ひろ子が言っていたことを思い出した。“本当に、接近してきたら、Sは、本ボシ。”沢富刑事は、頷いき、心でつぶやいた。ついにきたな。とうとう、Hは、動き出してきたな。今に見ていろ、必ず尻尾を掴んでやる。

 

春日信彦
作家:春日信彦
合コン殺人事件
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