合コン殺人事件

 二人は、しばらく南に向かって歩くと、15階建てのマンションの前にたどり着いた。「え、マンション買ったんですか?」沢富刑事は、伊達刑事がマンションを買ったことを知らず、てっきり、行きつけの焼き鳥屋にでも連れて行かれるものと思っていた。「ア、そうだな。まだ、言ってなかったか。先月、買ったばかりだ。まあ~、カミさんに買ってもらったんだがな」伊達刑事は、頭をかきながらつぶやいた。「へ~~、奥さんのヘソクリって、すごいんですね」沢富刑事は、冗談を言った。

 

 「そう、冷やかすなよ。分かるだろ。カミさんのオヤジさんからのプレゼントだ。俺は、稼ぎが少ないから、同情されたってわけだ」沢富刑事は、さっしがついていたが、皮肉っぽかったので、ちょっと気まずくなり、苦笑いした。伊達刑事は、彼女のことを話したくて、マンションの505のドアを開くと、大きな声で細君を呼んだ。「お~い、帰ったぞ。ビッグニュースだ。驚くな」飛んでやって来た妻、ナオ子は、目をパチクリさせて、尋ねた。「あら、沢富さん。いらっしゃい。そんな、大きな声で。宝くじでも当たったの?」

 

 キッチンの椅子に腰掛けるとマジになって答えた。「おどろくな。重大発表がある。なんと、なんと、沢富刑事に、彼女ができました~」それを聞いたナオ子は、ジャンプして驚き、部屋中に響き渡る拍手をした。「おめでとう、沢富さん。どんな方?何をなされている方?どこのお嬢様?福岡の方?」ナオ子は、沢富刑事の顔をのぞき見て、返事をせきたてた。伊達刑事は、ドヤ顔で、ナオ子を制した。「おい、そう、あせるな。俺が話してやる。ビール。さあ」伊達刑事は、天下を取ったように、ナオ子に命令した。

 ナオ子は、一刻も早く、話を聞きたくて、フレッジに一目散に駆けて行った。「ハイ、どうぞ。さあ、話してちょうだい。さあ、早く」ナオ子は、夫の肩を激しくゆすった。「待て、待て、まずは、一杯。借りてきたネコみたいじゃないか、おい」伊達刑事は、沢富刑事にグラスを差し出し、ビールを注いだ。ナオ子は、沢富刑事の斜め前に腰掛け、じっと沢富刑事を見つめた。沢富刑事は、ビールを一口含み、喉にゆっくり流し込むと、小さな声で話し始めた。「早合点しないでください。彼女は、単なる友達です。恋人じゃありません」沢富刑事は、俯いてしまった。

 

 伊達刑事は、大きく頷き、ドヤ顔で話し始めた。「まあ、彼女には変わりない。そう、隠さなくていいじゃないか。悪いことをしてるわけじゃなし。どうどうと、付き合えばいい。なあ、ナオ子」ナオ子は、頷き、声をかけた。「そうですとも。その方って、どんな方?どこのご令嬢なの。一度会いたいわ。あなたは、お会いになったの?」伊達刑事は、胸を張って、答えた。「もちろんさ。今しがたまで、話をしていたんだ。とっても、明るくて、かわいい方だ。沢富には、もったいないくらいだ」

 

 ナオ子は、是非会いたくて、うずうずし始めていた。「あら、どこでお会いになってたの。とにかく、仲人は、私たちに任せてくださいよ。約束でしょ」ナオ子は、沢富刑事の顔を覗きこみ同意を求めた。ナオ子は、仲人をすれば、主人の出世は間違いない、と心のそこで、つぶやいた。「奥さん、ちょっと待ってください。もし、結婚するようなことがあれば、お願いします。でも、本当に、お友達なんです。恋人じゃありません」沢富刑事は、話がとんでもないところに向かい、どのように説明していいか、わからなくなった。

 伊達刑事は、腕を組み、仲人をしている姿を思い浮かべていた。「ナオ子、そう、せかしちゃいかん。結婚には、順序ってものがある。相手の御両親にもお会いして、まずは、結納じゃないか」大きく頷いたナオ子は、そっと沢富刑事の顔色を窺って、ビールを注いだ。沢富刑事は、これ以上話をこじらせては、返って誤解を招くと思い、了解したふりをして、話を変えることにした。「そのときは、よろしくお願いします」沢富刑事は、小さく頭を下げた。話を変えようとした瞬間、ナオ子の声が飛び出した。

 

 笑顔を作ったナオ子は、即座に、質問した。「何をなされている方?そのくらいは、いいでしょ」ナオ子は、夫の顔をちらっと見つめた。伊達刑事は、沢富刑事の顔を見つめ、一つ頷き返事した。「タクシー、の運転手をなされている」ナオ子は、一瞬、固まった。タクシーの運転手、ナオ子は心でつぶやいた。そして、小さな声で、問いかけた。「タクシーの運転手、って、あの、運転手さん」ナオ子は、てっきり、代議士か、財閥のご令嬢と思っていた。伊達刑事が、低い声で答えた。

 

 「そうさ、そこらを走っている、タクシーの運転手さ。何タクシーだっけ、あ、そう、YESタクシー。今しがた、彼女に乗せてもらって、帰ってきたんだ」ナオ子は、開いた口がふさがらなかった。「は~~、そうですか。私も、一度、お会いしたいわ」ナオ子は、そっと、沢富刑事の顔を覗き込んだ。「はあ、機会があれば」沢富刑事は、もう、これ以上彼女の話を続けたくなかった。「ワシに任せておけ。こういうことは、あせっちゃいかん。なあ」沢富刑事をちらっと見て、グラスのビールをグイッと飲み干した。

 とっさに、沢富刑事は、事件の話を口にした。「アリバイ、のことですが。やはり、Hがクサイですよ。アリバイですが、夜中の1時ごろ、本当に男性Mと一緒にいたんでしょうか?」伊達刑事は、自分の考えを述べた。「調書によると、Hは、3日の10時ごろに男性Mの部屋を訪れ、翌朝の5時ごろに自分の部屋に戻った、となっている。だから、夜中の1時ごろは、男性Mと一緒と言うことになるんじゃないか」

 

沢富刑事は、腕組みをして、話し始めた。「そこなんですが、夜中の1時に一緒にいたと言う証拠はありますか?男性Mが一緒にいたと言っているんですか?」伊達刑事は、調書を思い出しながら、答えた。「いや、男性Mが、そう言っているとは書いてなかったような。それは、Hの話だ。そうか、1時ごろ、Hが部屋を抜け出したと言うんだな。そして、Sのクビを。そういうことか」沢富刑事は、目を輝かせて、左掌に右手の拳骨をバシッと打ちつけた。「そうですよ、きっとそうです。夜中の1時ころだと、男性Mは、眠っていたはずです。そのすきに、抜け出し、Sをやったに違いない」

 

ナオ子は、運んできたお茶を二人の目の前に差し出した。ナオ子は、神妙な顔で口を挟んだ。「でも、犯人は、男性じゃ。ほら、首の痕跡が、男性って言ってたでしょ。男性たちって、どんな方たちなんですか?」伊達刑事は、頭をかきむしり、大きな声で話し始めた。「そこなんだ。男性たちは、みんな警察官だ。警察官だからと言って、殺人をしないってことはない」沢富刑事は、もう一度確認した。「痕跡が大きかったんですね。Hの手よりはるかに大きかったのですね」伊達刑事は、頷いた。「そうだ。それに、女性の力で、簡単に、絞め殺せるものだろうか?やはり、男性なのか?分からん。一体どういうことだ」

春日信彦
作家:春日信彦
合コン殺人事件
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