一巡せしもの―東海道・東国編

安房國「洲崎神社」( 1 / 18 )

安房國一之宮「洲崎神社」01


錦糸町駅4番ホーム。

空は薄く曇り空気は肌寒いが、雨の心配はなさそうだ。

11時24分発の総武本線快速電車「エアポート」に乗り込む。

平日のお昼時とあって適度に空いている車内には、大きなスーツケースを携えた海外旅行客が目立つ。

これから諸国一之宮を巡礼する旅に出ようと思う。

しかも公共交通機関だけを使って。鉄道、バス、船舶、航空機、そして自分の足。

タクシーも一応は公共交通機関だが、あまり使いたくない。

というか、余程のことがない限り使うことはないだろうけど。

一之宮巡礼…略して“一巡”の幕開けは房総半島の先端に位置する安房國一之宮、洲崎神社。

館山駅まで行き、さらにバスに乗り換える必要がある。

12時ちょうど、千葉駅に到着。

内房線に乗り換えるため地下の連絡通路へ向かうと、何と工事中!

元から分かりにくかった駅舎の構造が更に難解さを増している。

案内板を見ては先行く人の後を追ったりして、ようやくホームにたどり着いた。

12時05分発、安房鴨川行き普通列車は先ほどの総武本線とは一転、大層な混み具合。

いくつか車両を覗くが、どれも同じぐらい混んでいる。

そんな中、なぜかポッカリ小さなスペースが空いている車両を発見。

不思議に思いつつもコレ幸いと、そのスペースに身を滑り込ませた。

車中に身を置き初めてナットク。

そこには携帯電話で大声で話をしているイカツいオッサンが大股オッ広げて座っていた。

安房國「洲崎神社」( 2 / 18 )

安房國一之宮「洲崎神社」02


頭髪は皆無で、緑のジャンパーに黒の作業ズボン。

その容貌たるや東京湾から引き上げられたタコ坊主。

いや、坊主にしては身躯がデカ過ぎる。

タコ入道と呼んだほうが相応しいか。

浦安や幕張を闊歩するオシャレな“千葉”県民ではない。

富津や木更津で鳴らした荒くれ漁師の末裔が如き“房総”族である。

「何見てんだタココラァ!」

タコ入道は電話を切ると、そのうち近くの乗客に悪態をつきはじめた。

そんなタコ入道に周囲の乗客は白い目を向け、ヒソヒソ。

「オイそこ! コソコソ喋ってねえで、かかってこいやゴルァ!」

気がついたら、とっくに電車は千葉駅を発車していた。

駅へ着くたび降車客は足早に駆け去り、乗車客はタコ入道を見て目を白黒させている。

「おぃおぃ、誰もオレのこと注意しに来ねぇのかよぉ、情けねぇ奴ばっかしだなぁ~」

もちろん、誰も注意しない。

ただ大声で下品なことを喚いているだけなので放っておいたところで何の差し障りもない。

車内で暴れているとか痴漢を働いているのなら話は別だが。

「あ~あ、ヤクザ屋さんでも喧嘩売ってこないかなぁ~」

電車の中でこうした阿呆をたしなめるヤクザ屋さんなど見たことがない。

もし一緒に警察に連行されでもしたら、下手すると共犯扱いされるのだから当然の話だ。

安房國「洲崎神社」( 3 / 18 )

安房國一之宮「洲崎神社」03


「まったく、俺みたいな奴に注意ひとつできる大人が一人もいないんだから、世の中悪くなるわけだ」

よく言うゼ…とは思うが、タコ入道は悪態をついてはいるのものの、言ってる内容は他愛もない子供じみた戯言。

周囲の乗客は不愉快だろうが、黙って聞いてる分にはユーモアが絶望的に欠落した笑い話に過ぎないのだが。

すると、隣に立っていた高校生ぐらいの男の子がスッと離れ、タコ入道の隣席にサッと座った。

「おじさん、どこまで行くの?」

「俺か? 八幡宿」

不意を突かれたか、タコ入道は意外なほど素直に返答した。

「坊主、高校生か?」

「そう、木更津から千葉まで通ってるんだ」

「千葉までじゃ結構な距離あるなぁ、大変だろ」

「そうでもないよ、慣れてしまえばね」

「偉いなお前。俺みたいな大人になるんじゃねえぞ」

先ほどまでの悪態はどこへやら。

どうやらタコ入道、単に話し相手が欲しかっただけらしい。

それを看破してタコ入道の懐にスッと飛び込んで行った高校生の才覚と度胸に感服。

八幡宿に着くとタコ入道はスンナリ下車して行った。

「おい、さっきオレを見てコソコソ言ってた2人組! お前ら覚えてろよ!」

そう言い残すのを忘れずに。

12時51分、君津に着くと車内はガラガラになった

上総湊の辺りで車窓に内房の海が開けてくる。

海水浴場が近くペンションや別荘が立ち並んでいるが、冬なので人影は少ない。

保田に着くと列車行き違いのため9分停車。

車内の乗客は高校生だらけである。

安房國「洲崎神社」( 4 / 18 )

安房國一之宮「洲崎神社」04


14時ちょうど、館山に到着。

今や都心との連絡は利便性の高い高速バスに席巻され、東京駅と結ぶ特急列車も、ほぼ消滅に近い状況だ。

駅前に出ると平日の昼下がりとあってかマッタリとした空気が淀んでいた。

ロータリーでは客待ちのタクシーが所在無さ気にたむろし、真冬にしては熱を帯びた陽光に発汗さえ覚える。

JRバスに乗り換えるため、ロータリーを左手へ回り込みバス停へ。

半島の先端をこまめに廻る路線と、内陸部を横断して外房に出る路線がある。

洲崎神社へは前者に乗車するのだが、それほど本数が多くないので時刻を事前に調べておくのは必須だ。

停留所では数人の老婆たちが世間話を交わしながらバスが来るのを待ち侘びている。

いや、そんなに焦れるほど待っている風でもない。

待ち寂びてるといったほうか相応しいか。

14時20分、JRバス関東の路線バスは3番乗り場から出発した。

鄙びた駅前通りを抜け、館山城址のある城山公園を経て館山小学校前のバス停へ。

ここで下校する小学生たちが大挙して乗り込んできた。

「◯◯君は次の停留所ね」

「××ちゃん、次で降りるよ」

年長者の女の子が年下の子どもたちを仕切っている。

この世代、やはり女の子のほうが大人だ。

男のガキなんて遊ぶことしか考えていない… もちろん自分を鑑みての話だが。

豊津橋バス停で全員下車していった。

近くに海上自衛隊館山航空基地があるので、そこの子どもたちかも知れない。
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作家:経堂 薫
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