「まずはじめに、すゑさんが言ってた悪魔のようなカウンセラーという言い方なんだが、あれはすゑさんの体験からするとしょうがない言葉なのかもしれない。でも俺も南堂さんもそうは思ってない」
西村は自販機で買った真っ赤真な絵柄の紙コップ二つのうち一つを皆川君に勧めた。
「それどころか、まあ、ああいう言われ方はお前のように春日井先生に特別な思いがなかったとしても、ちょっと気の毒かなという気もする」
春日井先生をフォローするような西村の口調に皆川君は真意を図りかねて、勧められた紙コップ頭を下げて受け取りながら無言で西村を見た。
「お前言ってたよな。
『その通りだね。ずいぶん春日井先生のことをよく分かってるじゃないか』って。あれがどういう意味なのかまだ聞いてなかったよな」
とぼけた顔で西村が話を続ける。
「ところでさっき驚いたろ、南堂さんが一字一句違わずうちの教団の教理を演説してたの」
「はい」皆川君もそれは聞きたいところだったらしく西村の目をはっきり見て頷いた。
「もともと、あれはもちろんうちの教団のオリジナルなわけだけど、南堂さんが独自に考えていた純金投資の考え方とまったく一緒だったそうだ。南堂さんところのお客さんがたまたまうちの信者で考え方がびっくりするほど似てるって話を南堂さんにしたらしい。そこで南堂さんが見学にやってから付き合いが始まったというわけさ」
「同じというと…?」
西村はよく聞いてくれたとばかりに口元を緩めた。
「正しい過去、正しい現在、正しい未来っていうのは信頼によって正しく一本につながって行くっていうのがその考えなのさ」
「一本?バラバラじゃなくて…」
「ああ。生まれたことを肯定し、今の自分を肯定することで正しく未来への道が開ける。抽象的にいうとこんな感じさ。言ってみればすゑさんの娘の愛さんはそこがバラバラに多元化してしまったわけ」
多元化…。ぼくは何となく西村の言おうとしていることがボンヤリと浮かんだ。この僕の体験、この『地下鉄のない街』というカルテに書かれた世界を今こうして生きていること、例えばそれは西村のいう多元化された世界なのではないだろうか?だとすれば僕や姉さんは「正しくない過去、正しくない現在、正しくない未来」に無間地獄のように彷徨う、タイムマシンの故障したタイムトラベラーのようなものなのか?
「さっきの宿題の話なんだけど…」
「うん。そうだ。そこなんだよ。お前は実は気がついてる。春日井先生がやらかしてくれてることっていうのは、あの人と関わりをもった人が、次々と自分勝手な自分の世界を手に入れて、世界がどんどん多元化して、そこにすゑさん親子のような悲劇がうまれるというわけなんだな」
皆川くんは西村の話を聞いて少し顔を歪めた。
「春日井先生が保健室で生徒の話を聞いて、生徒がそれで精神的に蘇生するというのは…」
「そうだね。すゑさん親子の悲劇を学校でどんどん量産しているということに他ならない」
「だから…」
「そう。教団『暁の雫』の未来の正しい後継者としての俺は、それを黙って見てるわけにはいかないということさ」
「タイムパトロール…」「そう。過去を勝手に改変して親子の中をおかしく多元化したりする人物は取り締まらないといけないわけだ。それが春日井先生の過去の言い知れない苦悩の生み出したものだったとしてもな…」