もう一度会いたい。命 そのはかなきもの

妻の死( 2 / 3 )

人生で一番長い夜

 間もなくして長男(18歳)長女(8歳)そしてお義母さんが病院へ到着した。みんな何が起こったのか呆然としている。
 それもそうだ。私だって何が起こっているのか、夢を見ているのか、この現実をまだ自分のこととは受け止められていないのだ。

医者がやって来て

「この後警察が来て、検視があります。奥様のCTを今から撮りますが、屍体解剖はされますか?」

と聞いてきた。

 解剖したからといって妻が生き返るわけはない。むしろ切り刻まれる妻の姿を思うと可哀想で

「いや、解剖はいいと思います。そっとしておいてください。」

 妻はすぐにCT室へと運ばれていった。

「葬儀の準備もあるよ。」

 と言って、妻の弟が手配をしてくれた。
 そうか。葬儀もしなくてはいけないのだ。こんなことやったこともないので何が何だかわからない。今何をすべきなのか、平常心でもわからないのに、こんな頭が混乱している今は何をすべきなのか全くわからない。

 暫くして警察の人が5・6人やってきた。

「旦那様ですか?ご愁傷様です。こんなときになんですが少し質問をさせていただきます。」

 と言って今までのいきさつやら保険のことなどを根掘り葉掘り聞いてきた。
 一緒に同窓会に行った5・6人の同級生の方々も、それぞれに警察の事情聴取齲を受けている。そのうちの一人は、妻が倒れた駐車場に連れて行かれ、現場検証に立ち会わされているみたいだ。

 そうか、警察は他殺の件の可能性は無いか調べているのだ。だから保険のことも私に聞いたのだ、とその時気づいた。保険はすべて妻が管理していたので、私は全くわからなかった。

妻の死( 3 / 3 )

なんで?

 そうなんだ。なんで妻が死んだのかまだよく分かっていなかった。
 CT撮影が終わり、医者に呼ばれた。

「奥様の心臓の周りに、かなりの量の出血があります。これは心臓から出ている大動脈の解離によるもので、これが起こると殆ど即死状態になります。」

 胸骨圧迫を繰り返すたびに、妻の口から血が出てきていたのもそのせいだったのか。

 同級生の人たちに、その夜の様子を聞いた。
 それによると、楽しみしていた同窓会を妻はかなり楽しんだみたいで、飲めない酒も少し口にしたらしい。
 お開きになり、みんなで居酒屋を出てワイワイ言いながら駐車場まで行き代行を待っていると、突然、妻が前にいた同級生の女の人の肩にもたれかかり、そのまま地面に倒れていったという。

 びっくりした同級生の人たちは、すぐに救急車を呼んだが、救急車が到着した時にはすでに心肺停止状態で、救急車の中でもずっと人工蘇生を繰り返していたという。

 妻は、病院の地下にある霊安室に連れて行かれた。病院のスタッフが化粧をしてくれるのだという。
 私はその間に、お義父さんと妻の車を取りに行った。
 私は酒は飲まないので行ったことは無かったが、その居酒屋は病院からすぐのところにあった。居酒屋からその駐車場までは、ほかの店の駐車場を横切り、約50m位の距離があった。

 「ここまでは楽しく歩いてきたんだ。なのに・・・」

 胸が熱くなった。

 その駐車場の真っ暗な闇の中に、ワインレッドの妻の愛車があった。

 「ここで妻は息を引き取ったんだ。」

 と思うと、頭が真白くなりもう何も考えることができなくなった。
 少しずつ、妻が亡くなったことが実感として湧いてきつつあった。

 妻の車を運転して病院へ向かった。
 途中お義父さんの車にぶつかりそうになったり、道がわからなくなったりしたりしながら、それでも何とかふらふらしながらも病院までたどり着いた。

発症( 1 / 4 )

屋久島にて

 妻は血管が弱いという体質があった。
 バレーボールをしてもすぐに腕が真っ黒になっていた。

 8年前、やっと10年ぶりに長女が生まれまだ0歳の時、屋久島の母が亡くなった。
 妻と10歳の長男と3人で屋久島へと渡った。0歳の長女は置いてきた。
 実家で葬儀が終わり、火葬場へと向かった。
 1月4日、山にある火葬場は、南国屋久島なのに小雪が舞うほど寒い日だった。
 火葬場の待合室で一生懸命、お茶を出したり弁当を出したりしていた妻が急に胸の痛みを訴えた。

「病院へ行こう。」

 と言っても

「大丈夫。少ししたらよくなると思う。」

 と言いながら、実家に帰るまで我慢をしていたが、まだ痛いみたいなので近くの病院へ行った。

 病院へ着き、レントゲンを撮ると医者が

「これはここでは対応できない。大きい病院を紹介するのでそっちへ行きなさい。」

 そう言って、救急車を手配してくれた。

 大きい病院は、救急車でも30分位かかったが、私には何時間にも感じられた。
 苦しむ妻の手を握りながら、

「大丈夫だ。大きい総合病院だから心配するな。」

 そう言いながらも、何が起こったのだろう?と私の方が狼狽えていた。

 病院へ着くとすぐに検査室へ運び込まれた。

 看護師が

「今夜はこちらへ入院になると思います。」

 と言うので、明日の船を予約してあったので、一緒に島に来ていた8歳の長男を親戚に電話をし、病院まで連れてきてもらった。

 検査結果が出るまで、かなりの時間が経った。
 妻はベッドの横にいる息子に向かって

「ごめんね。いつもうるさく言ってごめんね。怒ってばかりいてごめんね。お母さんはもうだめだから。」

 と何度も息子に言っている。

「何言ってんの。大したことは無いよ。大丈夫だよ。」

 と、私は怒るように妻に言った。

 医者に呼ばれた。

「奥様の肺にこぶし大の腫瘍があります。鹿屋の自衛隊へ要請をし、奥様を鹿児島の呼吸器外科へヘリコプターで緊急搬送します。」

 腫瘍?ヘリコプターで搬送?そんな馬鹿な。そんなはずはない。

 病院の外へ出て電話しようとしたが、外はみぞれが降り凍えるような寒さだった。電話をしようとしたが声が出ない。寒さの性なのかそれともショックの性なのか。ようやくかすれた声でなんとか親戚に連絡を取ることができた。

 病院へ戻ると

「まもなくヘリコプターが到着します。旦那さんも一緒に乗っていくので準備をお願いします。」

 と言われた。

「え!息子は一緒に乗っていけないんですか?」

「ヘリコプターは一人だけです。それに子供は乗せるわけにはいかない。」

「じゃ。子供はどうすればいいの。」

「規則です。乗せるわけにはいけません。」

 こんな幼い子供を一人だけ残すわけにはいかない。どうすればいいの。
 実家に連絡をすると、明日鹿児島へ帰る予定の兄が、一緒に船で鹿児島まで連れてきてくれることになった。
 息子を病院に残したまま、救急車で飛行場まで行き、ヘリコプターで屋久島を後にした。

発症( 2 / 4 )

鹿児島へ

 ヘリコプターは屋久島を飛び立った。
 もうすでに空は白みがかっており、周りの景色も分かるようになっていた。
 ヘリコプターの中には操縦士と妻と私、そして医者が一緒に付き添ってくれていた。
 一緒に子供も乗せてきたかった。泣いていないだろうか。ちゃんと船で来れるだろうか。
 心配でしょうがなかった。

 妻が、

「私は癌なんでしょう。検査の後に医者の人たちがツモールという言葉を何度も言っていたもの。」

「何を言ってんの。こんな大きいのが癌だったらとっくに死んでいるよ。」

 そうなんだ。これが癌だったらとっくに命はなくなっているはずだ。絶対に違う。
 妻の気持ちを明るい方へ向けようと思い、私はなるべく明るく振る舞うようにした。

「ほら、あれが竹島だ。」

「黒島も見える。」

「こんな機会めったにない。ラッキー。ラッキー。」

 そう言いながら、携帯電話で外の景色を何枚も写真に撮った。
 ヘリコプターは開聞岳を過ぎ、指宿を過ぎ、鹿児島のヘリポートへ無事到着した。
 そこには既に救急車が待機しており、すぐに鹿児島市内をサイレンをけたたましく鳴らしながら、救急車は早朝の街中を総合病院へ突っ走った。

 総合病院につくと、すぐに画像検査やら生検やら慌ただしく検査が始まった。
 その結果、癌ではないことが判明した。肺の外の胸膜外に血腫がたまっているとの事だった。
 悪性ではないのでほっとした。
 ICUに入り、胸に穴をあけ、カテーテルで血腫を外に出したが、最終的に2リットルぐらいの量の血が出てきた。

 担当医に

 「原因は何ですか?」

 と聞くと

 「さあ。何ででしょうかね~。検査的にもあまり異常は無いのですが。」

 2週間ぐらい入院をしたが、退院の時にもやはり同じ返事だった。

 入院中のある日、ICUに入っていくと妻が

 「私ここは嫌」

 と言うので

 「何で?」

 と聞くと、妻が2つ横のベッドを指さす。
 そこには、数人の人たちがベッドを囲み、泣き叫んでいた。

 「おじいちゃん。死んじゃ嫌!」

 「お父さん。頑張って」

 「もう少ししたら息子が来るから、それまで頑張って!」

 そして、窓の外に目をやると、外に並んだビルの壁には、いくつもの葬儀屋の看板が貼られている。

 「私は、ここにいると死ぬのを待っているような気になる。」

 妻は、泣きべそをかくような表情で言う。

 「もうすぐ退院だよ。もう少しの辛抱だ。」

 ほどなくして、胸に手術の傷痕が残ったものの、何事もなかったかのように元気で退院となった。
なべ
作家:八仙坊 参太
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