もう一度会いたい。命 そのはかなきもの

葬儀( 1 / 1 )

通夜

 日が悪いということで、通夜は一日遅れとなった。お陰で妻は一晩、家にいることができた。
 その間に葬儀屋との打ち合わせが続いた。
 頭が回らない状態で、弔問客の数それに合わせた料理の数、料理の内容、また骨壺や祭壇決め、棺桶をどうするか、礼状の文章作成、オードブルやお菓子・飲み物、火葬場での弁当の内容・数など決めなければならないものが山ほどあった。
 何故にこんなに頭がカオスの状態なのに、こんな面倒くさいことを強要するのか。神を恨んだ。

 当初、葬儀屋は

 「弔問客は多く見積もって100人ぐらいで十分ですよ。」

 と言ってきた。それではということで、100人の予算で組んでもらった。
 しかし、通夜の朝になり、

 「100人では足りないみたいです。問い合わせがたくさん来ています。」

 と言ってきたので、200人の予定に変更して、通夜の日を迎えた。

 その日、葬儀屋の車が妻を家に迎えに来た。
 みんなで玄関から妻を運んだ。

 「もう二度と、この玄関から家に帰ってくることは無いんだ。」

 胸が苦しかった。
 10分ぐらいの所にある斎場まで自分の車を運転しながら、何も考えることができなかった。

 「家族を守ることができなかった。妻一人守ってやることができなかった。」
 「苦労ばかり掛けてしまった。死んでしまったのは自分の性だ。」
 「自分が殺してしまったようなもんだ。」

 そういうことばかりが走馬灯のように頭を駆け巡った。

 斎場につくと、控室で待っている間に礼状の校正が待っていた。
 思いつくのはただ

 「ありがとう。今まで本当にありがとう。」

 その言葉だけだった。

 しばらくすると、控室で湯灌が始まった。

 一人ひとり交代で柄杓に水をくみ、足元から胸元まで少しずつ水をかけていく、いわゆる「逆さ水」を行った。

 それから男女一人ずつの葬儀屋の方が、洗顔・洗髪を行い、化粧をしてくださった。

 「髪の毛はどうされますか?」

 と聞いてきたので、遺影の写真を持ってきて、

 「このように、眉に少し髪がかかるようにお願いします。」

 とお願いした。

 化粧を施した妻は、美しく輝いていた。
 亡くなったとは思えない。

 「お願いだから、起きてくてくれ」

 本当に眠りから覚めてきそうな美しい寝顔だった。

 夕方からは、一転して大雨となった。雷もなり嵐の様相だった。
 その状況で、多くの弔問客が来てくれた。
 会葬御礼品や礼状が足りなくなり、追加追加となった。葬儀場での在庫も足りなくなり、他の斎場から急遽運んでもらった。

 私の所へは、僧侶が退場し通夜が閉式となると、弔問客が挨拶に来た。一人ひとり挨拶をし、話をした。
 挨拶が終わっても次から次へと挨拶をする人が絶えない。後ろを見るとびっくりした。何列にも並んで私への挨拶を待っているではないか。最後の人への挨拶が終わる迄、どのぐらい時間がかかったかわからない。

 やっと挨拶が終わり外へ出てみると、まだ大雨が降っている。聞くと、斎場の周りは大渋滞になったらしく、駐車場に車を止めるだけでかなり待たされたらしい。入れないということであきらめて帰った人もいたらしい。

 結局、この日だけで400人近い弔問客が来てくださった。
 本当に有りがたく、妻に

 「お前のために、こんなに多くの方が来てくださった。よかったね。」

 と報告した。

 通夜は、一晩中風と雨の音が鳴り止まず、稲光が時々窓のカーテンの隙間から入って来ていた。
 夜中になって、ようやく弔問客も落ち着き、私も椅子に座ることができた。
 弔問客への接待でくたくただったが、これだけ多くの方々が来てくださったことに心より感謝した。

 「今日来てくださった方々には、いつか恩返しをしなければ。」

 こんな悪天候の中を来てくださった方々に、心よりそう思った。

 外が白みがかったころ、家に忘れ物を取りに行こうと思い、斎場の玄関から外に出た。
 するとそこには信じられない光景があった。
 斎場の前の道路が無くなっている。この大雨でそこは川のようになっていた。
 とてもじゃないが家に帰るのは諦めざるを得なかった。

 皆、妻の涙だと思った。
 妻が死んで一番悔しいのは、当の妻のはずだ。

 「なんで私は死んだの?何で私は死んでしまったの?」

 悔しくて、悔しくて、信じられないのは妻のはずだ。
 この雨と嵐は妻の悔しさと怒りの涙だ、そう誰しもが感じていた。

 斎場の入口の看板には、大きく妻の名前が書いてあった。

 「なんで妻の名前が書いてあるの?」

 「そうか今日は妻の葬式なんだ。」

 まだ、まだ、妻が死んだのがピンとこない。

 斎場の中に入り、妻の式場に入ると、部屋は灯りを落とし真っ暗になっていた。
 その奥の祭壇の中央に、妻の写真だけが灯りがともり、妻を浮かび上がらせていた。
 信長は、父親の祭壇に向かって花を投げつけたという。意図は同じかわからないが、私も祭壇に向かって花を投げつけたい衝動に駆られた。

 「なんでお前の葬式なんだ!」
 「なんでお前がそこに寝ているんだ!」
 「なんで子供たちを残して、何も言わずに逝ってしまうんだ!」

 写真は、仲の良い家族とドライブに行ったときに撮った、非常にいい笑顔のものを、私が選んだものだった。
 その写真の彼女は、ただただにっこりとほほ笑んでいるだけだった。
                                            つづく
なべ
作家:八仙坊 参太
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