午前5時ごろ、2階から長男が下りてきた。
「お父さん。外の様子がおかしいよ。」
窓の方を見ると、窓が明るく輝き光が差し込んでいる。
「隣の家の車のライトだろう」
と言いながら、玄関のドアを開けてみると、そこには今まで見たこともない世界が広がっていた。
ただ明るいというのではなく、空が金色の光でまぶしく輝いている。
まだ日の出には早い。何の光なんだろう。
阿弥陀仏の後ろで輝いている後光のような光が満ち溢れ、空一面がまぶしく輝いていた。
周りの空気さえもキラキラ輝いて見える。
暫し、その神々しい光景に時を忘れて呆然としていた。
「きっとお母さんだ。そこにお母さんがいるんだ。」
ふと我に返り家の中に入ると、そこには布団に寝ている妻がいた。彼女の前には、蚊取り線香みたいなとぐろを巻いた線香が、金属の棒の先にぶら下がっていて、そこから煙が立ち上っている。
妻はただ眠っているように見えた。突然の出来事でとても死んでしまったとは思えない。
顔だって少し微笑んで頬も赤みを帯びている。いつもより安らかに寝ているだけのように見える。ただ寝息だけが聞えない。
妻が亡くなったのは夕べの0時頃だった。
その日は前々から楽しみにしていた中学時代の同窓会がある日だった。卒業アルバムも用意してあった。
しかし、私はなぜかその日、仕事中気分が悪くなり、初めて午後から早退した。
家に帰ると、妻は私を案じて
「同窓会は断るからゆっくり休んでいいよ。」
と言ってくれた。
「何を言ってんの。ずいぶん前から楽しみにしていた同窓会だよ。俺は大丈夫だから行ってきなさい。」
そう言って、私は2階でベッドに横になった。
夕方、目が覚めて1階に降りていくと、妻はすでに同窓会へ出かけていたが、前から準備してあった卒業アルバムがソファーの上にある。
きっと忘れて行ったんだ。持って行ってあげようと思い、電話をすると
「大丈夫。やっぱり持っていくのを止めたから、持ってこなくていいよ」
それが最後の妻との会話になってしまった。
2階で寝ていると、携帯電話が鳴った。
妻からだ。しかし声の主は男の声。
「奥さんが倒れて意識不明になった。早く来てください。」
酒を飲めないのに、飲んで倒れてしまったのだろう。と思い車に乗ろうとすると車の鍵がない。いくら探してもないのでお義父さんに電話をし迎えに来てもらい、一緒に病院へ向かった。
病院につくと、同級生の人たちが悲壮な顔をしてうろうろしている。
「大丈夫だから。椅子に座っておけばいいよ。」
と言うと、お義父さんが
「奥で蘇生をやっている。危ないかもしれない。」
奥の方を見ると、救急隊の人や医者が一生懸命に心肺蘇生をやっているではないか。
「そんな馬鹿な」
奥へ走っていくと、そこには目を見開いたままぴくとも動かない、口から血を流している妻の姿があった。
「お~い。お~い。何してんだよ。起きろよ。」
何度も、何度も妻を呼んだが全く反応がない。
救急隊の人や医者が、代わる代わる汗びっしょりになりながら、胸骨圧迫を繰り返している。圧迫をするたびに妻の口からは血が滴り落ちている。
手を握って揺する。
ほっぺを叩いて呼びかける。
妻の名前を何度も呼ぶが、何の反応もない。
医者はペンライトを妻の目に当て瞳孔反射を確認している。
しばらくすると医者に呼ばれた。
「もう30分以上蘇生をやっていますが、もう無理だと思われます。中止してもよろしいですか?」
「は!私が決めるんですか?」
妻の死を私が決める。そんなことを私に決めろと言うの。
「もう無理なんですか?もうだめなんですか?」
夕方まで元気だった妻が死んでしまう。
なんで?
死ってこんなに簡単に、突然起こってくるものなの?
今、私が妻の死を決定しないといけないの?
なんで?
私が決定しなかったら、もしかしたら生き返る可能性があるの?
可能性は0%なの?
私にはなかなか言葉を発することができなかったが、疲れ切った医者の顔からももう絶対に可能性はないということがわかり、しかたなく
「わかりました。仕方がありません。」
0時12分、死亡宣告された。42歳の短い人生だった。