片想い

 このまま不登校が続けば来年の高校入試に不利と考えた教頭は、一刻も早く登校するように、と渡辺の親友柏木に登校の説得を依頼した。教頭は渡辺を公立では偏差値トップのS高校か、私立の名門K高校に合格させたかった。昨年は、エリートクラスの横山を名門K高校に合格させたことによって、教頭は父母から絶大な支持を受けていた。この人気を維持するには渡辺が必要であった。

 

 柏木は教頭の依頼を断ることができず、悩んでいた。柏木は渡辺を登校させるための方法を峰岸に相談することにした。3月10日(日)午前11時に柏木は峰岸とマックで待ち合わせをした。柏木はどのように話を進めていいのか悩んだが、まずは、峰岸の意見を参考にすることにした。柏木が窓際の席でぼんやり外を眺めているとトレーニング姿の陽気な峰岸が飛び込んできた。

 

 ジーンズ姿の柏木は峰岸の笑顔を見つけると入口に駆けて行った。二人はジュースとバーガーを買うと元の窓際の席に着いた。柏木はオレンジジュースをストローで少し飲むと早速話を切り出した。「峰岸、渡辺、どうしたんだろうね、うつ病になったのかな~、まったく元気がないよね」柏木は峰岸の反応をうかがった。「病気だから、しょうがないんじゃない、もうしばらくすれば元気になるんじゃない」峰岸には渡辺のことを心配している様子がなかった。

 柏木は教頭の依頼を考えると、とにかく早く渡辺を登校させなければとあせっていた。「まあ~ここだけの話だけど、渡辺は病気じゃないと思うのよね。三島君が原因だと思うのよ。なんとなく」柏木は言い終えるとバーガーを少しかじった。怪訝な顔をした峰岸は意味がわからず、問い返した。「それって、どういうこと?三島君、落選したもんで、渡辺にいやみを言ったとか?」峰岸もチキンバーガーにかぶりついた。

 

 ちょっとうつむいた柏木は憶測を話すことにした。「あくまでも、憶測なんだけど、渡辺は三島君のことが好きなんじゃないかな~。ほら、去年の10月に三島君がエリートクラスから追放されたじゃない。あの時、渡辺はとても悲しそうな顔をしていたのよ。三島君がいなくなって元気がなくなったようにも思えるし。気のせいかも知んないけど」柏木は三島が追放されてからの渡辺を思い出していた。

 

 峰岸はBクラスでエリートクラスのことが分からず、キョトンとして聞いていた。「エリートクラスのことを言われても困るんだけど、渡辺は三島君のことが好きだったのか?でも、不登校と三島君とどんな関係があるのよ?」峰岸は柏木が言わんとすることが良く飲み込めなかった。「思うんだけど、渡辺は副会長になりたかったんじゃないかな~。三島君が会長ならば、時々、生徒会のことで話ができるでしょう。きっと、そういう関係になりたかったんじゃないかと思うの」柏木は渡辺の気持ちをずっと考えていた。

 峰岸は、少しは飲み込めたが、不登校になる気持ちが理解できなかった。「でも、恋の悩みだったら、いったい、自分たちはどうすりゃいいのさ?」峰岸は恋についてはまったく苦手だった。「今は、三島君が会長をやっているけど、渡辺が登校するようになれば三島君は会長を辞めることになるじゃない。クラスが別になったことで悲しい思いをして、今度は、三島君が副会長を辞退したことで、かなりのショックを受けたと思うのよ。なぜか、運命的に渡辺と三島君は引き裂かれているのよ。ロミオとジュリエットみたいじゃない」柏木は渡辺の気持ちを峰岸に伝えたかった。

 

 峰岸は渡辺の片想いは飲み込めたが、三島との離別は偶然の出来事で、三島が渡辺を嫌って、彼女を避けているのではないと考えた。「こんな不運に悩むより、勇気を出してコクればいいじゃない。もしかしたら、副会長、やってくれるかもよ」峰岸は一気にジュースを飲み干した。「でもね~、渡辺にそんな勇気はないと思うよ。峰岸みたいにストレートじゃないから。もし、三島君が副会長をやってくれれば、渡辺も会長をやる気になるだろうけど、三島君は副会長になってくれそうもないしね。三島君の気が変わって、副会長をやってくれないかな~」柏木はじっと峰岸を見つめた。

 

 峰岸はティッシュで口元を拭くと冷たい口調で言った。「無理ね、三島君は頑固だから。まあ、かっこよく言えば、男の中の男って感じだけど、いったん、決めたことは他の部員がなんと言っても聞かないしね。筋金入りって感じ」峰岸は三島の頑固な性格をあきれた顔で話した。柏木はゆっくりジュースをほんの少し飲むと、話したい内容を頭の中でまとめていた。「やっぱりね、男の中の男か。お願いしても無理と言うことね。と言うことは、やっぱり、あれしかないか」柏木は大きなため息をついた。

 峰岸は柏木のしらけた顔をじっと見つめた。「あれってなによ?」峰岸は絶望的な顔をした柏木に尋ねた。「いや、やっぱり、話すのは、やめた、話しても、うん、と言ってくれないと思うから。もう帰ろうか?」柏木は椅子を少し後ろに引いた。峰岸は柏木の態度にムカついた。「なによ、言いなさいよ。言いたいことがあるんだろ」峰岸は大きな声を出していた。周りのお客が一瞬二人に顔を向けた。

 

 一瞬固まった柏木は目を閉じた。ゆっくりと目を開けると気まずそうな顔で話し始めた。「あまり気にしないでね、昨日、ちょっと考えたんだけどね、三島君って、いったん決めたことは変えないと思うの。たとえ、渡辺は頼りないから、三島君に副会長になってほしいと言っても。そうよね、無理よね、突然、ひらめいたんだけど、勝負に負けたら、副会長を引き受けてくれるんじゃないかと・・」柏木は峰岸をじっと見つめた。

 

 峰岸は勝負と聞いてもいったい何を言っているのかさっぱりわからなかった。「三島君が誰とどんな勝負をするのよ?」峰岸は柏木を問い詰めるように強い口調で言った。「あ~、ちょっと言いにくいんだけど、怒らないでよ。三島君と峰岸は剣道部よね、三島君は男子部の部長よね、峰岸は女子部の部長よね。三島君と対等に話ができるのは峰岸しかいないのね。そこで、相談なんだけど、副会長をかけて、峰岸に三島君と勝負してほしいの。もう、これしかないと思うの」柏木は話し終えるとうつむいてしまった。

春日信彦
作家:春日信彦
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