友情をかけた嘘

ゆう子への最後の一押しを決行するため横山は断腸の思いで嘘をつく決意をした。12月16日()ゆう子の自宅に遊びに行った。「こんにちは」横山は母親の陽子に挨拶をした。「いらっしゃい、久しぶりじゃない、元気そうね」陽子は横山をリビングに案内した。「ゆう子、横山さんよ、降りてらっしゃい」陽子は大きな声でゆう子を呼んだ。「ハイ、すぐ行く!」ゆう子は階段をかけて降りた。

 

「横山さん、エリートクラスってお聞きしたわ。さすがね、高校はどこを受験なさるの?S高校とK高校を志望しています。自信はあまりないんですけど」横山は謙遜して言った。「まあ、すごいじゃない、将来の夢は?」陽子はいつもの詮索好きが始まった。「できれば、司法試験に合格して、裁判官になりたいと思っています。本当に、夢ですよ」横山は口が軽い陽子に口止めするような言い方をした。

 

「そんなことはないわよ、秀才だから、きっとなれるわよ、それに比べて、ゆう子は夢がないんだから、横山さんのつめの垢でもせんじて飲ませようかしら、ね~、ゆう子」陽子の皮肉が始まった。「お母さん、ゆう子は立派な夢を持っているじゃないですか、新体操で、オリンピックに出る夢を」横山は思い切った嘘を言った。「え!ほんと!ゆう子、ってことは、決心したのね、特待の話」陽子は喜色満面の笑みを浮かべ大きな声で確認した。

 

「え!まだよ、自信ないの、こんな田舎者が、東京でやれるかどうか?全国からエリート選手が集まってくるとよ、自分なんて、すぐに落ちこぼれるに決まってる。新城監督の思い違いよ、やっぱし無理よ」ゆう子は菊池のことを思うと本音をいえなかった。「どうしてこんなに弱気なんだろうね、いったい誰に似たのかしら、お父さんに似たのね。ゆう子、こんなチャンスは一生に一度よ、二度とこんなチャンスはめぐってこないのよ、いいの、断って?」陽子は怒りと共に悲しみがこみ上げていた。

 

「ゆう子、スポーツに田舎者とか、そんなことは関係ないと思うよ、いいじゃない、田舎者で、実力で勝ちあがればいいじゃない、そお、そお、菊池君ね、甲子園に出たいから、大分のY高校に行くって、言ってたよ。やっぱ、男ね!見直したわ」ゆう子に嘘のハードパンチを食らわした。「マジ!菊池君がそう言ったの?いつ聞いたの?」ゆう子には信じられなかった。

 

「この前の日曜日」横山は何気なく答えた。「嘘よ、菊池は糸高のはずよ、どこで聞いたのよ」ゆう子の心に横山に対する強烈な嫉妬が起きた。「マックよ、佐藤が、今から入試までどんな勉強をしたらいいか教えてくれって言うから、マックで待ち合わせていたら、菊池も一緒にやってきたのよ。そのとき、進学の話になって、菊池がY高校に行くって言ったのよ」横山はいまさら後には引けないと思い嘘を突き通した。

 

ゆう子の顔が急に青くなった。何か、菊池が自分から離れていくような、氷のような淋しさが、全身に広がった。「そう、菊池がそう言ったの、当然か、野球馬鹿だから、甲子園に行きたいんだろうね。嘘つき!」ゆう子は涙を抑えるために眼を吊り上げた。「ゆう子、菊池は、きっと、甲子園に出ると思う。W高校の監督が太鼓判を押したらしいよ。ゆう子も監督に見込まれたんだろ、女の意地を見せなよ」横山はもう一押しした。

 

「横山さんの言う通りよ、新城監督はオリンピック強化選手の監督もなされてある日本屈指の監督よ。ゆう子、監督を信じて、チャレンジしてはどう!」陽子はゆう子の顔をそっと覗き込んだ。ゆう子はしばらく黙っていた。何か魂が抜けてしまい、心が空洞化してしまったように感じた。今までいったい何を悩んでいたのか分からなくなっていた。なぜ、新体操をやっているのだろうか、なぜ、やめようとしないのか、心は何も答えようとしなかった。

 

「ゆう子、どうしたの?顔色が悪いわよ」陽子はゆう子の心を傷つけてしまったのではないかと少し反省していた。「そうよね、野球馬鹿は甲子園を目指すわよね。ゆう子は、ただのバカってわけか。そいじゃ、今夜、決めるけん!」ゆう子は新体操を続けるか、やめるか、決めることにした。「横山、二階においで」ゆう子は立ち上がると階段に向かった。横山もすぐに立ち上がるとゆう子の後を追った。

その夜の夕食後、母親と父親はゆう子の話を待っていた。陽子はジョナゴールドの皮をむきながら、ゆう子の顔を時々覗いていた。父親、宗一郎はお茶をすすっては囲碁の本“秀行の創造”を読んでいた。妹の詩織はデザートの林檎を手持ち無沙汰に待っていた。陽子が四分の一にカットした林檎を小皿に載せ、それをそれぞれのトレイに載せたとき、ゆう子は話を切り出した。

 

ゆう子は大きく深呼吸するとゆっくりと話し出した。「東京に行こうと思う。お父さん、お母さん、いいですか?」ゆう子は何日も悩んだ挙句の結論を話した。「そお、やっと決心がついたのね、お母さんは賛成よ、お父さんは?」陽子は笑顔で宗一郎に問いかけた。宗一郎は少し驚いた顔を見せたが、落ちついた口調で話しはじめた。「ゆう子が決めたことだ、お父さんも賛成だ。でも、決して、無理はするな」

 

ゆう子はほんの少し笑顔を見せて話を続けた。「マジ、自信はまったくないの。全国から選ばれたトップクラスのエリート選手相手に戦うなんて、まったく自信ないけど、二度とないチャンスと思うから、やってみる」ゆう子は真剣な顔で決意表明をした。詩織はあっけに取られた顔で声をかけた。「お姉ちゃん、東京に行っちゃうの、いつまで?」詩織は淋しそうな表情でゆう子を見つめた。

春日信彦
作家:春日信彦
友情をかけた嘘
0
  • 0円
  • ダウンロード

10 / 16

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント