友情をかけた嘘

ゆう子は現実的な質問に胸がキュッと締め付けられた。「あ!それは、いつまでだろう、挫折したらすぐに戻ってくるかも」東京に行くということは一人になる。また、家族や友達と別れることになる。そのことを思うと急に淋しくなった。陽子は優しい眼差しでゆう子に言った。「やるからには、オリンピックに出るまで、とことんやりなさい。一人じゃないの、家族みんなで頑張るのよ。いつでも、応援に行くから、元気を出しなさい」ゆう子の淋しさを察知した陽子は優しく励ました。

 

詩織は笑顔を作ると明るい声を上げた。「やった~、詩織も東京に行けるんだ~」宗一郎も励ましの言葉をかけた。「ゆう子、全力を尽くせばいいんだ。挫折しても、決して恥ずかしいことじゃない。チャレンジしたことは一生の宝物になる。心配せずにやりなさい、みんなで、応援に行くから、元気を出せ、ゆう子」ゆう子が離れることはほんの少し淋しかったが、宗一郎は思いっきり笑顔を作った。

 

翌年、4月1日(月)筑前前原駅に横山、八神、佐藤、松島たちはゆう子を見送るために集まった。菊池は一足先に大分に出立していた。「菊池のやつ、さっさと行きやがって、冷たいやつだぜ」松島は菊池の気持ちがまったく分かっていなかった。「まあ、いいじゃないか。菊池の分まで盛大に見送ろうぜ」佐藤は菊池がなぜ先に出立したのか分かっていた。「よし、バンザイ三唱で見送るぞ、いいな、みんな」佐藤はみんなに気合を入れた。

 

「きゃ~、はずかし~、みんな、ありがとう。休みの日には糸島に帰ってくるけん、そのときは、遊んでくれよな」大島は一人一人、しっかりと握手した。「みんな、用意はいいか、オリンピック目指して、頑張れ、ゆう子!バンザ~イ、バンザ~イ、バンザ~イ」佐藤の音頭で、四人は両腕を振り上げ、バンザイ三唱のエールを送った。「みんなさん、ありがとう、ゆう子、皆さんの気持ちをわすれず、全力を尽くすのよ」陽子は四人に頭を下げお礼を言った。

 

ゆう子は午前、10時10分、福岡空港から羽田に飛んだ。スッと機体が浮いたとき、ゆう子の心は淋しさでいっぱいになった。一人になることの決意はしていたものの、淋しさだけは抑え切れなかった。窓から、福岡市街をぼんやり眺め、「横山、八神、佐藤、松島、さようなら」と心でつぶやいた。シートベルトを外すと、勇気を出して、菊池が出立する前日にゆう子に送った携帯のメールを開いた。ゆう子は何度も開けるのを躊躇していた。

 

*よう、俺は一足先に大分に行くぜ、ゆう子を見送るなんて、できっこないし。小学校から応援してくれて、ありがとうよ、うまくいえないけど、ゆう子が応援に来てくれると、なぜか、気合が入るんだな。かっこいいとこ、見せたかったのかもな。これからは、ゆう子がスタンドにいないと思うと、やっぱ、淋しいけど、ゆう子の笑顔は頭に叩き込んでるけん、一人でも、頑張るばい。

 

ゆう子が東京に行くと聞いたときは、へこんだけど、ゆう子は、やっぱ、さすがと思った。根性、あると思った。俺ときたら、しょぼい、情けなかった。ゆう子にかっこいいとこ見せようと投げてきた俺に、けりを入れたみたいで、眼が覚めた。くよくよ、悩んでいたけど、甲子園のマウンドに立って、もっと、かっこいいとこを見せちゃる、と決心した。

 

恥ずかしくて、ゆう子の前では絶対言えんけん、メールで言うばい、ゆう子のこと大好きやったばい(^0^)そいじゃな*

 

ゆう子はこのメールで始めて気づいた。横山が嘘をついていたことを。今まで、ゆう子との約束を破ったこともなく、ゆう子に嘘をついたこともなかった横山が、約束を破り、嘘をついた。小学校のころから、正義を貫き通す裁判官になると胸を張って豪語していた横山が、自分を裏切り、嘘をついた。

 

もし、横山の嘘がなかったら、東京に羽ばたくことはなかったに違いない、とゆう子は思った。遠くに消えていく糸島を見つめるゆう子の瞳からは、感謝の涙があふれ出て、止まらなかった。

 

春日信彦
作家:春日信彦
友情をかけた嘘
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