M.シュナウザー チェルト君のひとりごと その2

四章 : 一人前のワンちゃんのころ( 1 / 26 )

一人前のワンちゃん

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四章 : 一人前のワンちゃんのころ( 2 / 26 )

41 一碧湖のお散歩

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 伊豆高原近くに、伊豆半島に一つしかないきれいな湖があるの知ってる?

 

 伊豆高原には、シャボテン公園とか、大室山とか、最近ではワンちゃんと遊べるドッグフォレストとかがあるけれど、もうひとつ楽しいところがあるんだ。

 

 それは一碧湖。小さな湖だけど、森に囲まれて、きれいなところ。僕にとってはお散歩コース。

 

 ざんねんだけど、僕は中に入ることができなくて、車で待っていたカシニョールの美術館のデザート・テラスからは、一碧湖が目の前に広がって素敵だぞとお父さんは言っていた。

 

 近くの一碧湖ホテルには、スバルを駐車場に止めて、僕もお父さんとお母さんと一緒に歩いたことがあったんだ。

 

 スペインの村のようだねってお父さん。一緒に階段を下りて中庭に出ると、僕の大好きなアイスクリームの香りと、ふあっといい香りのするお店なんかもあって、僕はお散歩散歩と言いながら歩いたことがある。ジェラート屋さんで、香りのアイスクリームを買ってもらって、3人で食べたりしたこともある。

 

 でも一番の僕の楽しみは、一碧湖という海のような、でも小さなみずうみ(初めて海に行った時のように、波が襲ってくることはなかった)を、お散歩、お散歩で一周することだった。

 

 車のこない、人だけが通れるこの細い道は、これもよくお父さんと行った池田20世紀美術館の後ろの方にある一碧湖神社というところからはじまる。

 

 車を停めたら、僕は、僕のシートベルトをはずしてもらって、すぐに駆け出す。うまくすると、リードも外してもらって、自由に走り回れる。

 

 でも、この湖はくさいことが結構あったんだ。ワンちゃんのおしっこの匂いではなくて、釣りに来た人が、岸においっていった魚たちが腐り始めたりするんだ。僕はこのにおいが嫌だから、砂浜は嫌いだった。一回り、4キロくらいあるんだぞとお父さんが言った。僕たちは、この湖をぐるっと一周するんだ。

 

 砂浜を離れて、丘の方に歩き出すと、木の葉のいい匂いでいっぱいだ。ワンちゃんのおしっこの匂いもする。僕は、僕がここに来たんだぞとマーキングをしておく。ちょっこりでもいいんだ。

 

 右手の、すぐ側に湖を見ながら、森の中の道が続く。登ったり下ったりだ。運がいいと、他のワンちゃんが歩いてくるのに出会う。お父さんたちが話している間、僕も、そのワンちゃんにあいさつをする。僕はワンちゃんと出会ったら、必ず挨拶はしなくてはならないと思っているから、相手がちょっと飼い主さんの後ろに隠れたりしていても、どんどん近づいて、匂いを嗅いで挨拶をする。

 

 お父さんは、いつも水の入ったペットボトルを持っていたから、僕も分けてもらって、お父さんの手のひらから水を飲む。歩いていると、のどが渇いてきて、つばが粘っこくなってくるんだ。おいしい。

 

 湖を、ギーコキーコいいながらボートがすすんでくる。これも僕は初めて見る。水の上を動けるんだと新しい発見。お父さんは、釣りの人だよって言った。なんだか長い軽い棒をそのボートの人が振り回して、又静かにしている。

 

 湖のお魚はこうやって捕まえるんだって、初めて知った。ブラックバスが釣れるんで、いろんなところから人が来るんだって。お父さんは、ブルーギルもいるんだ。悪名高い外来種の肉食の魚だぞ、とちょっと怒ったような声で言った。

 

 一時間くらい歩いて、僕たちは、ボートの波止場に着く。

 

 人がいっぱいいる。すぐそばに小学校もあったから子供もいる。僕は撫でてもらおうと、リードをひっぱって、子供たちの方に近づいていく。女の子がいれば、もう大丈夫。かわいい~って手が伸びてくる。僕は、なでられるのが大好きだから、このチャンスをいつも探しているんだ。

 

 大池と沼池の間の道を通って、僕たちはまたにおいをする浜を逃げるように車にたどり着いた。ちょっと遠いけど、楽しいお散歩道が増えた。いつでもアイスがついてくるといいんだけど…。

 

 

P.S.

ドッグフォレストは2011年、伊豆一碧湖ホテル、美術館などは2009年に閉館されました。今はもうありません。

 

四章 : 一人前のワンちゃんのころ( 3 / 26 )

42.シャンプーとバオバオ

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 僕の嫌いなものと好きなものとが同時にやってくる。

 

 お散歩から帰ったら、お父さんが櫛でコーミングをして、ダニを探してくれる。

ちょっと、草むらに入るとダニの奴らがとびかかってきているんだ。でも僕は気がつかない、その時には。

 

 お父さんのコーミングで見つからなればそれでおしまい。あとは、ノミの検査。

目の細かい櫛で、全身を探られる。時には絡まった毛が一緒に引っ張られて、キャイーンと泣いている僕がいる。

 

 いつだったか、お父さんのコーミングで見つからなかったダニの奴が、僕の鼻の上の目のふちに取りついたようだ。ちょうど、僕の立派なひげの始まる鼻の目のふちだから、お父さんは見逃したのだ。

 

 何日かすると、僕はかゆくて、かゆくて、後ろ足を伸ばしえ掻こうとするのだけど足が届かない。空振りの連続で、いつか体がまわってしまう。お父さんは笑いながら、何やってんだと僕をからかう。僕は必死なのに。

 

 どれどれと、やっとお父さんが、僕の体を調べてくれる。櫛ですいて、さらに手のひらで全身をなでていく。どこだ?どこだ?かゆいのは、って僕に聞くけど、僕はここですとは答えられない。後ろ足で掻きたいところを掻く真似をするだけ。

 

 毛のふさふさしたところでなければ、手で撫でて、櫛をかけてくれれば、小さなダニも見つかる。でも今度のダニの奴は、僕の目のふちの毛の中に隠れているから、お父さんもなかなか見つけられない。

 

 2~3日たってもかゆみが消えないから、一生懸命掻いていたら、お父さんがどれどれって、もう一度櫛で調べてくれた。でもどこにも見当たらない。お父さんは、体中なでまわしたけど、見つからない。

 

 頭、耳、鼻ときて、近づいてきた。めっけてと僕は言っていた。お父さんの指が、目の周りに来た。見つけてって僕は叫んでいた。

 

 眉毛を見て、まつ毛を見てる。

 

 おや、なんだこれはと、お父さんがやっと僕のかゆいところを触っている。ぷつんとしているぞと毛をかき分けて、お父さん。お母さん、こんなところにほくろがあったっけときいている。お母さんも寄ってきて、何、この黒いのといじっている。

 

 ダニだとお父さん、いやだとお母さん。

 やっと見つけてくれたのだ。

 

 でも、僕の血を吸い続けて、豆粒くらいの大きさになっていた。お父さんが僕用のピンセットを出して来て、ダニをはさむ。お母さんが僕を押さえている。なかなか取れないぞとお父さん。無理して引っ張ったらとれた。ぶちっと新聞紙の上で、ダニはつぶされた。でも、なんだかすっきりしない。まだ何か残っているぞとお父さん。

 

 僕は伊豆高原動物病院の豊島先生のところに、ポッシェットで連れて行かれた。ダニの口が残っていますと先生。チクンとして何もなくなった。

 

 帰ってきてから、お父さんはぼくを風呂場に連れて行って、シャワーをかけた。シャンプーを体中にかけられて、手でごしごし、黒い水が、体から流れている。目が痛い。耳に水が入る。いやだなぁと思いながら我慢する。ブルブルをしたいけど、お父さんに怒られるからやめておく。

 

 リンスが終わると、お母さんがタオルを持ってきて、ごしごし水をふき取ってくれる。

 

 ぬれてると、シュナウじゃないねと、勝手なことを言っているお父さん。やはり、ミニチュアピンシャーだとからかっている。早く乾かしてほしいのに。

 

 やっとリビングの僕用のマットの上に降ろされる。もう一度タオルで拭かれて、ドライヤーでバオバオが始まる。ブラシで毛を立てながら、お父さんが乾かしてくれる。

 

 大体乾くと、僕は腹這いになって、ああきもちいなぁと伸びている。お父さんは、足と鼻の周りと眉毛を浮かせて、バオバオとやっている。まかせっきりにしていると、ひっくり返されたり、足を一本づつ持ち上がられたりするんだけど、僕はもう、すうすう寝ている。

 

 だから、僕はシャンプーは嫌いだけど、バオバオは大好きだ。

 

四章 : 一人前のワンちゃんのころ( 4 / 26 )

43.ラベンダーとアイス

 

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 伊豆高原の僕んちの庭には、いっぱいラベンダーとセージが植わっていた。みんなお母さんが植えたものだ。

 

 最初は、僕の猫の友達、ボニーとミーシャのお父さんが、自分のイタリア風な庭に植えてたものを、僕んちで開かれた飲み会の時に持ってきてくれたんだ。いつか、お父さんが散歩のときに、石和さんの庭に入ってセージを触ったら、いいにおいがしたそうだ。

 

 それを褒めたら、いっぱい苗を持ってきてくれたわけ。ラベンダーにもいろいろ種類があるんだって、びっくりしていた。

 

 僕は、匂いは分かるけど、おいしさとは関係がないので、あまり気にならなかった。

 

 お父さんは、セージが気に入っていた。ちょっと葉っぱを撫でて、鼻のところに持っていく。いい匂いだろうって、僕にも嗅がせてくれるけど、匂いの違いが分かるだけだった。

 

 セージには、パイナップル・セージとか、チェリー・セージとかがあって、おいしそうな名前だったけれど、僕には実感がわかなかった。パイナップルとチェリーはおいしかったけど。

 

 でも僕のそんな考えが、変わることに出くわした。

 

 伊東と熱海の間にある、熱海ハーブガーデンに連れて行ってもらった時だった。もう熱海に近い崖の上に、広いハーブガーデンというところがあって、お父さんが行ってみようと言い出した。

 

 僕は、お出かけお出かけと、いつもと同じように一番で玄関でみんなが出て来るのを待っていた。お水も持って、スバルでお出かけ。

 

 ボロボロ、崖の上の道をお父さんの運転で進んだ。

 ちょっとしたドライブ。40分ぐらいはかかって、僕たちはハーブガーデンに着いた。どこかで嗅いだことのある匂いがいっぱい。

 

 海の匂いのする駐車場に車を止めて、犬の僕も入れる入口でお金を払って、小さなバスに乗る。シャトルバスは、どんどん登って行って、てっぺんでみんなを降ろすとまた入口に下りて行った。

 

 リードをつけてもらって、僕はルンルン。

 てっぺんの、いろんなところに、いろんなにおいがする。ワンちゃんの匂いは一番よくわかる。でも友達の匂いはしなかった。相模灘が良く見えるって、お父さんとお母さんが話している。あれが大島、あれが初島、とか言っている。

 

 ハーブとバラの大きな庭を少しずつ降りていく。僕んちにはバラはなかったから、分からなかったけど、ラベンダーとセージとタイムの匂いは知っていたから、同じにおいがいっぱいした。

 

 細道を下りながら、目の前にあるという初島の話をお父さんがしていた。

 

 今度は、チェルトを連れて、伊東から初島に行ってみようかと聞こえた。ボートに犬も乗れるそうだよと聞こえた。おやと思った。おいしいものが食べられるかもしれないと…。初島の港の近くの小さな屋台通りには、おいしいとれたばかりのお魚を食べさせてくれる店がいっぱいあるって。行こう行こうと僕は心で言っていた。

 

 ハーブガーデンを、だんだん降りてきて、ハーブで作ったいろんなものが並んでいる店や、それを作っている所なんかを見ながら三人で歩いてきた。

 

 お腹がすいたから何か食べようと、お父さん。レストランでは、テラスでよければワンちゃんも入れますと言っていた。わあ~い、僕も一緒だとよだれが出てきた。

 

 僕は、外でお父さんとお母さんが食事をするときは、ほんのちょっぴりだけのおすそ分けだけで、いつも我慢していた。だって、僕はどいうわけか、朝と夕方の一日に2回の食事と決まっていたからだ。

 

 ハーブガーデンで、お父さんたちがパスタを食べてる匂いがしたし、ハーブの匂いのするお肉もたべていたようだ。お肉はちょっこりだけ僕にももらえた。もうこれで終わりかなと思っていたら、おいしいにおいがしてきた。僕の大好きなアイスクリームの匂いだ。きっともらえるに違いないと、「頂戴光線」を強くして、お母さんを見ていた。

 

 コーンに入って、僕の前に下りてきたのはアイスクリーム。どこかで匂った匂いだと思っていたら、お母さんが、チェルト、ほらこれがラベンダーのアイスだよと僕にくれた。僕はあわてて、一口でコーンにかみついた。それはぼくんちの庭で匂っていた、ラベンダーの香りがしておいしかった。

 

 僕の頭の中で、ラベンダーっておいしい物なんだって、分かった。

 

 それから、庭のラベンダーの匂いを嗅ぐと、あのハーブガーデンのアイスクリームを思い出して、少しヨダが出るようになったんだ。

 

 それからも何回か、ハーブガーデンには僕も連れて行ってもらったときには、、必ずラベンダーのアイスを食べていた。

 

 でも、初島に連れて行ってもらった記憶はない。お父さんは忘れてしまったのだ。

 

 

徳山てつんど
作家:徳山てつんど
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