M.シュナウザー チェルト君のひとりごと  その1

三章 青年の犬のころ( 18 / 20 )

38.たくさん、家族がふえた

木イチゴのタルト.jpg

 

 僕は、おばあちゃんがぼくんちに遊びに来てから、お客さんて、楽しいんだってことを学んだ。

 

 それから、たくさんのお客さんが来た。おばあちゃんの後は、おばさんが来た。お父さんのお姉さんだから、僕のおばさんだ。

 

 おばさんは、俳句をすごく長い間やっていて、俳句の世界では、本も出るほど有名な若手()の新人だった。

 

 ある日、友達と友達のご主人と3人でふらりとぼくんちに現れた。お父さんが暁美おばさんだよと、僕に教えてくれた。

 

 暁美おばさんは、ちょっと手が不自由で、ほかの人みたいに、平らな掌ではなでてもらえなかったけど、でもいっぱいなでてもらった。

 

 また僕の家族が増えたわけだ。へえ、お父さんとお母さんと僕だけじゃないんだと、おばあちゃんが桜の時期に来てくれた時に知ったのだけど、今度は、おばさんだった。

お父さんのお姉さんだ。たくさん人がいることは、僕には楽しいことだった。

 

 お客さんは、必ずぼくと遊んでくれる。お父さんやお母さんは、忙しいと、僕とはそんなに遊んでくれない。お母さんは、家の中でも時々遊んでくれたけど、お父さんは、外に僕を連れ出して、お散歩専門だった。

 

 もう一つ、お客さんが来るといいことがあるんだ。

 

 ぼくんちの近くに、伊豆高原では有名な、ぶどうの実というケーキ屋さんがある。誰かが来ると、お父さんはポシェットで僕と一緒に、ぶどうの実にケーキを買いに行く。いい匂いが楽しみで、ポシェットの中でお父さんが買い物をしているのを眺めながら僕は待つ。

 

 何時も、お父さんは自分が大好きな、ラズベリーとか、ブルーベリーのいっぱい乗った大きなタルトを買っていた。もちろん僕にも、小さなポーションがもらえるから、ぶどうの実に行くのは大好きだった。だから、ぶどうの実と聞くと、ケーキだと僕は思うようになっていった。

 

 暁美おばさんの次は、大阪から一美おばさんが、いとこの真治さんと一緒に家に遊びに来た。

 

 わ~お、また、家族が増えたんだとおもった。一美さんたちは僕のバリケンの隣の和室で、泊まって行った。

 

 いとこの真治さんは、少し太り気味。お父さんは僕と一緒の3人でお散歩に出かけた。今日は少し大室山の方まで上ろうと、チャボテン公園の近くの、崖の上の大成建設の寮まで登って行った。

 

 僕と、父さんは平気だったけれど、従弟の真治さんは、汗をかいて苦しそう。でもちゃんと3人は登りついた。熱くなった体に崖の下から風が昇ってくる。気持ちいい。

 

 帰りには、遠回りして、ぶどうの実でいつもの、ドライフルーツのいっぱい乗ったタルトを買って、家に帰ってきた。

 

 今日も、ご飯のあとで、ケーキがもらえると僕はうれしくなって、真治さんを引っ張りながら、家に先頭で戻ってきた。

 

 僕は、僕のドライフードのご飯がすむと、お父さんの作ってくれる僕の席について、みんなの食べ物を見ている。よだれが出てくる。

 

 そして、デザートの時間だ。にこにこしたみんなの顔が、ケーキに少し近づいた。お父さんが、ナイフで、それを切り分けてくれた。期待していた通り、小さな部分が、僕のボウルにも入ってきた。

 

 5人で食べると、3人で食べるより、もっとおいしいのはなぜだろう。

 

 だんだん、家族が増えていって、そしておいしいタルトが、ぼくんちに、たびたび現れるようになったのだ。

 

 もっとたくさん、お客さんが来ないかなぁと僕はいつも思っている。

 

 

三章 青年の犬のころ( 19 / 20 )

39.池・ビオトープ

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 お母さんがテンプ・スタッフのお仕事の時には、僕はお父さんと二人きりの時間がたくさんあった。

 

 二人で、ポシェットとかスバルに乗って、ちょっとだけ遠出をするんだ。いろんなところに出かけたよ。お母さんが知らない、僕とお父さんだけが知ってる場所も増えたんだ。

 

 近くて、しかもドッグランのようにリードをつけなくて自由に走れる場所がいくつかあった。その一つが、伊豆高原の西にある矢筈山のふもとに広がる池という部落だ。僕んちから、遠笠山道路を走って、途中で池という入口から降りていくと10分ぐらいのところ。

 

 その池という部落を、天城山に向かってどんどん走って行く。道はどんどん細くなって行って、車がやっと一台通れるような道になる。それでも、どんどん走っていくと、矢筈山の途中でその道は行き止まりになる。

 

 矢筈山は、天城の有名な山ではないんだとお父さんが言っていた。でも、面白い形でポツンと立った、800メートルの山だぞって言っていた。でも、そんなの僕にはわからない。

 

 池でいつも、車を止める場所があった。ポシェットのドアを開けると、コロコロコロコロと音が聞こえてくる。それは、矢筈山からの流れだった。

 

 昔、伊東市の水道水を取っていたポンプ場跡があって、そこのお父さんはいつもポシェットを止めていた。

 

 その先をどんどん登って行ったことがある。でも、ワサビのはえた田んぼがあるだけ。どんどんくらい林になっていく。僕には面白くはない。お父さんも、ユーターンできるところでやめておこうと言っていた。

 

 ワサビを作っている人が心配そうに、僕たちを見ていた。僕が、ウンチやおしっこをして、ワサビの田んぼを汚すんではないかと、心配していたんだと思う。

 

 僕たちは、コロコロ鳴いている小川のそばのポンプ場に車を止めて、リードを外してもらった。

 

 小川に沿って、どんどん走って行ったけど、気がつくと僕は一人だった。お父さんも後から歩いてくると思ったのに、僕だけで小川の水と競争しながら走っていたんだ。僕はびっくりして、お父さ~んと小川に沿って走ってのぼった。

 

 橋のさきの土手で、お父さんが川の中をのぞきこんでいた。お父さん、何しているのと僕が、お父さんそばに行くと、チェルト、川の中にセリが生えてるって言った。セリって、きれいな水にしか生えないんだって。

 

 すこし歩くと、小川が高い所から落ちていた。ほら滝だって、お父さんが教えてくれた。

 

 そういえば、ちびの時に、お化けトンネルとアイスクリームを食べたところにも、大きな滝があったと思いだした。そうだ、あそこにもワサビ田があったねと、お父さんが言った。

 

 その滝の水の中から、お父さんは僕の頭くらいの石を見つけて、つるつるだねって言った。矢筈山からの小川を何年もかけて転がってきたので、こんなに丸くなったんだと、その石を車に乗せていた。その石は、そのあと、僕んちの玄関のすみっこにずっとあった。

 

 滝からの帰り道、初めて見るくねくねした動物が土手をすべってきた。なんだろうと僕は走りよった。その時、そのくねくねしたロープのようなものが、僕に向かって、口を開いた。お父さんが、危ないって僕を抱え上げて、二人で逃げた。それが蛇っていう生き物だと初めて知った。

 

 チェルト、あぶない蛇だっているんだから、なんでも近寄ってはいけないよと言われた。でも、見たいんだもんと、僕はこころの中で言った。

 

 その土手の近くに、滝からのきれいな水を引き込んだ小さな池とか、水草だとか、小さな水でくるくる回る水車なんかが作ってあった。これ、ビオトープだねと、わからないことをお父さんが言った。

 

 僕は、その後も、秋のビオトープや春のビオトープをお父さんといつも二人で見に行っていた。きっとお母さんは一度も行ったことがない、僕とお父さんの池だった。

 

 

三章 青年の犬のころ( 20 / 20 )

40.清里のペンション「トウトウ」

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  僕が一番遠くまで遊びに行ったのは、清里のペンション「トウトウ」に行った時だったと思う。

 

 チェルトも大きくなったから、お泊りで八ヶ岳にでも行ってみるかとお父さんが言った。僕がお泊りって??と思っているうちに、お父さんはパソコンで何か始めた。

 

 僕の名前が出てくるし、お泊りって言葉は知っていたから、お父さんがパソコンをやっている側に座って、何をやっているんだろうとみていた。

 

 お父さんが、あったぞといった。「トウトウ」っていうんだとお母さんと話している。犬と一緒に泊まれるんだって、と言っている。トウトウって、フランス語で犬って意味だって。ちょっと遠いかなぁとも言っていた。

 

 僕はみんなと出かけるんだったら、どこでもうれしい。

 

 バリケンもいらないんだって、と言っている。八ヶ岳が見えるかもねとお父さんが言っていた。八ヶ岳ってなんだかわかんなかった。

 

 スバルに僕のリード、おもちゃとか、ボールだとか、そしてお水を積み込んで、お父さんとお母さんのでかい荷物も積んで、ある朝、スバルで出発した。

 

 大仁へお父さんたちがワインを買いに行くとき、よくつれて行ってもらっていたから、そんなつもりで、お出かけお出かけと僕ははしゃいでいた。

 

 でもそれは違っていた。

 

 

 長い間、本当に長い時間、スバルに乗っていた。

 

 前にミッレミリアの時に走った伊豆スカイラインのくねくね道をお父さんは飛ばした。箱根に着いたけど、まだまだ走った。御殿場とか山中湖とか言っていて、気持ちが悪くなりそうになった時、急にスバルのスピードが上がった。びゅんびゅんお父さんは飛ばした。それが中央高速だった。けしきがどんどん後ろに飛んでいく。

 

 もう大丈夫だと思った。もう少しで、僕はお母さんの運転の時のように、よだれが出そうになった。途中の休憩所で、僕はやっと車から降りた。おしっこをして、食べてるお父さんからなにかをもらって食べた。空気がひんやりしていた。

 

 清里の「トウトウ」に着いたのはもう3時ごろだった。ぼくんちから6時間ぐらいはかかったと思う。僕は車から降りて、ペンションのワンちゃんたちに出会った時には、足がガタガタ震えていた。

 

 僕たちの部屋に入った。僕たち3人が同じ部屋でお泊りするのは初めてだった。僕の丸いベッドがあって、お父さんとお母さんのツインベッドがある。一緒に寝られる…とうれしくなった。僕んちでは、お昼寝の時にお父さんのベッドで寝ることはあったけど、こんなの初めて。

 

 部屋の前の廊下をほかのワンちゃんが通っているのがわかる。吠えていいのか、この部屋はぼくんちなのか、どうなのかわかんなかったから、一応吠えておいた。するとお父さんにダメって言われた。

 

 その日の夕食、ダイニングルームに下りて行ったら、いっぱいワンちゃんがいた。ビーグルとか、大きなレトリバーとか、マルチーズだとか…。

 

 お父さんとお母さんが夕食を食べている間、僕も、テーブルの下でご飯を食べていた。でも僕の心の中では、ちょっと落ち着かない気持ちだった。こんなにたくさんのワンちゃんと一緒に食事したことがなかったからだ。

 

 食事が終わってから、ミーティング・タイムだった。ほかのワンちゃんとご挨拶するのだ。でも僕は、なんだかわからないけど、怖かったのか、ワンワン吠えていた。興奮しているのはわかったけど、吠えるのやめられなかった。うんと吠えたので、口の両方の端っこから白いあぶくが出てきた。みんなに見られている中で、僕だけが吠えていた。「トウトウ」のスタッフが笑って、「こわいのね」と言っていた。

 

 こんなの初めてだった。僕は、家の外でほかのワンちゃんにあったら、ちゃんと匂いを嗅ぎ合って、あいさつできるのに。やはりまだ子供だったのかなぁ。今でも、なぜだったのかわからない。

 

 次の日は、お父さんたちと、ドッグランに行ったり、牧場で大きな牛さんやヤギさんを見たりした。

 

 一番僕がびっくりしたし、うれしかったのは、目の前でうさぎさんを見たことだった。清泉寮というところで、アイスクリームをお母さんからもらってなめていた時に、目の前のフェンスの先に白いうさぎさんがいたのだ。でも、僕は全く気がついていなかった。

 

 動くものに気がついたら、耳が長い、ぴょんぴょんと動く動物がいた。お母さんにわかんなかったんだって、笑われた。

 

 「トウトウ」の二番目の夜は、最初の日のように興奮はしていなかった。ミーティング・タイムは、ほかのみんなとご挨拶ができた。昨日はどうしたんだろうと自分でも不思議だった。

 

 次の日、帰りは最初の日と違う道をお父さんが走ったので、もっと時間がかかった。富士川をずっと山梨から降りてきたのだ。大室高原の家に着いたときは、僕はしっかり疲れていた。ご飯を食べたら、僕は自分でバリケンに入って眠り始めた。

 

 楽しかったなぁと思ったのは、次の日だった。

 

 

その1のあとがき( 1 / 1 )

こうして、M.シュナウザーのチェルト君は成犬になりました。

チェルト君のひとりごとはまだまだ続きます。

チェルト君のひとりごと その2 をお楽しみに…。

 

徳山てつんど
作家:德山てつんど
M.シュナウザー チェルト君のひとりごと  その1
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