夢見草と一夜酒

「うん。絵は下手だけど好きだから、やってみる」
 頑張っても下手なままかもしれない。
 でも下手なりに、きっと何か見つかる。
 迷いながら歩いていこう。

 

  ――第四章――

 

 一夜酒に桜がひとひら舞い落ちる。
「次に帰ってくるのは夏休みなんだって」
「電車で4時間は結構な距離ね」
「遠距離恋愛って奴だな」
 翔太君は全寮制の高校へ進学した。
 私は地元の女子高。
「会えない日がどんどん増えてく。こんなことなら最初から……」
「美咲ちゃん」
 ケヤさんが神妙な面持ちで私を見つめる。
 私は思わず居住まいを正した。
「何? ケヤさん」

「ここは美咲ちゃんの夢。私もタラボーも、今はあなたの夢に中にいる。そしてその前は他の人の夢の中にい

たの。夢から夢へ渡り歩いて、悠久の時を過ごしているの」
「……そう、なんですか」
「ええ。今までいろんな人と出会い、そして別れてきたわ。二度と会えない人もたくさんいる。でもね、離れ

離れになるのが辛くても、出会えたことは幸せなの」
「……ケヤさんが自分の事を話すなんて、珍しいですね」
「たまにはいいでしょ」
「ええ」
「色々あるのが人生だ。幸も不幸も人生の一部。思い通りにならなくても、それでも歩いていかなくちゃ」
 タラボーが達観したように言った。
「寂しいけど、私もただ待ってるのはやめる。高校で美術部に入ったの。まだ下手だけど、それでも前よりは

上達してるって実感はあるのよ。翔太君も頑張ってるんだから、私も頑張らないとね」
 私が言うとケヤさんは何故か少し悲しげな表情で桜を見上げた。
 今日のケヤさんは何か変だ。

  ――第五章――

 

「泣いてるの?」
 ケヤさんに聞かれて、頬を手を当てる。
 涙が流れていた。
「うん。翔太君に振られちゃった」
「そう」
 一言だけ応えて、私に湯飲みを持たせる。
 特に驚いた様子もない。
 タラボーが何も言わず一夜酒を注ぐ。
「ケヤさんは知ってたの?」
「知ってたのは美咲ちゃんよ」
「私が?」
「美咲ちゃんには特殊な感覚……一般的には霊感と言われるものがあるのよ」
「霊感? ケヤさんって……幽霊なの?」
「違うわ。私は月明かり。タラボーは星明り。この桜に惹かれてきたの」
「この桜は?」
「これは美咲ちゃんの予感が形になったもの」

「予感って……? 振られる予感?」
「別れの予感よ。永遠の別れの予感。翔太君と初めて会った時に、永遠の別れを予感した。それがこの桜よ」
 見上げてみれば、舞い落ちる花びらは涙のように悲しげだった。
「翔太君に何があったの? 私、ただ振られただけじゃないの?」
「私は知らないわ。美咲ちゃんも、はっきりは知らないのね」
「翔太君から一ヶ月ぶりにきた電話で別れを切り出されたの。……他に好きな人ができたって」
「そう思ったほうが良いのかも」
「そんなはずない。もし別れるにしても、顔も見せずに電話で済ますほど翔太君は薄情じゃない」
「つらい事実が待ってるかも知れないのよ」
「翔太君に会いに行く。知らずにいられないもの」
 胸騒ぎがする。
 永遠の……別れ?
戸間
作家:戸間
夢見草と一夜酒
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