夢見草と一夜酒

  ――第五章――

 

「泣いてるの?」
 ケヤさんに聞かれて、頬を手を当てる。
 涙が流れていた。
「うん。翔太君に振られちゃった」
「そう」
 一言だけ応えて、私に湯飲みを持たせる。
 特に驚いた様子もない。
 タラボーが何も言わず一夜酒を注ぐ。
「ケヤさんは知ってたの?」
「知ってたのは美咲ちゃんよ」
「私が?」
「美咲ちゃんには特殊な感覚……一般的には霊感と言われるものがあるのよ」
「霊感? ケヤさんって……幽霊なの?」
「違うわ。私は月明かり。タラボーは星明り。この桜に惹かれてきたの」
「この桜は?」
「これは美咲ちゃんの予感が形になったもの」

「予感って……? 振られる予感?」
「別れの予感よ。永遠の別れの予感。翔太君と初めて会った時に、永遠の別れを予感した。それがこの桜よ」
 見上げてみれば、舞い落ちる花びらは涙のように悲しげだった。
「翔太君に何があったの? 私、ただ振られただけじゃないの?」
「私は知らないわ。美咲ちゃんも、はっきりは知らないのね」
「翔太君から一ヶ月ぶりにきた電話で別れを切り出されたの。……他に好きな人ができたって」
「そう思ったほうが良いのかも」
「そんなはずない。もし別れるにしても、顔も見せずに電話で済ますほど翔太君は薄情じゃない」
「つらい事実が待ってるかも知れないのよ」
「翔太君に会いに行く。知らずにいられないもの」
 胸騒ぎがする。
 永遠の……別れ?

  ――第六章――

 

 桜が泣いている。
 花びらを散らして泣いている。
 私は力なく歩を進める。
「……ケヤさん……」
 私の声にケヤさんが顔を向ける。
 全てを悟ったように物言わず小さく頷く
 桜の下で私の肩を優しく抱く。
 私は堪らず泣き崩れた。
 余命半年。
 つらい事実を病室で聞いた。

 

  ――第七章――

 

 桜の夢。
 桜の下にケヤさんが座っている。
「美咲ちゃん、もう一年経ったのよね」

「ええ。一周忌も終わりました」
「いつまで塞ぎ込んでるつもり?」
「翔太君がいなくなって、心に穴が開いたみたい。この穴は埋めようがないの。誰かが替わりになれるものじ

ゃないもの」
 見上げると満開の桜。
 不思議だ。
 この桜は、別れの予感だと、ケヤさんは言った。
 別れが過ぎたのにまだ残っている。
「ケヤさん、この桜って……」
「これは別れの予感。そして、思い出よ」
「思い出?」
「そう。美咲ちゃんは心に穴が開いたって言ったけど、そんなことないわ。暗い深遠に見えても、勇気を持っ

て光を当てるの。楽しかった日々が輝きを失わずに残っている。別れても思い出は残るもの。そして……」
 ケヤさんが手を掲げた。一陣の風が桜の木を包みこんだ。
 無数の花びらが桜吹雪となって舞う。
 周囲に光が満ちた。
「……そして、思い出は蘇える」

戸間
作家:戸間
夢見草と一夜酒
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