夢見草と一夜酒

「最初から得意な人なんていないわ。翔太君も頑張って結果を出してるんでしょ?」
「うん。でも私は目指す職業があっても、翔太君ほどは頑張れないと思う。私って怠け者なのかな」
「私たちは子供の頃から美咲ちゃんを見てるけど、あなたは怠け者なんかじゃないわ」
「そうだぞ。よくやってるよ。勉強と運動が全てじゃないぞ。それ以外に何かないのかよ」
「それ以外って……。絵を描くのは好きだけど、でも才能ないし……」
「才能なんて、やりながら見つければいいのよ。色々やるうちに夢が見つかるし、夢を持てば頑張る気になる

わよ」
「夢って、翔太君みたいな、はっきりした目標を持たないといけないんじゃないの?」
「夢の持ち方に決まりなんてないわ。男と女では脳の得意分野が違って、男は周りの状況を地図のように理解

するのが得意なの。人生設計も同じ。男性は目的地がはっきりしていると迷わない。でも、その場その場での

判断は女性の方が得意なの。と言っても、あくまでも傾向の話なんだけど。遠くばかり見て、足元をすくわれ

るのが男なら、足元ばかり見て道に迷うのが女。でもそれでいいのよ。男の翔太君が考古学者になる事を夢に

頑張るのも、女の美咲ちゃんが好きな絵を描く事を夢に頑張るのも、どっちも正しいの。近道だけが道じゃな

いわ」

「うん。絵は下手だけど好きだから、やってみる」
 頑張っても下手なままかもしれない。
 でも下手なりに、きっと何か見つかる。
 迷いながら歩いていこう。

 

  ――第四章――

 

 一夜酒に桜がひとひら舞い落ちる。
「次に帰ってくるのは夏休みなんだって」
「電車で4時間は結構な距離ね」
「遠距離恋愛って奴だな」
 翔太君は全寮制の高校へ進学した。
 私は地元の女子高。
「会えない日がどんどん増えてく。こんなことなら最初から……」
「美咲ちゃん」
 ケヤさんが神妙な面持ちで私を見つめる。
 私は思わず居住まいを正した。
「何? ケヤさん」

「ここは美咲ちゃんの夢。私もタラボーも、今はあなたの夢に中にいる。そしてその前は他の人の夢の中にい

たの。夢から夢へ渡り歩いて、悠久の時を過ごしているの」
「……そう、なんですか」
「ええ。今までいろんな人と出会い、そして別れてきたわ。二度と会えない人もたくさんいる。でもね、離れ

離れになるのが辛くても、出会えたことは幸せなの」
「……ケヤさんが自分の事を話すなんて、珍しいですね」
「たまにはいいでしょ」
「ええ」
「色々あるのが人生だ。幸も不幸も人生の一部。思い通りにならなくても、それでも歩いていかなくちゃ」
 タラボーが達観したように言った。
「寂しいけど、私もただ待ってるのはやめる。高校で美術部に入ったの。まだ下手だけど、それでも前よりは

上達してるって実感はあるのよ。翔太君も頑張ってるんだから、私も頑張らないとね」
 私が言うとケヤさんは何故か少し悲しげな表情で桜を見上げた。
 今日のケヤさんは何か変だ。

  ――第五章――

 

「泣いてるの?」
 ケヤさんに聞かれて、頬を手を当てる。
 涙が流れていた。
「うん。翔太君に振られちゃった」
「そう」
 一言だけ応えて、私に湯飲みを持たせる。
 特に驚いた様子もない。
 タラボーが何も言わず一夜酒を注ぐ。
「ケヤさんは知ってたの?」
「知ってたのは美咲ちゃんよ」
「私が?」
「美咲ちゃんには特殊な感覚……一般的には霊感と言われるものがあるのよ」
「霊感? ケヤさんって……幽霊なの?」
「違うわ。私は月明かり。タラボーは星明り。この桜に惹かれてきたの」
「この桜は?」
「これは美咲ちゃんの予感が形になったもの」

戸間
作家:戸間
夢見草と一夜酒
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