夢見草と一夜酒

「翔太君と今、付き合ってるのね?」
 ケヤさんが目を輝かせる。
「はい。小学校の卒業式の日に告白しようとしたら、逆に告白されて、付き合うことになりました」
「良かったじゃないの」
「ケヤさんとタラボーのおかげです。ありがとうございます」
「デートしてんのか、デート。どこまで行ってんだよ」
「タラボー、立ち入ったこと聞いちゃ駄目でしょ」
 ケヤさんがタラボーの頭を指で押さえる。
「いえ、朝、バス停まで一緒に行くのと、たまに買い物に行くくらいです」
「それだけ?」
「でも学校の友達にも、彼女として紹介されました。すごく照れながらですけど」
「成長したわね。小学校の頃は一緒に帰るのも避けてたのに」
「それ、反省したみたいです。恥ずかしがってちゃいけないって」
「おいおい、その割には地味なデートだよな」
 頭を押さえられたまま、タラボーが言った。
「勉強、忙しいみたい。翔太君は将来、考古学者になるのが夢なんだって。そのためにすごく頑張ってる。私

も何かやらなきゃって思うんだけど、私、勉強も運動も苦手で……」

「最初から得意な人なんていないわ。翔太君も頑張って結果を出してるんでしょ?」
「うん。でも私は目指す職業があっても、翔太君ほどは頑張れないと思う。私って怠け者なのかな」
「私たちは子供の頃から美咲ちゃんを見てるけど、あなたは怠け者なんかじゃないわ」
「そうだぞ。よくやってるよ。勉強と運動が全てじゃないぞ。それ以外に何かないのかよ」
「それ以外って……。絵を描くのは好きだけど、でも才能ないし……」
「才能なんて、やりながら見つければいいのよ。色々やるうちに夢が見つかるし、夢を持てば頑張る気になる

わよ」
「夢って、翔太君みたいな、はっきりした目標を持たないといけないんじゃないの?」
「夢の持ち方に決まりなんてないわ。男と女では脳の得意分野が違って、男は周りの状況を地図のように理解

するのが得意なの。人生設計も同じ。男性は目的地がはっきりしていると迷わない。でも、その場その場での

判断は女性の方が得意なの。と言っても、あくまでも傾向の話なんだけど。遠くばかり見て、足元をすくわれ

るのが男なら、足元ばかり見て道に迷うのが女。でもそれでいいのよ。男の翔太君が考古学者になる事を夢に

頑張るのも、女の美咲ちゃんが好きな絵を描く事を夢に頑張るのも、どっちも正しいの。近道だけが道じゃな

いわ」

「うん。絵は下手だけど好きだから、やってみる」
 頑張っても下手なままかもしれない。
 でも下手なりに、きっと何か見つかる。
 迷いながら歩いていこう。

 

  ――第四章――

 

 一夜酒に桜がひとひら舞い落ちる。
「次に帰ってくるのは夏休みなんだって」
「電車で4時間は結構な距離ね」
「遠距離恋愛って奴だな」
 翔太君は全寮制の高校へ進学した。
 私は地元の女子高。
「会えない日がどんどん増えてく。こんなことなら最初から……」
「美咲ちゃん」
 ケヤさんが神妙な面持ちで私を見つめる。
 私は思わず居住まいを正した。
「何? ケヤさん」

「ここは美咲ちゃんの夢。私もタラボーも、今はあなたの夢に中にいる。そしてその前は他の人の夢の中にい

たの。夢から夢へ渡り歩いて、悠久の時を過ごしているの」
「……そう、なんですか」
「ええ。今までいろんな人と出会い、そして別れてきたわ。二度と会えない人もたくさんいる。でもね、離れ

離れになるのが辛くても、出会えたことは幸せなの」
「……ケヤさんが自分の事を話すなんて、珍しいですね」
「たまにはいいでしょ」
「ええ」
「色々あるのが人生だ。幸も不幸も人生の一部。思い通りにならなくても、それでも歩いていかなくちゃ」
 タラボーが達観したように言った。
「寂しいけど、私もただ待ってるのはやめる。高校で美術部に入ったの。まだ下手だけど、それでも前よりは

上達してるって実感はあるのよ。翔太君も頑張ってるんだから、私も頑張らないとね」
 私が言うとケヤさんは何故か少し悲しげな表情で桜を見上げた。
 今日のケヤさんは何か変だ。

戸間
作家:戸間
夢見草と一夜酒
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