「私は以前から秘かに化け学を研究しているのだが、今人間の血に興味を持っていてな。君の血にというより君の家に代々伝わる吸血鬼の血にも勿論興味があるのだ。そこで、察しも良くもう解かっておる様だが、君に化け学をミックスした魔法を教える代わりに、君の血を少し調べさせてもらえないだろうか?と言う取引をしたかったからなんだが、ちょっと恩着せがましいかな?」
僕はもっと重大な秘密かと思っていたので、少しがっかりして、やれやれと言った身振りをした。
これじゃ、化け学をミックスした魔法も大した秘密じゃないぞと思い、期待感が萎んでゆき、休暇中に補習に来なければならない義務感に逃げ出したくなった。
しかし、僕は刹那主義者ではないのでね。もう少し疑問を解消してからでも断るのは遅くないと思い、二つ目の疑問を先に投げかけてみようと思った。ちなみに刹那主義者ってお菓子を沢山もらったら即食べてしまって、後のことを考えない人の事だったと思うよ。まるで僕みたい!って言わないでね。
「取引の事は他の疑問に答えてもらってからで良いですか?社長」と尋ねると、
「うむ、勿論それで結構。二つ目の疑問はなんだね?」と仰るので、僕の取り柄の素直さでもって疑問をぶつけてみた。
「先ほど魔法社会全体のバランスが崩れるとか何とか仰いましたが、それってどう言う事なんですか?」
「うむ、その事なんだが簡単に説明しよう。ホーリー君の父方の祖国ではその昔化け学が発達しておった。魔法が使えない人たちの国だったからね。そして一時文明は栄えに栄えたのだが、その化け学の力を悪しき心を持った者たちが使い、戦争が起こり国が壊滅してしまったのだ。今では生き残った数少ない人たちが暮らしているそうだが、国は衰退してしまっている。そんな国を滅ぼすほどの力を持った化け学を恐れ、我が国では魔法より劣っているとして普及させないでおいたと言う経緯があるのだよ。我が国スタークル王国は今、栄え、平和を維持している。このバランスを崩すような事は私の望むことではない。君もこの平和な生活を乱したくはないだろう?」と問いかけてこられた。
「はい、スタークルの生活に不満がないわけではありませんが、国が滅びるのは嫌です。ホーリーにまだ告白もしていないし。でもそんなに強大な力を僕が使えるようになって、僕が悪さをする可能性もあったりしますよね?」と不安を漂わせながら新たに生まれた疑問をまたまた素直に口にした。
「そうじゃ、君が悪さをする可能性もある。それはまだわからないね。だが、君に魔法以外に考え方や生き方を同時に教えることも出来ると言う事だ。それに先程のトランタンとのやり取りを見ていて解かったのだが、君は一緒にいた連れの女の子を守ろうとしていたね?そう、この力は誰かを守る時にこそ使って欲しい力だと思っておる。君には素質が備わっていると見たからこそ、この力を教えても良いと判断したのだ。納得したかな?」と言う話を聞いて、僕は少しやる気になったが、果たしてこの僕に秘密が守れるだろうか?とこの三つ目の疑問を更に不安に思った。
「そして君が秘密を守れるかどうかだが、君が確かに力をつけたと判断するまで使わなければ秘密の存在すら気付かれる事はない。いいね。ホーリー君もこうして勉強中だ。どうだ、これで少しは納得したかな?」
この言葉で僕の不安は、先程椅子に乗っていた厚化粧の埃の様に消し飛んだ。そしてホーリーもこの秘密を知っていて、使っているのだと知り、喜びが溢れると同時に三つ目の疑問も昨日の向こうに消し飛んだ。そう、ホーリーと秘密を共有するんだよ、僕。なんだかワクワクしちゃうね。
しばらくにやけた顔をして素敵な未来を夢想していたらしく、アビゲイル先生の咳払いで現実に戻ってきた。
「えっへん、第二の疑問はこれで片付いたかな?うむ、よろしい。では第三の疑問に答えよう。言ってみたまえ。」そこで僕は第三の疑問は既に解消したけど、質問のチャンスが勿体ない気がして、別の質問をしてみることにした。
「社長は今、恋人いらっしゃるのですか?」
「ひゃぁ?」と予想外の質問だったらしく、変な声が返ってきた。僕はもう一度繰り返した。
「だから恋人はいるのか?って聞いたんですよ。」と言うと先生は耳がイチゴ色になり鼻をヒクヒクさせながら、
「ええ、いますよ。勿論ですよ。」と言って居住まいを正されて動揺を隠された。多分、アビゲイル先生の鼻がヒクヒクした時は、嘘をつかれた時なんだと、今日の日記にでも書いておこう。最重要機密としてね。そして、
「第三の疑問はそんなくだらない事なのですか!」と少し血圧をアップさせて仰った。僕の評価をアップして欲しかったんだけどね。
「いいえ、二つ目の質問で疑問は解消しましたので、ちょっと出来心を。ところで社長、取引の話ですがいいですよ。僕の血を研究してみてください。変わりにトマトジュースをおごってくださいね。」と言うと先生は忙しそうに気持ちを切り替えて、嬉しそうに仰った。
「そうですか!では、交渉成立ですね。おめでとう。君もいずれトランタンを見返す事が出来るでしょう。努力は必要ですがね。」
僕は手を差し出して先生と固い握手を交わした。相手がホーリーの方がいいなと思いながら。
「では、明日からの補習通知を書いてあげよう。」と言って立ち上がり、図書室を後にし、職員室へと向かっていった。
僕は職員室までの廊下で一つくしゃみが出た。「ヘックション。」
「おや?風邪ですか?」とアビゲイル先生。
「いえ、何か感じたもので。」と僕。
「そうですか。」とちょっと不思議がられたが、流されてしまった。
職員室前まで来ると担任のパット・アズモック三級魔術師も残っていらっしゃるらしく、他の二人の先生とのお話が聞こえてきた。
「コンドリヌ先生は明日からの休暇中、何をなさるの?」とパット先生が質問なさった。すると女性の声がそれに応えた。
「わたくしのクラスは特に成績の悪い生徒もいませんでしたので、船で世界一周の旅に行く計画にしておりますのよ。ほほほ。」と少し自慢げに聞こえた。
「僕は一人補習しなくちゃならない生徒がいるんです。」と今度は対照的に男の声が力なく言った。
「私のクラスにも補習が必要な生徒がいるのですが、私の母が介護の必要な状態になってしまい、休暇中だけでも介護してやりたいと思いまして…でも生徒も大切ですし…少し迷っているんです。」とパット先生の弱気な声が聞こえてきた。
それを聞いていた僕たちはこれは不幸中の幸いだと顔を見合わせ、慌ててその場に出て行った。